第2部 第3話 §6

 そんなドライが、船内の食堂に皆を召集する。ドライが招集をかけることはあまりないが、そういうときは、大体お祭り騒ぎが想定される。となると、女性陣は自然に料理の支度をするのである。


 全ての面々が顔を出し、主席にはドライとローズがいる。後は適当にイスに腰掛けている。ジャスティンは、酔いが回り、シードの膝上で、すっかり寝入っている。


 「何だ?アレは」


 オーディンが、ドライの持っているしっかりと括られた掛け軸をさして言う。


 「何でもええがな」


 ドーヴァは、大層なそれに対して、あまり深みを感じなかった。大したモノではないと、あらかじめ予想がつく。オーディンがそれが気になっていたのは、彼がやたらと手に馴染ませるようにぽんぽんと叩いてみたり、揉むようにさすったりしている、その落ち着きの無さである。ドライらしいが、小道具を持て余しているのが彼らしくない。そういう小賢しい仕掛けを一々する男ではないからだ。


 「ヤロウ共、まぁ、何てこたねぇ。うちのローズに出来るもんが出来ちまったのは、承知。が、こんな時だ。めでたく祝いてぇっておもってな。ま、此奴がそれよ」


 ドライは、口上が苦手だ。だが、彼にとってそれがどれだけ嬉しいことなのかは、彼を知っている者ならば良く理解できる。彼が、掛け軸のヒモをほどき、ばさりと広げる。縦に長く、掛け軸が広がったときだ。


 「リバティー?」


 ほぼ全員が、仮名文字でかかれたそれを読む。何故か書き初めなのである。悠然と走った筆の跡がドライらしい。


 「おうよ!俺の『娘』に、相応しいいい名だろ!」


 ドライの子が娘が男か女かどうか判別がついていないのは先刻ご承知である。


 「おいおい。娘、娘って男産まれたらどうすんだよ」


 自分の名前にコンプレックスのあるザインが、くつろいでいた足をほどき、前に身を乗り出して、大げさに言う。


 「あん?……んときゃ、なんだな……」


 ドライは、腕組みをして考える。


 「いいではないか……。親が愛情を込めて付けた名だ。誇りにしても恥じることなどない」


 アインリッヒが穏やかな目をして、前のめりになっているザインの肩に手をかける。彼は仕方がなく渋い顔をしながら、浮きかけていた腰をイスに落とす。


 「ま、俺は、『娘』のためにも、この戦い、生き抜いてみせるぜ」


 珍しい、ドライの意気込みだ。目的意識を前面に押し出すことのない彼が、気合いを入れているのをみると、オーディンや、ドーヴァは、ほうっと感心してしまう。

 ザインは、娘という言葉にムスッと口をへの時にしてしまうが、アインとしては、こういう威勢のいい男をみるのは、随分久しぶりなので、クスッと笑ってしまう。なんだか失った者を取り戻したような気がしたのだ。


 「どうせ、三日坊主だ。やめとけ」


 淡々とさめた様子で、ドライにシッシッと追い払うような手つきで、彼の意気込みに水を差すのはルークだ。

ある意味、誰よりもドライを知り尽くしているのが彼だ。女以外には、淡泊な彼を良く知っている。勤勉的な目標にはなお淡泊である。


 「んだと?!てめぇ」


 とたんにドライが荒々しくなる。乱暴に長い足をテーブルにかけ、いつでもルークに飛びかかってやるといった様子を見せる。だが、今回を除き、ルークのそれは大概的中しているのだ。


 「ハイハイハイ!その元気は、明日にとって!ホラ!」


 と、ドライを簡単に宥めるのは、ローズである。二人の様子は、夫婦というよりも、母親に宥められている子供といったかんじだ。


 ドライは、まだブツブツ言っている。


 その時だ。船が何らかの衝撃で、激しくゆらされる。感覚としては、砲撃を受けたときのような衝撃だ。並べられていた御馳走の半分以上が、衝撃で落ち、皿も割れてしまうのだった。


 この場所で他の飛空船に襲われる可能性はない。

 こうなると真っ先に様子を見に行くのはドライだ。それについて行くのはシンプソンである。


 「大丈夫だ!船にはシールドが張ってある!」


 オーディンが、空気が騒然とする前に一言発する。そういう彼も、衝撃で椅子ごと倒れ、壁まで飛ばされている。殆どのものが、なぎ倒されるように倒れている中……。


 「姉御!ズルイで!」


 ドーヴァが、反射的に慣性の法則から免れ、宙に身を浮かしているローズを指して言う。ドーヴァ自身は、何ともみっともない倒れ込んでいる。


 ドライとシンプソンは、既に船首の甲板に身を写していた。彼等の周囲には異形の生物が多数飛び回っている。


 そして、遅れてやってきたザインが言う。


 「此処まで結界が緩くなっているとは……。もう悠長に戦ってる暇はないかもしれない!」


 魔物達の飛び交っている速度はそれほど速くもなく、やたらに攻撃を仕掛けてくる様子もない。彼等も結界内だと言うことを十分に知っているのだろう。しかし、先ほどの衝撃は、可成りのものである。


 「ザイン。こっちの攻撃とかは、どれだけ効くんだ?」


 ドライは、後方の彼を、肩越しに視界に入るか入らないか程度に覗く。


 「効く?ああ、解らないが、物理的なものは、半分くらいの効力しか……」

 「じゃネェよ。結界に邪魔される確立だよ」

 「ああ、結界の状況から見て、魔法の威力は半減してしまうな。物理攻撃は大丈夫だ」


 ザインの答えが出ると、ドライは再び正面を向く。と、その時、一匹の魔物が遠方から猛突進をかけてくるのだ。魔物は、結界の放つ電撃に打たれながら、船のシールドに激突する。それはドライの、ほぼ正面くらいだ。振動に、膝をつくほどよろめくが、不意打ちではないので、十分な対応をとることが出来る。


 電撃を受けた魔物は、ピンピンしているとは言い難く、体中を焦がしながら、船から少し離れた位置に待機する。良くは解らないが、なんだか恨めしそうな視線を感じる。


 「物理的か……。『魔族』にゃそれは、望み薄だな」


 魔族は人間とは違い、アストラル体を有している。肉体を切り刻んだとしても、それは彼等のダメージには成り得ない。


 ドライは、掌に唾を吐きかけ、両手の平でそれを馴染ませ、背中のブラッドシャウトを引き抜き、最も正面に居座っている魔物に刃を向ける。そして意識を集中するのだ。すると、ブラッドシャウトの刃がが、見る見る銀色の光を放つ。


 「それは……」


 数ある銘刀の中、その容姿を変化させるものは、数あるが、これほど目映く光る刀剣は、初めてである。ザインは息をのむ。


 「此奴は、アストラル刀。精神世界を含め、多次元に渡る肉体を持つ生物を、訳なく分断できる優れものだ。『シルベスター』の肉体も、これに掛かれば、ダメージゼロって訳にはいかねぇほどだ」


 ブラッドシャウトの固有能力は、魔力を100パーセント跳ね返すことである。それは俗称反魔刀と言われているが、これこそが本来の能力である。

 ドライは、船首から飛び降りると同時に、飛翔の呪文を唱える。当然高速で動き回る彼に、結界の制裁が及ぶのだが、それは全て、彼の身体に当たる直前に、跳ね返され、他方へ散ってしまう。


 「結界が効かない?!」

 「ドライの固有能力ですよ。彼の纏っているシールドは、半端な魔法では打ち砕けません」

 「だが、剣であの数を相手にするのは、無謀だぜ!!」


 ザインは、ドライの行動に闘志を感じる反面、それが無謀に思えてならなかった。百戦錬磨と自負していた自分でさえ、彼等の数量と個々の強さに、この旅路を選ばざるをえなかったのだ。


 ドライ達の強さはそれに匹敵するかそれ以上であると言うことが垣間見える瞬間でもあった。

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