第2部 第7話 §4

 何故シルベスターと対立することになったのか、それを話す権利は、彼等の誰にでもある。しかし、その後のドライの事を語る権利があるのは、基本的にドライしかいない。そして彼以外に話すことが許されるのは、セシルやシンプソンではない。オーディンはドライを差し置いて話す気にはなれない。


 ドライは頷く、話すために前屈みになりかけていた姿勢を、再びリラックスした状態に戻し、背もたれにもたれかかる。

 ローズが話し始める。


 「貴方達が、いなくなった後ね。私たちはクロノアールと二度、シルベスターと二度戦う事になったの」


 ローズは、ドライが思うより、過去の話から始めた。


 「最初のシルベスターのいない状態でのクロノアールとの戦いは、壮絶を極めたわ。オーディンは腕をもぎ取られ、ドライは目を抉られ、そして私は……、殺された……」


 確かにルーク達にとって、それは新たな事実である。子ども達には衝撃の事実である。サブジェイの心臓が一度ギュッと縮んだ。では、今いる母親は、何者だろうと思う。


 ローズは、一度サブジェイの方を見た。

 ルークはその視線で、それがこれから話す事の前触れであり、息子に覚悟を悟らせるものであると悟った。


布石である。


 ローズは、その後、後から聞かされたドライが、クロノアールに崖下に落とされ、シュランディア=シルベスターとしての記憶を取り戻したことを語る。

 つまり本来、シルベスターの子孫達を導くはずの存在の記憶を取り戻したのである。


 二度目のクロノアールとの戦いは、必死だったが、目覚めたシルベスターと共に勝利を収めたことまでを語ると、ローズは一度息はいた。


 「もし、ドライが昔のドライのままだったら、多分そのことに気がついたりは、しなかったのかもしれない」


 そうして次にローズは、思わせぶりなセリフから話を始めたのだった。


 「シュランディアは、シルベスターをよく知っていた。だけど、ドライはその運命に従うことを許さなかった。シルベスターの望むものは、人間が平和に暮らせる世界。クロノアールのいなくなった世界では、私たちは、邪魔だった……」


 ルークは不思議に思う。もちろんローズの話は終わっていないが、クロノアールもシルベスターも、自分たちにとっては絶対的な存在である。ローズの話が本当なら自分たちは今生きていないのである。だが、こうして生きている。ドライも生きている。ルークは、ドライが殺されなかったのは、彼がシルベスターの子孫だからだと、思っていたが、それは見当違いのことであることに気がつく。


 「ドライは……ドライは殺されそうになった私たちを庇うために……シルベスターに殺された……」


 サブジェイの心臓がもう一度止まりそうになる。ルークの掌にもじわりと汗がにじみ出た。驚きに目を見張っている。ルークは、どういう訳か一度シンプソンを見る。


 シンプソンは首夜を横に振った。ルークがシルベスター側の人間で、一番気を許しているのはシンプソンである。オーディンや、ドーヴァを毛嫌いする意志はない。波長の問題だ。

 ルークは、ドライをもう一度見る。


 「てめぇ……何者だ……」


 不可解、不愉快、ルークのドライを見る目が変わる。シンプソンが首を横に振った意味は、自分がドライを生き返らせたのではないということだ。当時のシンプソンにはそこまでの力はないのである。


 今でもそれはない。だからこそ、ドライが街の防衛で大けがをし、死にかけたとき懸命に治癒の魔法をかけたのである。


 「俺は……ドライだ」


 ドライが口を開く。それと同時にローズは語るのをやめる。


 「俺は死んじまった……。けど、ジジイが、古代の力で時間をくれたんだ。最後にもう一度シルベスターと戦うために。その体は金属で出来ていて、人間の体じゃなかった。俺はよ……そのとき初めて、死ぬって事がどれだけ辛いかよく解った。そのときまで、なんにもおもっちゃいなかったが……。せめて愛した女を守ってから死ぬ!最後にもらった力で、必死になった」


 「そんなことは、いいんだよ!テメェは、何者なんだ!」


 ルークは、酷くそこに固執した。サブジェイは、今にも息が止まりそうである。レイオニーもショックだったが、サブジェイのそれとは、比較にならないくらい軽いものだ。シードとジャスティンは、ただ見守ることしかできない。


 「いったろ?俺は、ドライだ。たとえこの体が、シルベスターに与えられたものでも、俺はドライだ」


 まるで自分に言い聞かせるように、ゆっくりと強調してドライはいう。経緯を知っているものは、それに同意し、何度も何度も頷き、彼の心を後押しする。


 彼の死は、シルベスターのためのシュランディアではなく、自分たちの仲間として犠牲になったドライが、シルベスターに背いたために、到った結果なのだ。彼の肉体が与えられたものであっても、それは彼等の誇りなのである。


 「く……てめぇ……」


 立ち上がったルークは前のめりになり、拳を振るわせている。悔しさが顔ににじみ出ている。


 「俺達は、シルベスターに勝った。奴さんを殺した訳じゃなかったが……、いや、殺したとおもってたけど生きてたんだ」

 ルークは、ひとまず最後まで話を聞くことにした。自分が求めたものでもあるし、なぜ、シルベスターがドライを生き返らせたのかも、興味がある。


 「クロノアールを封印したシルベスターの浮遊島は、奴自身の放ったサテライトガンナーで、砕けて落ちた。封印を施された、クロノアールも今じゃどこかの海底だ。こいつ等は、無事だったが、俺は気がついたら、砂漠の真ん中で、シルベスターが側にいた。そのときには、既に俺は今の体を得ていた」


 ドライは、自分でも思う以上に冷静に過去を語ることが出来ている自分に気がつく。確かに、その事実に蟠りが無いわけではないが、それは恐らくオーディンやセシル達が、ドライをドライだと確信して彼の存在を信じてくれているからだろう。オーディンも言った。みな彼を誇りに思っているのだ。


 「今回シルベスターの対峙で解ったことだが、どうやら、俺達にはまだ、やらなきゃならねー事があるらしい。奴のためにな……」


 だが、精神的に疲労感は感じる、ドライは軽いため息を吐き、体重を背もたれに任せるのだった。


 「それが俺達が今生かされてる理由……か?」


 ルークは、下からニラ見上げるようにドライを見つめる。ドライは目を閉じ、体の力を抜いている。

 それを見たルークは、スッと席を立ち、退室の動きを見せる。


 「まだ、終わってないぞ」


 オーディンは席を立たず、大した期待も込めないで、言葉だけで制止をかける。


 「くだらねぇ……時間の無駄だ」


 絨毯の上だが、ブーツの踵が床を打つが音が強い。マントは翻される。飽き飽きした表情とは異なり、そこにはルークが内にしまい込んでいる思いがはき出されている。


 「まてよ、おい!」


 そう言ってあわただしく腰を上げたザインだった。


 「無駄よ!」


 ザインを強く制止したのは、ブラニーだった。言葉は強かったが、彼女が口を閉じると、空気は静かに凪ぐ。そして、ルークを追うタイミングを失い、ルークは、扉の向こうに姿を消してしまう。

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