第2部 第4話 §9

 そのころ、シンプソンの部屋で、彼とオーディン、ドーヴァ、ザインはテーブルを交えて話をしていた。


 シンプソンが単純なセインドール島の地図を書く。大胆な地図の中央に打たれたバッテンが、最終目的地であることは、誰にでも解る。


 「納得がいきません」


 シンプソンのそんな言葉から、話は始まる。

 何がどうなのか?と、全員が視線だけでシンプソンを追う。彼は、鉛筆で、バッテンのあたりを何度も、とんとんと、つつきながら、脳裏で言葉をまとめていた。

 そして、口を開く。


 「ザインの話では、国王の残留思念、もしくはそのものが、その存在を脅かす者が、ここに位置しているということですが。どうもそれだけでは、ないようなんです」

 「と、いうと?」


 オーディンが、タイミングのいい合いの手を入れる。ドーヴァもちゃかすことも出来ないし、ザインの疑念も入る隙間がなかった。シンプソンは、話しやすくなる。


 「ええ、単純にいうと、戦闘状態ですね。内部と外部の……つまり~……、えっと、どっちがどっちなのか?です。中央に向かって攻撃を仕掛けている生物群が、あなた方の敵なのか、それとも内部にいる方が、敵なのか?です」


 ここで、再び沈黙がくる。が、ザインが口を開く。


 「ジーオンの話じゃ、国王はこの中だ、あの爺さんがいうんだ。間違いねぇ」


 ザインの思い入れは、オーディン達には解らない。だが、その言葉は確証に満ちている。ただ、彼の思惑とは、少々事態が異なっていたようだ。


 「そういえば、あんさん等、うち等の街に来る前に、追っ手に追われてたはずやったけど、それ以来は全然音沙汰なしやったな……、どういうこっちゃ?それも気になる……」

 「結界から、そんなに易々と出られたら、たまったもんじゃない。こっちだって、追っ手を倒しながらやってきたんだ。お宅等の街でが、最後の勢力だったはずだ」


 と、少し曖昧な返事を返すザインだった。アインリッヒと二人で、そこまでやってきたのだ。確かにゆとりのある話ではない。確かに、船でここに来るまでの間に、化け物と遭遇しているし。彼の言うことも事実だろう。

 遠視で、映像を確認しただけのシンプソンは、思考しながらも、多くのことを語るのを止めた。


 「言えることは、事態は複雑であること、向こうも何らかの勢力と戦闘を繰り広げていること、それによって、勢力が分散していることですか?」

 シンプソンは、それっぽく言ってみる


 「だな。楽になったとは言い難いが、こちらだけが一方的に目の敵にされることも、ないというわけだ」


 オーディンが結ぶと、ドーヴァも協調して頷く。

 ザインは、オーディンは何を言っているのだろう?と、疑念に満ちる。より状況が複雑になっただけでは、ないのか?そう思えてならない。


 「で、戦い方は、決まったのか?」


 出てくる言葉は、それしかない。


 「おそらく、戦闘自体は、小一時間もあれば、片が付くと思う。むしろ短期で戦わなくてはならない。周囲の有象無象を、逐一相手にしても、仕方がない。極力一気に突破できる方が望ましい。ブラニーや、セシルの魔法で、それらを蹴散らしてもらうとして、王を封じていると言われる結界に進入後、それが、どれだけの力を持っているか……次第だな……」

 「クロノアールや、シルベスターより強い……なんてことは、あり得ないですね……まず……」


 シンプソンがクスクスと笑い出す。

 クロノアールやシルベスターとの戦闘は、壮絶だった。ローズも一度死に、ドライも死に、オーディンも腕をもがれた。絶望しかけた中、それでも勝利を勝ち取ったのだ。

 これは、勘だが、シンプソンはどうにかなるような気がしていたのだ。


 「だな……だが、もし手こずるようなら、いったん引く」


 オーディンはきっぱり言う。ある意味当たり前だった。この戦いは、助太刀であり、命をかける理由は何もない。自分たちが死んでしまえば、その事態を止める人間は、世界を探しても、どこにも存在しないことは、彼らが一番よく、理解している。


 「引くってどうやって……」


 ザインは、それぞれの能力を全く理解していない。

 当たり前だ。

 ザインは人間の能力を確かに超えた超人だが、オーディン達は、それを更に上回っている。オーディンは、それを、ザインに説明した。


 「ドライの、力はみたな?魔法に対する耐性だ。よほどの魔法でも、彼を倒すことは出来ない。私は、エンチャントで、短い距離かか、中距離までの戦闘が得意だ。内部に入ってからの先頭は私が切ろう。ルークや、ローズは見たとおり……」


 と、延々と続けるのだ。そして、オーディンが話し続けると同時に、彼らがどういう方法で、そこまでたどり着き、道を切り開くのか?ザインは、理解するようになった。

 ブラニーが、強力な魔法で、ノアーが、召還術で魔物達を足止めするのだろうと、考えつく。シンプソンがや、シードが、守備の要であること。


 「俺も、今回は、守備要員ぽいな」


 と、ドーヴァがぼやく。彼の尤も得意とする戦闘は、やはり一対一だ。そして、なお、音を立てないその戦闘スタイルが、そうさせるのだが、今回は、無意味だ。暗殺が得意である。今回のように、膨大な破壊力を持つ化け物を瞬殺する技を持ち合わせてはいない。彼は、中レベルの回復魔法を使うことが出来る。応急処置は、彼に任せても大丈夫だろう。


 「もう一つ問題がある」


 と、ムスッとした表情で、腕組みをしながら、ザインが、オーディン、シンプソン、ドーヴァと見回していく。見回された方は、なにがなのだろう?と、頭にクエスチョンマークを浮かべて、おのおのの顔を見渡す。


 むろん、十分な偵察を行ったわけではない、完全な作戦や、綿密な計画に導かれた賞賛があるわけではない。瞬間的な爆発力を伴った力業で、一気につぶしてしまおう。それだけのことだった。ただ、問題は、そこにたどり着くまで、どうやって、力を温存し、死者を出さずに済ませるか?だったのである。

 だが、それはきっと、ドライが解決してくれるに違いないと、みんな信じている。

 彼らが、ピンときていないことを、察したザインが。改めてそれを口にする。


 「あんな喧嘩をしていて、チームワークがとれるのか?と聞いているんだ。特に、ドライとルーク、戦闘に長けていると思われる、二人があんな状態では、互いを信頼しあえるのか?と言っているんだ!君らも、二人の気が乱れないか、心配じゃないのか?」


 握り拳をつくり、ダン!と木が震える音を立てるほど、強い力で、テーブルを叩く。

 「確かにそうだ。二人の問題は、単純なモノじゃない。だが、ローズが……レディが二人の蟠りを消してくれた。二人は当分、喧嘩しないと思うな」


 オーディンは、彼らの心理状態が、どう解決したかまでは、理解しきっているとは言い難かった。だが、ドライの去り際、ルークの去り際で、彼らが血を流しあって、争うことはもうないのではないか?そんな風に感じた。戦いを知るものの勘と、ドライと友人として過ごしてきた経験が、彼にそう悟らせたに違いない。


 ザインから見ると、理屈にならない。オーディンの落ち着きが解らない。

 こうしている間に、時間は夕刻になっている。

 再び、朝が迎えられるだろうか?ここに住む人間達は、きっとそんな不安に脅かされながら、過ごしているに違いない。


 一枚薄い安全の向こうに、沢山の魔物達が飛び交っている。夜に近づくと、星空を隠しながら、それらは飛翔しているのだ。

 十六歳の若き女王を中心に、食事会が行われる。赤い絨毯に、白い大理石のテーブル、白い柱。赤い生地に黄色い縁取りで装飾されたカーテンもかかっている。部屋全体がそんあ感じだだった。黄金などは、見られない。彼そして室内には、女以外に、特権階級らしい人間は、見られない。


 明るい会話など、なかった。ただ、全員が黙々と静かに、食事を取っている。無理に明るい会話をする意味がない。ドライでさえ、そう感じていた。いつも早飯で、騒がしい彼の目の前が、物静かである。


 別に事務的になっているわけでもない。それぞれに、考えたいことがあるのだ。だが、きっとすべてが終わった後に、行った食事は格別なモノなのだろうと思う。十六歳の王女もそう感じているらしい。


 最初に食事を終えたのは、レイオニーだった。おそらく全員の中で、尤も小食である。元気なときは、信じられないほどたべる。静かな空間が、彼女の食欲を減退させたのだろう。フォークとナイフをおいてしまう。


 これがきっかけだろうか……、みんな波長を合わせるかのように、食事をやめてしまった。

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