第2部 第7話 §6
戻る者は戻る準備をし始めるのだった。
「じゃぁ、頼むわね」
「仕方がないわね」
それはローズとブラニーの会話だった。勇ましい女とクールな女二人の表面的な装いは、そんな感じだろう。二人の話し合いは、しばらくここに残る者達の生活用品の移動である。
二人はローズの部屋に移っている。ベッドに軽く座ったローズと、腕を組みスタンスを肩幅程度に取り、崩した姿勢でリラックスして立っているブラニー。向かい合ってどことなく無表情な様子で互いを見ている。
瞬間移動が出来るのは、ローズと、ブラニーの二人だけだ。ローズは身重なので、非常時でない今、無茶は出来ない。
「本当に大丈夫なの?」
ブラニーはありのままに聞く。過剰な心配や、親しみから来る過保護さなどは一切ない。母体としての彼女に無理はないのか?と、聞いているのだ。
「大丈夫。お城の良い部屋かしてくれるっていうし。ニーネがいるしね」
ブラニーはその名前を聞き、自分の知識と記憶をさっと流して覗く。
「彼女……何者かしら。私たちと同じ?」
「多分そうじゃない?」
ブラニーが言いたいことはよく解る。ルークから見れば、ニーネのことなどどちらでも良いことだったが、ブラニーはそうではないようだ。
戦闘能力を持たず、レイオニーのように特殊能力を持つわけでもない普通の女性なのに、年は取らない。ニーネはそれに対して少しも不安がっていない。
「でも、そのお陰で、オーディンも寂しい思いもすることないんだし。私にドライがいるように、貴方にルークがいるように、オーディンにも、ニーネがいる。それでいいんじゃないかしら?」
ブラニーは、ローズを単純だと、その言葉を否定しようとしたが、確かにそう考えた方が、幸せでいられる。
「座って良いかしら?」
「どうぞ?」
ローズは、ブラニーの疑問形に対して、半疑問形で応える。別に立っている必要はないのだ。ブラニーはローズの真横に座る。
「貴方は、平気なの?」
と、いきなり切り出されたので、ローズは、どの話題に対して焦点を絞ればよいのか、解らずにいた。考えたが、的確でない。ブラニーは間接的にローズに悟らせたかったのだが、それは基本的にローズが余り触れないようにしているものだったので、ブラニーが求める言葉はローズの口から発せられることはなかった。
「なに?」
言いたいことが解らない。ローズは、それだけをいう。
「怒らないでね」
ブラニーの言葉は、気を遣うわけではない。言葉がはっきりとしていて、静かに問う。ローズは両掌を上に上げて、軽く肩をすくめて、その両手をラフに膝の上に戻す。
「ドライ=サヴァラスティアのこと……本当のあの男は……」
ブラニーは聞きたいが言いにくそうだった。だが、やはり知りたいのだ。女同士の話し合いをしたいのだ。先ほどは、あくまでも事実をさらけ出すだけの話し合いだった。ローズの気持ちは含まれていないのだ。
ローズは、ふっと息を抜いて、後ろ手に両手をつき、天井を見る。彼女の中でドライが自分の前に戻ってきた事を思い出す。
「あいつね……、のんきな顔して、私の前に戻ってきたわ。そのとき私は、ドライを生き返らせるために、どれだけ世界を回っていたか……、シンプソンがね。引き留めるのよ。彼を生き返らせる旅の疲れを取るために、唯一私が家と呼べた、シンプソン家に戻ったときだった」
ブラニーはこの話を茶化すことも否定することもなかった。皮肉を言うこともない。ただ、じっと聞き入っていた。
「それは、オーディンが、シンプソン家に戻ってくるのを、私にびっくりさせようって、そんな気持ちからだったらしいわ。誰もドライが帰ってくるなんて、思いもしなかったコト。オーディンが戻ってくるその日、ドライは偶然にも、戻ってきた。オーディンと、ニーネと一緒に。あのときは本当にびっくりした。ドライが目の前にいるだけで、心臓が破裂しそうなほど嬉しかった。そのときは頭がそれだけで一杯だったけど、アイツはそうじゃなかったわ。自分の存在自体に凄く疑問をもっていたの。だけど、アイツなんて言ったとおもう?」
ローズは嬉しそうに喋る。事実は複雑で辛いのだが、その経緯を語る彼女は全くそうではない。
ブラニーは首を横に振るしかない。ドライがどう言ったのかなぞ、想像もつかない。
「『それでも、お前に会いたかった。抱きしめたかった』って」
ローズは、その言葉に満足げにそのときの情景に浸っている。
「切ないアイツの目……何度も見てきたけど、あんなに寂しそうで、情熱的な目ってなかたわ。ルビーのように真っ赤な瞳の中に、情熱の炎が灯った、アイツの目」
ローズは、今のドライを愛することに、何の疑問も感じていない。ドライもまた、自分の愛が、写し身ではなく、本当の自分の心だと、信じている。
ただ、ローズが気にしているのは、何かある度に、誰かがそう暗示するように、彼の過去を蒸し返すのではないか?と、いうことだった。
ドライは、自分がシルベスターの操り人形でないことを、証明したいのである。
「それに約束だから」
ローズは、ゆったりした姿勢のまま、再び二人の約束の言葉に酔いしれている。
「約束?」
「そう。ずっと、私の側にいてくれるって……ね」
ローズは、ブラニーの方を見て、穏やかに微笑む。そこには大ざっぱでもなく、男勝りでもなく、勇ましくもない、ふつうの彼女がいた。
ローズは、ドライを信じている。譬え連続した歴史を持たない彼だと知っていても、彼はローズにとって、ただ一人の男なのだ。
別に彼女を不幸にしたいわけではない。ブラニーは、もっと掘り下げ、その核心を捉えたい。だが、言葉が出なくなってしまう。
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