第2部 第3話 §8

 「まてやおい!オーディン、お前、ドライがどういう状況におるかわかっとんのか!」


 それはローズに宿った子供のことである。ドーヴァはカッとなりやすい。互いがどれだけの信頼関係を保っているのか、彼も良く知るところだが、それをすぐ忘れてしまう。だが、それは彼の良い面でもある。誰よりも仲間思いなのである。


 ドーヴァがそういったのは、それだけが理由ではない。攻撃魔法をもたないドライに対して、死線になれと言うことは、武器を持たずに激戦区に立て言っていることに等しい。しかも、彼をそういう扱いにするということは、自分たちの命をそれに預けたと言っているに等しいことだった。納得出来ない。


 「落ち着け。お前とシンプソン、シードには、守備、回復に専念して貰う。二人が私達のディフェンスラインだ」


 オーディンは、淡々と指示を出す。


 「俺は寝て待っててもいいんだな」


 退屈そうなルークが、立ち去り気味にそういった。


 「貴方には、サブジェイとともに行動して貰う。彼に出来たスキを補って欲しい」


 オーディンにそう言われ、ルークは、興ざめたように溜息をつき席を外す。オーディンもまた、ルークに言うことは、他にない。そして、その気のない彼を説得するのもまた、無駄な時間である。


 「では、最前線に立って貰う者の事だが……」


 オーディンの決め事はまだまだ続く。その中で、ローズは最後まで席を外さなかった。言ってしまえば席を外したのは、ドライとルーク、ザインとアインリッヒの四名だけだ。ローズは、会議に参加していたいわけではない。席を外したドライのためだ。


 「アイン。俺達は、何のために生き抜いてきたんだ?」


 仲間外れにされたような錯覚に陥るザインが部屋に戻り、ベッドの上でアインリッヒの肩を抱き、目的を奪われた心境を、ぼそりと呟く。

 だが、アインリッヒは言葉を発することはなかった。何かを言うと、それは下手な慰めにしかならないような気がした。


 ただザインは、会議がどうなったのか少し気になっていた。だが恐らく先頭に立つのはオーディンだろう。その他の戦闘の経験者らしき人間は、思い当たらない。付け加えてオーディンの言い回しから、ブラニーも先頭に立つだろう事は解る。無駄ではあろうが、彼なりに戦略の構図を描くことにした。アインリッヒを腕に抱き、眠りにつきながら。


 一方、とっくの先に眠りについたはずのドライの部屋へ、ノアーが姿を現していた。彼女は既に熟睡しているように見えるドライのベッドの脇に立ち、懐からナイフを取り出し、それをドライの胸の上空で放す。


 ドライは当然、瞬時にして落下するナイフをかすめ取るように掴み、眠たげにノアーを見る。


 「流石ですわね」


 ノアーは柔らかな笑みをこぼし、全く悪びれない。無論彼が目を覚ますことなど、お見通しだ。いや、ドライは、眠るかどうかの紙一重の状態を保っていたと言ったほうが、正しいだろう。昼間の戦闘が、彼をそうさせているのだ。


 「ダメですわよ。きちんと眠っておかないと」


 ノアーは、右手をドライの目にかぶせ、彼の目を伏せさせる。良い香りがする。自然から生み出された精神安定作用のあるたとえようのない香りだ。


 「うちの嫁さんは?」

 「……」


 ノアーは何も言わなかった。ローズもシンプソンも、このことは暗黙の了解のようだ。ドライはすぐにノアーをベッドに引き込む。


 「テメ……、二〇年もつき合って、まだ俺がどういう男かわかってネェのか」

 「あなたの全てを見たわけでは、ありませんから」

 「へぇ……」


 ドライのわざとらしい返事だった。そのまま、ノアーを抱き寄せたまま、彼女を組み敷き、落ち着いて、目を閉じたた彼女の表情を見つめる。どうしてやろうかと思う反面、彼女の頬にふれてみたり、唇を撫でてみたりと、少しずつ指先で、感触を確かめはじめている。


 と、そのときだ。慌ただしく一人の女性が飛び込んでくるのだ。


 「ドライぃ!」


 ジャスティンである。飛び込んでくるなり、ノアーを抱いているドライを強引に仰向けにし、ドライの上にどかりと乗るのだ。


 「一番危険なことするんでしょ?!でしょ!」


 立て続けにそういったジャスティンから酒気が漂う。自主的か、あるいは誰かに飲まされたらしい。彼女の中には、絶えずドライが引っかかっているようだ。日の浅いつきあいであるため、確かに「興味」という点では、

気になる存在であろうが、やはりルークという存在は、共通点として否めない事実がある。


 落ち着きのあるオーディンとは、雰囲気が全く違うし、一っ所にいるはずのない人間が、家庭を持って落ち着いた暮らしをしているのだから、興味深いのは確かだ。旅暮らしの長かったジャスティンには、その手の男だということが、 匂いでわかるのだ。


 「んだ?いきなり!」


 素っ頓狂な声を出しながら、胸に張り付いているジャスティンの肩を抱いて、彼女との距離を開けようとしている間、ノアーは、興ざめの様子でドライのベッドから離れている。背を向けたその姿が、何とも冷たい空気を持っている。


 「おい……!」


 ドライは未練たらしく手を伸ばして、彼女を捕まえるような仕草をとるが、すでに距離は遠い。ぱくぱくと空気だけを何度か捕まえるドライの手。


 「お若い女性の方が、好みのようですわね」


 一度だけ肩越しに覗いた視線が恨めしそうにドライを捉える。


 「……て」


 ドライの手が、ノアーを追うのをあきらめた頃には、ジャスティンはすでに夢心地である。ドライはやけくそ気味にベッドの上に、頭を落とすのだった。

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