第2部 第6話 §12
ローズがいれば、間違いなく落ちをつけてくれる場面だったが、残念ながらそれを言って嫌みならない人間がいないし、言う人間もいなかった。
うつろな国王の歩みは遅いが、確実に彼等との距離を縮めている。決断までの時間はそうない。
「何故、答えないのかね?ザインバーム君!」
国王の咆哮と共に第二波が押し寄せる。空気が波打ったようにゆがむと同時に、シンプソンの結界は波動にしびれて揺れる。
サブジェイ一人が結界の外で、やる気を逸らせている。レッドシールドを張り、正面の波動から身を守る。
「瞬間移動の魔法を使えるのは私しか、いないわね」
ブラニーが全員を見渡す。彼女をよく知る面々は頷き、早急に事を運ぶように、視線で頼んでいる。少し思い雰囲気が漂い始めた所だった。
「パパー!」
上空の方から声が聞こえる。その声は紛れもなくレイオニーだった。ブラニーが行動を起こす前に、その声が聞こえたのは、あまりに都合のよいタイミングだったが。それには理由があったのだ。
「レイオ!どうやってここへ……」
オーディンが、慌てる。降りてきたレイオニーの肩を両手でつかみ、体の無事を確認するのだった。
「ち!」
話が長くなりそうな気配に、ルークは苛立つ。
「小僧、時間稼ぐぞ。奴はアストラルボディーを有しているはずだ。魔法は無効化されちまってるが、アストラル刀なら、復元してる間に、時間が稼げる。ザインバーム、あいつはお前が大好きなようだ。餌になてもらうぜ。小僧からはなられるなよ。俺の魔法防御は気休めだからな」
「見くびるな。物理的な波動なら、俺も防ぐ術はある」
レイオニーが事態を把握するまでだ。ルークはそう思っている。その時間だけ稼げればいいのである。
二人は安全な結界を飛び出す。それに会わせて、サブジェイも走り出す。
ルーク達は、正面左右の三方向に分かれて攻撃を仕掛けることにした。
クルセイド王のねらいは、ザインである。動き始めた彼に酷く執着する視線を向けるのだった。ルークやサブジェイには、目もくれない。
「答えないかザインバーム!!」
国王はそれだけに執着している。彼の咆哮は波動に変わる。三人は瞬時にそう理解し、それぞれ防御を張る。サブジェイは、レッドシールドである。レッドシールドは物理攻撃のほとんどを通してしまうが、魔法で生み出された波動などの類は防ぐことが出来る。ただ、その後に引き起こされた災害に対しては、無力である。
「オーラガード!」
ザインは顔前で腕を交差させ気を寝ることに集中する。波動は酷く体に響いてくるが、どうにか防ぐことが出来る。ただ、スタミナの消費は激しい。完全には防ぎきれないのである。
ルークは、無言のままに、両手首の内側を合わせ掌を正面に向け、魔法防御を張るが、はじき飛ばされて、大きく後方に飛ばされてしまう。が、ここからがルークの凄いところである。
飛ばされた反動をものともせずに、後方に一度宙返りをして、着地し踏ん張り、一気にダッシュをかけ、クルセイド王に詰め寄り、黒い剣を青く楽光らせ、その左の肩口から右の腰へと、一気に剣を振り下ろす。
王は一瞬揺らぐ。ダメージである。痛みがあるかどうかは、判らない。
「アストラル刀って、どうやんだよ!」
サブジェイは判っていなかったようだ。
「なにぃ?あのバカはそんなことも教えてねぇのか!!」
すぐにドライを叱りつけたくなるルークだった。
「ソウルブレード!」
ザインが、白く光る刃の波動を飛ばす。それは、クルセイド王のどうをまっぷたつにしてしまうほどだ。危うくルークまで斬られそうになってしまうが、そこはさすがである。慌てず躱す。そしてザインの飛び道具が、クルセイド王に有効であることを見抜く。それは、ただの物理攻撃ではないようだ。
サブジェイに啖呵を切ったルークだが、彼等とて別に修行をして身につけたわけではない。剣の性質だ。物理攻撃の効かない敵に対して剣が自ずと反応するはずである。だが、それはシルベスターやクロノアールの手がけた剣の特性である。サブジェイの剣はセシルが制作したものだ。それらとは、少し勝手が違うのかもしれない。もしかすると、アストラル刀への変化すら不可能なのかもしれない。
「サブジェイ!敵の波長を感じて!その剣は貴方自身だと信じて!」
セシルが声を飛ばす。
剣を両手で握り、正面に構え、ごくりと息を呑むサブジェイ。クルセイド王は、ザインの方向しか向かない。切り裂かれた体も、凄まじい早さで再生している。
再生をのんびり待っているわけにはいかない。すぐに反応したのは大人二人である。
ルークとザインはちょうど、斜めの左右から仕掛けていた。正面で動けないサブジェイは取り残されている。
サブジェイは戦闘中でありながら目を閉じる。危険を承知である。集中したいのだ。焦りを押さえながら、その存在を感じようとしている。
ルークとザインの剣が、クルセイド王に振れようとした瞬間だった。高圧線同士が接触したような火花が迸り、バチバチと音を立てて、それ以上二人を近づけないようにしている。
「ちぃぃ!」
「くそっ!!!」
ルークザインは剣が通らないことに苛立ち力任せに押そうしているが、二人の手首に負荷がかかり始めている。両手首が、吹き飛ばされる前に、二人は一端間合いを取ることにする。
二人が引ききった頃には、クルセイド王の体はすでに再生されきっている。
検診三人が奮闘してるとき、オーディンは、彼女がここに到達した経緯を訊いていた。幸い彼女の体には怪我一つない。
「パパ達が消えた後、突然空の化け物達がいなくなったの!だけど、全然戻ってこないし……ドライもローズも帰ってこないし。みんな、どうしちゃったんだろう!って」
「それで、ここまで飛んできたのか?仕方がない子だ……」
オーディンは危険を顧みないレイオニーを叱らなかった。心配で潰されそうになって震えている娘をそれ以上追い詰めるような言葉をかけることなど出来ない。一度彼女をギュッと抱きしめるのだった。
何より、オーディン自身が役に立たないと感じていても、居ても立っても居られない。そう言う性格だ。彼女は彼の娘なのである。むしろ、本当に何も出来ないニーネの方が、自分の力のなさに悔やんでいる頃だろう。
「にしても、よく飛んでこれたな。大したスピードだ」
オーディンはレイオニーを抱きしめるのをやめて、再び彼女の両肩をつかみ、自然に腕が伸びる程度の位置に、彼女を置く。
「うん。障害物がなにもなかったから」
震えの止まったレイオニーは、駆け足気味の口調で、それだけを言う。
「オーディン。感動に浸っている場合じゃないわ。説明させて」
「ああ、頼む」
オーディンはレイオニーの肩をはなす。オーディンのほぼ横で、窮屈な体勢で大地を封じ続けているセシルは、厳しい視線でレイオニーを見つめる。
「レイオ。あそこで、ザインを睨みながら、動き回っている男が、元凶よ。攻撃は効くみたいだけど、あの男が再生中には、保護フィールドが発生して、攻撃は不可能。魔法も効かない。彼等の足元を見て」
レイオニーは、ルーク達が立ち回っている足下に広がる白い平坦な地面を目にする。
「遺跡……。……パパとドーヴァさんはどうして応戦しないの?」
「私とドーヴァは動けないんだ。今のセシルは格好の的だからな」
「シンプソンさんがいるのに?」
現状だけを見たセシルからすれば、出し惜しみをしているようにしか見えない。
「私は、展開の機会を待っているんですがね……。魔法が使用可能になった時点で、ノアーとブラニーと始動しようと、してていたのですが……」
シンプソンが押し黙ってしまうと、空気が自然に重さを増した。全員が一度無言になった直後。
「よし、展開を変えよう」
オーディンが済度し切り直しをする。
「セシル。ジャスティンの使っている魔法は、誰にでも使えるのか?」
「……余り、教えたくないわね。基本的にクワトロを封じる魔法なのよ」
「セシル=シルベスターともあろうものが、一つくらい魔法を封じられたくらいで、狼狽えるの?」
ブラニーは上の方から、見下したような視線を送るが、半分は発破をかけている。同然セシルはカチンと、頭に血を上らせる。頬の一つでもひっぱたいてやりたいが、残念ながら動けない。
「わかったわよ!ノアーも貴方も、手を出して!」
ブラニーは、クールにクスリと笑った。
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