第2部 第6話 最終セクション
レイオニーは、サブスクリーンの一つに、サブジェイの姿が映し出されるのを確認すると、コマンドを打ち込み、彼の存在を認証させる。そして、同時に彼をバイオロジカルルーム。即ち、生物兵器の保管庫へと飛ばすのだった。
サブジェイの飛ばされた、生物兵器保管庫は、他の通路や室内と同じように、薄青白い壁面で統一されているが、絶対的に違うのは、巨大な水槽の中に、様々な生物がシャムスリープ状態で、保管されていると言うことだった。
数え切れないという量ではない。視覚に入る状態で通路の両側に十個の人間が楽に入る水槽が並んでいて、そして正面にも水槽がある。そして、そこから人一倍システムが稼働する気配がするのだ。耳に聞こえない電子的な波長が、体に伝わってくるのが判る。研ぎ澄まされた感覚の世界だ。緑色の透き通った液体の中に、人の形が見える。他の水槽には、コウモリのような翼を持ったものや、牛の頭部などを持ち合わせた、悪魔的な姿の生物が並んでいるが、それはより人間に近そうだ。
サブジェイは、その水槽の正面に向かい歩く。一歩一歩足を進める事に、異様な緊迫感に包まれてゆく。
何かが起こる。何かが起きるに違いない。サブジェイはそう覚悟しながら、足を進めるのだった。
右手は既に、背中のスタークルセイドの柄を握りしめている。
皮肉なものだ、彼の持っている剣と、同じ名を持つ王を倒すことになるのだ。
右のこめかみに一筋、緊張の汗が流れる。
水槽の前まで来た瞬間、一度心臓が強く脈打つ。
目の前の神秘的なグリーンの液体に浸された人間は毛髪が無く、液体で緑色になってはいるが、不自然なほど、真っ白な肌である。性別は男性のようだ。体型も無駄がない。頭部もきれいな卵形で人形のようだ。まるで宙に浮くようにして、まっすぐに立った状態で、静かに水槽の中に浮かんでいる。
これをどうすればいいのか、サブジェイにはよく分かっている。破壊することだ。彼がそう決めた瞬間だった。
水槽の中の人物は、カッと目を見開き、怨念の籠もった怒り狂った表情を作り、サブジェイを見つめたかと思うと、両腕を伸ばし、水槽を割りサブジェイに襲いかかってきたのだ。
見開かれた目は瞼も眼球も赤く充血し、瞳は金色に禍々しく染められ、むき出しになった歯茎は、異常に赤く晴れ上がり、歯は異常なほど黄ばんでいる。彼の白すぎる肌が、なをそう思わせるのだろう。
滝のように押し寄せる水槽の液体と共に、サブジェイと彼は、ザッと流される。
「なぜ私の邪魔をする!邪魔をするな!虫けらめ!邪魔をするな!!」
獣のように低い唸り声のような邪悪な声で、サブジェイの首を絞めながら、眼前に迫り、怒り狂ってそう叫ぶ。鼻や眉間に怒りのしわを寄せ、猛犬のように歯茎をむき出しにして、襲いかかってくる。凄まじい力だ。
剣を抜く暇がない。
「クウォーク!」
サブジェイはぎりぎりの状態で、どうにか声を絞り出し、首を絞められた状態で、両手でそれをこじ開けようとしながら、飛翔の呪文を唱える。そして、自分事、転送ポッドの中に飛び込むのだった。
「サブジェイ!!」
モニターを見ていたレイオニーは、焦りを隠せず、立ち上がるが、サブジェイは、漸くの想いで天井を指さす。それは何を意味するのか。
「外……!」
サブジェイはそれだけを懸命にいう。サブジェイが指示をすることを懸命に判断できたのは、ここに飛ばされるときに、タイミングよく、転送が行われたことと、コントロールルームで、いろいろな映像が確認できたことだ。
レイオニーが見ていることを彼は判っていた。
レイオニーは急いで、ポッドの転送先を、二人が入ってきた入り口に指定する。
地上では、急に動きが止まったクルセイド王に、四人の剣士がとまどいを覚えていた頃だった。
「殺してやる!殺してやる!!」
狂った彼は、サブジェイの首を絞め、そう叫び続ける。サブジェイはその間も、ぎりぎりの意識の中、状況を探り、転送先のポッドから飛び出し、それに懸命に耐えている。
「サブジェイ!!」
すぐに駆けつけたのはオーディンだ。剣で攻撃するのではなく、サブジェイの上に四つ這いになっている、彼の横腹を蹴り込んだのは、オーディンが動転していたからだった。
引き離さなくては……。それだけの思いだった。
オーディンの蹴りで、サブジェイは救出される。彼は無惨に数メートル転がり、土まみれになる。
だが、ゆっくりだが、すぐに立ち上がり、オーディンとサブジェイをにらみつけ、「グルルルルル……」と、唸り声を上げる。
「オーディンさん。きっと、あいつが……本体だ……」
サブジェイは息を切らしながら、立ち上がり、先ほどの恐怖もなく睨み返す。
ルークは、オーディン達を見据えながら、動かなくなったクルセイド王を見張っている。それはザインもドーヴァも同じだった。
次の瞬間クルセイド王が消える。
「うおぉぉぉぉおぉおお!」
彼は拳を作り、腰のあたりで握り絞り、天空を仰いで獣の咆哮をあげる。クルセイド王と同じような波動が、オーディン達を押そうが、その強さは先ほどの比ではない。全員散り散りに吹き飛ばされてしまう。
だが、その中ザインがぎらりとした眼孔を光らせ、クルセイド国王を睨み付ける。
「バーニングスラッシュ!!」
ザインの体が、真っ白な輝きに包まれ、光の刃となり、クルセイド王の亡霊の元凶となっていた彼に、突進する。いや、彼こそがクルセイド国王本人なのだ。
光となったザインは完膚無きまでにクルセイド国王を打ち砕く。貫いたザインは、元の姿に戻ると、大木区域を乱し、苦しそうに地面に伏せる。
「終わった!やっと……。よっしゃぁぁあ!」
ザインは座り込みながら、両方の拳を天に突き上げ、喉が張り裂けそうなほど叫ぶ。
サブジェイ達が立ち上がる頃には、晴れやかな空の下で、感激に浸っているザインの姿があった。
サブジェイ達がいなくなった頃だった。瞳を銀色に光らせたドライからは、凄まじいエネルギーが吹き出していた。
「おおおおお!!」
凄まじいラッシュ。胸や腹、顔。シルベスターのあらゆる部分にドライの拳が突き刺さる。
人間の攻撃ではダメージを受けないはずのシルベスターが、ドライの拳の重みを感じ、痛みを感じていた。顔への一撃で、口の中が切れたのを感じる。突き刺さるような痛みの連続。景色が二転三転し、記憶が飛びそうなほどに打ち込まれる。
油断していなくても、一朝一夕に防げるものではなかった。シルベスターはこのとき初めて、焦りという感情を覚えたのだ。
だが、一分も経たない頃だった。
ドライの目の色が普段通りに戻り、ラッシュも収まり、低く構えた体勢のまま、スタミナ切れの様子で多きく呼吸をする。酸素が足りない。息苦しさがドライを襲う。動けと念じても体が動かない。
瞬間。
ドライの視界に映っていたシルベスターが消え、一度上空が大きく揺れ、次には視界がパニックに陥っていた。混乱から痛みを感じる頃に、意識が状況を把握しようとする。そして、漸く自分の目の前にあるのが、地面だと言うことが理解出来るのだった。
体は完全に俯せになり、頭を地面に押さえつけられている。
そして彼の右耳の上に鷲づかみになったシルベスターの掌が、圧力を加え、もう少しで、頭蓋骨を押しつぶしそうになっている。
「はぁはぁ……」
その呼吸の乱れは、シルベスターのものだった。髪を乱し、汗をかき、危うい優越感に漸くの笑みを浮かべている。
「ふふふ……、私の思い通りに行かぬつもりならそれもよかろう。だがな、お前が望まなくとも、お前は力を手に入れ、そうせざるを得なくなる。今はまだ、一分程度だろうが……。時がそうする。そして私と共に歩む。お前が歩めば、他の者は必ず歩き始める。忘れるな、私は人間を世界を、秩序を守るためにいる」
シルベスターは、押さえつけていたドライの頭を解放し、ローズの方を見る。
「お前の玩具を返してやる。それと……、無茶はするな。よい子をはぐくめよ。隣人も大事にするのだな」
シルベスターは、らしくなさそうな、気遣いのある言葉をローズに残す。
ローズは体を硬直させて、視線だけでシルベスターの行動を追う。
シルベスターは、歩きながら、その姿を少しずつ掠れさせ、空気と同化するようにして、その身を消す。
シルベスターが居なくなると、ドライは、仰向けになり酸欠状態で顔をしかめながら、大きな口を開けて粘りのない呼吸を繰り返す。
「ええい!くそが!」
拳を作り、一発地面八つ当たりをする。徐々に呼吸が整い始める。そのときに、空によどみが無くなっていることに気がつくドライだった。
そして、ふっとローズの顔がのぞき込んでくる。いつも通りの顔だ。
が―――。
ローズは、ドライの上にまたがり、ごつん!と拳骨をドライの頭に喰らわせる。
「イテ!」
殴られたドライは、当たり前だが、何をするのだ?と言いたげな顔をする。
「バーカ……」
ローズはクールな表情で笑みを作りながら、殴ったドライの頭を撫でる。
ドライは、仰向けになったまま、軽く手招きをする。ローズは、静かにドライに頭を近づける。
ドライはその頭を、くしゃりと撫でる。
「怒鳴って悪かった」
「貴方を二度と死なせたりしたくないから……」
「解ってるさ……奴は俺を殺せねぇんだよ。歯切れ悪いぜ……まったくよ」
天を仰いだドライが、何を言いたいのかローズには、よく判っていた。殺されないと知り、勝てないと知ってなを殴りかかったのだ。かすかに届いたその拳が、彼に与えたものは、ドライの欲しがった僅かな満足感ではなく、更に行く末の見えない道への一歩だったのだ。
「お家へ、帰ろう。ね」
「そうだな……」
二人は、澄んだ空を見上げる。ドライの体力を癒す時間が、しばらく続く。
ドライは飽和状態になったまま、考えることが出来なくなっていた。
その二人には、どこからともなく、にぎやかな声が、彼方から聞こえる。サブジェイ達だ。シルベスターの以内状況で、二人が見つめ合っているのが判り、その無事を喜ぶ声だ。
空から降り注ぐその声に、疲れ切ったドライの代わりにローズが手を振る。
全てを終えた彼等は、つかれたドライを引き起こす。オーディンとザインは、ドライに肩をかし、その後を聞きたがる。サブジェイは、ドライと言葉を交わさなかったが、互いが何か一つ得たことを、視線で伝えあう。
放すことが沢山出来た。彼等は一度王城に戻る。
一つの物語が終わり、一つの物語が始まる。これは、彼等にとって一つの節目に過ぎないのだ。
その後日談は、又の機会にて、語るとしよう。
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