第2部 第3話 §9

 翌日船は、セインドール島の南部にあるエピオニアという国の港につく。そしてセインドール唯一、人の住めるよう結界の施された町でもある。港には、たくさんの兵が列をなし、船から女王の方角まで道を造っている。

 ドライ達は、ザイン達に引率され、彼女の元までやってくるのだ。


 「へぇ……」


 驚きを声に出したのはドライだ。高貴な女王の衣をまとった彼女はまだ若く、おそらくレイオニーと同じ年頃だろう。だがその瞳には、すでに一国を有する者の輝きを宿している。


 彼の触手が疼くわけではなかったが、その器量は既に十分なものがある。さらなる将来が楽しみである。


 「女王。ただいま戻りました」


 サインは深く跪き、彼女の手を取り忠誠のキスをする。この中で、ザインのそれがどれだけ深いものなのかわかる者は、この中ではオーディン夫妻ぐらいなものだ。


 「ご苦労様でした。して、その者達が我が国を救いたもうことは……」

 「曲がりなき事実です。彼らこそ伝説の魔導師シルベスターの血を引く者でございます」


 周囲がざわめく。彼らの乗り物、見知らぬ人間達。しかもザイン達が率いてきたのである。


 女王がうなずくが、コレに納得できないのはブラニーである。彼女にはクロノアールの子孫としての誇りがあるのだ。ぷいと背を向けると、ルークもそれに併せて背を向ける。が、シンプソンが二人の間に入り、彼らの肩に手をおく。シンプソンにこうされては、ブラニーとしては止まるしかないのだ。


 「ザイン。訂正がいりますね。その部分には……」


 シンプソンの声は穏やかで、恐らく誰もが彼の声を聞き止めるだろう、明確なものだった。


 「そして、彼らは等しき力を持つクロノアールの子孫です」


 付け足しのようだが、ブラニーとしては納得せざるを得ない。先ほどの戦いでクロノアールが敗北した事実がある。もっとも、自分たちが戦線を離れなければ、今はどうなのかはわからない。


 ルークとしては、ブラニー次第である。自分たちが脇役扱いで不服であるが、別段名誉欲のある男でもない。

ここで帰れば、何となくばからしい。


 「伝説の血を引くものがこれほどいるとは、頼もしい限りです」


 彼女は希望に少し声を震わせ、目を輝かせる。ドライ達をゆっくりと見渡し、彼らを目に焼き付けた。特にドライに目がゆく。その体格の良さ、背負われた剛刀。赤く輝く瞳、人間の規格から外れている彼は、超人を思わせるに十分な存在である。

 サブジェイにも目がゆく、二人が血縁であることは、一目瞭然である。規律正しいオーディンの雰囲気は、彼らの中で群を脱いでいる。ドライ達とは不釣り合いなカンジがある。


 「城へゆきましょう。そこでまず旅の疲れを癒して下さい」


 彼女の招く声は穏やかで、周囲の危機感と、かなりの差がある。ドライは、その晴天の日に招かれたような暖かい声に、ふと日差しを仰ぐが、そこには無数の魔物が漂っている。周囲の危機感の方がただしい。


 オーディンもドライに会わせて空を仰ぐ。だが、すぐに正面を向く。そこには、既に背を向け馬車に乗り込む王女の姿があった。


 「行くぞ」

 「ああ」


 集中力のないドライに、オーディンが声をかける。戦闘の相手だから、気になるのは当然だ。だが、ドライの視線はそういう意味の洞察ではないのは、彼の視線にこもった気でわかる。ドライの目ではないのだ。


 「シュランディア」


 オーディンは次にこう声をかける。


 「わかってる」


 ドライはオーディンの話を聞いていた。視界に入ったオーディンの気配を追って、足だけを動かしている。この呼ばれ方をされて、怒る彼ではないが、いつもなら何となく敬遠気味に視線も、耳も逸らしてしまう。だからドライが皆の元に還ってきた当初に比べ、それに触れる者も殆どいない。


 ドライは知っているが、シュランディアは知らない。ドライとは違い、別の次元で語り合えるであろうこの友に、オーディンは実に尽きない興味があった。だが、オーディンはドライが好きだ。無理にそれに触れたくはない。ドライという存在が消えてしまうのも怖いのだ。


 実はドライには気にかかることがあったのだ。それを偶然ではない証明をする必要がある。


 ドライがシュランディアという言葉に素直な反応を示したことを嬉しく思うのは、セシルである。シュランディアとしての肉体を失ったドライに、自分がそうだという認識がある。もちろん、彼の記憶の全ては、元のままなのだから、当然といえばそうである。


 「なにを考えている?」オーディンは言う。

 「ちょっと……な。いや、つまりなんだ、彼奴等纏まった意識で、はっきりと俺達をおそってきたのが気になって、それに……、魔族にしちゃ、系列も属性も不明だ……と、俺は……うーん……」


 あまりシュランディアが顔を出しすぎると、ドライは悩むのだ。明確で綿密な分析が性に合わないドライが、たくさんの知識をたたき込まれたシュランディアの思考についてゆけないのである。


 「クス……、慌てない慌てない!」


 どうにもこうにも首をひねり始めたドライの肩を、パンパン!とローズがはたく。


 「ってるよ!」


 ドライはムスッとする。自棄ではないが、チクショウといった感じが、突き出された唇に、よく現れている。

 ロースの性格は安定していた。特にドライを宥めたりなどしているときの彼女のその笑顔は、手の掛かる子供を見ているかのようだ。そしてなにより、愛情深いその瞳の輝きが、ドライを落ち着かせる。


 そんな二人をジャスティンは見ていた。なぜドライのような男が、一所に腰を据えているのか、その理由が解る気がしたのだ。命を削るスリルよりも、溢れ返る未知なる財宝よりも、その存在がなにより大切なのである。そして自己犠牲などではない。ドライ自身が、納得し、満足している生活なのである。


 用意された馬車は、客人を迎えるための贅を尽くした馬車である。彼らへの持てなしなのだろう。

 先頭の馬車に乗り込んだのは、女王はじめ、ザイン、ドライ、オーディン、ローズ、ニーネの六名である。アインは、ジュリオのいる馬車へ乗っているようだ。


 当たり前だが、馬車から見える景色には、活気が感じられない。建造物などには破壊された形跡はなく、生命そのものが脅かされている様子はない。町並みを観察していたのはオーディンである。


 「エピオニアだけだ。町が存在しているのは……、ほかの地方は跡形もない、人間を含め馬も家畜も……」


 ザインのそれは、オーディンに対する結論である。憂鬱で溜息がちな彼の言いぐさが、外部の状況をよく表している。それ以外の彼の様子は、至って何時も通りに見えた。昨夜オーディンにプライドをズタズタにされたとは思えぬほど平静である。オーディンの結論は、確かに人を生かすための最善の策である。未熟な部分がある自分が悪いといえば、そうなってしまうし、自分たちの身を案じてのことだと考えれば、彼の厳しさは、優しさとも考えられる。中途半端な気遣いや優しさが、人の命を奪ってしまうことは、ザインもよく知っていることだった。


 馬車が一時間ぐらい走った頃だろう、王城との距離感がずいぶんつかめる位置にまでやってきた。一行の中で一番静かだったのは、シンプソン達だろう。だがここにきてルークが口を開く。


 「しけた街だぜ……」

 「死と隣り合わせですからね」

 「さっさと片づけて、戻りたいもんだ」

 「ですね……」


 ルークのぼやきは、本当に辟易として聞こえてしまう。その後の溜息がまたやるせない。しかし、眺めるものは窓の外しかないようで、またすぐにでもぼやきそうな様子で、そっぽを向いている。が……。


 「で、娘の落とし前は、何時つけてくれんだ?」

 「……?」


 一同窓の外ばかりを見ているルークに、視線を向ける。


 「息子!メテェだよ」


 窓の外を見たままのルークの返事はすぐに返ってくる。声だけが微妙に怒っているような気がする。


 「僕ですか?」


 シンプソンばりに、とぼけた素っ頓狂な声で、矛先を確認する、シードだった。馬車の壁に背をひっつけて、極力対岸のルークと、距離を取ろうと試みるのだった。


 「決まってんだろ!食うだけ食って、言うだけ言って、テメェいつまでかかんだよ!」


 乱雑で人を遠ざけてしまう言い方だが、父親そのものの発言である。生活感のないこの男がこんなことを言うのかと、シンプソンは、クスリと笑ってしまう。


 「もう!父さんたら、なにもこんな時に言わなくても!バカ!」


 ジャスティンは正面に座っている父親の肩を、力任せに叩くのだった。ルークの大まじめに対して、ジャスティンは、過剰な恥じらいで答える。


 その勢いで、外をより深く覗く格好になったルークは、やはり面白くなさそうな顔をしている。

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