第2部 第3話 最終セクション

 やがて、深く緑色に濁った水郷に囲まれた城の正面ブリッジを渡り、城壁の内側へと馬車は向かう。水郷には、城壁や、空に浮かぶ魔物達の姿を映している。ドライは、ふとそれにつられ、上空を眺めるのだった。


 城壁を潜っても、すぐに城というわけではない、広く豪華な庭園が広がっているのだ、風雨により少し色あせた様々な石像と、丁寧に刈り込まれた植木と、道成の芝が、まるで別の時代にきたような錯覚を覚えさせてしまう。


 後続の馬車もやがてくる。ドライ達の乗っている馬車にもそうだが、それらの前後には、護衛の馬車も着いており、至れり尽くせりの待遇が予想される。


 「さ、バッと行ってズバッと片付けちまおうぜ!!」


 ドライが馬車から降り、後続の方も馬車から降りた頃、狭い空間から解放されたドライは、背中を伸ばし、軽くストレッチを入れるような感じで、体をねじり、体に貯まった炭酸ガスを抜きながらそういう。


 「さっきから空ばっかり気にしてたクセに」


 呆れた、と言わんばかりの笑みを浮かべながら、ドライの左胸に裏拳を軽く当てながら、ローズが言う。


 「セシル!」

 彼女の名だけを張り上げてドライは言う。その間に、小うるさくなる前のローズの頭を引き寄せ、乱暴に撫で、髪の毛をグシャグシャにしてしまう。


 「なぁに?」


 少し後方から、通る声で返事を返すセシル。そして、ドライの正面に回り込んで、あくび気味なドライの目に視線を合わせようとする。しかし、ドライの視線は、またもや上空だ。


 「魔物を封じるための結界を解くのは、シルベスターの封印を解くときより厄介なのか?」

 「あの封印は、物理的な支配によって、外部からシルベスターを封じていたものだから、魔族を封じるものとは根本的に質が違うわ。それに、生命を媒体として掛けられた魔法だから、解呪(ディスペル)もかなり特殊なモノになりかねないわね」

 「……」


 ドライはしばらく考え込む。背中を見せているオーディンも考えている。二人の考えていることは、根本的に質が違う。オーディンは無駄なく素早く、死者のでないような方向で事を進めようとしているのだ。

 ドライの思考は、グローバルなオーディンの視点とは逆に、細かな点だが、重要な部分である。


 「オーディンよお」

 「なんだ?」

 「下見に行くか?敵さんの所まで……」

 「バカを言うな!馬を走らせて、四日もかかる場所まで、どうやって二人で行く。飛んだところで、どのくらい掛かるか検討もつかんのだ」


 それが半分適当であってそうでない。冗談めいた口調でドライがそういうが、オーディンの返事は溜息混じりだ。飛べないザイン達は足手まといだと言い放ったが、まだその場所にたどり着く術が見つからない。


 ドライには初耳である。しかし、その懐に飛び込む難しさは、魔物と競り合ったドライが一番よく、身にしみている。


 「なんでぇ、じゃ、一騎駆け(・・・・)もやんぴか?」

 「解らん」


 オーディンが考えていたのは、ドライを一人で飛ばし、この地点から強力な魔法で彼を援護しつつ待機しているものだった。そして、ドライの限界値を見計らい、ローズやブラニーの持つ瞬間移動を使い、その地点から、残りの者が再出発するという手段である。この時点で魔力を消費しているのは、ドライとドライを援護した者だけとなる。そしてローズは、消耗しきったドライを連れてとんぼ返りという寸法である。


 ドライを援護するのは、戦闘経験と俊敏な動作の向かないレイオにニーとジャスティンと言うことになる。もし、無事に結界のそばにまで近づけたとしても、セシルがその解呪(ディスペル)にどれくらいの時間を要するかである。


 ドライは、少しだが面食らったような表情をし、後頭部をボリボリと掻く。足だけが、先頭の王女の気配をおいながら、勝手に動いているような始末だ。


 コレを後ろから見ていたルークは、彼の馬鹿さ加減に、はっと溜息をつきたくなった。彼から見ればそれは当然の反応だった。ドライ=サヴァラスティアを育て上げた彼である。それが彼の仕事ではないことをすぐに理解できた。彼の強いていることは、ドライが、事前に作戦を立てて動く人間ではないと言うことである。


 たとへ、彼がシュランディアとしての明晰な頭脳を持っていたとしても、それがドライ=サヴァラスティアである以上、不向きなことなのである。戦闘の中で生き抜く瞬間的な閃きと野性的な才能がその持ち味なのである。

 分けてしまうと、オーディンが指揮官であるのに対し、ドライは兵士にすぎない。


 ルークには周囲を見る冷静な目があった。過去には肉体の老いに、コンプレックスを感じ、生き抜くための視界を無くしてしまったが、今は違う。心身共に充実している。


 人間的な立場を見る。自分も状況判断のなれた人間だが、綿密な作戦を立てる策士ではない。むろん自分たちの血縁者にそれらしい人物はいない。オーディンが指揮官らしい位置になるのは間違いないが、参謀役がいない。ルークは一番後方から、彼らを眺める。


 そんな中、サブジェイとシードが目に付く。彼らが参謀役に向いているとは思っていない。が、彼らの真価が妙に気になる。特にサブジェイはドライの息子だし、この中で実力の計れそうな若手は、この二人に絞られる。


 「ドライの息子!それから、シンプソンの息子!」


 突然二人の名を呼ぶルーク。

 彼の目は鋭い。呼び方もどことなく怒鳴って聞こえる。呼びつけられたサブジェイは、妙なおっかなさを感じるが、シードは呼ばれたので不意に振り返ったといった感じだ。二人に共通して言えるのは、ルークに呼び止められる覚えなど無いと言うことである。


 シンプソンは、全くそれにかまう様子もなく、振り向きかけたノアーの肩を抱きながら、間に進む。ノアーはしばらく視線を送り続ける。

 そのほか全員足を止める。ドライは肩越しにルークを見るが、彼の視線に不快なものが無く、それが、さして気に留めるほどのことではないことを悟る。


 「ボヤッとしてねぇで行こうぜ!」

 「あ、ああ」


 オーディンが、なんとなく気後れした返事を返す。


 シードとサブジェイは、ルークの視線に捕まって動くことが出来ないが、他の者はドライのその一言で、いとも簡単に足を進めてしまう。「現場」において、ドライの声が絶大であることを知る瞬間である。


 ルークは暫く、二人を見る。普段生意気な口調で反抗するサブジェイも、ルークに対しては、言葉を発することが出来ない。彼に対して素直になり切れているわけではないが、その威圧感は、群を抜いている。なぜか生唾を飲んでしまうのである。それに対してシードは、落ち着いている。それは彼の絶対的な自信を表しているかのようだ。


 ルークの勘が働く。恐らくシードを相手にしても埒が開かないだろう。だが、サブジェイを見ると腕が疼くのである。


 ルークは、一瞬サブジェイを牽制すると、一気にシードへと詰め寄り、愛刀をスラリと抜くと同時に、斬りつける。シードは、素早く数度バック転をしながら、ルークとの距離をあける。ルークは獲物を追う獅子がごとく、シードを追うが、シードの体捌きは群を抜く軽やかさで、シンプソンの息子とは思えぬほどの、俊敏さだった。


 それでいて笑っているのだ。ルークの戦闘意識を狂わせるほど、何事もない顔をしている。


 そして、ある瞬間。シードは振り下ろしたルークの剣の刀身を、タイミング良く蹴り上げ、彼の懐に大きな隙を作るのだった。すると一転。シードは反撃に出る。それは、ルークに迷わず距離を置かせるほどの、素早さだ。


 彼は、自分たちのように武器を持たず、己の肉体のみで攻撃を仕掛けてくる。シルベスター、クロノアールどどちらにも、そんな攻撃パターンを持った人間はいない。

 しかも、彼の技は極端な足技で構成されている。ルークを牽制したその後の技も、全て足技で構成されているのだ。


 懐をあけた際に、ルークのマントに鋭い裂け目が出来る。シードの足は、確かに自分に触れてはいないのだ。本気でかかったわけではないルークだが、その切れ味が真空から生み出されたものならば、シードの実力を考えると、致命傷になりかねないものだと、考えられる。互いに、戦意を持っていなかったからこそ、それだけで済んだのだ。


 「なるほど……。テメェはよく解った」


 ルークは剣を納める。何の礼もなしに、人を試すことほど無礼なことはない。だが、シードはニコリとしている。状況も噛んでいるが、どことなく、望むところだと、言いたげな、好戦的な雰囲気がある。


 そんな一瞬のやり取りをみた、サブジェイが生唾を飲む。自然と、こめかみに汗も吹いた。シードの強さは、知っていたが、改めて驚かされたのだった。父親達とは違う、ルークの存在が戦闘というものを意識させる。


 ルークの視線が、ゆらりとサブジェイを捉えると同時に、サブジェイの手は自然に抜刀の構えに移る。

 彼の手が、健の束を握るかどうかの瞬間、ルークは、瞬間にサブジェイとの間合いを正面から詰め、真上から剣をを振り下ろしてきたのだ。


 振り下ろされた剣は、サブジェイの眼前で、ぴたりと停止する。

 ルークが止めたのではない。抜刀が間に合わないと悟ったサブジェイが、白羽取りをしのだ。動作はさらに連続する。ルークは剣から左手を放し、その掌中に赤い閃光を輝かせる。


 何を意味するのかを理解したサブジェイは、押し放すように捉えていた剣を放し、ルークの左側に動く。ルークの左手も、正確にサブジェイを追随し、掌中から、連続して針のような光線を、彼にめがけ放ってくる。


 その時のサブジェイは、すさまじい集中力を見せた。彼は、高速で放たれるその閃光を躱したのだった。そして、剣を抜きつつ、ルークの間合に飛び込む。右手にもたれたルークの剣は、サブジェイより最も遠い位置にある。ルークは、左足を引きつつ、矛先を地面に向けて、抜刀と同時に斬りかかるサブジェイの剣を止める。


 この瞬間、サブジェイは間合いを空けざるを得なかった。理由はルークが先ほど放った閃光にある。


 ルークが左手の掌中を、サブジェイに向けつつ、サブジェイの呼吸を読む。それから、ゆっくりと戦闘態勢を解くのだった。

 それをみると、サブジェイもゆっくりと剣を鞘に収める。


 本当に、あっという間のやり取りだった。だが、サブジェイの心拍数は相当早いものになっている。


 全ての動作が止まってから、頭の中が真っ白になっていることに、気が付く。極端な緊張とその緩和で、そうなたのだろう。互いに低くい姿勢から、スタンスを日常にもどしも、まだ、視線だけはそらさないでいる。

 だが、ルークの方から、ゆとりをもって視線の警戒を解くのだった。


 「ふん…………」


 どうしたものか……、と、返事を濁すルークだった。

 そして、何事も無かったように、歩き出すのだった。サブジェイには、なんの結論も得られない。仕掛けられたのは、サブジェイだ。納得がいかない。


 「な、なんなんだよ!なんとかいえよ!」


 サブジェイは、普段通りに戻っているルークに、ズカズカと踏みより、ほぼ同じ視線のルークの胸ぐらをつかみ、下方から睨み上げる。どちらに対して怒りを込めているのか?ルークには、よく解っていた。サブジェイの怒りは、前者でなく、後者の方であることを。


 「一寸の事で浮き足だってんじゃねぇよ」


 下方を見下すルークの視線と言葉、さらにサブジェイの頭に、血を上らせる。その感情がそのまま、ルークをつり上げる力になるのだった。


 その瞬間だった。直前になるまで、全く解らないほど静かな攻撃が、後方からルークに襲いかかる。が、ルークは、サブジェイにつり上げられているというのに、右腕を頭頂部の上をガードする。その腕の上に、高く振り上げられた踵が、鋭く振り下ろされているのだった。シードである。


 「僕は終わったつもりなんて無いんですけどね」


 シンプソンに似ず、実にふてぶてしい声の響きだった。涼やかにほほえみながら、行う行為ではない。サブジェイは、事象の直前まで全くそのことに気が付かなかった。

 「ケリついたら、血反吐吐くまで、扱いてやるよ」


 ルークも、シードに負けぬほど不適に笑う。いや、アクの含み具合は、シードとは比べモノにならない。二人の表情を視界に入れたサブジェイは、力んでいた両腕をルークから放す。シードの一撃で、その気を殺がれたのだ。ルークの腕にのしかかっていた、シードの足も戦闘態勢を解く。そして、ルークはそのままドライ達の後を、ゆっくりとたどるのだった。


 サブジェイの怒りのぶつけ所は、何処にもない。もやもやしたモノが、体中に残り、拳をギュッと握る。


 「すごい人ですね」


 と、クスリと笑いながら言ったシードの蟠りのない一言に、サブジェイは、我に返る。静かに遠ざかっていくルークの背中が、目にはいると、彼は自分の苛立ちの意味がわからなくなるのだった。黙っていても語ることをやめないその後ろ姿は、自分の青さを感じさせるには、十分だった。

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