第2部 第7話 §8

 剣をはじき飛ばされないために、柄を握りしめた両手に、ドライの体重がのしかかっている。心の重圧と比例している。びくりとも動かない。

 サブジェイが殺されないためには、それなりの戦い方をする必要があったのだ

 サブジェイが十分に怯えを知ったところで、ドライの目がゆるむ。だが、決して力を緩めない。


 「俺は、俺だ。おめぇは、おめぇだ。ケド忘れると、こうなる。絶対自分を見失うな。いいな。オメェは、レイオを守って生きて行かなきゃなんねぇ。いいな?」

 ドライは、サブジェイの剣から、足を退け、ブラッドシャウトを退ける。


 「そんなんじゃねぇよ……」


 サブジェイが、ぽつりと呟く。


 「そんなんじゃねぇんだよ!」


 サブジェイは、腹の底から声をはき出して、論点が違うことを訴える。

 ドライの足下に投げかけられた声は、びりびりと彼の体に伝わり、サブジェイの思いはもっと他のことにあるのだと知る。


 「そりゃ、オヤジがどうとか……、そりゃショックだけどさ!でも……でもなんで、一番最初に、俺に言ってくれなかったんだよ!なんで、ルークさんなんだよ!俺、あんたの息子だろ!?」


 見上げるサブジェイの目は悔しそうだった。

 やりきれない気持ちは、ドライにも判る。彼が何に対して、怒りを簿得ているのかも判った。だが、それを応えたとしても、答えにはならないだろう。


 当たり前である。ドライ達が願っていたのは、自分たちの子供達の平穏な未来だったのである。別に今それが崩れたというわけではない。だが、ドライの過去を話すと言うことは、自分たちの過去を話さなければならないということである。それは恐らくサブジェイの思考に大きな影響を与えただろう。陰陽どちらに転ぶかは判らないが、運命を左右する。


 セシルが、シルベスターの子孫であると自覚して生きてきたように、その考えはどこかで彼らに付きまとうに違いないのだ。

 物事を語るには時期がある。幼くても自覚できる物事もあれば、そうでないものもあるし、必ずしもドライが語ろうと思った時期が、正しかったわけでもない。


 ルークが現れ、ザイン達が現れたのは、ひょっとしてその時期に差し掛かったからなのかもしれない。

 恐らく自分たちと同じだろうと、ドライ達は思っているが、サブジェイ達が、自分たちより早く老いるかもしれない。だったら、静かに暮らせた方がよいと思ったのだ。


 理由を言えば、いくらでも言えるだろう。だが、言葉では言い尽くせない。今のサブジェイの気持ちに、収まりをつけることが出来るほど、強い言葉はない。

 それはただ、押さえつけて、納得させようとする手段にしかならない。


 「すまねぇ」


 ドライは、サブジェイの目を見たまま、すべての気持ちをその言葉に託した。

 サブジェイも納得が出来たわけではないが、叱咤の言葉が出てこない。責めてもどうにもなるわけではないと、判っているからだ。ただ、自分の言い分をぶつけたかった。それだけだった。


 「今、何言ったってあんたらしくねぇよ……」


 サブジェイが、剣を納めて、背中を見せる。


 「レイオ……、行こうぜ」


 サブジェイが、愕然した様子で、レイオニーに声をかけたときだった。


 「まてよ」


 ドライは、まだ剣を納めずに、サブジェイを止める。その声は、驚きや、戸惑いなどはなかった。まだ言い忘れていることがある。サブジェイにはそう聞こえたのだ。


 「なんだよ……」


 これ以上何があるというのだろう。サブジェイの興味はすでに、失せ始めていた。


 「オーディン!オメェも、何れこうなるぜ……」


 サブジェイに限定せず、オーディンにそういったのは、今後のサブジェイ達の年齢に加速がつくかどうかが、まだ不明だからだ。だが、視線ではサブジェイを釘付けにした。

 ドライは、誰もいない方向に向き、集中し始める。剣を真正面に向けて構え、静かに呼吸をする。


 「おおおおお!」


 次の瞬間、目を見開いたドライの凄まじい咆哮が、周囲に響き渡る。剣はみるみる銀色に輝き初め、ドライに同調するように、輝き始める。

 ドライは、シルベスターと接していたときの、怒りに高ぶる感覚を思い出しながら、意識を高めて行く。すると、ドライの目が深紅から銀色へと変化し始め。周囲には溢れかえったエネルギーで、しびれ始める。


 「せい!」


 ドライは、一度上に振りかぶり、剣を真一文字に振り下ろす。その瞬間空気が引き裂かれ、摩擦で破裂し、真空が押しつぶされる、巨大な落雷のような音が轟く。

 刹那もかからず、ドライの振るったまっすぐ先の、大地が一筋に裂け、地面が飛び散り捲れあがる。ブラッドシャウトの描いた弧に、未だ空気が白く燻っている。実際にはいつ振り上げて振り下ろしたのか、サブジェイ達には、判らなかった。正面に構えたドライがいつの間にか、剣を下ろしているようにしか見えなかった。


 だが、一つだけ見えたものがある。それは、シルベスターのように、瞳が銀色に変化したことだ。


 剣を振り下ろしたドライの瞳は、元の色に戻る。

 そのドライの顔には疲労感が浮き出ている。


 その一瞬に放たれた力は、明らかに今までのものとは異質だった。人間の力を超えている彼らにさえ、それは別次元の壁を越えているのが分かる。

 ドライは、サブジェイを見る。そして、オーディンを見る。


 「シルベスターとやり合ってるときに、俺の中で何かが弾けた」


 自分たちの運命を狂わせるシルベスターに対して、ドライがどれほどの怒りを持っているのか、オーディンはよく知っていた。ドライの意地が、その一線を越えさせたのなら、過去にも超えられたはずだ。

 だが、なぜ今なのだろうと思う。


 「だが、此奴は相当身体にくるらしい」


 ドライは再びサブジェイを見る。

 あたりが静まりかえる。力の溝を明けられたのは、何もサブジェイだけではない。互角だと信じていたオーディンも、少しショックを受ける。

 そんなオーディンが、普段ドライがするように、目をつぶり、頭の後ろを掻く。


 「参ったな……」


 だが、オーディンのショックは、サブジェイの思っている深い溝という意味とは、少し違うようだ。続けて何かを言いそうになったオーディンに、ドライはクスリと笑いながら、彼の眼前に手を出す。

 サブジェイとの会話が終わってからだと、言いたいのだ。


 「サブジェイ。ルークについて行け。今の俺は……空っぽだ」


 ドライは、サブジェイの頭をなで、上からそっと彼の顔をのぞき込む。悔しそうなサブジェイだった。追いつけそうなのに、ドライはさらに上を行く。唇をかみしめるサブジェイの顔は、背伸びがちな彼には見られないほど、子どもに見えた。

 頭をなでるドライの手がいやに優しい。

 ドライは、サブジェイの頭をなでるのを止める。サブジェイの戦意も消沈する。力だけの勝負なら、今は火を見るより明らかなのだ。挑む意味がない。


 「当分……あんたとは勝負しねぇ……」


 サブジェイはそういうと、ドライに背中を見せる。

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