第2部 第6話 §9
シードの結界に守られたセシルは、冷や汗をかきながら、目を大きくして周囲を見張り、状況の再確認をしている。だが、そこから抜け出そうとはしない。
「ゾンビは来ないな……」
ザインも冷や汗をかいている。醜い亡者の姿が周囲から消え、空気がやたらと静まりかえっている。固められた大地からは、彼等は出現出来ないようだ。
「私がこうしている間は、魔法の効力は持続するわ。ゾンビの心配もないと思う。あれはきっとイメージサンプリングだわ。実際は泥人形。錬金術の一種ね」
「ですが、セシルが魔法を解くと、ゾンビはまたわき出てくると言うわけですね」
シンプソンは警戒して、周囲を見回してみる。
「ああいうのは、遠くからでは意味がないからな。鋼鉄で固められていない大地は、距離がある。いくらでもつぶしがきく。あの攻撃はあるまい。それにしても、ブラニーやセシルの魔法でも焼けなかった、あの固まりを、我々でどうするんだ?」
オーディンは、走れば一分という距離にあるそれを眺めながらも、警戒心のためか前進することが出来ない。
この戦いの首謀者であるザインも、同じく足を進めることが出来ないでいる。二人には動けば何かが起こる。そんな予感がしてならないのだ。
「ディスペルは、この子に教えてあるわ」
セシルは片膝をつき右手を封じられた窮屈な姿勢で、ジャスティンに視線を送る。
「あれが魔法だと?」
オーディンは、一度ジャスティンに視線を移し、もう一度固まりの方に視線を送る。
「物理的なものだけど、生物上ドラゴンの鱗より堅いものは、存在しない。だとすると有機的な組織でそれ以上の高度を保っているとすれば、何らかの呪力が込められていると考えても、不自然じゃない」
「どうして、そう言いきれるのかしら?」
ブラニーはセシルの、確信めいた表現が余り気に入っていないようだ。目は有機質の固まりを見つつ、言葉で棘を刺す。
「貴方が魔法をイメージで唱えるように、私の目には呪力の流れや物資の状態が判るのよ。何となくね。二大魔導師の子孫で唯一の錬金術の使い手、物が見えなければ、どうにもならないわ」
セシルも、冷たい態度でブラニーとは視線を合わせない。
「自信を持って行ってらっしゃい、呪力の流れを止めるだけの魔法でいい。ただ押さえ続けて。いい?」
「うん」
ジャスティンに向けられた、セシルの目は優しい。ブラニーへの念の反動を全て彼女に向けている。ぬぐいきれない憎しみの分だけ、より意識的にセシルに優しくさせる。
「よし、体制を整えよう」
オーディンが仕切直しをする。全員頷く。
「セシルが動けない以上誰かのサポートが必要だ。遠距離からの物理攻撃があるだろう」
オーディンの考えはこうだった。ゾンビの群れを封じているセシルを守るのは、自分とドーヴァである。
理由としてはドーヴァは回復魔法も使えるし剣での攻撃もある。二人でセシルの左右を固めることにより、死角を無くし、魔法にはハート・ザ・ブルーで、吸収し対応する。
次にペアとなるのはジャスティンとシードである。ジャスティンがディスペルをし続ける状態で、シードが防御魔法で対応する。守備的な布陣でジャスティンを守りながら、戦うことになる。
シンプソンが大変だ。残りの人間に対して守備を強いられる。尤もサブジェイを除いては、戦い方を知っている人間なので、複雑に神経をとがらせることはないだろう。とオーディンは多少気休めを入れる。
ルークとサブジェイは魔法と剣のコンビネーションで前に進む。ノアーとブラニーは、魔法で応戦。位置はシンプソンから離れないこと。ザインはルークとサブジェイから離れないこと。
以上である。
「短くて長そうな距離だな……」
ルークがため息をつく。そこにはいろいろな意味が含まれている。
「まずは、シードとジャスティンを尤も敵の近くにまで、誘導することだ」
オーディンが再度確認するために、そう言うと同時に、ノアーはドラゴン達での援護から、魔法中心に切り替える。召還したドラゴンたちを、元の世界に戻すのだった。
「でも、早く片づけてオヤジの所いかねぇと……」
サブジェイが、誰よりも早く一歩先に進もうとする。
その瞬間、心理的に響く鼓動音と共に、飲み込まれそうな憎悪の波動が彼等を包む。それは彼等の眼前に見える赤黒い固まりから発せられているのは明らかである。
「来る……クルセイドの街を一夜にして滅ぼした悪夢のような出来事が……」
ザインが、サブジェイを庇うようにして、彼の前に立ち、その瞬間を見極めようとしている。
次の瞬間、肉塊から、無数のグロテスクな触手が吹き出すように飛び出し、彼等に突進してくる。
ブラニーが、それを吹き飛ばすために、雷撃を掌から放つが、全く効く様子がない。瞬時にあの激烈な魔法でも吹き飛ばなかった理由が分かる。セシルが説明していたが、実感することで、自分の力は現段階では役に立たないことを知る。
「ブラニーと、ノアーはひとまず、私の結界内に居てください!」
シンプソンが両掌を、正面に翳すと浅く透き通った青い球体が現れ、全ての攻撃をはじき返してくれる。同時にルーク、サブジェイ、ザインにもスモールシールド程度の半球体が現れ、一時的に攻撃を封じてくれる。
触手はどんどんと広がってゆく。
「これが広がりきる前に、アレを攻略しないと!」
ザインが何を言いたいのか、オーディンは理解した。ここにそびえ立っていた、あの塔のようなものは、これが広がって出来た物なのだ。
「ジャスティン、いくよ」
「うん」
ジャスティンは恐怖に飲み込まれないように、唇をかみしめ、いつでも動けるように少し腰を屈めて待つ。
サブジェイルーク、ザインは自然に二人が飛翔の魔法を唱える時間を作るために彼等を守るような配置に付き、剣で触手を弾き、切り落としている。
どうやら、物理攻撃は可能なようだ。しかしその中でも、徐々に周囲の視界が遠くに取り巻く触手にかき消されてしまいそうになっている。このままでは全員取り込まれてしまう。勝負は急がなければならない。
「クウォーク!」
二人は同時に飛翔の魔法を唱え、空に舞う。
「シールド!」
シードは尤も単純な物理防御魔法を唱える。範囲は直径2メートルほどの完全に個人サイズの魔法である。そして気後れするジャスティンを抱えて飛ぶのだった。
その下から、三人が剣を振り回し、なぎ払いながら、待機する。
「本当に、俺達役に立つの?!」
サブジェイがふとした疑問を持ってしまう。桁外れの攻撃量だ。それを十分に凌いでいる彼等だが。ブラニーやセシルの強力な魔法でもつぶせなかった物をたかが剣で倒せるのだろうか?
「シード君が防御に回っている間、攻撃できる人間は魔導師二人に、我々剣士3人だ!少しでも大きな魔法を作り出す為には、剣士がその盾となる必要がある!シンプソンが、シールドを解いた瞬間、尤も彼女らの防御が手薄になる!」
「判ってるじゃねぇか!シンプソンのシールドで、内側で温々としていたら、解除後の攻撃に面食らうってのもな!世の中甘くねぇんだ!」
別にブラニー達が高みの見物をしているといいたい訳ではない。タイミングを間違えると、大けがをすると言いたいのだ。オーディンに併せて、ルークが懇切丁寧に状況の説明をサブジェイにするのだった。
ルーク達は、程よく汗をかき始める。戦闘としては、過去の経験から激しい部類に入り、その終わりは見えそうにない。
兎に角ザインがよく動くのだ。彼は人間である。自分たちとは違う。伝説の血を引いているわけではないのだ。正直ルークは、この戦闘についてこれるとは、思っても見なかった。
彼は、魔法の類はいっさい使えないが、ソウルブレードという、特技を持っている。その根元は生命エネルギーだ。刃から放たれる白い刃の飛び道具だ。連続使用を可能にしているのは、恐らく額に埋め込まれている、夢幻の心臓だろう。
サブジェイは動きがこなれてきた。彼にとって、良い訓練になっているようだ。だが成長や驚きに気を取られているわけにはいかないのだ。彼等は徐々に取り込まれようとしている。
赤黒い肉体に尤も接近したシードとジャスティン。距離は2メートルとない。ジャスティンは即座に大地に手をつく。
「焦らない。大丈夫やれる……、大丈夫……」
ジャスティンは自分に落ち着くように言い聞かせながら、目を閉じる。
「シード地面の奥の方から、凄いエネルギーが流れてくるのを感じる……、でも、単純に魔力じゃない。別の力だわ。セシルさんに教わったとおり……、でも止め方が判らない!」
「セシルは魔法だっていってたけど?」
「うん、途中で変換されてるみたい、いろんな形に……」
「セシルが言ったよね。呪力の流れを止めるだけでいいって。だとすると今は攻撃の障害になっている、魔法防御を崩そう。大丈夫僕が守っている」
シードはしゃがみ込み、目を閉じて集中しているジャスティンの背中からギュッと抱きつき、彼女に体温を伝える。
「うん」
「大いなる一つの鍵よ……、我が望む一つの門を閉じよ……、クルーゼル……」
この魔法は、セシルの唱えた、クワトロという魔法と、対になる魔法だ。門とは魔法が流れ出る力の根元である。究極魔法と呼ばれる魔法を封じるためのカウンター魔法である。応用は利く。ただ全てを封じることは出来ない。この場合、赤黒い肉塊を覆っている魔法防御の力を封じると言うことだ。
触手の魔法防御が解かれるのを、セシルは感じる。ただ、ジャスティンは封じ続けなければならない。
敵の攻撃そのものが病んだわけではない。
「魔法防御が解けた!シンプソンさん!」
「判りました!」
セシルのその言葉に、シンプソンは前方につきだしていた両手を静かにおろす。それと同時に、ブラニーとノアーが、掌から光弾を乱射し始める。剣士達の真横を容赦なく青白い光が走り抜けてゆく。彼等はその隙間を縫って一気に走り出す。
「アトミック・ヴォルトォ!」
ノアーが原子崩壊を伴う雷撃系古代魔法を放つ。その威力は凄まじい。あっという間に、周囲10数メートルの触手を焼き払うのだった。
「シンプソン様、皆の上空への防御魔法を頼みます」
「判りました。ポインターミラーズ!」
シンプソンが上空に手を翳すと同時にブラニーが、手を真下に下げた状態で、意識をそこに集中する。するとそこに野球のボール大の大きさの、鈍く光る赤い球体が出現する。
ブラニーはそれを握り込み、手の中で圧縮し、まっすぐ頭上へと手を振り上げ、それを解放する。
その直後、幾千物赤い雨が一気に降り注ぐのだった。
破壊力はさほどあるわけではないが、広範囲に無差別に降り注ぐその魔法は、自分たちを取り巻こうとしている触手の群れには、有効な手段であった。
サウザンド・レイと呼ばれるその魔法を常套手段として用いるのはローズである。
行動範囲が一気に広がる。触手は次々と伸びようとしているが、今の一撃は、ことごとくそれを寸断し、危機の打開となった。
ルークとザインはこれを好機と感じ、一気に走ろうとするが。
「二人とも待って!一気に殻を突き破る!!、サテライト・ガンナー!」
サブジェイは、一度天に掌を翳し、次に地面に手をつく。太古の力の全てをそこに叩き付けるイメージだ。実際の目標物は、赤い有機体の固まりである。
「うわ!まて!この至近距離でやるな!!」
ルークは、あわてて、ブレーキを掛けて止まるが、あわてた為に、足がもつれ、振り返りざまにこけ、あわててシンプソンの方に向かって走り出す。これまで縮めた距離が台無しである。
「ん?」
ザインが理解できないまま、そこに立ち止まる。
「バカ!シンプソンの結界に入れ!」
ルークが、振り返りながら、手で招き、シンプソンの方向に向かって一直線である。
「あ、ああ!」
何かが起きるのだろうと、今までような緊張感を持たずに、ザインは走り出す。
サテライトガンナーの最大の欠点は、詠唱後から照射時間までに30秒近くの間隔があるということである。「レッドシールド!」
サブジェイは右手の甲と左の掌を重ね正目面にそれをつきだし、左足を引き、踏ん張る。彼の正面には阪急対の赤い透明な盾が出現する。
その直後、天空に赤い星が輝いたと確認できた瞬間、直径10メートルはある、強大な赤い光線の光の柱が、一気に地面に直撃し、全ての土を沸騰させ蒸発させる。
地面が剥がされるようにめくれ上がり、発砲に飛び散る。それが融点に達し、溶岩の雨になる。灼熱の雨が降り注ぐ、生き地獄のような光景であった。
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