第2部 第6話 §7
ドライは、右にローズセシル、左にオーディン、シンプソン。前方に、ブラニーとルーク。そして、背後をノアーに守られているような状態になっている。
その内側から、ドライが一歩踏みだし、全員の先頭に立つ。
「なにがしてぇんだ?」
シルベスターを睨み上げるドライの声は、一段と冷え切っている。周囲に落ち着くように促す、普段の彼に似つかわしくない言動。穏やかに思える口調にも、どこか、荘でない物が伺えるのは、全員何気に感じていたことだったが、ドライのその口調に、誰もがぞっとする。
「退屈しのぎだ」
シルベスターは、どこまでもドライを見下していた。
「じゃぁ、化け物達をチョコチョコいじって、オレをフォロってたのも、暇つぶしか?」
「助けてやったつもりだが?」
「へぇ……、助かったよ。あんたらしくねぇじゃねぇか。あのとき(・・・・)みてぇな派手さは、なしってわけか」
「言っただろう。暇つぶしだと。だが、暇つぶしにも少々飽きたな」
その瞬間、シルベスターは、素早く肩幅より広くスタンスを取り、掌を、右手で心臓のあたりで握り込み、一気に掌を広げ、天に突き上げる。
「セルデス!!」
そう叫んだ瞬間だった。上空の化け物達が一斉に爆発し、あっという間に轟音と共に粉々になり、大地に朽ちてゆく。その様は、まるで数万発の爆弾が空中で破裂したかのようだった。爆発の残響音は、まだ周囲に広がり、こだましている。
彼等は、全員化け物達が群がる後方の上空を振り向いて、呆然と見尽くす。
ブラニーは、シルベスターの強大さに、額から眉間にかけ冷や汗を流す。
二〇年前のクロノアールの比ではない。彼等の持っていた嘗ての力を今知ったのだ。
<セルデス……、精神系魔法……。これほどの数量の生物を自己崩壊させるとは……>
子孫達の中で、尤も強大な魔力を持つブラニーでさえ、それはかなわないことである。
「セルデス……。必要なのは相手を凌駕する強大な精神力。起爆剤となる僅かな魔力だけだ。敵を洗脳し、その生命力を物理エネルギーに変換し、自己崩壊させる。ふざけてやがる」
ドライは苦笑しながら再び、シルベスターの方を向き、彼の魔法を分析する。これほど強大な力を持つシルベスターならば、この島を救うことが出来るはずだ。だが、彼はそうしなかった。ドライ達が来るのを待っていたのである。ドライにはそれが気にくわない。シルベスターの表情は冷静で何食わぬ顔をしている。
「なにもかも、お見通しって面がきにくわねぇ……」
「まぁ、過程はどうであれ、おまえ達は自分の足でここにやってきた……違うか?」
上から冷淡に見下ろすシルベスターの銀色に瞳。彼の力は彼が意識せずともすでに高圧的である。支配的な空気に包まれるのを、ドライは酷く嫌う。皆その空気が肩にのしかかり、肺の奥底にたまり、呼吸が重くなる。
そのときである。
「オーディン!さっさと向こう片づけてきてくれ」
「しかし!」
「いいじゃねぇか。上の化け物がいなくなったんだ。すっきりしたろ?」
ドライは決してシルベスターから目を離そうとはしなかった。オーディンに背中を向けながら、不敵に微笑んでいる。ちゃかしているドライの声。オーディンはそれ以上言葉にすることが出来ない。
「なぁに、考えてやがる……この馬鹿が」
嘗て世界最強と謳われたルークだが、シルベスターに勝つつもりなど毛頭ない。次元そのものが違うのである。現実的思考が、ルークの足を留め、ドライを知り尽くしているはずの彼が、ドライを理解できなくなる。
「ルーク。サブジェイ頼んだぜ。俺はこいつをぶん殴ってやる!!」
ドライはゾクゾクと身震いしそうな笑みを浮かべて、右の拳をぐっと握り、顔のあたりまでもってくる。だが、一瞬ともシルベスターから視線を外そうとはしない。
「わかった!ここは、ドライにまかせよう!」
オーディンがドライに背中を向けると、ルークとブラニーも、オーディンの方に振り返る。オーディンの決断。納得できる者はいないが、ドライが完全にこちらを向こうとはしない。恐らくドライだけが決断を下したとしても、納得する者はいないだろう。これは、二人の決断なのだ。
「死ぬなよ!!」
「ああ……」
オーディンが先頭を切って、オーバーランした分の距離を飛ぶ。シードもシンプソンもノアーも次々にトンでゆく。
「いくで!」
ドーヴァはザインに右手を伸ばす。
「あ、ああ」
国は大事だ。だが、伝説のシルベスターとその子孫であるドライが戦おうとしているのである。どうなってしまうのだろう?ザインは、その行方が気になるが、次第に彼等が遠ざかり、必然的に本来の目的へと思考が変わる。全員が飛んだ後、サブジェイがまだ飛び立たず、ルークがそれを待っている。
「オヤジ……」
「さっさと行け……バカ息子」
ドライのこの言葉ほど、サブジェイを頭に血を上らせるものはない。だが、今は何故かそうではない。むしろ加勢などするべきではない戦いなのだと言うことを知る。
「ルーク!!」
ドライが叫ぶ。
「誰にいってんだ、タコ……」
ルークは、ドライにそう言い放つ。
「行くぞ!」
そして、サブジェイに一言放つと、彼は飛び立ち、サブジェイは頷き、素直にルークの指示に従うのだ。大人達の短い会話。だが、そこには普段より濃い意味が含まれているのを知るのだった。
サブジェイとルークが去った後に残ったのは、ドライ、ローズ、そしてシルベスターだった。
「こういう予定じゃなかったんだけどね」
ローズは、身を挺して戦うつもりであり、音速の刃音を数度ならし、スタンスを広く取る。レッドスナイパーの血色の刀身が、みるみる銀色に光り出す。
アストラルボディーをもつ、者との戦いの為の、特殊な剣。それが本来彼等の持つ武器の特性だ。
ただ、ドライは武器を所持していない。音速の飛行を行うために、重いブラッドシャウトは捨てなければならない。彼の剣は、王城に置き去りにされている。
「ローズ。座って見てろ。自分くらいは、守れるだろ?」
ドライがそう切り出すと、ローズは、パチパチとおおきく瞬きし、少し目を丸くしたが、すぐに剣を鞘に収め、スタンスをリラックスしたものに戻す。
「そうくると思った。でも、いい?」
ローズは忠告じみて、語尾を上げる。
「わぁってるよ」
ドライの軽い返事だった。彼は一度も体の緊張を解くことはなかったが、言葉はリラックスしている。拘っているが、拘っていない。相反する二つの思考を彼は割り切って受け入れているようだ。
ローズは、トンと、地面を一蹴りすると、二人から少し遠目に距離をあける。
「こいつだけは、ぶん殴ってやる……」
ドライは、より深く身を沈めて、本格的に攻撃のかまえを取るが、シルベスターは全く危機感を持っていない。また、持つ必要もない、力の差は歴然としているのだ。ドライもそれは知っている。
「来い」
シルベスターは、右手の平を上に向けてドライを窘め、招くようにいして、ちょいと、指先でやるならやってみろと言わんばかりに、合図を送る。
瞬間、残像が残るほどの猛スピードでドライはシルベスターとの間合いを一気に詰め、軽い前傾姿勢からのストレートパンチをシルベスターに飛ばすが、彼はスローモーションを見るかのように、冷静な表情をして、これを首を傾ける程度に躱す。
「おらららららららぁぁあ!」
ドライの気合いの入った右左の連打だが、シルベスターは、右手の平を正面に向けて、ドライのパンチを全て受けきってゆく。
格闘において、ドライのセンスはずば抜けている。技術以上に全てが早い。見る物全てから学び取る獣のような、その優れた感覚だが、シルベスターに掛かれば赤子同然だった。
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