第2部 第8話 §9

 それから、半月ほどして、サブジェイとレイオニーを含め、ルーク達は、彼の新居にその身移すことになる。新築の良い匂いの、木製のアンティークの家具がそろった落ち着いた家だ。二人の趣味だそうだ。ドライの家は、すっきりとして歴史的な趣はあまり感じられず、オーディンの家は、装飾品にこだわりのある品物が、飾られていたりする。シンプソンの家は、家と言うより宿泊施設に思えたのは、やはり簡易的に宛がわれた部屋のせいだろう。誰が招かれてもよいようになっている。それぞれの性格の違いだろうか?


 とにかく、新しい生活がそこから始まるような感じがした。

 サブジェイの剣の腕前は、表面上あまり変化は見られないような状況だったが。ルークは、彼に細かい部分での正確さを要求し始めていた。言うなれば型だ。


 流派で定まったような型ではないが。ルークに剣技を教わるにつれ、サブジェイは一つ感じることがあった。それは、彼の剣技が我流で磨かれたものではないのではないか?という疑念だ。


 ドライは感覚的で、サブジェイに手取り足取り教えることは無かった。というよりも、教え方を満足に知らないというべきだろ。


 オーディンの剣技も、家に代々伝わるものではあるが、殆どはオーディンが自ら再改良を施したものだ。型は実戦で崩され、オーディンのセンスと状況の感覚で、どんどん変化を繰り返してきている。


 ドーヴァの刃導剣も基本的に我流だ。

 ルークには叩き込まれた何かがある。サブジェイは、チラリとルークを見る。


 「なんだ?ぼさっとすんな!」


 何かを聞こうとすると、こうなる。恐らく彼個人の過去の話を聞こうとすれば、怒声が響くに違いない。サブジェイは、雑念を払うことにして、シャドウトレーニングを繰り替えず。


 季節は冬に流れる。


 サブジェイ達は、二度ほどドライのところへ訪れた程度だ。ローズの出産は、年を越して三月あたりになるようだ。ブラニーはよく出かけている。普段本以外にあまり関心を持ちそうになり彼女だが、生命の誕生は別のようだ。


 雪が降っている。だが、庭先でのトレーニングは、続けられている。

 尤も、彼には学業もある。ルークが夏休中、サブジェイが死にかけるほどしごいた理由はここにある。時間は極端に限られるからだ。冬休みまでは、丁寧な指導をひたすら続ける気でいる。


 体力や腕力を鍛える事には、あまり意義を感じなかった。なぜなら彼にはすでに、それが備わっているからである。あとは、その身体能力をいかに上手く使いこなすか、である。


 この町にも少しIHアイアンホースや、AMCと呼ばれる自動車が姿を見せるようになっていた。AMCは、オートモバイルカーバの略である。ハムートがいるのだから、当然といえば、当然だ。アカデミーから流れてくるのである。生産などはまだ、東セルゲイ大陸の西部の大国エウロパで行われているが、ここが、現在はここが学会の総本山のある国である。


 レイオニーにしては、あまり面白くないが、仕方がない。反骨精神をバネに変えて頑張っている。


 これにいち早くとけ込んだのがドーヴァである。とにかくそこそこ早くて楽なのがいいらしい。


 IHやAMCには、馬車のような車輪がない。マリーヴェルヴェット理論の一つに、重力遮断による飛行がある。これを使用しているためだ。地面を滑るようにして走る。


 「サブジェイ!」


 サブジェイが息を白く曇らせて、訓練を続けていると、街路側からレイオニーの声が聞こえる。サブジェイが振り返ると、そこには黒い鋼鉄の箱のようなの物体に乗ったレイオニーがいる。


 形状としては、石油燃料が使用され始めた頃の車のようで、レトロな雰囲気があり、石材や赤煉瓦が多いこの町の風景に、よくとけ込んでいる。が、タイヤなどはない。


 このたぐいの乗り物は、殆ど音がしないし、排気ガスもない。気配も感じにくい。馬の蹄の音が聞こえないと、違和感がある。


 「サブジェイ!骨組み!出来たよ!」

 「え?」


 サブジェイは、レイオニーとルークの間をきょろきょろと、何度も見直す。次の行動に迷いがある。


 「いいから、行ってこい!」


 ルークは、一度だけ強くサブジェイを追い払う仕草をして、家の方向に向かって歩き始めてしまう。形としては、サブジェイに背中を見せる状態になる。


 「あ、うん」


 レイオニーがサブジェイを呼んだのは、その夏の新聞に載せられていた、例のIHのことだ。形としては、二番煎じになってしまったが、そのプロセスはアカデミーが公表したものとは大きく異なっていた。もっとも、基本はマリー=ヴェルヴェット理論にあるにあるのだが――――。


 レイオニーが開発したのは、魔力を高密度に圧縮した、圧縮魔力路反応炉コンプレステッド マジックパス リアクターであり、略してCMPRという核心技術である。いわゆる半永久機関である。


 やがて次の夏が来る。ローズには赤ん坊が生まれ数ヶ月が経っていた。彼女はその子を腕に抱え、日々愛情を注いでいる。


 女の子だ。


 名前リバティ。「自由」と言う意味だそうだ。名付け親は、ジャスティンである。彼女は大満足であるし、ザインは胸をなで下ろしている。ドライ達が男の子の名前をまったく考えなかったことと、ザインのファーストネームが、その所以である。


 サブジェイ達は、春先に訪れて以来、顔を出していない。それには理由がある。本来ならば、次に来る時は、レイオニーが開発した、IHでこの土地を訪れるつもりだったからである。


 それと、オーディンとザインが頻繁に小型の飛空船を使用することになっていた。理由は、シンプソンが市長を務めるホーリーシティーと、エピオニアを往復していたからである。


 「で?移民計画……上手くきそうなのか?」


 ドライは、エピオニアで街の安全を守っている。時折、小さな魔物が姿を現すのだ。シルベスターがドライに仕事を残していったらしい。それには、アインリッヒもかり出されている。


 相手が魔物であるため、ザインもアインリッヒも、セシルの制作した魔物に対応できる剣を使用している。


 ドライとオーディンは、小さいが立派な部屋に、二人だけで向かい合わせに、ソファーに座っている。


 部屋は、深い緑と濃いブラウンの木目が、基本になっている。暗めだが落ち着いた部屋のトーンである。


 ここは、殆ど身内しか入らない。ドライやオーディン、ザインや、アインリッヒ。

 よい言い方ではないが、あまり要らない人間と話したくない場面で、彼らがよく使うようになっていた。


 「まぁまぁだ。市民感情は、それほど悪くないが、どうも議会側が煩い。だがエピオニアは……いや、この土地は、多くの人が死んでしまった。世界と交流を取り戻さなければ、何れ消えるか、取り残されてしまう。それでは、ザイン達が守ろうと戦ってきた意味も、無くなってしまう」


 オーディンらしい考えだと、ドライは思った。ドライは別にそれはそれで仕方がないと思っている。


 ただ成り行きと、自分の思惑で、力を貸す形になっているだけだ。

 そこで、一旦会話がとぎれる。


 「で?」


 オーディンが、そう切り出してきた。

 実は、この部屋に呼んだのは、オーディンではなく、ドライだったのだ。


 「ん~あぁ……」


 ドライは、口ごもってしまう。だが、すぐに口を開くのだった。


 「実はよ……ローズとも決めたんだが、ここを出ようかと思ってんだ、俺等……」


 オーディンは、前のめりになり、口を開きかけたが、あらゆる言葉が出てこない。

 ドライの目は落ち着いている。急な思いつきではないのが何となく解る。そう切り出したドライの眼がほっとしていた。彼はソファーに深く身を沈めた。


 ドライは、窓の外を眺める。だが、そこに何かが映っているわけでもないし、街を見下ろせるわけでもない。少し離れた海の青と、空の青が見えるだけだ。


 「ここ一年。いろいろやってきたけど。なんか、違う気がしてよ」

 「そうか……」


 オーディンの声は、寂しげだった。だが、ドライの気持ちを否定することはなかった。何がどう違うのか?本当は問いつめたかった。

 いつ発つのか?などと、わざとらしく前向きな話題振ることも出来ない。


 「当分は、誰ともあわねぇつもりだ。五年か……十年か……百年か……」


 外を眺めるドライの目は、少し疲れているように思えた。人生にはいろいろな幕切れがある。


 多くの人間は、自然の成り行きでその生涯を終える。しかし彼らにはそれが見えない。彼らほどになれば、一般に激戦と呼ばれる戦闘でさえ、生き延びてしまえる。


 彼らには、生きるための可能性が、あらゆる面で人間より高いが、死を迎える手段は限られている。見えない終わりを考えると、憂鬱になる。


 「サブジェイには……話したのか?」

 「あ、ん、いや……」


 ドライは困った顔をしている。

 そして、何もない窓の外を眺めるだけだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る