第2部 第6話 §8

 そのころ―――。


 オーディン達は、漆黒で有機質な薄気味悪い塔に向かっている。そこからは、新たな化け物達がうごめき、分離し、生まれようとしている。

 あの生物群は、そうして増えていたのだろう。


 「あれは、クルセイド王の暗黒の残留思念が生み出した化け物に違いない」


 ザインは、ドーヴァの腕にぶら下がりながら、横を飛ぶオーディンに、それらの根元を説明する。

 オーディンは、頷くとセシルの方を向き、指示を出す。


 「セシル!ディスペルを頼む!」

 「わかった!少し時間が掛かると思うけど、みんな踏ん張っていて」

 「いや!その必要はない!俺がジーオンの意志に呼びかける!」


 ザインは念じ始める。級友が自らの命をとして掛けた三つの結界のうちの一つ、尤も強力な邪念を封じるための結界である。ただ、それ以外の役割は果たさないため、絶えず意志の断片である化け物達は、外へ漏れ出るのである。

 その中、ブラニーだけが空中で止まり、集中し始める。そして結界の方向だけをじっと見つめるのであった。セシルがそれに気が付き、すぐに詠唱を唱え始める。


 「樹木に籠もる大地の妖精よ、我が手に初めの鍵を授け給え……大気に棲む風の妖精よ、我が手に第二の鍵を授け給え……」

 「ジャスティン!」


 シードが彼女の名を呼ぶ。なぜなら二人の行動に気を取られ、彼女の気が集中しきれないでいるからだ。止まっている暇などないのだ。彼等の行動と同時に、シンプソンが一度小さくぐるりと中を回り、周囲の様子をうかがい、魔法を唱える。


 「ポインターミラーズ!」


 それぞれに小さな魔法で出来たガラスのような盾が現れる。

 オーディン、ドーヴァ、ザインは先頭を速度をゆるめ、先頭を飛んでいる。その間も新たに生み出された化け物達は、少しずつ成長しながら、彼れを殺すために、攻撃を仕掛けてくる。物理的な攻撃を含んだあらゆる手段だ。


 一つ一つの彼等の大きさは、人間とさほど変わらず、人間の姿をかたどっている。持っている火力は、すでに一個師団を超えている。

 だが、シンプソンの魔法により彼等の攻撃は、どうにか防いでいる。それに、ノアーがすでに周囲に竜を放ち、彼等に迫ろうとしている化け物達を、炎の息や、氷の息などで、蹴散らしてくれているのだ。


 「おら!きょろきょろすんな!俺達の出番は、直にくるぜ!」


 あっという間に展開されてゆく戦いの舞台に、サブジェイは驚きを隠せない。周囲を把握しようとするあまり、意識のない動作をしている。広範囲の展開に自分の守備をおろそかにしているのだ。

 そのとき、禍々しい生物的な表面で覆われている塔の周囲が、一瞬波打った。


 「いいぞ!結界が解けた!」


 ザインが叫ぶ。と、同時に、今まで押さえられてきた抑圧があふれ出すように、真っ黒でぬめりのある塔の表面が、一気に隆起し、恨めしい表情を浮かべたデスマスクが、数万と浮き上がり、それ自体が触手のように、また鞭のようにしなり、一斉に彼等を襲う。


 「はぁぁあ!」


 それはブラニーの叫び声だった。彼女は詠唱を唱えない。魔法をイメージし、直接撃ってくるのだ。天空から直径獣十メートルはあると思われる、周囲に黒い電撃を纏った、青ぐらい塔を一気に押しつぶす。

 それと同時に、セシルが刮目する。


 「クワトロ!!」

 今度は先ほど塔のあった場所を中心に、大地に巨大な魔法陣が現れ、そのうち四天が輝き出し、エネルギーが、四つのドラゴンをかたどり、それぞれ、大地が緑、大気が黄色、炎が灼熱色、水が青の色をしている。


 それぞれのドラゴンが一度高く空中に舞い上がり、爆発で炎上する中心に向かい、一気に突入を掛けると、再度、大爆発を起こし、先頭を行っていたオーディン達も、危うく吹き飛ばされそうになる。


 「ふふ……、最強魔法と謳われるものの一つらしいわね。だけど化身が龍神だとしたら……」


 それでも、ブラニーはセシルをさすがだと思った。


 「そうね。呪術レベルで第二位だわ。四神とはいかないけど……」


 セシルの声はつんとしている。ブラニーとコンビネーションを取ったことに対して、自分に不満があるが、見事な時間差だった。


 この魔法は同じ、上位から四神、四竜、四聖霊、四聖獣と、最強魔法であっても、術者により、扱えるレベルが異なる、特殊な魔法で、四神が尤も高いレベルと言えた。


 二人が真っ先にけしかけた理由は次々に生まれる邪悪の化身の元を少しでも抑えるためだ。肥大したそれは次々に化け物を生み重なり、また生み出す。

 だが、熱量が凄い。破壊し尽くしてなお、全てを焼き尽くそうとしているのだった。


 「神の息吹よ!病みし大地を癒したまえ。ゴッドブレス!」


 シンプソンが、二つ目の魔法を唱える。口元に手を当て、熱が渦巻く大地に向かい、ふっと息を吹きかけると。燻っていたエネルギーが、静かに引いてゆく。

 そびえ立っていた、不気味な塔は消し去り、そこには、城下町や城などの外壁の物だと思われるがれきがあり、朽ち果てた舗装路がまっすぐ城の跡地へと向かっている。


 だが、化け物達まで完全に消え去ったわけではない。城の中心地あたりには、二メートル四方の赤黒い肉塊のような物体が、血管のようなものを脈打たせ、ずしりと居座っている。


 一行はそれが見える、最も遠い位置に降り立つ。


 「あの熱量でも焼けなかったのか?」


 真っ先にルークが半身になりながら、遠くのそれを眺めて言う。


 「らしいな……それほど簡単にいくとも思っていなかったが……」


 オーディンも驚いているが、あれほどの化け物を生み出す現況が、少々のことでつぶせるはずがないと思っていた。その能力は、間違いなく自分たちより上回っている。


 全員が揃うと、ノアーが周囲を警戒している。


 「ドラゴンたちが騒いでる。いやな空気に鼻が曲がりそうだと言っているわ」


 その直後、地面からゾンビの群れが突き上げるように、出現する。ルーク、オーディン、ドーヴァ、サブジェイ、ザインはすぐさま剣を抜き、反射的に斬りかかり、シードは構え、セシル、ノアー、シンプソン、ブラニー、ジャスティンはその内側に入り込み、守備体系に入る。


 サブジェイとルークは、剣を振るいながら尚かつ魔法で、数を減らしていこうとするが、次から次へとわき出てくる。凄まじい数だ。


 「こいつ等には、まだ物理攻撃がきくようだ!!」


 ルークが分析を入れる。先ほどの化け物達とは、少し状況が違うようだ。


 「みんな頭を下げて!!ワイドプレッシャー!」


 ブラニーである。

 全員が頭を下げるのを確認すると、ドライに当てた平手打ちのように豪快に空中を張ると、そこからは、真っ白な光線が放射状に広がり、ゾンビどもの上半身をあっという間に、吹き飛ばしてゆく。

 四方八方から、わき出るような相手だ。吹き飛ばしたとしてもその屍を乗り越えるように、また新たなゾンビがわき出てくる。彼女の巨大な力も、時間稼ぎにしかならない。


 「走ろう!」


 そう言いつつ、オーディンが、目標の中心から尤も外側に立つ最後尾に付くつもりだ。上空から、ドラゴンの援護射撃が入る。だが、この間ノアーは全くの無防備である。シンプソンは絶えず彼女の側から離れず、その安全を確保する。


 「ポインターは、大がかりな一方向物理攻撃には有効ですが、これほど複雑で多方向からの防御魔法となると、これほどの人数はカバーし切れません!急ぎましょう!」


 シンプソンが、周囲を見回し、怪我人が出ていないかを確認する。

 本来補助役に回るはずだったドーヴァも、攻撃に回ってしまっている。


 「こういう予定じゃなかったんだがな!」


 オーディンの苦渋の声が漏れる。


 「ドラゴンを、もっと寄せろ!攻撃空域をもっと絞り込ませろ!走れるスペースだけでいい!ドーヴァ!進行方向の敵だけ蹴散らせ!魔法剣士は、魔導師のサポートを!」


 ザインが一気にまくし立てる。

 何を言っているのかよく分かる。言われなくてもやっているつもりだったが、意識づけられることで、役割分担をより把握しやすくなった。


 ザインはドーヴァと並び進行方向を切り開くつもりだ。

 ラッシュのように集るゾンビの群れ。はぐれないようにするだけでも、骨がいる。

 人間ならば、先ほどのブラニーの攻撃で恐れを抱き、逃走してゆくだろうが、これらにはその感情がない。食らいつこうとどん欲に前に詰めてくる。ただ、攻撃力がないのが幸いだった。


 「おかしい!これへんだよ!」


 ジャスティンが違和感を覚える。

 シードがその反応に守られているジャスティンに視線をうつす。何がおかしいのかが、わからない。


 「ジャスティン?」

 「だって、元は人間だったんでしょ?生まれた化け物が何かで動いていても、こんなに無尽蔵に作り出せるなんて!そんなのあり得ない!」


 ジャスティンの疑問に耳を傾けることが出来ても、思考する暇がない。全員の思考は必然的にこの状況の打開に向くことになる。双方は確かにつながりあうことだが、視覚的にどうにかしたいのである。

 慌ただしく狭い戦闘領域。セシルやブラニーの強大な魔法では、仲間に被害が出る恐れの方が高い。シンプソンが物理系の防御魔法を張ってしまうと、物理攻撃そのものが不可能になる。


 「眼鏡!防御魔法は十八番だろ!どうにかしやがれ!」


 ルークは大活躍である。サブジェイもオーディンも剣と魔法を駆使して、近寄るゾンビの群れを片っ端からなぎ払う。


 「もう少し、押し込んで!入るスペースがない!」


 ブラニーが、男共に指示を飛ばす。ルークと同じミドルレベルでの魔法を使おうと思っても、動いている見方が目の前にいては、誤射する可能性があるため、ブラニーは手を出せずにいる。


 ノアーの放ったドラゴンは周囲のゾンビをなぎ払っているが、ドラゴンの火力を持ってしても、その製造ペースに追いつかないでいる。


 「みんな!大地を鋼鉄で覆うわ!合図したら、飛んで!それまで粘って!」


 剣士達に囲まれている中、セシルが決断する。それと同時に、目を閉じ俯き、口元で呟き始める。

 珍しくセシルが積極的に仕掛ける。となると、それだけの効果があるのだと言うことを、オーディンは知る。


 「いくわよ!」


 セシルが叫ぶ。と同時に全員飛翔の魔法で宙に浮く。この隙が尤も怖いのである。飛びかかられてつぶされてしまうからだ。今はゾンビ程度しか姿を見せていないが、それ以外に何かがあるかもしれない。

 セシルは、彼等が飛び上がるとほぼ同時に、大地に右手をつき、魔法を唱える。


 「アストロイデ!!」


  彼女を中心に地面から十数センチ高い位置に大地が液状化し、それらは隆起し、固まり、瞬間的にゾンビ達の足を固め、周囲十数メートルが、一気に鋼鉄に覆われる。それと同時に大地に手を突いているセシル自身も、その鋼鉄に両足右手を固められ、身動きが取れなくなってしまう。


 彼女にはゾンビが手を伸ばし今にも触れそうな状態になっているが。セシルは開いた左手で、大気の刃を用い周囲のゾンビをなぎ払う。

 シードが着地し、さらに脚舞でゾンビをを切り裂き、同時にマジックシェルを張る。


 そして、ブラニーとノアー、ジャスティンの集中砲火である。シンプソンは上空で、全員の安全のために、気を配っている。

 飛べないザインはというと、しっかりとドーヴァの足にしがみついている。

 ゾンビが一掃されると、彼等は再び鋼鉄と化した大地に足をおろすのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る