第2部 第8話 最終セクション
シルベスターが、少し掌の照準を変える。オーディンはすぐにそれに反応する。
性質の違うエネルギーを放つということは、剣に溜め込んでいるエネルギーとは混ざらないことである。ハート・ザ・ブルーの弱点である。質の違う力は、貯めることは出来ない。
シルベスターの力の底が見えない以上。貯めているエネルギーは、武器にはならない。彼に選択肢は限られる、受け止めたエネルギーは即座に処理しなければならない。処理とは、捨てることである。
だが、シルベスターの速度は、尋常ではない。ほとんど連撃に等しい。オーディンは、それを一つ一つ処理していかなければならないのだ。徐々にスピードが吊り上げられる。
十分も立たないうちに気が狂いそうなほどの、苦痛を強いられる。
守らなければならない。それだけの意地である。オーディンのストレスが、ピークに達し始めたのは、二十分ほど経ってからである。
誰も、この異常に気がつかないのだろうか?
いや、気がつかない方がいいのかもしれない。一時間が経つ。シルベスターが面白がって笑っているのが見える。不思議だ。それだけがよく見える。
「そんなに、私たちを弄ぶのが、面白いのか?」
苦痛に耐えがたくなったオーディンの心の呟きだった。シルベスターの笑みに憎しみを感じる。
「いい加減にしないか!!」
オーディンが立ち止まり、シルベスターに向かって一喝、咆哮する。
オーディンの中で、何かが弾けた。
オーディンの瞳が、銀色に輝き、次にはシルベスターの胸板を銀色に輝いた剣で貫いていた。それはシルベスターでも、捉えきれないほどのスピードだった。
だが、次の瞬間に不連続な状況に出くわす。
シルベスターを攻めたと思った瞬間、シルベスターが、オーディンの横に立ち彼を睨んだ時の状況に戻っていたのだ。
オーディンははっと気がつく。剣も腰に納められているのだ。
「自分の瞳をよくみるがいい」
シルベスターは、冷静のまま、オーディンの眼前に鏡を出現させ、彼がそれを覗き、自分の状態を確認させると、すぐに消滅させてしまう。
オーディンが状況に冷静になると、身体の奥底から沸き上がっていた力は落ち着き、瞳の色も下のブルーに戻っている。
「言っただろう。話があるだけだと」
幻術である。オーディンに精神的なプレッシャーを与え、彼に一線を越えさせたのである。
冷静なままのシルベスターが、オーディンの方を向く。オーディンは我を忘れて天を仰ぐ、それから懐中時計を取り出し、時間の確認をする。
ここにたどり着いたときの正確な時間を知っていたわけではない、だが、彼が感じていた時間を確認したかったのだ。
するとどうだろう、時間は5分と経っていない。驚愕したままのオーディンがシルベスターを見つめる。
「お前は、私が人間を盾にとるとでも、思ったのか?」
オーディンは、完全にシルベスターにしてやられたのである。だが何故、いとも簡単に一線を越えたかである。そんな単純なものならば、今まででも超える機会はあったはずである。もはやシルベスターの言葉など、認識して理解する状況ではなくなっている。
ゆとりを無くしてしまっているオーディンに対して、シルベスターは優位に立ち、見下すように、小さく、クスリと笑うのだった。
オーディンの周囲をゆったりと歩き、彼の様子を観察しながら、次の行動を楽しみにしているのだった。
次にシルベスターがオーディンの正面に立ち、普段押さえ込んでいる気を一気に解放し、戦闘態勢に入ろうとすると、オーディンもそれに反応し、剣を抜こうとすると同時に、瞬間に瞳の色が銀色になる。
全てを失わないために、彼の身体は自然と反応するのだ。今まで感じていた圧力が消え、冷静にシルベスターを認識することが出来る。だが十秒を超えた当たりで、急に息苦しくなり、身体が脱力感に満ちて、そこに膝をついてしまう。瞳の色は元のブルーに戻る。
再び息が荒くなる。それは紛れもなくスタミナ切れだった。
「お前は、一線を越えたドライを見ている。故に覚醒のイメージもある。答えになるか?」
オーディンは、シルベスターやクロノアールの子孫が覚醒すると言う意味を、今までずっと取り違えてきた。それはオーディンも、ルークも同じだ。
不老や若返りは、その第一段階にしかすぎなかったのだ。ならばこれもまた、第二の覚醒の始まりにすぎない。
「よかろう。私の生涯がお前に支配されるというのなら、今はそれを受け入れよう!だが、愛するものは守る!!どれだけ行く先に、お前の支配があろうとも、私は消して諦めない!!」
シルベスターは思う。ドライよりオーディンが優れているのは、この精神的なものだ。オーディンは一度魔導戦争で、精神の甘さにより、苦汁を飲んでいる。それを乗り越えたオーディンがここにいるのだ。
オーディンは気迫をもって、シルベスターに食らいつこうとするが、立つことが出来ない。それほどに急激に体力を消耗しているのだ。
それを見たシルベスターは、鼻で笑う。しかしあからさまに、オーディンを挑発するような、動作は取らない。
「それをどうするかは、お前が決めるのだな」
そう言うと、シルベスターは、オーディンの横を通り過ぎ様に、姿を消す。
彼の動いた距離は、オーディンの目の前に静かに現れ、通り過ぎるように消え去ったたったそれだけの距離だ。だが、その存在が彼らの前を通り過ぎるだけで、状況は一変する。
オーディンはその存在感を、感じずにはいられなかった。
シルベスターが消えたと同時だった、まるで封じ込まれていた扉が開かれるように、街のゲートが開かれ、そこから、ザインが先頭を切って走りよってくる。
「オーディン!!」
オーディンは、しゃがみ込んだまま、動くことは出来ない。その姿勢を保つのがやっとなのだ。
「怪我はないのか!?」
「ああ、怪我はない……大丈夫だ」
「一瞬だったが、奴の姿が見えた……何かあったのか?」
「ああ……大したことじゃない……」
オーディンは、ザインに肩を借りながらゆっくりと立ち上がる。
何か無いわけがない。ザインはそう思っていたが、オーディンが周囲を安心させるための、笑みを作っている。それに、話は後でも聞くことが出来るのだ。今は疲れ切っているオーディンに休息を取らせなければならない。
「すまない。いくら命令であろうとも、兵士達は、それに遵守させすぎたのは、俺の責任だ」
「いや、かまわんさ。奴等には、通常の攻撃が効くかどうかは、解らない」
「ドライの奴……最近なにを考えてんだ……街には出ないし、ぼうっとしてやがるし……」
ザインは話の矛先を変える。ドライが居れば、彼としても随分楽なのだ。彼がいないと仕事が倍以上に増えた気がして仕方がない。ついつい、明瞭な行動を示さないドライに対して、愚痴が出てしまう。
「…………」
オーディンには、何も言えなかった。今ここで、ザイン一人に言ってしまうより、やはり知るべき面々を集めてから、話をするべきなのだろうと思う。だがドライがオーディンだけにいったのには、それなりの意味があったのだ。
それは、彼らが城内に戻ってから、明らかになることだった。
そう、彼らが戻る頃には、ドライは、殆どの荷物を残して、出て行ってしまっていたのだ。
理由は単純である。サブジェイにそのことを告げたからだった。
手紙を預かっていたのは、ブラニーである。ドライは其れ其れに宛てて、手紙を書いており、彼女はそれを手にしていた。彼女の横には、涙ぐんでいるニーネと、飽和状態になりかけている、アインリッヒがいた。
彼らにとってはあまりに寝水に耳である。
もちろんザインにも、アインリッヒにもそれは当てられている。ある意味ドライらしからぬ準備の良さだ。だが逆に言えば、ドライの前々からの考えであることが、十分に伺えるものだった。
「これは、坊や達に渡しておいてね。私は、シンプソン様達に、手紙を渡さなくてはいけないから」
ブラニーは少し、興ざめた表情をしていた。情の沸いていたローズの赤ん坊がいなくなってしまったのだから、当然である。彼女が他に興味を示すことの出来るようなものはない。
ホーリーシティーに戻ったブラニーは、シンプソン達に手紙を渡す。彼は残念そうだが、ドライの決めたことを正面から受け止めた。一人の友人が、顔も見せず姿を消してしまったことのショックは隠しきれない。
バハムートも 肩を落とし落胆してしまう。ドライの悩みに気がつけなかったことに、悔しさを感じている様子だった。
ルークは、手紙の内容を見ることなく、破り捨ててしまうのだった。
「あのバカは、なにかイヤなことがあると、すぐに飛び出しちまう。放っておけ……」
彼はそれだけをいうと、普段通りの生活に戻るのだった。
ブラニーだけは、いつでも会いに行くことが出来るはずだが、それはルークが制していた。放っておけとルークは繰り返しいう。彼もまたドライが必ず再び自分たちの元へ帰ってくることを、信じているのだった。
だが、彼がいなくなった空気は、あまりにも寂しいものがある。会えると判っている日々は、いつでもその声が聞こえるように思えていた。
「バカが……」
ルークは、ブラニーを連れつつ、街を歩くが、ため息を吐く度に、そう口癖のように言っては、全てに、何か一つずつの物足りなさを感じながら、町の様子を何気なく瞳に納めるのだった。
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