第2部 第5話 §3

 そのころ、サブジェイとオーディンの戦いは尚続く。ほとんどの決着の付き方は決まっている。サブジェイが焦れて、大技に出ようとするのである。


 前回サブジェイがオーディンを追いつめた時は、意地と根性だけで、渡り合ったが、今回は違う、確実にオーディンの隙をつくための小技や、回り込みを重視している。一見地味に見えるが、すぐに切り返しが出来るその戦い方は、実に隙がない。きちんと凌いでから、攻撃に出ようと心がける。


 一見守備的に見えるが、気持ちのとぎれない、よい戦い方だった。じっと見守っているドーヴァも拳を握ったままだ。


 「あの子、あんなに強かったのか!?」


 ザインは、あっけにとられた。気の抜けた声で、口を半開きにしながらその戦況を目で追っている。


 「当たり前や……、あいつや強うなる。もっともっとな……、見ててドキドキする」


 いつも、ボウッとしがちで気迫のこもらないドーヴァの目がきらきら輝いている。童顔な彼は少年に見えてしまうほどだった。最初は座っていたが、いつの間にか膝を立てて、前になり拳を握り、サブジェイを見守っている。


 先ほどは、ドーヴァの技である刃導剣の足裁きで、オーディンと渡り合っていたサブジェイが、もう一度オーディンと剣同士をぶつける。

 オーディンの足も、サブジェイの足も止まる。お互いが一瞬踏み込みあうような姿勢になったが、サブジェイは、力を抜き、すっとバックステップをして、二メートルほど、オーディンと間合いを開ける。


 バックステップは、後方視野の感覚がない者にとっては、戦闘手段として有利でない。躱しているようで、追撃を食らうとこれほどもろいものはない。敵が前方から向かってくるのだ、後方に進もうとする力と、踏ん張らなければならない力が相殺され、結局は押されてしまう。


 オーディンがすかさず間合いを詰めようと、踏み込んだ瞬間だった。


 「集魔・炎舞!」


  サブジェイは剣を魔力を弾く性質から、集める性質に変化させる。エンチャントである。オーディンの得意分野である。

 サブジェイは、順手握りのまま、矛先を大地に向け、その場で一回転すると同時に、剣を天空に突き上げる。矛先から棚引く炎が螺旋状に彼の体を包み、剣を突き上げた頭上にまで伸びる。


 オーディンは、一瞬攻めあぐね、愛刀でその炎を掠め取る。他人の魔力を吸収し己の力にすることが出来るのが、オーディンや現在サブジェイが変化させている剣の性質だ。


 オーディンが次の剣舞に移ろうとした瞬間だった。サブジェイはその隙を見逃さない。

 剣を後方にまわして、体に引き戻しながら、開けていた左手を握り拳を作った状態で、下方から前につきだして、魔法を使う。


 「ガトリングレイ!」


 突き出された拳の周囲を、一センチ程度の赤い光の玉が回転して取り巻き、次々とオーディンに放たれる。

 オーディンはすかさず炎の魔力をその場で払い捨てる。そして、剣を地面と垂直に立て、その面をサブジェイに向けて構える。


 オーディンをねらい打ちにした赤い光弾は、オーディンの前で、彼の剣に吸い寄せられ、吸収された。

 その隙にサブジェイは、構え直すのだ。右半身になり、剣を壁にして、体制を整えている。彼の左腕の魔法はまだ、消えてはいない。能力を持続しているようだ。


 状態こそ違うが、サブジェイとオーディンは同じ魔法を保持し、同じ性質の剣を所有している事になる。

 サブジェイは仕掛けない、オーディンが同じ魔力を剣に宿らせている以上、同じ攻撃は意味をなさない。吸収されてしまうのが、オチだ。


 オーディンも仕掛けるのをためらう。サブジェイの剣は魔力を含まない殻の状態である。

 ここで、オーディンは初めて、左手を剣からはずす。オーディンは通常両手剣で攻撃をする、それをやめたのだ。これは、サブジェイから見て、意外である。


 オーディンも、正面で構えるのをやめ、右前に構えて、左手を引く。そして左手に魔力を込めるのだ。その掌中には、メラメラと炎が宿る。


 少しでもサブジェイより有利な状況を作り出そうというのだ。

 奥の手だろうか?サブジェイはそう考える。この戦いを始めて、初めて躊躇する。


 間が開きかけた瞬間だった。オーディンは一気に前に詰め寄り、剣から赤い光の玉を連射する。大きさは全て一センチ程度だ。


 サブジェイは、当然選択肢を迫られる。受け入れるか跳ね返すか。

 だが、ここでは光弾を跳ね返すしかなかった。今光弾を放っても、オーディンの剣に吸い込まれてしまうし、受けている間に、オーディンに攻め入られてしまう。


 言葉にしなかったが、サブジェイの剣の性質は、反魔刀になる。

 オーディンは当たり前のようにこれを読んでいた。自分に跳ね返ってくると同時に、足を止め、素早く後方宙返りで、空に逃れる。


 本来、空に逃れることは、動き回る自由を奪うことになるため、飛び道具を所有している相手には、有利な手段ではない。当然サブジェイは、左腕をオーディンに照準を合わせ、光弾を放つが、オーディンは上空で、もう一延びして、更に後方に飛ぶ。サブジェイの腕ははオーディンを追い、光の光弾を連射し続ける。当然右腕は後方になり、剣を構える状態ではない。


 オーディンは逃れつつ、炎の魔力を剣に与え、左手には白く霞んだ魔力を宿らせ、大地に足をつけたと同時に右に走り、サブジェイの攻撃を、振り切ろうとする。


 「わ!まて!こっちくんな!!」


 オーディンはドーヴァ達の目の前を走り抜ける。あわててしゃがみ込んだザイン達の上空を光弾が遠慮なく飛び去ってゆく。


 彼は旋回しつつ、サブジェイとの距離を縮めてゆく。


 オーディンの旋回速度は予想以上に早く間に合わない。光弾の群れが、オーディンを避けて左に流れてゆくような錯覚を起こしてしまうほどだ。

 サブジェイが追撃をやめた瞬間、オーディンはステップを踏み上空で体をひねり横回転をすると同時に、剣に宿らせた、炎を放つが。それは、掌におさめられていた状態の時とは、全く違う。


 オーディンは握りしめていた柄から、魔力を送り続けていたのである。

 炎がサブジェイに襲いかかろうとし、それに対処するために、剣を構え直そうとした、瞬間オーディンは、左手の魔力を剣に与え、もう一回転し、それもとばしてくる。


 サブジェイの眼前で炎が爆炎となり、暴風とともに彼を包む。

 もちろんそれくらいで、サブジェイが倒れるとは、オーディンも思っていない。


 また、サブジェイもオーディンがこの瞬間、さらなる攻撃を仕掛けてくるのは、予想している。

 オーディンが、旋回するのをやめ、まっすぐに炎の中のサブジェイに突進するのと同時に、サブジェイも炎の中から姿を現し、オーディンにつっこむ。


 凄まじい速度だ。互いの意地がぶつかり合う、矛先を相手に向けぶつかり合う、まさにその瞬間だった。互いの眉間に剣が突きつけられるその瞬間、互いの刃は、そこで止まる。


 いや、正確に言うと、第三者の手によって止められたといった方が、いいだろう。

 剣を突きつけあう両者と、眼前で両手を交差させ、二人の刃をわしづかみにしているドーヴァがいた。彼の両手は、二人の剣の中程をとらえており、その掌中から、赤い血液がしたたり落ちている。


 本当ならば、指が全て飛んでいてもおかしくないはずだが、そうでない。


 「アホ……熱くなりすぎやっちゅうねん……」


 ドーヴァの表情は、痛みより、ひやりとした表情をしている。サブジェイもオーディンも強敵として互いを見ている。


 サブジェイとオーディンの体勢だが。より早く相手に剣を突きつけるため、右手一本になり、低い姿勢になっている。ほとんど同じ高さで、同じ腕の長さ、そして同じ剣の長さだが、冷静に見ていると、オーディンの剣が、サブジェイの額ぎりぎりにあるのに対して、サブジェイの剣は10センチ以上、オーディンから離れている。


 「なんでだよ……」


 まだ認めたくないようだ。剣を放さず、じっとオーディンを見ている。若々しく苦い声がだった。

 ドーヴァは二人が気を抜くまで、剣を放すつもりはない。


 「オーディンの握りをよーみてみ……」


 掠れがちで、サブジェイを諭すようにドーヴァは言う。

 サブジェイは、オーディンとあっていた、視線をはずし、彼の右手を見る。

 するとどうだろう、サブジェイが柄中程を持っているのに対して、オーディンは親指、人差し指、中指の三本だけで、柄の端を握っている。通常あり得ない。また、ロングソードをそんな状態でもてる人間はいないが、オーディンは、並の男ではない。


 もちろんサブジェイがそのことに気がつけば、オーディンの剣をはじき飛ばせていただろうが、爆炎がそのコンマ数秒の視界を奪っていたのだ。

 オーディンもサブジェイを睨んだまま、構えを解かないのは決して、ゆとりを持って勝ったのではないという実証である。


 「実戦の差……や。次はもう使えん邪剣……やけどな」


 ドーヴァは、痛めた両手で二人の剣を引かす。

 オーディンもサブジェイも、その導きに素直に従い、剣をおろし、一度汚れを振り払うため、剣を一降りして、鞘に収める。


 「ドーヴァ!」


 心配そうな声を出して、最初に駆け寄ったのはアインリッヒだった。形としては、ドーヴァの右手側がオーディン、左手側が、サブジェイ、正面にアインリッヒと、少し送れてきたザインといった感じだ。


 アインリッヒーは、まずサブジェイとオーディンの間に割り込み、ドーヴァの両手首をつかみ、掌を仰向けにして、状態を確かめる。


 ドーヴァは黒い薄手の革グローブをしているが、そこから、血が次々にあふれ出し、止まる様子はない。


 「ああ、大丈夫や……。骨まではやってない」


 逆に言うと、それ以外のダメージはあるというわけだが、ドーヴァは特に焦る様子はない。


 「早く手当をしないと」


 ザインが口を挟む隙間もなく、アインリッヒ一人の焦りが、その場の時間と空気を支配する。

 サブジェイは、俯いたままだった。オーディンもアインリッヒの声が聞こえてはいるが、すっきりしない表情である。


 「そやな……シンプソンのところにでも行くわ、にしても……『龍牙』を使っても、切れるとはなぁ」


 ドーヴァは変に感心しながら、へらへらと笑っている。つまり、オーディンとサブジェイの力と、伝説の剣の威力で、手を斬られたと言いたいのだ。龍牙とは、ドーヴァの持つ刃導剣の技の一つで、白羽取りを昇華させたものである。通常の刃なら、握り砕けてもいい技だった。掌中に気を集中させ、龍の牙のように、敵を砕く。そんな感じだ。


 「付き添う」

 「たのむわ」


 アインリッヒとドーヴァの短い会話だった。二人がその場を去ってゆくが、ザインは付いていかない、サブジェイの雰囲気が心配だ。

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