第2部 第6話 §15
「サブジェイ。キーをかして!」
サブジェイもしゃがみ込み、目の前のレイオニーにキーを渡す。
何かを探しているレイオニーは、いつもの彼女ではなく、キリッとしている。隙が無く、十六歳の少女には思えない。ここにドライがいたならば、間違いなくマリー=ヴェルヴェトとその姿をだぶらせるだろう。
「サブジェイ、そこにいたら危ないから、私の後ろにいて」
平坦な言葉遣いだった。喜怒哀楽が感じられない。先ほどのレイオニーとは全く違う。
「あ。ああ……」
一秒ほど送れて、サブジェイが締まらない返事をして、レイオニーの後ろ側に回る。
レイオニーは、ディンプルのついた方ではなく、電子部分のついた方を、地面に向け、ブツブツと何かを唱え始める。
すると、二人の眼前の地面が大きくせり上がり、そこにはエレベーターの入り口のような扉が現れる。ただ扉は左右が組み入るうにジグザグになっている。未来的な軍事基地のハッチのように感じだろう。
ただ、彼等は今までそんな形状の扉など、見たことがない。
金属か粘土か判らないような材質の外壁とは違い、薄灰色のその壁面は、明らかに金属で出来ており、その構築方は、明らかに遺跡の物であると、レイオニーに認識させる。表面にはいくつかの溝があり、配管と思われる凹凸も存在している。科学的なイメージが強いものだ。
「これが……遺跡?」
サブジェイはただただ、驚嘆している。
レイオニーは再び鍵を持ち出し、今度はキー本来の仕様方法で、両開きの扉の右扉、の一番内側、ほぼ腰の高さにある、溝にそれを差し込む。
ただ、まわしたりはしないようだ。一秒も立たない間に、それを抜いてしまうのだった。
すると、扉は自動的に開き、レイオニーは、躊躇無くその中に飛び込む。
絶えず気後れしているのは、サブジェイの方である。
二人が飛び込むと、体は一つ下の階層に転送される。
「サブジェイ。私、何をどうしたらいいのか判る。変な気分……」
「レイオ……」
レイオニーも不安を感じていないわけではないのだ。ただ、躊躇より行動が先んじているだけに過ぎない。ここで何をすべきかを、知っているが、何故自分がそれを把握しているかは、判らない。
彼女は、シルベスターの血族である。受け継がれたのは肉体的な長所ではなく、その記憶、その頭脳だ。
レイオニーの掌中のキーが輝き出す。それに呼応して、室内の青白い電灯がともり、薄青白い壁面がはっきりと見える。両側に沢山扉があるが、通路はただ一つ、まっすぐに伸びている。
レイオニーは、しばらく周囲を飽和状態のような視線で眺める。そして、次に唐突に走り出す。
サブジェイの行動は絶えず一歩送れているが、それは仕方のないことだ。だが、レイオニーに言われなくても、サブジェイは一つ気がついたことがある。電子的なうねりのある感覚的な物が、体に伝わってくることである。
今までの平穏で静かだった毎日の中にある、心地よい自然が混じり込んでいる、故郷の空気とは全く違う異質な物なのだ。
静かさの中に妙なうるささがある、といったところだろうか。日常の喧騒とは違う。
誰もが謎に満ちた過去にあこがれを抱き、遺跡を追い求める考古学にロマンを感じ、その力に明るい希望を夢見ている。だが、サブジェイは何かが違うと感じだ。
バハムートから聞かされた、魔導師伝説の真実。そしてこの島に起こっている異常。今走り抜けている現実に、夢も希望も感じない。これが現実なのだと知る。
最強魔法でも壊れない頑強な壁面は、破壊され無ければならないものを、包み隠しているベールと同じなのだ。
レイオニーが前を走ってゆく。彼はそのときぼんやりと、その向こうに、自分たちの行く道が見えたような気がした。
二人は、自動開閉の式の扉の前に立つ。
「開け!」
単純なレイオニーの言葉だが、そのときは鍵を扉の前につきだしている。
この鍵はこの遺跡の全ての鍵なのである。まさにマスターキーだ。
扉は開く。サブジェイは相変わらずレイオニーの後を追う形になるが、気後れや迷いは既にない。相変わらず壁面は薄青白い。壁は複雑なパーツで組み合っているが、一つ一つは大きい。目地には、電気的な光が時折走っている。おそらく、この部屋自体も何らかの回路になっているのだろう。
「最下層部。制御室へ」
二人は再度転送される。到達すると、扉が開き、またまっすぐ廊下がある。そして扉がある。単純な構造だ。だが、キーを持たないと、移動すら出来ない。クルセイド国王の玉座にこの鍵があったということは、彼も恐らくここに到達しているのだろう。
二人は走り出し、同じ手順で、たった一つ。廊下にある別の扉に入る。
室内に入った二人の目の前に飛び込んだのは、青白い蛍光灯のついた内部、巨大な一つのスクリーンと、いくつものサブスクリーン。そして、一つの椅子。その正面に何万個ものボタンが並んだコンソールだった。神経質なほどに数学的な物を感じずには入られない。
「レイオ……」
「まってて。すぐに突き止めてみせる……」
レイオニーは、駆け込むようにして椅子に座り、真正面にある窪みに、キーを置く。差し込むのではない。
パズルのピースをはめ込むようにしておくのだ。
一番最初に反応を示したのは、眼前のメインコンソールの前、メインスクリーンの真下中央のサブスクリーンだった。
「古代語だ……、システム初期化……、バイオス……オペレーティングシステム始動。ユーザーパスワードを入力せよ」
サブジェイは読んでみせる。何かできることがないのかと、彼なりの思いだった。古代語はバハムートが教えてくれている。別に彼の特殊能力ではない。勤勉の結果だ。
レイオニーは、少し考え、コンソールの上に手を翳す。そして、正面のキーボードを打ち始める。マリーならば、電子カードの差し込み口から、解読器を挿入して、解除に持ち込むのだが、レイオニーには、それが必要ないようだ。
「セシルさんが、側にいてくれないと、こんなの出来ないわね……」
プロテクトの解除である。セシルが得意とする分野だ。ディスペルといえば、判りやすいだろうか。レイオニーはパスワードを解除すると、メインスクリーンには、地上の様子が映し出される。そこには苦戦するオーディン達の姿が映し出されていた。暴れ回るクルセイド王にはじき飛ばされながら、その動きを封じるために、攻撃するのだが、再生能力のため埒があかない。
本来攻撃参加の為のブラニーやノアーが、国王の魔法防御や、再生時の防御フィールドを封じているため、勝利に結びつく攻めが出来ないで入る。
「せめて、お袋いればなぁ……」
「そうね。ローズが戦える状態だったら……」
だが仕方がないことである。ドライの側で待っているだけでも、負担がかかるのだ。シルベスターとの対峙が更に負荷をかける。だが、ドライが引けといっても、ローズは引かない。そういう女である。
「さて、どこに亡霊に力をかす者がいるのか……よね」
レイオニーは、コンソールを弾き、メインスクリーンを内部のモニタリングに変更する。キーボードを叩き、システムの指令を探る。その早さは、サブジェイには理解しがたいものがある。
その作業が染みついているような手さばきだ。
「早くしねぇと、オーディンさん達、まいっちゃうぜ……」
「判ってる!焦らない!……これだ!エネルギーの流量コントローラーだわ……、凄いわ。ほとんどのラインが、亡霊に向けられてる。でも、使用できているアルゴリズムは、僅かだわ……。魔法にちなんでいるものや、単純なもの。どうやら、完全なリンクには到っていないけど」
レイオニーの顔が神妙になる。コマンドを打ち込み、ラインに流れているエネルギーをカットするように、指示を送るのがだ、そのたびに、「ERROR」のメッセージが画面に映し出される。
彼女から喚く言葉は聞かれない、悔しそうにきゅっと唇をかみしめて、キーボードの少し上で、苛立ち気味に空気を軽くタイピングする。手段を探す。
メインウィンドウには、複数のウィンドウが開かれているが、彼女はそれらを一端閉じ、別のコマンドを入力する。大半以外のエネルギーの流れを追うのだった。
「バイオロジカルルーム……、おかしい、信号の流入があるわ……場所は……サブジェイ!」
二人は同時にひらめく。そして、視線を合わせ頷くのだ
「判った」
サブジェイは、コントロールルームにレイオニーを残し、転送ポッドに入るのだった。
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