第2部 第6話 §4

 古代魔法は、基本的に無属性のエネルギーを扱う術が基本であり。分野としては、攻防はもちろん、転移、瞬間移動、空中浮揚などのがある。利点としては、属性に対する契約がないことが上げられる。また、エネルギー量が安定し、力が、精神面からの影響が受けにくい。


 考古学者を目指しているレイオニーにとって、分野内のことでもある。


 「ん?」となるオーディン。一言発すれば、ほとんどの技が発動するのである。彼女の言い分には、矛盾がある。

 「どうした?なにか条件があるのか?」


 オーディンが、少し心配げに、レイオニーの両肩に手を置き正面から顔をのぞき込む。


 「もう!いいから、みんな出て行って!」


 それで、窓ガラスや壁が砕けてしまうのではないかと、思えるほどの大きなレイオニーの声だった。一番近くにいた、ドライとオーディンの鼓膜は砕けてしまいそうになり、反射的に、背筋を緊張させ、耳をふさいでしまう。


 珍しく、「うぅー……」と、犬のようにうなりそうになっているレイオニーだったので、どうしたことか?と不満を持ちながらも、オーディンは、歩きながら背中越しに見る。が、最後はローズが全員をまとめるようにして、部屋から出て行ってしまう。


 もちろん残ったのは、ドライとレイオニーだった。

 ほんの少しだった。時間が長く感じられる。急に人の気配がなくなり、あたりが静まりかえる。二人は向かい合ったままだったが、ドライはみんなが去った方をぼうっと見ている。


 「ドライ?」


 レイオニーは俯いたまま、視線だけを上げ、ドライを見つめている。


 「ん?」


 機嫌を伺っているようなレイオニーの呼びかけが気になり、ドライは彼女の方をむき、その恥じらっている視線に目を合わせる。


 「これから、呪文をかけるけど、その前に説明しておきたいことがあるの」


 何度か視線をそらし、また合わせては、恥ずかしそうに言葉尻をもじもじとさせるレイオニー。ドライはじっと彼女の説明を聞く。


 「この魔法は、ただの魔法じゃなくて、互いの意識を完全にリンクさせるわ。また、二者間に一光年の距離があたとしても、寸分の感覚のずれもなく、直感的に互いの位置を知ることが出来るの。遠視より遙かに高度な魔法だと言っても過言ではないわ。本来古代魔法の詠唱は一言で終了するのが基本だけど、ワンウェイ……つまり、片側からの発信ならそれで可能だけど、この魔法はクロスウェイで行うため、二者間で満たさなければならない条件が多いの。一言で言えば、意識のチャンネルね」


 レイオニーは、さらさらと説明しているが、顔の火照りは取れていない、少し喋り急いでいる様子でもある。彼女の話はまだ続く。


 「それを詠唱にまとめるとしても、数値化することは非常に困難で、条件をサーチするにも、インタプリタで行っていれば、時間が掛かってしまう。私が尤も単純且つ正確に行える方法を選択した結果、それしか思いつかなかったわ」


 そう理詰めで、話してゆく姿は、どことなくマリーを彷彿させる。


 「ドライ。目をつぶって……」


 せっぱ詰まっているレイオニーの声は、重く切実だった。そうしなければ全てを始められないようだ。ドライは疑問を持つ前に、そうせざるを得なくなる。尤も、レイオニーは姪っ子のようなものだ。大好きだし、ドライは彼女に甘い。ただ、切実な雰囲気が気に掛かるだけだ。


 ドライが目を瞑ると、レイオニーの両手がドライの頬に触れる。


 「もう少しかがんで……」


 目を閉じたドライは、彼女の両手の平に導かれるように、腰をかがめる。そして、次の瞬間……。


 「え?」


 そう声を出したのは、ドライだった。思わず目を開けてしまう。その視界に入ったのは、間近すぎるレイオニーの顔だった。頬を赤らめ目を閉じてるレイオニー。ドライの唇には、彼女の濡れた柔らかみずっと触れている。長いまつげが印象的だった。


 「目を閉じないと集中できないよ……」


 それは、言葉ではない。感覚でそう言っているのだ。ドライの中にその声が響いているのが、おそらく始まりだろう。目を閉じているレイオニーが、決して分かることの出来ない感覚を、彼女は知っている。


 ドライはレイオニーの意識に任せることにした。

 レイオニーのキスはあまりにも純粋だった。

 次の瞬間。お互いに何かが体内に吸い込んでいくような感覚を覚え、次に互いに飛び込んでいくような感覚に見舞われる。光に包まれた互いの身体が近づき重なり、一つの個体になる幻想夢を見る。数秒光に包まれ、その熱気が冷めると、自然に唇がほどかれる。


 レイオニーは一歩退いた。

 ボウッとしながら、潤んだ瞳でドライを見つめている。

 ドライも何かを言いたかったが、少し唇が開いただけで、何も言えなかった。


 「ドライって、結構純情なのね」


 と、照れ笑いしているレイオニーだった。ドライが何も言えなかったのは、彼女のあまりにピュアな唇が、ドライの心臓を踊らせているためだったからだ。


 ドライが赤い顔をして、ムス……とした顔をする。レイオニーにはすでに、その心中が伝わる。無論次にレイオニーがどう思ったか、ドライにも伝わるのだ。


 すこしするとお互いに笑いが止まらなくなってしまう。


 「サブジェイヤキモチ焼くよね」

 「つーか、俺殺されるかもな……」


 と、少し洒落にならないが、それでも二人は笑っている。それは、火山のように爆発して、暴れ回るサブジェイの姿が互いの脳裏でまったく同じように想像できたからに他ならない。


 「さて、そろそろ真面目にいくか」

 「うん」


 二人の意識が落ち着きを取り戻した。レイオニーは、みんなを追い出した扉の方に行き、全員を引き入れると、オーディンとサブジェイが、ちょっとイライラした顔をしているのが分かる。


 しかし、二人が気になることをドライとレイオニーに聞く前に、ドライが言う。


 「ローズ、出口あけてくれぇ」

 「はいはい」


 皆まで言うな、と言いたげなローズの面倒くさそうな返事だった。

 ドライが、敵がいると思われる方向の窓を部屋の中心から眺めていると、ローズは、ドライの後ろからズカズカと、ドライの前に立ち、ドライが見ている方角と同じ方向を向き、右腕を前方に突き出す。


 「ガトリングバースト!!」


 呪文と唱えると、ローズの右腕に楕円体の白く輝く光弾が、縦方向の軸を腕と水平にさせ、彼女の手首を取り巻くようにいくつも回り始める。サブジェイが以前使ったガトリングレイの強化版だ。


 そしてローズはそれを窓に向かって、光弾を一気に放つ。空気を叩く発射音と耳が壊れてしまいそうな破壊音が連続して響き渡る。ローズは右腕をコントロールしながら、壁一面をそうやって破壊してゆくのだ。


 爆風に流されたローズの髪が心地よく泳いでいる。

 言うまでもなくローズもストレス解消をしている。


 ぎゃぁ!と絶叫したのは、王城の大臣達だ。全員ムンクの叫びのように、叫びあがっている。非常識きわまりない破壊ぶりだった。

 もう十分に人が通れる空間が開いているはずだが、ローズはとことんやるつもりだ。


 ザインも目が点になっている。逸物を握りつぶされかかり、尚かつこれだ。彼の中にあるトンでもない女というイメージは、固定されること間違いないだろう。


 「こんなもん?」


 ローズが、にっ!と笑いながら、ドライの方に振り向く。そこには、すでに壁など存在していない。市街地とその向こうに見える、不毛な大地が大パノラマとなって眼下に広がるばかりだった。

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