第2分 第6話 §6

 ドライの全ての感覚がそれを捉えたと言ってもよかった。


 ドライの斜め下前方には、有機体で出来た聳え立つ塔があり、それはその少し向こうの乾いた大地の上に立っている。そして、含み笑いをしてドライを見ているのだ。

 ドライの中で、しばらく沈んでいた一つの感情が、悍ましく湧き出てくる。レイオニーはそれに耐えながら、ドライの思考が真っ白になり、また熱っぽくなっているのを感じる。


 だが、次々にわき起こるように突き上げる憎悪の感情に、レイオニーは耐えきれなくなり、自らドライとの連絡を絶ってしまうのだった。

 ドライは直情的な男だ。酷く感情の抑制の下手な部分がある。一度膨れあがった感情を極限にまで膨れあがらせ、爆発させないと収まらないのだ。


 ドライ流にいうと、「気にくわない」その一言に、つきてしまう。理由は二の次である。

 全てを知り尽くしているような、ゆとりを持っていること。そして、自分たちの運命を弄んだ張本人であること。


 現実の場所に戻ったレイオニーは顔を青ざめさせ、力尽きてその場にへたり込んでしまう。精神がボロボロにされそうなほどの、ドライの禍々しく渦巻く感情。


 「どうした!?」


 オーディンがレイオニーの後方から、彼女の両肩をつかみ、障気を取り戻すようにと、彼女を揺さぶる。


 「シルベスター……」


 レイオニーは、ドライが最後に脳に焼き付くほどの衝動で心で呟いた一言を、口にする。


 「ニーネ!レイオを頼む!ローズ!」


 オーディンは、娘のその一言で、行動を急ぐ。予想外の展開と、ドライの身を案じてのことだ。ニーネは、娘の肩を抱き、立たせ、後方へ下げさせ。少し離れて、座り込み膝の上で震える娘を抱きしめ、オーディンと視線を交わすと頷く。これだけでオーディンは安心できるのだ。


 彼の行動が理解できない者も多い。ザインもそうだが、ルークもブラニーもそうだ。


 「みんなあつまって!飛ぶわよ!」


 ローズはよく理解していた。シルベスターが現れたという意味が、どれだけ危険なことなのかを。

 ドライは、化け物達のいなくなった、大きな空間を、最高速で飛び抜け、シルベスターの眼前に、走り込むように降り立ち、着地と同時に体を後方に引き気味にして、両足でブレーキをかける。


 王城では、ローズが両手で印を結び始めている。瞬間移動は高度な魔法だ。対象物の位置を知り、空間位置も知らなければならない。障害物があれば、回避もしなければならない。


 ローズの使用している瞬間移動は、バハムートが開発した物だ。通常よりも呪式に無駄が多く、アルゴリズムも複雑であるため、古代魔法ではあまり例がない、長い集中が必要なのだ。


 「アイン!いくぞ!」


 皆がローズの周りに集まり、彼女を取り巻いている中、アインリッヒが、一人彼等との距離をあける。


 「どうした!」


 ザインが力強く手をさしのべ、ともに戦うことを信じている。だが、彼女は動かない。


 「私は…………行かない」


 アインリッヒは穏やかに微笑む。そして、さしのべたザインの手に対し、彼女は、自分の胸物とで、結ぶのだった。彼女は、肩幅ほどにスタンスを広げ胸を張り、斜めに構え、いつも通りの誇りを失ってはいない。


 「アイン!?」


 ザインは理解できなかった。


 「早くしやがれ!ノロマ!!」


 ルークはこういうのが嫌いだった。決断力のなさを感じるからだ。


 「し!」


 ローズは集中をしたまま、ルークの雑音を止める。


 「ここで、おまえを信じて待っている!おまえの妻として……、一人の母として……」


 そして、次にドーヴァにちらりと視線を向けるのだった。

 ザインは一瞬言葉を失う。心にぽっかりと穴が空いた気がしたのだが、そうではないのだ。それはアインリッヒの決断なのだ。彼女は穏やかに彼を見つめていた。


 ザインは考える、何のために、この国を守るのか?


 名誉のためか誇りのためか友の弔いの為か。それ以外にもう一つ理由があることを思い出し、それが誰のためなのかを強く知り、前者の理由を沈黙させる。行動は変わらないが、この直前で目的意識は大きくかわる。


 「わかった。必ず帰る!まっていてくれ……」


 ザインはすぅっと手を下ろし、アインリッヒをじっと見つめると、きびすを返し、戦士達の集まる輪の中に、足を一歩近づける。


 と同時に、ロースが最後の集中をすると、彼等はスッと、そこから姿を消す。そして、現れたのは、ドライの少し後方で、そこには対峙する二人がいる。


 何も言葉にしない、シルベスターとドライ。そこには、確実に化け物達から守られた安全な空間がある。だが、それ以上に危険な一触即発の空気が漂っている。化け物達は、シルベスターを襲えないのだ。


 シルベスターの身長は、ドライよりも更に高い、二メートルを超えている。銀色の頭髪を持ち、その瞳もまた銀色に輝いている。彼は、ドライ達の始祖でもある。ローズもオーディンも彼の血を引いている。シルベスターは、彼等の宿命の全てなのである。


 二人が対峙して、まもなく戦士達が、ドライの後方に姿をせる。

 それと同時に、オーディンとローズが、走り出し、凄まじい気迫でドライの左右で剣を抜き臨戦態勢に入り、シンプソンがオーディンとドライの間から、すっと姿を現し、シルベスターの攻撃にそなえ、セシルが、ローズの横に身を置き、緊張した面持ちで、シルベスターを見つめる。


 シルベスターとの対峙に置いて、尤も葛藤を隠せないのが、セシルだ。過去戦っているが、彼を敬愛しその助力となるよう、教育されたからだ。

 ローズが、セシルに無理をさせないため、右手で、セシルを押さえる。だが、ドライがさらに、ローズに前に右腕を張り、逸る気持ちを抑える。


 「落ち着け」


 そして、今度はオーディンの肩をつかむ。

 オーディンは、それだけで、構えをとき、自然体のスタンスを取る。そうすると、ローズもシンプソンも、戦闘態勢を解くのだった。


 「どういうことだぁ?ドライ……説明しろ」


 ドライの両脇から、ブラニーとルークが、姿を見せ、今度は彼等が戦闘準備に入ろうとする。ブラニーの両手の平には、すでに、漆黒の闇に包まれた、強力な魔力を感じる球体が宿っている。


 そして、いつの間にか彼等の最後尾には十数頭のドラゴンが現れている。ザインと子供達は、その間で守られるようにして、呆然と立っている。


 「錚々たる面々だな」


 語尾を可笑しげに笑わせながら、彼等を大げさだと、言いたげなシルベスターの口ぶり。シルベスターは、自然体で立っているが、彼からは始祖としての豊かな柔らかい暖かさなどは、感じられない。クロノアールの血を引くルーク達なら、なおのことだった。


 「ルーク。落ち着けって、ブラニーあんたも」


 ルークは、何を言っているのだと思う。ルークとブラニーは、クロノアールが封印される直前の出来事までしかしらない。クロノアールが敗れたのだと判るのは、現状が人間の世界に戻っているからであり、それはシルベスターの望む物だからである。

 ドライ達は、シルベスターと共にクロノアールと戦ったはずだ。だが、彼等は、殺気をむき出しにして、シルベスターに矛先を向けた。


 「あのジジィ全部喋ったわけじゃねえんだな?」


 ルークは、バハムートがドライ達のその後について、まだ語っていないことがあることに気が付く。


 「全部片づいたら、話してやるよ」


 シルベスターに対して、一番苦い思いをしているドライが、冷や汗を流しながら、それでも含みのある笑みを一度浮かべるのだった。

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