第2部 第8話 §5
翌朝になる。
ルークは、建築中の自分の家の庭先で、座り込みじっと時間を待つ。黒いコットンのズボンに、ライトブラウンの革ベルト。上は黒のタンクトップとシンプルである。ブーツも黒だ。外側にシルバーきめ細やかな装飾がなされている。
剣を抱えて、瞼を閉じてじっと待っていたが、やがて目を開ける。そして、正面をじろりと見つめる。
そこにはサブジェイが立っていた。昨日同様血の気の引いた青白い顔をしている。
眼孔だけが異様に鋭い。
それは、まるで昔のドライを見ているようだった。
〈意識がもうろうとする……〉
サブジェイは、感覚だけで足を運ぶ。だが、その中でルークの姿だけははっきりと捉えることが出来ていた。
ルークは、重たげに息を吐き出しながら、ゆっくりと腰を上げ、鞘から剣を引き抜き、矛先をサブジェイに向ける。昼でも尚日の光を吸い込む漆黒の刀身が、今にも牙を剥かんとしているのだった。
「ルールは解ってるな?」
「解ってる……」
サブジェイも背中の愛刀をすらりと引き抜く。
真の戦闘にはルールはない。だが、ルークがあえたそうしたのには、理由があった。サブジェイは幾千もの技を使いこなすことが出来る。だが、そこに問題があるのだと、彼は思った。
今日はドーヴァはいないようだ。サブジェイはより意識を集中しなければならない事を知る。
ルークはサブジェイが少し硬くなっていることをすぐに見抜く。だが、あえて何も言わない。状況判断と同時に、自分のコンディションをコントロールできない者は、やはり二流であるとルークは思っている。
だからこそ、言動での揺さぶりは効果的である。身体のコントロールに意識を集中させないことで、その力をそぐことが出来る。
だが、今口を開くと、サブジェイにそのことを教えてしまうことになる。しかし、サブジェイはそれを観察していた。ルークの思考が戦闘以外のことに傾いていることで、踏み出しが鈍いのだ。
攻撃はルークから仕掛けられる。甘い踏み出しで、サブジェイは十分に彼の太刀筋を読むことが出来る。
ルークは尤も負荷のかかりやすい、剣の先端を狙いすましてくる。矛先は一番自分に近く、相手から遠い。はじかれれば、その力は効果的に手首に乗ってくる。サブジェイは剣を自分に寄せ、それに備え、身体全体で受け止めるように、ルークに向かうのだった。
その頃レイオニーは、バハムートの執務室に訪れていた。もちろんマリー=ヴェルヴェットの全てについてである。
だが、バハムートは何も答えなかった。応接用のテーブルに向かい合って座っていた二人だったが、やがて複雑な感情を眉間に表したバハムートが、室内を俳諧した後、デスクに落ち着き、彼は紙とペンを取り出し、何かを書き始める。そして、それを封筒に入れ、口を留め、再びレイオニーの前に、腰掛けテーブルの上を指で静かに滑らせながら、それをレイオニーに突き出す。
封筒の表には、ドライとローズの名が宛てられている。
「これを二人に見せなさい。今儂に出来ることは、これだけじゃ」
と、バハムートは、レイオニーに頭を下げる。
何故か?
バハムートもまた、マリーについては、客観的事実しか知らないからである。無論史実よりは、知っているつもりだが、それでも彼らを先おいて、マリーを語るわけにも行かない。
申し訳なさそうなバハムートの姿が、レイオニーの胸を詰まらせる。自分たちを我が子のように可愛がっていたバハムートだった。だが彼はその分岐点において、役に立てない事を詫びているのだ。
「おじいちゃん……ありがとう」
レイオニーはバハムートの手を取り、その手に頬を当て、手紙を取り、部屋を後にする。
バハムートもまた、執務室を後にし、廷内を通りぬける。
普段廷内から動かないバハムートが動き出すと、少し騒ぎになる。
「老師……、どうなされたのですか?」
廊下に出て歩き始めると誰かがこれを言う。
「うむ……、研究所じゃ、案ずるな……」
それで事は足りる。市庁舎の正面に出る頃には、すでに馬車が用意されているのだ。
バハムートが向かうのは、同じ中央エリアに築かれた、白い頑丈な外壁を持つ敷地だ。塀は人の背丈より高く、内部が人目にさらされることは少ない。そして上空には魔力によるドームが張られ、外からは見ることが出来なくなっている。
壁を一つくぐると、景色は一変する。この町のどこよりも50年以上は進んだ文明が並べられているのだ。バハムートはその中央にある、白い角張った建物に入る建造物に入る。外壁は白く冷たい粘土質の物質で構成されている。
室内には、遺跡から持ち帰られたと思われるあらゆる機材が並べられ、稼働している。
そこには、セシルとジュリオがいる。
「おお、来ておったのか……」
「老師」
セシルはいつも通りの顔をしている。知的な笑みを浮かべて振り返ると同時にバハムートにお辞儀をする。ここにはバハムートが密かにスタッフに依頼し、遺跡から徴収された物質の解析が行われている。
そして、作業台の上には、先日レイオニーが目にした新聞の記事が放り出されている。
「儂等も、動かねばならぬようじゃ。尤もおまえさんがおらねば、復元作業は侭ならぬが……、よいのかの?」
「仕方がありませんわ。魔法の力が偉大でも、私たちはやがて、流れに飲まれて行く身ですから」
彼らには、支配する力がある。だが、支配欲がない。だとすれば受ける側に回らざるを得ない。人と関わり、人として生きて行くためには、それは回避できない。
だが、安穏と日常を向かえる訳にはいかない。何れ来る時代に備えなければならない。
「バハムート老師……やはりIHは、マリー=ヴェルヴェット理論を流用していますが、構造的には、古さがあるようですね。尤も……理論も含めそれ自体も古代技術ですが……」
バハムートに話しかけてきたのは、二十代後半の若者である。やせ形で、まじめそうだが、学者なりにも、堅物ではなさそうだ。
バハムートの周囲には、彼より少し若い人間から、このような若者からなるスタッフが、十数人いた。
彼らはやがて、マリー派と呼ばれるようになる。彼らは純粋なエンジニア思考が多く、探求に強く心を動かされ、ここにいる。
「そうか……革新派が軍事レベルの流用に達するまでには、まだ、幾何かの年月がかかるということじゃな……」
「ですが我々には、理論の原型である、飛空船の開発レベルしか持ち合わせていませんよ?」
「あと2年待て……、時期が来る……。それまでは今ある資料の物理的な解析を頼む。セシル殿の錬金術に頼った復元作業ばかりを、いつまでも続けるわけにも行かぬからの」
バハムートは、天井を見上げるのだった。
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