第2部 第6話 §13

 今にも唸りそうなセシルに右手の平を差し出す。ノアーも少し送れて手を差し出す。

 それに向かいセシルは、開いている左手の人差し指で、さらさらと、光の文字を書いてゆく。契約のようだ。ブラニーノアーの順序で、彼女は、二人に契約の儀式を施す。


 「どうするのかしら?」


 ブラニーの口調はどの時点でもクールだった。クレバーな表情を持つ彼女が、オーディンの次の指示に従う準備をしている。

 ローズとの比較になるが、同じ言葉を彼女が発したとしたら、次は痛快なほど破壊的な行動に出るような気がするが、ブラニーからは静かさだけが感じられる。


 「どちらかでいい。奴の魔法防御を封じて欲しい。サブジェイを戻す。レイオの護衛につける。エンチャントがきけば、少しは足止めになるだろう。もう一つは再生時の防御フィールドだ。絶えずそれに照準を合わせて欲しい。生きていない相手なら、力尽きるのを待つのは無意味だ。フィールド内で生き延びられたら仕方がない。危険だが、ドーヴァは体力の回復魔法をみんなに当ててくれ、ルークもザインも、少し息が切れ始めている」


 「サブジェイ!君は一度戻ってこい!」


 サブジェイはオーディンの発した一言に集中を乱され、目を開け後ろを振り返ると、固まっているオーディン達の側に、レイオニーがいる。


 「レイオ!」


 サブジェイはすぐにその場を離れる。彼の後ろには一撃を加えては、再生に阻まれているもどかしい戦いをしているルークとザインの姿がある。


 サブジェイは結界内に飛び込むと、まずレイオニーをギュッと抱きしめた。以前なら抱きつくまでに、オーディンが親のヤキモチでそれを阻止する隙も存在していたのに、今はそれが全くない。別にサブジェイが警戒をしているわけではない。少し早いようだが、どうやら、オーディンも子離れしなくてはいけない時期に来ているようである。


 「怪我ないか?」

 「大丈夫だよ」

 「ホントに?」

 「うん」


 その間もサブジェイはレイオニーを抱擁したまま、放そうとはしない。抱きしめられたレイオニーもサブジェイと頬を重ねて、目を閉じてじっくりと彼の体温を感じている。荒涼とした空間の中、また大人達の見守る中、その腕の中にいることに、彼女は少しの違和感も感じなかった。


 「今は、そんなことをしている暇はなくてよ。お二人さん」


 クールなブラニーの声だが、いつものように、冷たさが漂っていないような気がするのは、気のせいだろうか?だが、誰もがそのことに感づく前に、彼女の言動の本来の意味に、神経がいく。


 「そうだった。セシル……」


 オーディンは、セシルに事情を説明を求める。サブジェイとレイオニーは、しゃがみ込んだままの姿勢を強いられているセシルの方を向く。


 「二人には今から、遺跡の中枢の停止を頼みたいの。レイオニーなら、出来るはず。サブジェイは、彼女のサポートを」


 「でも……」

 「大丈夫、遺跡に関する知識なら、私の中にあるわ。貴方はそれを使えばいい」

 「どないして、つかうねん?」


 ドーヴァは、少し疲れの見え始めているセシルの横にしゃがみ込み、愛妻の額の汗を拭く。そして軽く右の掌をその背中に当て、柔らかな緑の光手より少し広い範囲にを広げる。簡単な疲労回復の治癒魔法だ。


 「簡単よ。兄さんとリンクした要領で、私にリンクしてくれればいいの」


 ドーヴァに視線を送るセシルは大まじめだ。だが、げ!と言いたげに、レイオニーは、面食らう。当たり前だ、方法が方法なのだ。さすがにこの状況でどこかへ行ってくれとの言い難い。


 「ほ……他に方法ないんですか?」

 「残念ながら、他人の能力を共有できる出来るような術は心得ていないわ。早くしないと、手遅れになっちゃうわ」


 レイオニーは考える。確かに効率的で無駄が無く、詠唱も必要が無く、尚かつ今回その相手がドライだという、どさくさ紛れの方法だったのだ。そして、二度も使用することなどないだろうと、安易に考えていたのである。


 この場所には、あからさまに不機嫌になる人間が二名いる。

 自然に周囲から、なにをもたもたしているのだろうと、ことを急ぐような、尚かつ期待している視線がレイオニーに向けられる。


 戦々恐々として、目を丸く多きく見開き、大粒の冷や汗を流している、レイオニーが、感じる視線の全てに目を配る。


 レイオニー的には、人生最大のピンチだった。

 引きつった笑みを、並んでいるオーディンとサブジェイの方に向ける。


 「パパも、サブジェイも。怒らないよね?これしか方法がないんだから……」


 動揺を隠せないレイオニーの、いっている意味は誰も理解しがたかった。


 「レイオ……なにをいってんだ?」


 サブジェイが、オーディンがレイオニーの様子を読もうとしている間に、荘言葉を発する。


 「いいから、うん!ていってくれればいいの!!」


 力ずくだった。その気迫は父と彼氏の背筋をピンと、伸ばさせてしまうほどだった。レイオニーの防衛本能とでもいうところだろうか?


 「はい!」


 二人は、直立してそう答えてしまった。男に二言はない。それが彼等の基本姿勢だ。

 レイオニーは顔を真っ赤にして、セシルの方に振り返り、しゃがみ込む。


 「セシル……さん。目を閉じてくれる?」

 セシルは当然目を閉じる。集中には、よく用いる手段だし。それが呪文に必要な手段だと思ったからだ。


 そして、次の瞬間オーディンとサブジェイは硬直することになる。当たり前だ、レイオニーが、両手をセシルの頬にそえて、彼女と唇を交えたのだ。


 ドーヴァは思わずグローブをした右手を口の中に突っ込み、呆然としてしまう。

 セシルは、即座に目を開け、本気か?と口に出しかけたが、可愛いレイオニーの顔が、真っ赤になって目を閉じている。それでも、レイオニーはすでに集中に入っている。大した切り替えである。


 <ディープすぎるわね>


 セシルは、内心で汗を垂らして、何とも焦った笑いを浮かべていたが、レイオニーの波長と意識を焦ることにする。互いの唇の感触を味わうようにして、二人は雰囲気を作っている。


 「な、なんなんだ……それは……お、お、お……おま……」


 オーディンが長いキスに、震えて完全に壊れてしまっている。サブジェイは口を開けて石化してしている。

 二人をキスを追えると不思議な充実感を感じている。

 二人のリンクは完全に知的部分の共有が多い。互いに学ぶべきものが多いのだ。その充実感だが、外部からは完全に誤解を招きそうになっている。


 オーディンはレイオニーに指をさしたまま、震えて硬直している。

 シアヌーク姉妹は、へぇー……と、妙な関心を覚えている。少女の過激なアイデアは、女性二人を妙に感心させていた。


 「凄いわね。強者二人を、戦闘不能にしたわ」


 からかって今にも大笑いしそうになっているのはブラニーだった。口の中で笑いが燻っている。


 「使える……わね」


 と、ぼそっと呟いたのはノアーだった。


 「ぱぱぁ~、さぶじぇーい……」


 と完全に崩壊した二人の眼前に手をちらつかせているが、もはや現実逃避の域に入っている。


 「……にも………………ったんだな?」


 あまりに言葉にならなさすぎる、オーディンの言葉だった。


 「え?!」


 やばい!レイオニーの脳裏にはその言葉が浮かんだ。ダイレクトにそれをキャッチしたセシルは、苦笑いを浮かべる。


 「ドライにも、同じことをしたのだなと、きいているんだ!」


 レイオニーの旋毛から言葉をたたき込むように、頭の上に声を吐きかけるオーディンだった。もう悔しくて仕方がないと、父親のジェラシーむき出しである。


 「レイオがオヤジと……レイオが……」


 サブジェイもうつろな言葉を繰り返している。


 「キスの一つや二つ、ばかばかしい……」


 ブラニーはクールにそう言う。腕組みをしてオーディンを嘲笑している。

 それをギロリとにらみつけたオーディンの表情はまさに鬼神だった。


 「ドーヴァ=ランスハルト!いつまでも、ボウッとしている気?役に立たないのが二名いるから、貴方は急いで!」


 ブラニーが仕切始める。指先で犬をあしらうように、指示を送る。


 「あ、あぁ、ちょっとドキドキしてもうたわ……ほな、ザインとルークの援護行くわ!」

 ドーヴァは、二人の支援と回復を行うために、大急ぎで走り出すのだった。

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