第2部 第8話 それぞれの道へ 2

第2部 第8話 §1

 そこは、数日ぶりのホーリーシティー。サブジェイ達は、市庁舎の前に立っている。

 市庁舎はシンプソンの家もかねている。裏手へ回れば、その入り口にたどり着くのだ。


 立っているのは、サブジェイと、レイオニー、ルーク、そしてブラニーだ。

 ブラニーは少々あくびをしている。普段の彼女には見られないゆるんだ表情だ。ブラニーがあくびをしているのには、理由がある。


 ローズと談話をしているうちに、眠りに就いてしまっていたのだ。妊婦の昼寝に付き合ってしまったのである。ローズが抱くドライへの想いの強さに、少々感化されてのことだ。新たな命を宿しているローズが少々い愛おしくもあった。


 そんなときに、ルークに起こされたのだ。

 彼らは、ブラニーの瞬間移動の魔法によって、やってきたことになる。


 「私は、もう少し向こうにいるわ。当分は引っ越しの荷物に振り回されるでしょうし」


 言葉はクールに向けられた。ただ、口元に手を宛がって、柔らかい欠伸を何度もしている。


 「ああ」


 ルークは、短い返事をして市庁舎を見上げる。エピオニアとは随分雰囲気が違うことに気がつく。この市庁舎の方が、やはり建造形式装飾が新しい。新しいが、ルークには、この街の方が違和感がない。自分ではそう思えた。

 何となくほっとした気がする。

 ブラニーは、挨拶もせず、そのまますっと姿を消してしまうのだった。


 「俺は、自分の家の出来具合を見てくるぜ」


 ルークは、サブジェイに背中を見せる。

 ルークはこの街に自分の家を新築しているのだ。それは彼がこの街に移民してきた時から進めている事だ。


 「うん」


 サブジェイは、返事をすると、市庁舎の正面の階段を上る。数段上った上に正面玄関があり、そこからは多数の人間が出入りしている。

 エピオニアの沈んでいた風景とは全く違い、人の流れがあり、活力がある。

 サブジェイを見かけると、何人もの人間が必ず彼を見る。声をかけないが、しばらく視線で彼を追うのだ。


 彼はドライの息子であり、その容姿は、うり二つである。唯一違うのは背丈だ。だから見分けが付いているのだが。そういう視線も久しぶりに思える。

 市庁舎の役職に就いていると思われる、背広姿のまじめそうな細身の中年職員が、するするとサブジェイに近寄ってくる。


 別に必要はないのだが、なぜか彼はこそこそと話し始める。


 「父君や、シンプソン様は、もうお戻りになられたのですか?」

 「いや。オヤジ達は、まだ向こうだよ。詳しいことは、帰ってきてからシンプソンさんに訊いてくれる?俺、じいちゃんに用事があるから……」


 サブジェイは足場やに歩き出す。横に付いているレイオニーの足も速くなる。

 冷たいサブジェイの言いぐさに、男は足を止める。レイオニーは振り返り様に、両手をあわせて、軽い謝罪をするのだった。

 そもそもサブジェイが正面玄関から、入ってくること自体が珍しい。

 サブジェイとレイオニーは、市庁舎の最上階。バハムートの執務室の前にまで、足を運ぶ。


 貴族風潮の強いエピオニア城内と違い、この建物はビジネスライクな雰囲気が漂っている。一つ一つがすっきりと作られている。

 向こうでの重たい雰囲気が、自然に身体から抜けていたが、サブジェイにはバハムートに訊いておかなければならないことがある。


 サブジェイは、扉をビジネスノックする。


 「さっさと入れ」

 かなり不機嫌なバハムートの返答だった。シンプソン達が居なくなり、屋敷に一人残されていることがいやだったに違いないことは、想像に難くない。


 「んじゃ。入るぜ!」


 だが、不機嫌なのは仕事の用件だけだ、彼らが入るとバハムートの期限は、普段よりよい方向に行くことは、サブジェイはよく知っている。特に孫的存在の自分たちには尚そうである。


 サブジェイが扉を、引いて開ける。ドライ達が事実を明かしていたときとは違い、突き詰めた思いは、表情にない。ただ知りたい。それだけの想いが、サブジェイの顔を真剣にさせている。


 レイオニーは、ただ喧嘩になりはしないかと、それだけを心配している。胸に宛がった両手が、緊張して少しこわばっている。


 「おお!もう、帰ってきたのか?」


 それとは正反対に、バハムートは歓喜の声を上げる。目を通していた書物の確認も満足にせずに、机の上をさっと片づけてしまうのだった。気むずかしい学者の顔が、老人の温和な顔になる。それだけ彼にとって、彼らの訪問は嬉しいものなのだ。


 バハムートは、いつもローブを纏っている。賢者を思わせるようなダークブルーのローブだ。上質でつややかで、ビロードの毛並みである。細い顔立ちに白いあごひげが、尚そう思わせる。

 事実世界では、そう扱われている。だが、サブジェイ達にとっては、慣れ親しんだ祖父のような存在だ。


 だが、このときのサブジェイは、一線を引いていた。父親達の歴史を知っている人間として、訊きたいことがあるのだ。バハムートはうれしさのあまり、その面持ちに気づけないでいる。


 「いや、帰ってきたのは俺とレイオだけだよ」


 サブジェイは、執務室に置かれている、談話用の小さなテーブルを囲んだソファーの一つに座る。そして、レイオニーも並んで座る。

 ここ数日のことだが、サブジェイとレイオニーに全く距離感が無くなっているのが、バハムートに見えた。そんなところは、目敏いようだ。


 だが、帰ってきたのが二人だけだと聞いて、一寸残念そうだ。バハムートも、正面のソファーに腰をかける。


 「そうか……、で、どうじゃ?向こうの状況は、手間取りそうなのかの?」


 バハムートは早速新しい史実を耳にしたがった。


 「じいちゃん。その話は、シンプソンさんが帰ってきてから聞いてくれない?実は俺、どうしても訊いておきたいことがあって、先にレイオと二人で帰ってきたんだ」


 サブジェイは、指を組み、両肘を両膝につき、前のめり気味になって、バハムートを下方から鋭く観察するようにのぞき込んだ。

 サブジェイが聞き出したかったのは、ドライに仮初めの命を与えた時の状況だった。

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