第2部 第7話 §3

 「終わっちゃいねぇだろ。俺にもお前にも、こいつ等に言わなきゃならねぇことが、シコタマ残ってるはずだぜ」


 ルークが、子ども達の方に視線を一周させる。そして、無論自分に言うべきだと、彼は思っている。

 そうだった。


 皆が気にしているのは、ローズがうつむき加減になることだ。だいたいの出来事は大ざっぱに笑い飛ばして終わらせてしまう彼女だが、この話題になったとたん、酷くおびえているように見える。


 「私が……いって……いい?」


 ローズはドライに聞く。有り体に、こんなにドライに気を遣っているローズはない。それを見つめ返すドライの目は優しい。ドライの胸は、ローズへの愛しさで締め付けられている。


 ドライがそれを語ることは、彼自身の自虐行為にあたるのだ。ローズはそう考えると耐えられないのである。


 だが、ローズがそれを口にすることは、ドライには耐えられない。自分が傷つくからではない。ローズが自分の盾になり、彼女が傷つくことが怖いのである。

 先にあった、ルークとの争いがまさにそうである。二人はお互いのために傷つくことを厭わないが、互いがそれを見せつけられることに耐えられない。


 「俺から先にいうが、いいか?」


 あまりに複雑な事情が絡みすぎる二人の遣り取りに、さすがのルークも神妙な顔をする。彼の発言にふたりは、はっと現実に戻されるのだった。


 「ルーク……」


 制止しようとしたのは、オーディンである。


 「仕方がねぇだろ?過去に俺は、それだけのことを、やっちまってる。いつまでも隠してる訳にはいかねぇし、なんでローズ=ヴェルヴェットが、俺に殺意を持ってるのか、セシルシルベスターが、ブラニーを憎んでいるのか、俺達ははっきりさせとかなきゃならねぇんだよ」


 ルークの心臓は強い。彼はそれを受け入れて、語ろうとしているのだ。


 「だがな……ジャスティンにゃ、関係ねぇってことだけ、はっきり覚えておいてくれ、いいな?」


 ルークはオーディンを見て、念を押すようにシードを強く見つめる。シードは息苦しくなりつつ、唾気を飲み込む。


 「解っている」


 オーディンが応えながらも、ローズやドライに視線を送ると、二人は頷くのだった。


 ルークは、ローズの姉である、マリー殺害について語る。動機はいくつかある。一つはクロノアールとシルベスターの戦いの中で、クロノアールの優位を作るために行われたこと。そして、当時老いに苛まれるルークのドライに対する嫉妬が発端だったこと。当時ドライは、ルークに右足を潰され、義足だったこと。結局ルークは、ドライを殺すまでの感情になりきれなかったこと。などだ。そして、ドライの名付け親が自分であることもである。


 ブラニーが語ったのは、セシルとドライの両親を殺害したことだ。もっとも、セシルの両親も超常的な力を持っており、シルベスターとクロノアールの戦いの発端である事件である。なぜそうなったのかも、彼女は語る。それでは仕方がないと、納得できるはずもないが、彼女とノアーの年少の生い立ちが、その全てのきっかけであることも、話す。正確には、ヨハネスブルグの魔導戦争のことである。


 その戦闘の中心には、まさに若きオーディンがいたのである。ただし、彼に罪はない。だが、歴史的な背景上、本来オーディンは、民衆としての二人に謝罪しなければならないのだ。無論それは、戦闘に巻き込まれた全ての民衆に対して、行われなければならない行為である。ここでの話はその次元ではない。


 あくまでもシアヌーク姉妹の生い立ちに関連し、事件の発端につながるプロセスを語る手段である。


 「もういい。ルーク。ブラニー。私は二人を責める気はない。ドライもローズもそうだ」

 「おめぇのその言葉にゃ救われるが……、伝えておかなきゃならねぇんだ」


 ルークはジャスティンの方を見る、彼女は飽和状態に陥り始めている。事実を受け止めきれないのでいるのだ。安住の地をもてない生活で、自分の両親が影のある人間であることは、うすうす気がついていたことだが、今までの彼女の人生はそれなりに幸せだったのだ。それは両親がいつも自分を見守っていくれていたからである。二入とも決して語ることの多い人間ではないが、その愛情は彼女に十分伝わっている。


 互いのことを知り始めてからの、ジャスティンの周囲の関係は非常に柔らかで暖かなものだったといえる。それだけに、全てが崩れ落ちてしまいそうで怖かった。彼等は全てを知っていて暖かだった。それだけに彼女の心は引き裂かれる思いである。


 「ジャスティン!落ち着け……俺達はこのままだらだらと上っ面だけで、生きていけねぇんだよ」


 ルークは、スッと立ち上がり、深々と頭を下げる。


 「すまなかった……」


 あのルークが頭を下げた。恐らく彼の中でずっと燻っていた一言だろう。自分の中で罪を認めていても、一度違えた仲である、ドライ達に対して、そうすることは容易ではない。


 それは再燃を意味するからである。だったら、初めからやらなければいい。コトの始まりに全てが還る。戻れない時間の流れに藻掻き、心は悲しみで膨れあがるが、叫んでもどうにもならないのだ。だが、謝罪の一言が、心を大きく揺さぶる。


 ローズは、ルークとの決着をつけている。それがどれだけ虚しいことなのかを痛感しているのだ。もうどうしようもない。大事な人を失った苦しみも、彼女の中で静かに揺らぐだけだった。


 これで、一つのことが終わったのだと、受け入れることが出来たのだ。

 だが、セシルは、ローズのように気丈にはなれない。だが、震えているジャスティンが視界にはいると、ルークやブラニーを責め立てることなど、出来るはずがないのである。


 ルークを責めれば責めるだけ、傷つくのは彼女である。その心に刃を突き立てるのは、間違いなく自分なのである。血の涙を流しながら泣き叫ぶ彼女の心を尚抉ることを思うと、セシルは自分の掌を握りつぶしてしまいそうなほど拳を握りしめ、歯を食いしばり、心の痛みに顔をゆがめる。


 あの戦いのさなかは、確かにブラニーを許しかけていたのだ。だが、忘れようとしたものを掘り返されたのである。だが、結局セシルは、動くことが出来なかった。それが結論なのである。結局彼女にもルークやブラニーを殺すことなどできないのだ。


 ブラニーは、自分の罪を含めて頭を下げ続けるルークの姿を横に感じながら、黙って目を閉じている。


 「もう……いい。もう、こんなのいい!全てはシルベスターとクロノアールの戦いのために生み出された悲劇だった!私たちには、避けて通れない運命だった!だから、もうあやまらないでいい!」


 セシルは、心につもったストレスをはき出すようにして、また、自分に言い聞かせるように、泣き声で叫ぶ。


 ジュリオは、真横ですすり泣くセシルの顔を見上げる。彼は何も言わない。不思議そうにそれを見つめる。話が難しくて、解らない。なぜ母は泣いているんだろうと、感覚的に捕らえようとしている。


 ニーネが立つ。そして、セシルの側まで寄り、彼女の肩に両手を触れる。


 「さぁ、少し休みましょうか」


 ニーネがそう言うと、セシルは立ち上がる。ルーク側からの話がそれでほぼ全部だと理解したのだ。それは彼女も聞いておかなければならない事実である。

 だが、ここからはドライから伝えておかなければならない事柄だ。それは自分も知っている。あえてここで聞く必要はない。それより、興奮しきっているセシルを落ち着かせるために、静かな場所に移り、暖かなハーブティでも入れてやることの方が、重要である。


 「ニーネ、すまないな……」


 言葉と同時にオーディンはニーネを送る視線を彼女に向ける。

 ドーヴァは動かない。これは、ジュリオも聞いておかなければならない話だからだ。今は解らなくても、記憶の片隅に残しておかなければならないのだ。十歳の子供をおいて、両親が離れることなど出来ない。


 ドーヴァは息子の手をギュッと握る。話の展開は理解できないが、彼はそこにいる人間達のことを、その目に焼き付ける必要があるのだと、感覚的に理解する。


 ルークは、座り直す。


 「次は、そっちの番だぜ。なんで、テメェ等がシルベスターといがみ合ってる?ジジイは、あのときの俺達には、都合のいい部分しか話しちゃいなかった。それはそれで助かってたが、俺もしらねぇコトが、あるんだな?」


 「私が話して良い?」


 それは、ローズが先ほど言った言葉だった。

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