第2部 第7話 §2

 ドライが復調して翌日。英雄達のパレードが開かれる。この国を救った彼等は、数台の専用の馬車に乗り、街のメインストリートをゆっくりと進む。


 一番面白くなさそうな顔をしているのはルークである。ドーヴァは自慢げに胸を張っている。


 先頭の馬車には、王女ザインアインリッヒの三人であり、次にドライ、オーディン、ローズ、ニーネ。そしてシンプソン、ノアー、ブラニー、ルーク、セシルに、ドーヴァ。最後にサブジェイ、レイオニー、シード、ジャスティンと、何かをしたわけではないが、ジュリオがいる。彼一人だけ蚊帳の外は、あまりにも寂しい。


 馬車はにぎわった中央通りをゆっくりと行く。

 彼等が、エピオニア十五傑と呼ばれるようになるのは、もう少し後のことである。


 「みんな喜んでるね」


 レイオニーは、手を振ることはなかったが、街の様子をよく眺めていた。


 「そうだな」


 サブジェイはそうとだけ、答える。レイオニーが何を言いたかったのかよく分かった。自分たちが感じなくても、きちんと答えは出ているのである。

 こういう場面に一番よくなれているのはオーディンだ。だが、そのオーディンでさえも、手を振ることはない。応えてやりたいが、浮かれた心境はないし、注目を浴びたいわけではない。


 全ては女王の願いなのだ。民衆に希望を再び与えた自分たちの姿を見せてやって欲しい、と。女に頼まれると、弱い性分なのは、ドライもオーディンもあまり変わらない。

 そして、このパレード以外にももう一つ彼等は頼まれ事をしている。


 「どうする?」


 ドライが何を見るともなしに、景色と同化した民衆の群れを眺めている。背もたれにもたれかかったドライの態度は横柄に見えたが、別に普段通りの彼だ。二人は互いの妻を後ろに乗せている。

 ドーヴァの他にもう一人愛想の良い人間と言えばローズだ。彼女には味わったことのない歓声だっ。無論ドライもそうなのだが、別に彼等に応えるためにしたことではない。


 最初のセレモニーでは、興奮気味だったが、冷めてしまえば、けだるいのだ。


 「ん~、ローズどうするよ」

 「そうねぇ。良いんじゃない?」


 ローズは、視線をドライに向けない。軽い返事だった。ドライはため息をつく。オーディンため息をつく。

 そんななか、いつの間にかパレードが終わる。


 本当なら、英雄達を囲んでパーティと、なるところだが、さすがにそれはオーディンが先頭を切って断った。派手にしないでほしいのだ。数日は家族とゆっくりと過ごしたい、そして、何事も無い日常へと戻れれば良いのだ。


 ただ、女王の願い事が一つあったのだ。

 少しの間で良いから、国の復興の手助けをして欲しいのだという。

 確かにドライ達も、何れ自分たちの街を出て行くつもりはしていたが、別にこの国に居座るつもりでの考えではないし、まだ先のことである。だから、戸惑ったのだ。いろいろな話し合いが、彼等の元で行われる。


 場所は小さな会議室で、重量のある木造の長テーブルが置かれており、室内も落ち着いたグリーンと深いブラウンが中心の色使いになっている。絨毯も細かな装飾が施されているが、派手さはない。明かりがともると、厳粛な雰囲気が漂うのだった。

 そこには、ザインもアインリッヒも同席していたが、王女はお引き取り願った。


 「私は、街のことがありますし、市長としての役割を果たさなければなりません」


 というのが、シンプソンの意見だ。彼が抜けると街そのものが方向性を失ってしまう。


 「俺はジュリオの学校のことがあるさかいなぁ。そっちもサブジェイもレイオも、まさか中退させるわけにもいかんやろ?」

 ドーヴァの言うとおりである。


 「俺も、こんなしけたところは、ごめんだぜ。家も建ててる最中だってのに……」


 ルークに対しては、みな期待していない。彼に押しつけることはな出来ないのだ。それに、彼の口調からして、あの街が気に入っているのである。


 「僕は……残ってみたいと思います」


 一番動的だったのはシードだった。全員が腰を浮かせてしまいそうになる。


 「父さん達の街で勉強してきたことを、ここでやってみたいと思うんです。あの街に負けないくらいのものにしてみたい」


 シードは大人達に囲まれて育ち、理解力があり、物事をよく把握し、いつも情熱の外で物事を運んでいる部分があった。だが今の彼は違う。サブジェイとレイオニーが夢を追いかけようとしているのと同じくらい、彼はそれを熱望している。


 シンプソンが、ただ子供を見つめる親の視線以上に、目を細め、シードに微笑む。

 となると、自ずとジャスティンも方向が決まってくる。ルークは一寸むくれるが、オーディンほどの親ばかぶりではない。こいつなら仕方がないと持っているのだ。なぜならシードは娘を守って生きていける力を持った男だと、思ったからである。それに、もう二度と会えないわけではないし、一般の人生観はルークは持ち合わせていない。


 「ルーク……」


 ドライが俯いたまま、思案しつつ、彼の名を呼ぶ。ルークに対して目に見えて遠慮気味なドライは珍しかった。「あん?」

 ルークもその、いつになく自分に対して、重い雰囲気を持っているドライに気づく。


 「打ちのバカ息子、預かってくれねぇかな」


 テーブルの上に肘をつき、指先を組み、そこから顔半分を覗かせるようにして、ルークの機嫌を伺う。別に断られても、どうということはないのだ。意味合いとしてはドライはここに残ってみるということだ。


 「って、姉御はどうするねん?考えてるんか?」


 ドーヴァが気遣ってくれる。少しテーブルに乗り出すような体勢になっているが、じきに腰を落ち着ける。確かにそうなのだ、ドライは組んでいた手を解き、むずがゆそうに後頭部を掻く。


 「あら、嬉しい。お姉さん思いねぇ。もうハグしちゃおうかしら」


 ローズが上機嫌になる。愛情の籠もったハートが沢山飛んできそうである。ローズが言うと微妙にエッチなのだ。サービスのオプションが沢山ついてきそうである。


 「妊娠……しとる……さかいや……だから」


 少し色っぽいローズの視線にドーヴァは照れながら、顔を背け、ぶちぶちと言いそうな顔をしている。確かにローズはよく可愛がってくれるのだ。


 「ドライの居るところが私の居場所!大丈夫よ。無理してるわけじゃないから」


 ローズはドーヴァに向かってウィンクを一つする。それは同時に全員が少し気がかりになっていた面でもある。だが、ローズがそういうのだ、その選択権は彼女以外誰にもない。


 確かにドライが、ローズを気遣って、住み慣れた土地に帰るのが、セオリーなのだが、ドライにはどうしても、帰れない理由があったのだ。


 「終わったか?」


 ルークが低い声で、ちゃかされた本題を元に戻す。


 「いいわよ」


 ローズが引く。背もたれに楽に腰をかけるのだった。


 「学校がどうだかしったこっちゃねぇし、面倒くせぇ。どうせなら、チチクリあってる奴と一緒にすりゃいいんじゃねぇのか?」


 とレイオニーを指さす。


 「下品だ!!撤回しろ!無論、結婚を前提とした正しい交際だ!そうだろう?サブジェイ!」

 「え?!俺?あ?え?!」


 忙しくルークとオーディンを見回すことになるサブジェイ。彼の横にレイオニーは真っ赤な顔をして撃沈している。


 全員がサブジェイの解凍に興味を持っている。


 「ももも……モチろん!き……きまってるじゃぁねぇか……んなの」


 背を縮こまらせ、低い位置から大人全員を見回すサブジェイ。


 「立派だ!ジュニア!私は応戦するぞ!」


 と、力が入っているのはアインリッヒだ。立ち上がりテーブルを叩き、左手をぐっと力強く握りしめて強いまなざしで、サブジェイを見ている。

 ジャスティンは目をきらきら輝かせている。これだけのメンツに対して、彼は言い切ってしまったのだ。


 「解った解った!オーディン、テメェの娘のことは、撤回してやる」


 ルークとしては、確かに事実を述べただけの話だが、オーディンの父親としての心は痛く傷ついたようだ。


 「にしても、ただ俺に預かれ……なんてつまらねぇこと、言いたいテメェじゃねーだろ?」

 「ああ、頼むわ」


 頼み事があると言いつつも、何となく曇りがちで冴えない返事のドライであった。


 「私も、ここで街作りに加わりたいと思う。色々考えた末なんだ」


 オーディンは座り直すと、多くは語らなかったが、そこには決意が見られる。あの小さな村を大きな街に育てたように、彼の意欲が再び燃えはじめているのだ。

 確かにレイオニーのことは、気がかりなのだ。共に暮らせばよいのだが、長年外界から切り離されたこの国では、彼女が学業に励むことも専念することもままならない。


 それに考古学に長けたバハムートがいない。

 父と娘の行く道は既に異なり始めているのだ。


 「じゃぁ、まとめて預かりましょうか?」


 ブラニーが言う。両手を差し出して、全員にお伺いを立ててみる。珍しいこともあるものだ。

 オーディンは戸惑ってしまう。思わず周囲をキョロキョロと見渡すが、誰にどう意見を求めて良いのやら、解らなくなる。


 誰かが出しゃばることではない、ブライトン家の中で決めることだ。


 「では、お頼み出来ますでしょうか?」


 ニーネは穏和な笑みを浮かべながら、ブラニーに伺ってみる。


 「いいわよ」


 ブラニーは目を閉ざす。相変わらずクールな声だ。だが、どういった風の吹き回しだろうと、全員が思っている。そればかりに関心がいって、反対意見や対立意見が出なかったことも事実だ。


 レイオニー自身も反論できない。自分のことだが、何も言えない。基本的には、面倒を見てくれると言うことに対して、反論することが失礼だということと、サブジェイと同じ屋根の下に住めることが、その要因だ。


 「だいたい決まったな……」


 ドライが言う。ルーク以外は頷くのだった。

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