第2部 第6話 §3
翌日。
オーディンは、女王、ザイン、アインリッヒ、大臣達を小さな会議室に集め、行動を起こすことを伝える。日程は、翌日だ。
欲しいのは、ゆったりした一日だけだ。軍事支援も食料もいらない。圧倒的な破壊力をもって、短時間で済ませる。オーディンはそれだけを伝える。現地での行動時間は十数分から長くても、2時間程度。それ以上は行わない。何故か?人間と戦うわけではないのである。こちらの体力のみが、一方的に消費される可能性が非常に高い。だから、その前に全てを終わらせる。
ドライはその消耗を押さえるために、単独飛行を行うのだ。
会議室を去るオーディンの顔が険しい。それはヨハネスブルグにいたころのオーディンの表情に他ならない。
全ての責任を負う義務がある、一級貴族としてのオーディンの顔だった。
当日。
出発前の彼等を、女王がある場所に案内する。そこは、謁見場だ。ドライ達が庭を眺めるために居たテラスではなく、催し物のために用意された、広い庭先と、そこを見渡すためのテラス。そこには歓喜で沸き返るエピオニア国民が、こちらに向かって手を振っている。どうやら、昨日の一日のうちに、国中に広めたらしい。
耳が割れそうなほどの期待感で、空気が満たされている。
が、そこにはドライは居ない。
「オーディン、ドライは?」
ドーヴァが、騒がしい空気のなか、ぼそりと聞く。
「さぁな。レディーもいないな」
「馬鹿のことはいい。なんだ?この祭りは……」
ルークが、鬱陶しそうに、セレモニーを煙たがる。
と、女王が言う。
「覚えておいてください。この人達はいずれ、貴方達の物語を語り継いでくれます。何百年たっても……。貴方達が、この戦いが無駄ではなかったと、思えるように。私はこれから、ずっとそうしていきます。皆に手を振ってあげてください」
そこへドライが走ってやってくる。
「わりぃわりぃ、ちょいと、気合いのはいる服を探してたんだよ!」
のんきな声をしている彼が着用しているのは、真っ白な飛行士の服だった。白いネッカチーフ、黒いゴーグル鉢巻きなどを着用している。
「鉢巻きに、旭のマーク?なんかの読み過ぎちゃうけ?」
ドーヴァはドライの清らか?な、正装を怪しげに上から下と何度も見回す。
「この馬鹿、ど~~しても、気合いいれるんだ!ってきかないのよ」
とー少し遅れてローズがやってくる。
「ホラ、てぇふってあげなよ。あんたに全部かかってんだからね!」
とローズは、ドライの背中を一押しして、ドライをテラスぎりぎりに立たせる。
「とと……」
ドライは、躓きながら、前を見、眼下を見下ろす。
「へへ……」
と笑いながら、珍しく注目を浴びるように、手を振る。しかも両手で大げさにだった。
「これで、死んだら恥ずかしくて、地獄にもいけねぇや」
平気で笑ってそういう。周囲がぽかんと口を開けてしまうほどだ。だが、そうである。
「馬鹿を言うな!ちゃんと、死なないように私が考えた配置だぞ?」
オーディンは、ドライに不満があったが、今発した自分の言葉に、気持ちが入っていたことに気が付く。前々日の夜。考え込み気味だったものが、すっとどこかへ引っ込んでしまった。
「さぁて……手も振ったし、準備するかな」
歓声で消され気味になっているドライの声だったがオーディンにはよく聞こえた。
彼等は、王城の最上階にある部屋に着く。ここから全てが始まるのだ。
「俺がいいって言うまで、ここで待機だぜ。わかってるよな?」
ドライは、背筋をのばしながらオーディンに確認を取る。
「解っている」
「それと……」少し鈍ったドライの声だった。
「うん?」
尻込みではないのは解ってるが、オーディンには言いたいことが解らない。
「いっこ、賭をしようぜ」
「なんだ?」
「もし、俺が全部飛べたら、ザイン達を連れて行ってやってくれ。いいだろ」
こういう時のドライは、あまり人の顔を見ようとはしない。準備運動などをしながら、苛立ちをこらえながら、答えが返ってくるのを待っている。
オーディンは、俯いて、肩を上下させて笑う。
「そのつもりで、らしくもなくシミュレーションなど、していたのだろう?」
オーディンの顔は涼やかな微笑みであふれている。ドライは何も言わず、背を向けたままだ。照れているのがよく判る。オーディンは、それにあわせて、少し後方に控えているルークの顔を見て、また微笑む。ルークはそれを嫌い、横も向いて「ふん」と、不機嫌になってしまうのだった。
ザインは言葉を出そうとしたが、震えて言葉が出ない。あきらめかけていた、戦いの参加に、光が見え始める。だが、ここで、声を掛けてしまうと、過度な期待を掛けそうに思えた。彼は、静かに押し黙る。
だが、次にオーディンの顔が少し曇る。そしてローズの方を向くのだ。
「すまない。どうしても方法がないんだ。消耗したドライを連れて帰るには、君が瞬間移動してくれるしかない」
「ふふ。分かってる。行きはブラニーがやってくれるんでしょ?私はドライを連れて帰るだけ。ね」
身重である彼女を、戦いに参加させたくないオーディンだが、ドライの命を守ることを優先し、なおかつ戦力を削がないためには、それがベストな方法だと思ったのだ。
「到着直後に、私がシールドしますので、安心してください」
横から、自信ありげに、シンプソンがいう。普段控えめな彼だが、この分野に関しては、自画自賛である。そして、それは確かなことだった。
「ドーヴァ。状況を見極めて、みんなの回復を頼む」
「わぁってる。化け物相手じゃ俺の剣は意味ないからなぁ」
二人の遣り取りはそれだけだった。互いの分をよくわきまえているので、話す必要な特にない。
「で、俺は馬鹿のおもりだ!って最初にいってなかったか?」
突っかかったルークの言い方だったが、船内での打ち合わせの時に、確かにオーディンはそういったのだ。
「ああ。貴方には、ドライ=サヴァラスティア・ジュニアのサポートに回って欲しい」
と、言われると、ルークは何も言わずに、俯いて目を閉じ、ため息をつくが、それ以上は何も言わない。これも何となく分かっていたことだったからだ。
「サブジェイ。刃導剣は控えろよ。私と戦うんじゃないからな。古代魔法でいい。だが、サテライトガンナーだけは、極力使うな。あれは、着弾も次の射出も、時間が掛かりすぎる」
「わかってる。鳳凰剣と魔力中心にいくよ」
オーディンはそれを聞くと、真っ直ぐで厳しい眼差しのまま、視線を外さず頷く。
ルークの体がぴくりと動く。
当たり前だった。サテライトガンナーは古代魔法でも、最強の部類に位置する。つまりローズと同じレベルで魔法を操ることが出来るというわけだ。
彼が完成すれば、どれほど凄まじい力になるだろう。ルークは心地よい震えを覚える。
「ジャスティン。シードの側にいれば、間違いない。お母さん譲りの魔力期待してるよ」
「わかりました」
ジャスティンはシードの側にいられるということで、それでほっとする。二人は絶えずペアで行動する子になる。
「さて、レイオ。おまえの役割だが……」
「ドライの後方支援!」
レイオニーも、ゴーグルを額にかけ、左手には、自分の身の丈と同じほどの洋弓を持っている。だが、矢はもっておらず弦も張られていない。弓の中心には砲のように、穴が空いている。
「そうだ。じゃまくさいなら、ドライに当ててしまえ」
と、ここに来てオーディンは、半分真面目で半分吹き出しそうな顔で娘の両肩をぽんと叩く。
「あのな~~」
オーディンの後方で、ドライは仁王立ちになり、拳を振るわせて振り上げかかっている。
そのとき、急にレイオニーがもじもじとし始める。少し顔が赤くなっている。
「パパ、みんなも、ドライと二人きりに、してほしいんだけど……その詠唱に集中したいから……」
だが、レイオニーの顔色は明らかにそれ以外の何かに、気を取られているようにしか思えないオーディンだった。ドライに送るいくらかのレイオニーの視線が、妙に照れて見える。
「古代魔法に長い詠唱ってあったっけ?」
ドライが、レイオニーの珍しい発言に、思わずその一言を口にしてしまう。
その余計な一言で、レイオニーはさらにドギマギとし、落ち着きをなくしてしまうのだった。
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