第2部 第4話 §3


 サブジェイは動けないでいる。すべてにおいて、こんな父親を見たのは初めてだ。苛立ちや、焦りが切迫しているのが、ありありと取れるのだ。

 オーディンが、彼らのところまで辿りつく頃には、二人は一見無秩序に殴り合っている。技や戦略など全くないタダの喧嘩である。しかしその喧嘩ですらちゃんとした格闘になってしまうのだ。


 「二人ともやめないか!!」


 オーディンは、ドライの背後に、ドーヴァはルークの背後に回り、二人を羽交い締めにして止めにかかるが、ドライの力は、飛び抜けて強く、また、ルークに対してドーヴァもまた、非力であるため、なかなか動きを止めることが出来ない。


 「放しやがれ!この!」


 とルークが、背負い投げの要領で、びゅん!とドーヴァを投げ飛ばしてしまう。


 「すっこんでろ!!」


 と、ドライ背中のオーディンを筋力ではじき、地面に向けて放り投げる。そして、オーディンは、地面に投げつけられ、小さな地震とともに、芝生から、土の固まりを飛び散らせる。


 とばされたドーヴァは、王城の外壁にぶち当たり、そのまま地面に落下し、着地に失敗したカエルのように、俯せに大地に直撃する。


 ぶつかった壁というのは、愛息ジュリオと、ザイン達がいる部屋の壁だ。

 振動と騒音に何事かと、顔を出したのは眉間にしわを寄せたアインリッヒだった。そして、その隣室の窓からは、ローズが顔をひょっこりと出している。アインの視界にローズが入る。


 「お馬鹿……」


 舌打ちをしたローズから発せられたのは小さなそんな言葉だった。ローズは、すっと窓から頭を引っ込めると、次の行動に移る。部屋を出るのだ。

 それと同時に、アインリッヒも行動を起こす。もちろんザインも一緒にいる。


 「手伝おうか?」


 声をかけたのは、アインリッヒだった。


 「そうね……樽なんてあるかしら?」


 三人は小走りに、廊下を走る。


 「樽??」

 「樽なら……地下蔵にあったんじゃないか?この城の……」


 なにをしでかすのだろう……、疑問形のアインに変わり、何かをするのだろうと考えたザインが、そう答えた。


 「じゃぁ、私が案内する!ユリカは、喧嘩を止めておいてくれ!」

 「…………(汗)」


 上空の喧嘩をどうやって止めろと言うのだろう?言葉が出ない。だが、三人固まっていても仕方がない。現場で可能な手段を考えることにし、ザインは窓から一気に外に出る。地上4階からの高さだった。しかし彼は地面に降りると、苦もなく駆け出す。


 そのころ、ドライとルークの喧嘩は、上空から大地に移っていた。ザインにとっては都合がいい。


 「二人ともやめろよ!!」


 と一番近くにいる、サブジェイが、二人の間に入り、もみくちゃにされながら必死に仲裁に入っているが、二人には、彼が視界に入っていない。邪魔を払うように、ドライにはじかれ、ルークにとばされ……、何度も繰り返している。そのうち、起きあがったオーディンと、駆けつけたザイン、土で顔をよこしたドーヴァが駆けつける……が。


 「ええかげんに、さらせよ!ドアホ!」


 ドーヴァが、投げ飛ばされたルークに腹を立て、正面から、ドライとの間に割って入り、跳び蹴りを食らわす。彼もすっかり切れてしまっている。腹立ち紛れに、ルークを蹴った反動を利用して、ドライも蹴り飛ばす。事態は悪化の一途を辿る。


 「ドーヴァ落ち着け!」


 オーディンは、声でドーヴァを制し、体ではドライを止めるのに必死になる。一瞬動きの止まった瞬間に、ザインがルークを止めにかかる。これでようやく、ルークの動きが鈍るのだ。そして、ドーヴァを止めるのは、サブジェイたった。

 しかし、それでも執拗に喧嘩をやめない。体力を使い果たすまで、気が済みそうにない。


 「やめないかぁ!!」


 今度は、オーディンが爆発する。ドライのあごを一発殴りはね除け、振り替えると同時に、ルークからザインを引きはがし、ルークの顔も殴り倒す。彼らを止めるのに一杯一杯になったオーディンが、真ん中で息を切らせる。こうなるともう、怒りのぶつけどころが、わからなくなる。ザインとサブジェイ以外は手当たり次第である。二人は彼らの真ん中で、もみくちゃにされるのだった。


 「なんで、こうなるんだよ!!」


 仲裁に入ったザインが、拡大する事態に頭を悩ませる。今はこんなことをしている場合ではないのだ。

 と、そのとき、津波のような水圧が、彼らを襲う。予想外の感覚に、彼らの暴挙が停止する。そして、水圧に負け、倒れ込んだ彼らが、水が襲ってきた方向を同じように見やると、そこには空中で、樽を振りきったローズと、その少し下には、アインリッヒが同じように、樽を振り切って、立っていた。相当量の水が、彼らを襲ったことになる。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る