第2部 第4話 §2

 シンプソンは、与えられた部屋で、テーブルに向かい、水晶に手をかざし、精神集中をしていた。最も邪悪な気配を感じる方向に意識を集中し、方角と距離を測っているのだった。結構な距離があることを知る。この混沌とした状況で、人間の足でそこまで行くことは不可能である。オーディンの考えが、もっとも的確なのかもしれない。


 目を開けると、ふぅ……っと一息つき、今度はぼんやりと、何かを考え始めていた。


 ジャスティンとシードは、ノアーとブラニー達と、四人で向かい合いあっている。シードは自分の行うべき役割分担を心得ている。ノアーもブラニーも、過去の経験がある。ジャスティンは、魔法に関する知識はあるものの、実戦経験がない。 彼らでイメージトレーニングをしているのだった。


 レイオニーは魔術書などに、目を通している。レイオニー自身はおそらく戦闘の中心に加わることはないだろう。だが、彼女は自分の役割を知っていた。おそらくドライの生死は自分の腕一つなのだろう。それまでは、じっくりと心を落ち着かせることにする。と、新しい呪式をくみ上げることにする。呪式は特に古代魔法を扱うために必要なものである。天性的に所持しているものもや、すでに完成しているものもある。現在ローズやサブジェイが使用しているものは、できあがった呪式により発動できるものである。端的に言えば、新しい魔法を生み出すということになる。だが、呪式を組み上げるなどそう簡単に出来ることではない。考古学に精通している者でも至難の業である。だが、彼女はすらすらと、筆記してゆく。むろん時間のかかる作業であるが……。


 アインとザインの二人は、ゆったりとベッドの上だった。そばにはジュリオがいる。二人の孫だ。ジュリオは長旅で疲れたに違いない。二人の間でぐっすりと寝入っている。


 「俺たち……隠居するにはまだ早いだろう?違うか?」


 ザインはこの戦いに加わることをまだあきらめてはいなかった。英雄として死ぬことを望んでいる訳ではない。だが、このままでは他人任せに思えて他ならない。シルベスターの力を借りることは、目的の一つだが、任せきりにすることが主でない。


 アインは、何も答えない。ただ、天井を向いたザインの顔を何気に見つめるだけだった。答えが返らないことに対し、彼もまた答えを求めない。結論が出ないのは分かり切っているからだ。だが、そういわずにはいられなかったのだ。


 場所は、再びドライとルークの位置に戻る。


 「さてと、俺準備運動するわ……」


 と、らしくもないドライだった。なんだか、重い腰を上げる感じの声。空を眺め、ふわりと体を浮かせる。それから、ゴーグルをポケットから取り出し、装着する。


 「勝手にしろ……」


 ルークは、会話のとぎれたドライと別れ、今度は城の方に戻ってゆく。

 ドライが行ったこと、それは延々飛び続けることだった。限られた結界内の中を、極限のスピードで延々と……。ただ単調にである。そして、今回彼が行うただ唯一の仕事である。


 部屋に戻ったルークが、時折、空気を切り裂きながら飛び回るドライの姿を窓の外に見る。


 「あほぅが……」


 シミュレーションなどするタイプの人間ではない、と、断定的にドライをみていたが、ルークはその意味よよく理解していた。それは、決して自分のためのものでなく、また、自分たちのものでもない。ただ、ある一つの想いで、そうさせているのだった。


 そんなルークにさせた行動は、窓の外に飛び立たせることだった。極限まで磨き上げられたドライの速度。煮詰まった彼の時間は、誰よりも濃い。彼について行っても、おそらく引き離されるだけである。


 ルークは、魔法を使う。敵を追尾可能な魔法である。殺傷力はそれほど高いわけではないが、人間相手には十分な魔法である。しかし、ドライには全く効かない。彼の魔法耐性はあらゆる事象を無効にするほど磨き上げられている。もっとも、ドライがそれに対し意識をしていれば……の話しだが。


 「パトリオットレイ!!」


 ルークはドライに向かってピンポン球大の青白い光の球を連射する。一人の人間に対して、集中砲火する魔法ではない。

 ドライはこれに気がつけず、ぎりぎりのタイミングで躱す。一発が、彼の腕をかすめた。すぐに気を集中し、魔法耐性をあげる。


 「な、なにしやがんだ!あの野郎」


 ドライは、連射するルークの魔法をぎりぎりで躱すが、すべてをかわせる訳ではなかった。何発かは確実にヒットする。もっとも体に張っているシールドのおかげで魔法自体は無力化されている。


 「バケモンの攻撃は、こんなんじゃすまねえぞ!しっかり避けやがれ!!」


 そうである、ドライをまっすぐ飛行させてくれるほど、状況は甘くない。ドライは、防御と飛行の両方に意識を集中しなくてはならない。何時間もそんな状態を続けられるほど、容易な行為ではない。


 ルークの怒声に一瞬動きを止めてしまうドライだった。腹が立つほどのお節介である。腹の中が沸々と煮えてくるのがよくわかる。ドライが、停止している間にもルークの手は休まらない。


 「ととと!」


 慌てて避けるドライ。先ほどの一言を発したルークは、後の行動など無視である。ドライは追い回されるようにして、再び飛行に入る。



 そんな、ドライとルークの光景が、オーディン達の目に飛び込んでくる。ドライは、ルークに追い回されているが、二人の表情が険しく、真剣な様子から、いがみ合っているのでもなく、喧嘩をしているのでもないと、理解するオーディンだった。


 ドライのことはよく知っている彼だが、ルークのことはほとんど知らない。過去に戦ったあの記憶しかない。彼の性格上、「ルークと仲良く特訓」などは、あり得ないことだ。信じられない。


 「なにしとんのやろ……あれら」


 ドーヴァはのんきに、額に手をかざしながら、飛び回るドライを目で追う。


 芝生にへたり込んでいたサブジェイも、後ろ手に両手を地面につき、上空を見上げた。サブジェイはあの父が、何かに向け、一人で打ち込む姿勢など見たことがない。


 「珍しいことも、あるものだな」


 決してからかいでないオーディンのそれだった。サブジェイも、尤もだと心で同意する。


 オーディンは、ドライをよく知っている。だが、ルークはそれ以上に、ドライを知っている。戦士として彼を磨き上げたのは、ルークに他ならない。ドライに仕掛ける攻撃は的確で、常にドライの行動の先を読んでいた。その的確すぎる行動が、次第にドライのいらだちを募らせてくのだった。まるで一つ一つが、「図星」のような感覚で受け止めてしまう。


 ルークは、体がちぎれそうな速度で飛び回るドライに、食らいつくように追いかけ回し、魔法を仕掛けてくるのだった。


 「おらおら!もっと早く躱せ!ノロマ!!」


 空中で、何Gもの、重力かかる旋回を繰り返し、激しい上昇下降の連続。それでも、ルークは追い立てる。と同時に、超高速の状況でありながら、何発もの光線を、自分に当ててくるのだ。はずれる光線の数はその何十倍にもなるのだが、彼はミスを許さない。一つ当たるごとに、対して、罵声や叱咤が出る。


 ついにドライの苛立ちが頂点に達する。飛行と防御に集中していた精神と緊張感が、ストレスに耐えきれなくなってしまったのだ。逃げ回るのをやめ、ぴたりと止まると同時に、今度は一気にルークに向かって弾丸の速度で、飛んでくる。


 「っるせぇ!!指図すんじゃねえよ!」


 躱しきれない一瞬である。ルークはそのまま、ドライに体当たりされ、遙か彼方にはじき飛ばされてしまう。重力感覚をなくし、意識をもうろうとさせ、複雑に空中を回転していたルークが、漸く体勢を整え直した頃には、息を切らせたドライが、ずいぶん小さく見えた。彼は、それ以上飛びかかってくる様子はないようだ。だが、イライラが収まったようにも見えない。


 今度は、ルークの方が我慢しきれなくなる。ゆっくりと、ドライに近づく。


 「だから、テメェは、いつまでたっても半端ヤローなんだよ!」


 カッときたルークは、握り拳を振ったり、空気をなぎ払うように、手を振り、ドライの顔につばを吐きかける勢いで、啖呵を切る。


 「……んだとぉ!!」


 カッと来たドライが、高速でルークに詰め寄り、そのの胸ぐらをつかみにかかり、手を伸ばすが、ルークはドライの力に負けないよう、強くそれを叩き払う。このやりとりは、過去に何度も繰り返された。ドライの脳裏にそのころが一瞬リフレインする。


 「イラだちゃすぐ投げ出す!気に食わなきゃ、すぐ逃げ出す!!テメェは昔っから、そうだろうが!!」

 「チマチマすんのは、俺の性じゃねぇんだよ!!」

 「じゃぁ!やめちまえ!クソが!」


 ルークがもう一度、手で空気を激しく払う。すべてをNOと否定するように、ばっさりと切った。


 ルークの最後の一言に、ぶち切れたドライが、一発ルークの顔面を殴る。先ほどと違い、身構えが出来ているため、吹っ飛ばされずに済むが、それでもドライの力で殴られると、一瞬景色がわからなくなる。次に正気に戻ったルークも、歯止めが利かなくなっていた。


 「ヤロウ!!」


 ドライにつかみかかり、空中を引きずり回すルーク。こうなれば、殴り合いのつかみ合いだ。


 「おい、なんかやっとるでぇ?」


 ドーヴァは、上空で行われている乱闘を、暢気に額に手をかざして見ているだけで、止める気がない。


 「大変だ!ドーヴァ、止めるぞ!」


 オーディンは、顔を青ざめさせ、我一番に上空に舞い上がった。オーディンは、何よりも過去の二人の経緯が心配だった。憎しみの火種が、再び二人に蘇ると、後は命のやりとりしか残っていないのだ。殴り合いですんでいるうちに、止めなければならない。


 「ん?ああ……」


 その後ろを、気のない様子で追いかけるドーヴァだった。

 ドーヴァが、二人の喧嘩を心配していないのには、それなりの理由があった。勘や不確定要素を交えない、確固たる自信だ。彼はただ、オーディンの倫理観に従ったにすぎない。ドーヴァは、昔のルークを知っているし、今のルークの変化も、よく解っていた。

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