第2部 第5話 明日のために
第2部 第5話 §1
彼らの食事は、先日同様会食の間で、行われる。まるでホテル備え付けのレストランに足を運ぶように、長い廊下を歩くことになる。
昨日の夜は、心にゆとりがなかった。立派な作りの壁も、柔らかい絨毯の感触もあまり感じることは出来なかったが、鮮やかに赤いその絨毯と、落ち着いたクリーム色の壁が、照明に照らされて、暖かさが感じられる。扉は、重厚な雰囲気で色調はオークブラウンだ。
サブジェイとレイオニーは、そんな廊下を歩くのだった。
会食は、昨日と同じだ。ドライの騒がしさもないし、ドーヴァのくだらない冗談もない。ただ静かに高級感が満ちた雰囲気の中で、黙々と行われる。長テーブルに全員が、座っているだけだ。
サブジェイとしては、あんまり味を感じることが出来ない。団らんを楽しむモノではなく、ただ食べなければならない目的だけの食事、そんな感じがした。
テーブルに乗せられた、スープやブレッド、サラダなどもそうだが、持て成しの心があるに違いない。この国の環境において、いくら、結界で守られているといっても、誰もが漫然とした贅沢な背活を営むことなど、出来ない。それは、平和な日常であっても、そうなのだから、尚そうだろう。
だが、決して普段味わっている、暖かみのある食事ではないのが、分かる。
何もない。ただ食べるだけの時間が終わると、彼らは、再びそれぞれの行動に出る。
まずは、城内に残ったザイン達である。会食の間から、別の階層にある、小さな会議室にその姿を移す。
メンバーは、女王と、ザイン、アインリッヒ、数人の大臣といった構成だった。具体的な部屋の大きさは、大臣クラスが、会合する程度の部屋だ。オフレコで……などと、言う言葉が似合いそうな感じがする。
彼らは、椅子に腰掛けず、赤いふかふかとした絨毯の上に、全員が円を描くような様子で、立っている。座れない雰囲気のようだ。王女を真ん中に、右に三人、左に三人、その前に、ザイン達二人が立っている。多勢に無勢と行った雰囲気だが、女王は別にそんな意味で、そこに立っているわけではない。
ただ、大臣達が、取り巻きたがっているだけだ。
一番女王に近い、左側の大臣が、口火を切り出す。蛇足であるが、大臣は誰も彼も、老人にも中年にも当てはまらない……、という言い方は、変だが、中途半端な年齢の者達ばかりだ。主張はあるが、前には出ず、力は誇示したいが、束ねるまでには行かず……などの、意味合いで、パッと秀でる雰囲気の者が居ない。
「女王。あの者達は、なんなのですか!」
これは、別に彼らの存在だの、どうだのと行った意味ではなかった。要するに昨日の騒ぎだ。
「彼らは、ザインバームとアインリッヒが選んでくれた救世主です。私もそう信じています」
彼女は本当に冷静だ。言葉に芯があり、その語尾は、柔らかすぎもせず、強すぎもせず、確信を持った明瞭さがある。
「そういうことでは、御座いません!我々がお伺いしたいのは、あのような騒ぎを起こし、団結力もない人間に、国の大事を任せられるのか?ということです!庭園の芝を荒らし、王城の壁を壊す所行!それに、一刻を争うというのに、戦の準備も整えず、だらだらと、日を過ごすばかり!」
彼のいいぶりは大げさだ。ドライ達は、昨日着いたばかりだし、結界も弱り始めているが、今日明日消えてしまうほど弱いモノでもない。
漠然とした苛立ちと不安が、そうさせているのだろう。
ザイン達も、命をかけて、世界を歩き、漸くの思いで、見つけてきた人材を、時間も掛けて、その真価を確かめようとしない大臣達に、苛立ちを覚える。もう、ドライ達に賭けるしかないのだ。今からもう一度、世界を歩いたとしても、彼ら以上の人間を見つけることなど、到底不可能である。
焦っている気持ちは、ザインも同じだった。だからこそ、反論をする前に、苛立ちで普段の彼らしさが、出ないでいる。普段の彼らしさとは、情熱を持ちつつ、言葉で周囲を頷かせる、知将ぶりだ。今はそれがない。
一瞬拳だけで、語りそうになったザインを、制止したのは、アインリッヒだった。
彼よりも、少し前に出て、彼の胸をそっと押し、一歩引かせる。
「一刻を争う。だからこそ、彼らに賭けたい!」
いつもなら、ザインがいう台詞だ。アインリッヒは饒舌な方ではない。女性でありながら不器用な武人ぶりの方が、目立つ人だ。魂の入ったその言葉は、大臣達を少し退かせた。
彼女は続けて言う。
「自分たちの手でどうにもならぬものを、この小さな部屋で、どうにか出来るとお思いか!?異論があるなら、このアインリッヒが、受けて立つ!」
ぎらりと光るアインリッヒの青く鋭い瞳、小柄な彼女の顔は、周囲の者達より小さい。だが、凜々しい目元がそれを忘れさせるほど、彼女の表情を皆に焼けつける。
ザインも、こんな気迫のこもったアインリッヒを見たのは、久しぶりだった。
大臣達の体に、強く重く鋭い風が一気に突き抜ける。たじろがずにはいられない。戦士としての感覚を持たないふつうの人間が、それを感じるのだ。側にいたザインは、ビリッとしびれた。
「あなた達の意のままに……」
女王は、涼やかにほほえんでそういった。なぜ彼女が少女なのか……それが不思議でならない。
軽い悶着の後、二人は、会議室を後にする。
そのときに、アインリッヒが言う。
「私は、正直国のことは、どうでもよいのだ……ただ、おまえの熱い思いが、私にそうさせた……。ローズたちとの時間は楽しい……。あの場所でなら、穏やかに活きられる。そう思う」
「解ってる。でもロンやロカ、じーさんの想い……、かなえなきゃ……」
「ああ、力の及ばない自分が……、歯がゆい……」
剣士としての思い、女としての思いを、彼女は平行させている。葛藤ではない。ザインが前に進もうとしているのだ、それについて行くことに決めている。
二人は、廊下を歩く。階段を下り、それを何度か繰り返し、城の中庭で、何らかの訓練をして居るであろうドライ達の様子を見るために、外へ行くことにした。
ドーヴァが、「庭先で面白いものがみれそうだ」と、先刻皆に、吹聴していたのは、蛇足であるが述べておこう。
二人が、まず発見したのは、ドーヴァだった。ぼんやりと胡座をかいで、座り込んでいる背中が見える。丸まっている姿勢が、何となくだらしがない。
その向こう側では、オーディンとサブジェイがいる。ドーヴァの前で、二人が向かい合っている。仁王立ちになったオーディンとは対象に、サブジェイはストレッチをする余裕ぶりだ。
ぼんやりとした姿勢とは逆に、彼の目は鋭かった。目つきが鋭いのではない、眼光が鋭いのだ。とぼけた表情の奥から、全く別次元の感覚で、物事を見ている。
ザインがそれに気が付いたのは、彼の真横に立ち、今から何が行われるのか、ドーヴァに訊ねようとしたときだった。
それに気がつき、ドーヴァが答える。
「あいつ……、オーディンに勝つつもりや……」
屈伸をしたり、体をひねっているサブジェイを見ている、ドーヴァは一瞬たりとも、その挙動を見逃さないつもりでいる。
オーディンの強さは、ザインもよく知っている。スタジアムで自分たちが、試合をしたときに、アインリッヒとの決めの一撃を撃ち合い、流れてきた刃風を落ち着き払い、何事もなかったように躱したのだ。方や十六歳の少年である。その彼が、達人に勝つつもりでいるのである。
「いつまで、準備運動をしているつもりだ?」
いつもより、冷たく感じるオーディンの一言。それが、なぜそうなのか、サブジェイにはよく分かっている。だが、こそこそする必要はない。もう彼は決めたのである。だからといって。ひけらかしていいわけでもない。
そのことについて、サブジェイは何も言わない。
「うん。いいよ。ぼちぼち……」
サブジェイは、背中に担いだスタークルセイドに手を掛ける。と同時にオーディンも、腰のハート・ザ・ブルーに手を掛け、サブジェイよりも早く、剣を抜いた。と同時に、剣にはすでに炎の魔力が付与されており、そこには手加減のなさが、現れている。
「いくよ……」
サブジェイが、自ら開始の合図を送る。
「ウム」
オーディンの短い返事。
サブジェイは、剣を抜くと同時に、ザッと大地を滑る。初速からトップスピードで動けるのが、刃導剣特有の動きである。
だが、今までのような生やさしい動きではない。刃導剣は、弧を描くように大地を滑り、相手の死角に飛び込み、一撃を与えるのが、技の基本になっている。
体格が小さく、力のある相手に後れを取らないための、ドーヴァならではの技だ。
だが、サブジェイの動きは、オーディンのほぼ右真横まで、直進し、最後にギュッと弧を書き、オーディンの左後方の死角に飛び込む急激な動きだ。オーディンの背後を回る感じである。しかも動きが速い。それに右利きのオーディンから、尤も剣が遠くになる位置になる。
ドーヴァも思わず、ぴくりと動いてしまうほどの出来映えだ。
今までのように、何かを確かめながらという、迷いが全く感じられない。凄まじい感覚能力である。
もちろんオーディンも、それで一撃を受けるような男ではない。
サブジェイが居合い抜きの要領で、背中の剣をすっと抜き、オーディンに斬りかかるが、彼もサブジェイを正面にするようにして、退いて躱す。大地を蹴るので、オーディンの足下からは自然と土煙が上がる。
「炎龍!!」
オーディンは、退きながらもすかさず、横から剣で空気を振り払う。
放たれた火炎は、文字通り赤とオレンジ色に光り輝く火炎の龍となり、3メートル先のサブジェイに、襲いかかる。オーディンは瞬間に、それだけの間合いを空けたのである。
サブジェイもまた、空気を斬る。
「七星剣!」
サブジェイが叫ぶ。すると炎は、彼の体を素通りするのであった。彼の剣には、いくつかの能力がある。それは、その中の一つの能力にすぎない。
炎が突き抜けた瞬間、サブジェイは大地を蹴り、オーディンに向かいまっすぐ突進する。
オーディンも、踏ん張り、真正面から二人の剣がぶつかり合う。
正真正銘のぶつかり合いだ。
サブジェイの握る剣に伝わるオーディンの圧力、それは今まで感じることの出来なかった凄さを思い知らされる。受け止められた剣の向こうが遠く、その壁が厚く感じられる。
間近にオーディンの顔があるというのに、そこに届くには、まだ遠く思えた。
だが、気圧されるわけにはいかない。彼は決めたのだ。まずは、この人にそのことを示さなければならないのである。ゼロ距離から、サブジェイの踏み込みが強くなる。オーディンの腕に、ずしりとその重みが伝わる。
力自体では、オーディンの方がやや有利である。まだまだ、足腰への体重の乗せ方などは、サブジェイでは成し得ないものを持っている。
互いに両手で剣を持っている。
サブジェイは、魔法を放つために、手を空けなければならないが、それがままならない。
エンチャントで攻撃力を増加させることの出来るオーディンが、優位に思えた。
実際オーディンは、剣に魔力を込めようとしたのだった。
「反魔!」
サブジェイが、叫ぶ。
すると、オーディンは剣ごと、弾かれ背をそらせてしまう。しかしサブジェイも、後方に退くことになる。仕掛けた張本人なので、オーディンのようにバランスを崩す事などなかったが、それでも、距離的なロスが大きい。後方に流された力を、前方に戻すまでの労力が、再びオーディンに、構え直す時間を与えてしまう。
スタークルセイド。サブジェイの持つその剣は、様々な可能性を秘めている。まるで、水を吸収する大地のように、技を吸収していくサブジェイと、呼応するかのようだ。
オーディンとサブジェイの間にある壁。
たった一つ。
経験の差、それだけなのである。
オーディンはらしくなく、ニヤリと笑う。それはサブジェイに対する評価でもある。
側でそれを眺めている、アインリッヒが、思わず拳をつくり、掌中を汗で滲ませてしまうのだった。
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