第2部 第7話 §7
ドライは、城の庭に出ている。側にいるのは、オーディンと、ザインだとシンプソンだ。
庭園内に作られたクリークの側で、ドライは胡座をかいで、座り込み。頭頂部をぼりぼりと掻いている。三人はその側で、立っている。
「めんどうくせぇなぁ……」
オーディンには、ドライの言いたいことがよく解った。確かにいずれ説明しなければならない事実だが、サブジェイの反応が、予想以上に酷かったので、その溝を埋めなければならないのだ。
どうでもよいと言うわけではないのだが、ドライはその選択肢をサブジェイに任せているのだ。後は彼が考え、答えを導き出さなければならない。
「ドライ……」
シンプソンが心配げに口を開く。彼はサブジェイの心の痛みを気遣っている。シンプソンはそれが分かる男だ。自分が睨まれたことなど、みじんも気にしてはいない。
「安っぽい慰めでした、でしょうか」
「霊子学……だな」
ドライは、そういいながら、ちぎった芝をクリークに投げ込む。初速だけは勢いよく、次の瞬間には、空気の抵抗にまけて、方向性を失い、すぐに重力にまけて、水面に落ちて、いくつもの波紋を浮かべた。
「実のところ、俺にもどうかわかんねぇんだよ。そこんところがな……」
ザインは、彼らの会話がいまいち解らないが、口を出すべきところではないのだということは、解った。
「シンプソン。なんで、死んだ人間を再生させても、息を吹き返さない?」
「魂を呼び戻せないからです。肉体から遊離した霊体を強制的に、肉体に還元させることが蘇生です。ですが、今の私には、蘇生の魔法は不可能でした。詠唱しても、肉体の再生は可能でも、再び目を覚まさせることは出来ません」
「ちがうだろ?」
と、ドライが、シンプソンのそれに、反論する。
何が違うのか?シンプソンは、たじろいでしまう。
「オメェにデキねぇってことは、世界中の誰にも出来てねぇってことだ。だが、シルベスターは違う。あのとき、ひっつかまえて、訊いておきゃ、よかったな」
ドライは大の字になる。
話が断片的だ。ますます、ザインには解りにくくなる。
「おめぇにとって、治癒魔法や防御魔法は、技術とかそんなレベルじゃねぇんだろ?息をするのと同じ……ちがうか?」
「それは、ちょっと言い過ぎかもしれませんが」
シンプソンは、ドライの過剰評価に、苦笑いを浮かべて、照れてしまう。
シンプソンが蘇生魔法を使うに到ったのには、理由がある。一つは自己の向上である。もう一つはそれに到る出来事があったからだ。
レイオニーが小さい頃に買っていた猫が、謝って馬車に撥ねられてしまったのだ。どうにかならないのかと、持ちかけたオーディンに応えよとした、シンプソンだったが、結果はどうにもならなかった。
「俺は、俺だ。かわりゃしねぇ。が、俺の魂が昔の俺のか、俺自身のものか、俺自身でもわかんねぇ。理屈で行けば、俺の魂は、どこかに彷徨ってて、俺は俺……。でもそうでなくてもやっぱり俺は俺だ。面倒くせぇなぁ」
はっきりしないところが、捂しい。が、唯一言えるのは、現在ドライ=サヴァラスティアと呼べる存在は、彼ただ一人だということだ。
「おい!おやじ!」
苛立ちを吐きかけるような、その声はサブジェイだ。オーディンとザインが道を空けるようにして、振り返ると、そこには、ブラッドシャウトを右手に持ったサブジェイが立っている。いつになく眉毛がつり上がっている。不満を持って周囲に接していた昔のドライの顔によく似ている。
今のドライは柔らかい穏やかな表情をしている。サブジェイが現れたそのときでも、驚きに目を丸くしているが、構えたりせず、地面に寝転がったまま、自然な驚きを持って接しているのだ。
しかし、サブジェイが自分のせいで、イライラしているのは解っている。だが、なぜこのタイミングなのか?ということだ。
「サブジェイ!」
それはレイオの声だ、サブジェイの左腕をつかんでいるが、止めきれずここまで引っ張られてきたのだ。レイオニーは困った顔をしている。
レイオニーは、そんな感情で、ドライと勝負などしてほしくないのである。
ドライが、ゆっくりと起きあがり立ち上がると、サブジェイは重いブラッドシャウトを反動をつけて、ドライに投げ渡す。
ドライはいとも簡単に片手で、ブラッドシャウトの鞘のベルトを掴み受け取る。
ドライは何も言えない。気分ではない。一言で言えばそうなのだ。疼かないし、ワクワクもしない。譬えそれがオーディンや、ドーヴァが嗾けても、今のドライの心境に変化はない。
ドライはサブジェイを見る。色々口から言葉をはき出したとしても、サブジェイは納得いかないだろう。いや、恐らく今勝負して、どちらが勝ったとしても、サブジェイの苛立ちは取れないだろう。
「勝負してやれ」
オーディンの言葉が、ドライの背中を押すのだった。
ここしばらくは、レイオニーを手に入れるため、オーディンとの勝負が絶えなかったサブジェイだった。
ドライは、矛先を右側に向け、剣を地面に水平に構える。ドライの身長とほぼ同じ長さの剛剣。重量は人の体重を優に超える。サブジェイは片手で、それをドライに投げ渡した。ドライはまそれを平然と受け取る。彼らの豪腕ぶりが伺える。
ドライが剣を構えると、オーディンが、鞘を引き、ドライの気持ちを前に出させる。
ザインは、オーディンが剣を振るうところは見ている。だが、オーディンと双肩だと言われるドライの腕前は見たことがない。
今日のドライには、陽の面がない。オーディンはそう思った。勝負のための健闘や、指導のための厳しさがない。剣を抜かせたのはオーディンだったが、剣を抜いたドライには、冷え零れるような冷たさが、漂っている。
「レイオ。どいてな……」
「ドライ……」
それは、彼女が見たことのないドライだった。ドライは、ゆらりと左に体を流しながら、両手で剣を順手に持ちなおし、ゆっくりとサブジェイの右側に回り始める。
「レイオ、こっちにきておきなさい」
オーディンがドライと対照の位置に動きレイオニーの腕を掴み、シンプソンの側による。
赤く燃えるようなブラッドシャウトの刀身からは、それと反比例する冷たい空気が漂っている。ある意味魂の隠ったドライの剣だ。そこには、戦いの歴史が刻まれている。
サブジェイも苛立ちの表情を浮かべたまま、剣を抜く。彼には、ドライの空気など見えていない。苛立ちをぶちまけ、叩きのめすことしか念頭にない。そして、頭を下げさせたいのだ。
「でぇぇい!」
サブジェイが、策もなしにドライの正面に突っ込む。ドライは俊敏に受けの構えをとり、サブジェイの剣を真正面で受けると、そのまま簡単にはじき飛ばす。
オーディンですら、ドライと本気で戦うときは、彼との鍔迫り合いを避ける。当たり前だ、ドライの腕力は、桁違いなのだ。その腕に握られた剣は、まさに破壊の神と化す。
サブジェイを突き放したドライは、冷静に立っている。
サブジェイは、突き放された距離が、まるで自分とドライの実力の差を示しているように見えた。
次の瞬間、ドライは弾丸の速度で、サブジェイに突っ込み、ブラッドシャウトを、下方からなぎ払う。すべての法則を無視して、大地を抉る長い刀身。受けに回ったサブジェイだが、さらにはじき飛ばされる。
オーディンやドーヴァと戦うときには、それなりのセオリーがある。もちろんドライと戦うときにも、そのセオリーが存在する。サブジェイもそれを心得ているが、今は頭に血が上っているため、その手段をとらない。
吹き飛ばされたサブジェイは、体勢を立て直せない。
第三撃。ドライは剣を真上からサブジェイのスタークルセイドにたたき落とす。叩き伏せられたスタークルセイドの矛先は、ブラッドシャウトの矛先と共に、地面に深くめり込み、動きを封じられる。
そして、ドライは地面に食い込んだブラッドシャウトの先端付近に足をかけ、サブジェイをちらりと見る。
「どした?今日のおまえ、弱すぎるぜ」
何という冷徹な瞳だろう。同じ赤い瞳同士が向かい合っているというのに、サブジェイの瞳は戸惑いに震えて止まらない。この至近距離で剣を封じられた瞬間、それは死を意味する。ドライの目は、「おまえを殺せるんだぞ」と、サブジェイに伝えている。
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