第2部 第6話 §14

 「う~~~~……!」


 オーディンは唸ってしまう。


 「後で、じっくりとお説教だ!いいな!」


 なんだか、逃げ口上のような情けないオーディンのセリフだった。戦闘に加わりに行くはずなのに、なぜかしっぽを巻いて逃げていくように見えるのは、どうしてだろうか?


 よほどショックだったに違いない。ブラニーはクスクスと笑う。ノアーは、帰ったら皆をどうなだめるかを考えていた。


 「さぶ……じぇい?」


 まだ、ブツブツと呟いているサブジェイの顔を、下から愛らしくのぞき込んでみるが、彼の焦点はまったくなっていない。


 「も~~!」


 レイオニーは地団駄を踏む。どうしたらいいものなのだろうか?確かに、自分の蒔いた種ではある。

 次の瞬間レイオニーはサブジェイの肩口に抱きつき捕まり、彼の耳元で何かをささやき始める。

 サブジェイは、ぴくりと反応を示す。ブラニーはそれをおもしろおかしく眺めている。腕組みをして、右手の人差し指の第二関節を口元に持って行ったり、にやにやしたり。


 レイオニーのつぶやきは止まらない。

 セシルか困ってしまって、完全にそっぽを向いてしまっている。ブラニーはそれにも気がつく。


 サブジェイも真っ赤な顔をしているが、目がランランとしてきている。そして、何度も頷いてその言葉に聞き入っている。次第に鼻息が荒くなり始めた頃、レイオニーがサブジェイから離れる。


 「よっしゃ!一気にぶっちぎってやる!こんなつまらねぇコト、さっさと終わらせてやろうぜ」


 とたんにやる気満々である。


 「行くぜ!レイオ!」


 サブジェイは、レイオニーを抱きかかえ、一気に飛ぶ。


 「どこだ?ポイントは!」

 「あの玉座の真下!そこにある!」


 レイオニーはセシルの感覚を借りている。それでその位置が判るのだ。

 一方玉座の主は、ザインに執着して玉座から離れている。

 女三人に、それを保護しているシンプソンが残った。


 「やれやれ、魔法が余り役に立たないなんて、いやな戦闘ね」


 ブラニーは、うんざりした様子で歩きだし、セシルの真横にくる。ノアーもその動きにつられて、しずしずとセシルの横にまで来るのだった。


 ブラニーは膝を立ててしゃがみ込み、地面に手をつける。


 「大いなる一つの鍵よ、我が望む一つの門を閉じよ、クルーゼル!!」

 ブラニーは封じたのは、国王の持っている魔法防御である。

 オーディンはまずザインではなくルークの方に詰め寄った。同時にドーヴァはザインの側により、先ほどセシルを癒した魔法をかける。


 「むかつく野郎だぜ!!シカトしやがる!!」


 ルークはご機嫌斜めのようだ。ザインとルークでは運動量、攻撃量ともに、圧倒的にルークの方が上回っているのだが、クルセイド王は、「どうしてだ、ザインバーム」と、うわごとを繰り返し、彼を執拗に追っていくのだ。移動スピードは遅い、やがてストレスに耐えかねて放たれる波動が、今のところ唯一の攻撃だ。


 「彼が答えたら、納得すると、思うか?」


 オーディンが、国王を見据えつつ、つまらないことを言ってみる。


 「あん?ち……、ザインバーム!ちったぁ答えてやってもいいんじゃねーか!?」

 ルークはイライラしながら、一寸だけ背伸びをして、反対側のザインに対して、そのままを伝えてみる。


 「……」


 無言であるが、そんなものが通じる訳がないと、ザインは思っている。が、埒があかない状態だ。ルークのイライラは募る。


 「なにを、いうとるんや……こんな時に……」


 ドーヴァは脈絡のなさそうな思考に、首をかしげたくなった。


 「言葉もでねぇほど、あんたにゃ失望したんだとよ!!国王さんよぉ!!」


 ルークの挑発である。


 このとき、全てが変わる。ザインばかりを追い回していたクルセイド王が足を止め、凄まじい形相でルークを睨んだ。虚ろで何となくでしかなかった、憎悪が一気に膨れあがる。


 禍々しく広がっていた有機質の塔や、肉塊の状態から、今の状態になり、虚ろさだけが強調されていたのだが、自分に従わないものに対しての憎しみが、冷たい空気となり一気に大地を這う。それは放射状に広がり、ルーク達の足下に絡みついた。


 一瞬国王が視界から消えたと直後、憎しみに歪みきった青白い顔がルークの眼前に現れ、両手を伸ばし、ルークの首を絞める。


 「ぐ!!」


 急激に気道つまり叫び声すら出ない。脳への血流も止まる。無意識に、左手を国王に突き出し、魔法を唱えようとするが、単純な詠唱すらかなわない。


 「シャイ…………ニン…………グ……ナ……パーム」


 かすかに出る声でそう唱えると、ルークの掌から、真っ白な閃光が放たれ、国王の頭を吹き飛ばす。


 意志を失った体は、力を失いルークを解放する。

 瞬時に蹴りを食らわし、コントロールを失った体を遠くへ押し放す。


 「がは!げほ!」


 同時に彼も倒れ込み、混乱した呼吸器系統を懸命に整えようとしている。強い圧力から解放された首を左手で撫でている。


 「魔法が効いた?」


 事情を知らないザインが、不思議そうにそれを見た。ブラニーが一つの力を封印することに成功したのである。


 クルセイド王の頭が、再生し始めている。オーディンはこの隙を逃すことなく、斬りかかる。

 同時のノアーがブラニーと同じ姿勢で大地に手をつき、クルーゼルの魔法を唱えるのだった。


 王を守っていた防御フィールドがない。オーディンの剣は、さらなるダメージを与えたように見えた。

 だが、次の瞬間オーディンは、大きくはね飛ばされ、困惑した意識のまま、背中を地面につける。受け身を取ることすら忘れていた。ダメージが酷い。


 何が起こったのか?


 「私を愚弄する者は許さぬ……断じて!」


 強烈な波動が放たれる。ザインもルークもドーヴァも弾かれ、遠くに飛ばされる。

 オーディンのことがあったので、彼等はそれなりの対処が出来たが、防御魔法を持たない、ドーヴァは体にダメージを残す。すぐに治癒魔法で、自分の体力を上げ、次にオーディンへと走りより、オーディンの回復にあたる。


 「なにがあったんや?」

 「判らぬ、奴の放つ波動に近いようだが……、判らなかった」

 「そうか。用心やな。やけど、あれみてみ?あいつを引きつけたおかげで、サブジェイとレイオが行動しやすくなった。ルークの挑発も、無駄やなかったってことやな」


 王は怒りの感情に満ちている。ザインと面していたときは、不快な疑問と言えるだろう。それが憤怒の念へと、変わったのだった。


 玉座の位置へとまでやってきたサブジェイとレイオニーだった。

 レイオニーの目はまるで見えない物を捕らえるレーダーのようになっていた。感覚的だが確かに一つ一つの物を物質として認識している。材質の違いやその構造体の違いのようなものが分かる。


 それがセシルの持っている力だろう。錬金術を行うセシルの力だ。物質的に物を見定める力である。


 「サブジェイ。玉座の下に入り口がある」

 「判った!」


 サブジェイは、ガトリングレイの魔法で、玉座を壊そうとしたその直後だった。


 「まって!他に何かがある。玉座の背もたれの付け根の、シートの下に」


 透視能力ではないが、レイオニーには判るのだ。何度も陳べるようだがセシルの能力である。サブジェイは玉座を壊す前に、レイオニーの指示した位置を探ると、黄金色の鍵が見つかる。


 それはディンプルのついた、単純なキーのように見えるが、見た目より重く。つまみの部分には、電子的な部品が埋め込まれており、その部分が煌めきを見せている。


 「これ?」

 「うん」


 レイオニーが頷くと、サブジェイは玉座を一気に破壊する。と、瓦礫まみれではあるが、先ほどと同じように、白い地面が見える。

 レイオニーは泥まみれになるのもかまわず、しゃがみ込み、何かを探し始める。しかし、それもすぐに見つけ、手で土や瓦礫を払いのけるのだった。

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