第2部 第3話 §2
此処暫く、サブジェイは家に帰ると、殆どボウッとしている。あまり食の進まない息子に対して、ドライが流石に顔を覗き込む。
「あんまり、無理すんなよ。センスだけでカバー出来るもんじゃないからよ。キャリアは……」
それでもサブジェイは、疲労困憊の顔をしたまま、ボウッとしている。言うなれば男の意地である。
「ほら、来週学年末テストでしょ!心身ともに、リフレッシュしておかないと……。なんなら、母さんが処理したげよっか」
ローズは、サブジェイに絡みつき、息子の耳たぶにかぶりつく。普段なら照れて大きく拒絶するが、反応がない。反応がないので、ローズはつまらなそうにする。からかい甲斐がない。
そんな彼が翌日目を覚ましたのは昼頃だ。
「いっけねぇ、寝過ごしちまったぁ」
数日の疲れがすっかりたまっていたせいだ。普段ならローズが起こしに来るが、それも、彼の身体のことを考えてのことだ。十分な睡眠を取ったことと、若いこともあり、疲れはすっかり取れている。五月晴れのいい陽気だ。窓の外を一度眺めてから、下に降りることにする。一階では、連日のように、ローズがアインに料理を教えている。
サブジェイは、頭のはたらかないままの様子で、椅子に腰をストンとおろす。
「お袋ぉ、何かある?」
「ハイハイ」
ローズはタマゴを棚から取り出し、ボールに二個ほど割り、カシャカシャと混ぜ始める。その横で、アインが同じようなことをしだす。なかなか勉強熱心である。暫くすると、こんがりと焼かれたたトースト、バターの香りが香ばしいプレーンオムレツ。そしてフレッシュなミルク、そして、もう一つプレーンオムレツが出される。一寸形が悪いし、焦げ目もある。
アインが先日から家に通いづめているのは解っていることだ。サブジェイは何を言われているのかすぐに解る。
まず食べ馴れている方から口にしはじめる。コレに対しては黙々と食べるだけで、無関心である。美味しいのは言うまでもない。
次ぎにアインのをつつき、一切れ口に放り込む。
「ジュニア!どうだ!」
まるで剣を交えて勝負しているような錯覚に陥ってしまうほど、アインの視線は真剣である。
「う・・ん、六……、七〇点かな」
まだ舌の感覚もしっかりしていないというのに、適当な批評を出してしまうサブジェイだった。それからマイペースに朝食を続ける。
「七〇点か」
とりあえず合格ラインに達したことで、満足げな顔をするアインだった。ローズはサブジェイの適当さが信じられないので、とりあえず彼女の作った物を口にしてみる。
「あんた、いい舌してるのねぇ!寝起きのくせに……」
息子の頭をくしゃくしゃと撫でるローズだった。サブジェイはお構いなしである。なるべく朝食を早く済ませ、訓練に行くことを考えている。
「っと、今朝レイオが来てたのよ。これ、渡してって……」
ローズは思い出したように、エプロンの前ポケットにねじ込んでいたピンクの可愛らしい封筒を取り出し、サブジェイに渡す。殆どのことは、口伝で済むことが多い。封筒に入った形式的な手紙など、皆無である。一寸ドキッとする。
「ふーん」
サブジェイは、封筒を何度か裏表に返して眺めるが、表面に何かがかかれているわけではなかった。しかしそれは、横に置き、食事を済ませることにする。
「何よ。開けないの?」
「お袋にゃ関係ないだろ」
「サヨナラの手紙だったりしてぇ」
「じょ、冗談言うなよ!ったく!」
サブジェイはローズの質の悪い冗談を本気にしてしまいそうになる。手紙を持ち、食卓から離れ、洗面所で洗顔し、玄関先に立てかけてある剣を持ち、急いだ様子で外に出る。そこで早速手紙広げるのだった。
「昼、例の場所で……か」
例の場所とは、学校にある立派な大木の下である。昨日レイオニーの手製の弁当を食べた場所である。空を見上げるともう昼に近い。学校にまで行くだけ行くことにする。そこで、大木の下で待つことにした。此処数日五月晴れであるが、本日もいい陽気だ。そろそろジャケットが鬱陶しくなり始める季節である。彼はジャケットをを脱ぎTシャツ姿になり、それを下に敷き、その上に腰を降ろしレイオニーを待つことにした。半時ほど待った頃だ。チャイムが鳴り、昼休みになる。それから五分ほど過ぎると、レイオニーがやってくるのだった。
「来てくれたんだ」
「ん、まぁ……」
サブジェイは少し緊張していた。ローズのせいである。
「もうすぐ学年末なんだから……、ちゃんと来なきゃダメよ」
普段なら上から叩くようなレイオニーの言葉なのに、あまりにも静か過ぎた。妙に落ち着いている雰囲気が、サブジェイを苛つかせる。それでも、サブジェイは座っている場所をレイオニーに譲る。レイオニーは、ジャケットの敷かれてある場所に腰を降ろし、サブジェイの腕を取りその腕に絡みそこに頬を宛う。
「今から……エッチしよっか……」
もう生唾モノである。体温は上昇しレイオニーが絡んでいる部分にジットリと汗をかく。
「ハハハハハハハハ……、さ、帰ろ!」
サブジェイは立ち上がろうとすると、レイオニーがぐっと腕を引き、彼をより自分に近づけさせた。
「イヤなの?あんなに欲しがってたのに……」
「ば、バカヤロウ!急になんだよ」
「だって!だって……」
そこで急に口ごもってしまう。その様子から、彼女が生理的にどうしようもなく自分を欲しているのではないと、サブジェイは解る。レイオニーの顔が真っ赤になる。
「だって、サブジェイがそのために一所懸命になってるんだったら、イヤだもん。私別に、サブジェイが強くなくてもいいのに……、サブジェイはもっと自分のために、頑張らないと……」
サブジェイはレイオニーこの言葉を聞いてホッとする。浮きかけていた腰が地面に落ち着く。彼女の言うとおり焦っているのは確かだ。そして、がむしゃらになっている動機の不純さも確かである。
「ばっかだなぁ。確かにオーディンさんに認められたいってのはあるけど、やっぱりそれ以上にあの人を越えたいって思ってるんだぜ。俺も男だしさぁ、やっぱ、実感したいんだよ。壁を越えた瞬間。じゃなきゃ、自分自身納得できねぇって……。だから、レイオの処女奪うときは、やっぱ、俺自身、ちゃんと男になってネェと、納得できねえ。それだけだよ」
サブジェイは語ると同時に、今度は積極的にレイオニーの肩を抱き、肩を抱いたその手の指の背で、彼女の頬を撫で、空いている左手で、彼女の顎を人差し指と親指で軽く捕まえ、引き寄せキスをする。公然で誰が見ているかも解らない状況だが、彼は雰囲気を大事にしたかった。
「ずっとパパに勝てなかったら?」
「勝てると思ってねぇよ。勝ちてぇけど……。でも今の負け方は納得できねぇ。ドーヴァさんもいってたし。それに今の俺じゃ、大切なものを誰も守れない」
もう一度、レイオニーの唇を強請り、気が済むと、すっと立つ。背中を向けたサブジェイは、まるで未練がないように見える。
「サブジェイ……」
其処にはまだ引き留めておきたいというレイオニーの感情が、ハッキリと現れていた。二度と会えないのではないかといったかんじの、大げさな雰囲気すら持っている。
「さ、俺ぼちぼち扱かれに行って来る」
サブジェイは、振り返り、にこっと微笑み、歩き始める。
「今夜、窓開けておくわ」
大胆にサブジェイを誘ったレイオニーは、少し未練があるようで、瞳の潤みが取れない。
「這ってでも行くよ」
だがサブジェイは、振り返らずにそう言った。しかし、足が極端にがに股になり歩きずらそうにしている。本当は相当無理をしているのだ。それに気がついたレイオニーは、普段の彼女にかえって、無邪気に笑った。
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