第2部 第8話 §12

 そして、その表情は、温和であるが引き締まった凜々しい表情になりつつある。微笑みながらも唇も目元も等しく凜々しい。

 ローズは、再び間合いをあけ、掌を上に向け、サブジェイを手招きして言う。


 「おいで」


 今度はサブジェイが正面からローズに向かう。二人の剣がぶつかり合い、一瞬火花が散る。ローズの腕にずしりと彼の体重が乗る。力負けすることは、もう解っている。だが、あえてそうした。


 ローズは脇を締め、上体を十分に固めてそれに対処し、下半身の柔軟性で、ぶつけられた力を逃しながら、僅かに引くと同時に、素早く前に詰め寄り、今度は自らサブジェイの剣に体重をかけ、彼を押し返す。


 サブジェイの重さは、このときにも感じる。彼女が思った以上にサブジェイが退かないのである。

 退くというのは、状態が僅かに仰け反ったり、受けに回った筋力に力みが入り、次の動作の遅延につなげさせる意味であり、足が大地に滑るほどの激しいものではない。


 逆にローズの方に僅かな隙ができ、サブジェイはローズの懐をこじ開けるために、剣を前に出し、レッドスナイパーの矛先をはじき、ローズの体勢を崩しにかかる。

 やがて厳しさではないがローズの瞳の輝き、視線が集中し始める。サブジェイにはまだゆとりがある。


 魔法のコンビネーションがない事は、解っている。そのゆとりだろうか?サブジェイはそう思っていたが、彼の剣の正確さに磨きがかかっているため、攻めの後の戻りも早く、次の攻撃に繋がり、ローズに攻撃の隙を与えないのである。


 小さな振幅が徐々に大きな揺れとズレに繋がる、振り子のように揺さぶられるのだ。ローズにはそれが解る。それに気がつかなければ、確実に懐はこじ開けられ、心臓に一撃を当てられる。


 ローズは、サブジェイが攻撃し、引く瞬間を狙い、僅かに後方に下がり間をはかる。サブジェイが剣を突き出し、攻撃を加えようとした瞬間、ローズは身体を右に流し、瞬時にスピードを上げ、彼の左に回り込み、攻撃を仕掛けるが、サブジェイは素早く左手に剣を持ち替えると同時に、片手一本でローズの連撃を防ぐ。


 右手の剣裁きに比べれば甘さはあるが、力はある。

 連撃を防ぎきった後、サブジェイは大きくローズをはじき返した後に、剣を逆手に持ち、素早く大地の僅か上を滑らせるようにして振り抜く。ローズは体勢を崩すことなく、少し飛び退いた程度で、着地する。隙はない。

 大地には深く鋭い裂け目が出来る。ローズの真似である。そして、ニッと笑いローズのいる方向に向く。


 「いいぜ。高速戦闘に入っても」

 「だめ、ごめんね。タイムリミットみたい」


 ローズが剣をしまい、ふと右を向くとドライがこちらに向かって歩いて来ている。残念そうだった。オーディンもついてきている。


 「んだよ。止めることねーじゃねーかよ」


 そこにはいつも通りに見えるドライがいた。ポケットに手を突っ込み、リラックスしているようだ。剣は背負っていない。


 「んーん。いいの。それよりサブジェイ。剣裁きがすごく上手になったのよ」


 必要以上にほっとして見えるローズの表情だった。それをドライに向けると、彼の顔も穏やかにほほえみに満ちる。


 「そっか。どうだ?やるか?」


 ドライは剣を持っていない。それでも、サブジェイに手合いを持ちかけるが、サブジェイは首を横に振る。


 「いいや。それより。なんか話……あんだろ?二人しておかしいんだよ」


 サブジェイはローズの様子から、すでにそれが何かの前触れであることを知っていた。勝負したローズの剣が、覇気ではない、他の感覚でとぎすまされていた事も解る。


 それは言うまでもなく、サブジェイの成長具合だ。


 「座ろうぜ」


 ドライは言う。そこは芝生の上だ。ドライは、簡単に腰を下ろすと、全員輪になって腰を下ろす、ドライの右にローズ、左にオーディン、そして正面にサブジェイだ。座ってからドライが呼吸を整える。


 「サブジェイ。俺とローズは、ここを離れようと思ってんだ」

 「そっか街には帰ってこないのか……で、どこに行くの?」


 サブジェイの身振り手振りは、冷静に見えた。理由は二つある。ローズがいつも以上に慈しんで自分に接していること。そして、一年前に証されたドライの秘密。それに比べればその事実は、ずっと単純で現実的だ。


 「いや……なんだぁ。当ては……ねぇんだ」


 ドライは自分の無計画さにあきれながら、それを誤魔化した笑みを浮かべる。


 「はぁ?リバティどうすんだよ!赤ん坊、引きずり回すのかよ」

 「いや……別に放浪するわけじゃねぇ。けど……」

 「けど?なんだよ……らしくねぇな」


 ドライは困った笑みを浮かべている。だが、大人しい。サブジェイから見てこの一年で、ドライがあまりに変わって見えた。閉じこもったような暗さはないが、強気で無神経な笑い方や、剛胆な部分が消えてしまっている。


 「あぁー!じれってぇ!んだよ!もう、何でも驚かねぇからよ!」


 サブジェイの方が、ドライらしい仕草をする。恐らく持っている勢いの差だろう。


 「……当分。誰ともあわねぇつもりでいる。落ち着いても、居場所を教える気は……ねぇんだ」


 ドライは自分に言い聞かせるようにして、小さな頷きを幾度か繰り返す。


 「はっ……、なんだよそれ。そんなの瞬間移動の魔法で、一発でみつかっちまうじゃねぇか」


 サブジェイは両腕をお聞く広げて、ドライの行動がまったく理解出来なかったし、それを示そうともしなかった。


 「なんか、オヤジ逃げてねぇか?らしくねぇよ!どこに住んでもいいけどよ!なんで、会いたくねぇなんていうんだよ!オーディンさんだって、なんで黙ってんだよ!わっけわかんねぇ!!」


 サブジェイは苛立ちを声にして、立ち上がり全員を見下ろして、精一杯の圧力をかけてみせる。

 立ち上がったサブジェイの手をつかんだのはローズだ。そこから行かせないためだ。


 「お袋はいいのかよ……、みんなと別れて、知らない土地でいいのかよ!なんでみんな解ったふりして!」


 サブジェイは、ドライ達に答えを求めるが、自分の本当の胸の内は秘めたままだった。


 「別に別れる訳じゃない。少しの間、ドライを休ませてあげたいの」


 ローズのそれは、サブジェイの神経をさらに逆撫でする。当たり前だ。家族である自分が側にいて、休めないと言われているのと、同じなのだ。


 だが、サブジェイは怒り声を張り上げているが、ローズのその手だけは、断ち切ることは出来なかった。ローズもサブジェイをつなぎ止めておきたい気持ちで一杯なのである。それは、サブジェイがドライ達を繋ぎ止めて起きたい気持ちと、何ら変わりない。


 「なんだよ……。チクショウ……、ひでぇよ……」


 サブジェイが俯いて涙を流し始める。

 生きている限り何れ別れは来る。それが一時的なものだったとしても、必ず訪れる。それがいつも満足の行くものだとは限らない。


 ドライが一時的な別れを選んだのは、違う視点から物事を見たかったからだ。

 強く慕われ愛され生きてきたこの二十年。誰もが彼を知り、敬う者もいる。それはエピオニアにいたとしても、そである。英傑なる道は彼が選んだものではない。


 ドライは守護者としてまた、戦士として使い続ける力に、疲れていた。この国に来るまでの自分の力は、自分自身の能力のなせるものだと、信じていた。

 だが、シルベスターとの対峙の後、その力は余りに空虚なものに思えて、ならなかったのだ。剣を振るったとしても、充実感は得られなかった。


 誰かに慕われて生きたいとは、思わない。だが、彼の持つ力を正しい方向に使い続ける限り、必ず慕われ続ける。英雄視する。だが、そのたびにシルベスターを感じてしまう。


 オーディンは、それを説得することも出来た。だが、頭で納得できても、事実かどうかは解らない。それに一度語り始めてしまえば、引き留めたい気持ちがあふれ出てしまうのだ。


 オーディンにはそんな残酷な事は出来なかった。ドライを以前のように戻すには、彼自身が何かを見つけるしかないのだ。

 ローズにはドライがいなければならない。だが、今のドライでは何れ全てを失いかねない。不毛さを感じながら生きて行くには、彼らの人生はあまりに先が長いのだ。サブジェイは、それがあまりに不安だった。ローズまで駄目になってしまうのではないかと。


 そんな不安な中、ローズは立ち上がり、サブジェイの頭を自分の方に引き寄せ、頬を寄せる。


 「必ず戻るから。まっててね」


 サブジェイは何も答えることが出来なかった。

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