第2部 第7話 §5

 ザインは、ブラニーと扉の方を何度か振り向き見る。

 だが、結局何も出来ずに、椅子に腰をかける。


 「大丈夫。ああいう人だから気にしないで」


 それと同時に、ブラニーは、サブジェイの方を見る。彼は震えている。恐怖ではないし、興奮でもない。明かされた事実は、魔導師の伝説より尚彼に衝撃を与えた。


 「なんなんだよ……それ」


 彼にはそれしか、言葉に出来なかった。どの過程について最初の不満をぶつけるべきか、解らなくなっている。ローズはいいのだ。一度死んでしまった人間ではあるが、彼女は生き返っている。


 だが、ドライは、その存在自身が偽りなのである。それが自然の法則に逆らっていようが、そうでいあるまいが、サブジェイにはどちらでもよかった。

 だが、自分はその存在しないはずの、血を受け継いでいる。それが呪われている分けでもないし、それが許せないわけでもない。


 「俺……知らないことばっかりじゃん……俺自分のこと、なんにも知らないじゃん!!俺のことなのに!!なんなんだよ!それ!」


 サブジェイは立ち上がり、まるで怒りに暴走してしまいそうな感情を抑えるために、テーブルを強く押さえつけ、そこに言葉を激しく吐きかける。


 「伝説とか、その血筋とか聞いたトキは、なんか……すげぇって思ったし、オヤジ達すげぇな!って思ったよ。派手に暴れてるくせに、静かに暮らしたいとか、そんなのもバカバカしくて、笑ってられるよ。隠してたことにも、あんまり気にしなかったけど。オヤジとお袋のことくらい……俺のことぐらい、ちゃんと教えてくれてもいいじゃん!!何にも知らないで……俺、バカみたいじゃん……」


 サブジェイから出た不満は、自分の境遇そのものではなかった。ただ、平和に当たり前に今まで生きてきただけだということに、酷く不満があった。知るべき事を知っていたら、もっと考え方や物事の進め方も変わっていたはずだった。良くも悪くも、ドライへの視点も変わっていただろう。


 偽りの平和の中で生きてきた気分だった。正しくは、ドライ達が築き上げてきた平和だ。決して偽りではない。


 「あんたは、あんたよ。私は私……ドライはドライ」


 複雑なのだ。ローズはドライを愛している。ドライもローズを愛している。今の彼もその気持ちは変わらないし、ある意味彼は何一つ変わっていない。ローズを生涯愛していけると、彼は信じている。一生側にいたいのだ。譬え、元の自分の亡骸の前に、立っていようとも、彼の思いは変わらない。


 「慰めかもしりませんが……」


 シンプソンが語り始める。別にサブジェイは慰めなど欲しくはない。だが、彼を嫌うほど勝ち気な感情は今はない。黙っているだけだ。シンプソンはそれを、Yesと取る。


 「蘇生の魔法が、容易でないのには理由があります。それは魂というものは、一つしか存在しないからです。その霊的因子を正しい肉内に誘導するには、それにアクセスしなくてはなりません。力量的には可能なのですが、どういう訳か、蘇生魔法は使えないのです。ですから、仮に死んだ者を生き返らせたとしても、私には肉体の復元しか出来ません。サブジェイ。魂は一つだけです。解りますか?」


 サブジェイの怒りの震えが一瞬止まったようにみえた。だが、次の瞬間斜め正面のシンプソンを、ギッと睨み付ける。今まで見せたことの無いような形相だ。怒りに満ちている。


 全員それに痺れ、一瞬構えそうになる。


 しかし、今度はサブジェイがその気配に気がつく。自分の感情が、悪い方向へと膨らんでいることを悟ったのだ。それは、シンプソンの気遣いで、自分の心を和らげようとしてくれた行為なのだ。

 だが、サブジェイは、すぐにそれが、本当に慰めの言葉でしかないと知ってしまったのである。

 彼等の話し合いは、終わる。

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