第2部 第3話 再出発

第2部 第3話 §1

 ――――何日かが経つ。


 「今夜どう?」

 「いいですわよ」


 洒落た喫茶店の店先にあるテーブルで、向かい合って、いい雰囲気になっているのは、ドライとニーネだった。二人は二本のストローがさされた一つのグラスを目の前に、じーっと見つめ合っている。だが、これは別に珍しい光景ではなかった。


 「いっけねぇ、俺先約があったんだ。それに、見回りにも戻らなきゃ」


 女性を恋のターゲットとして見つめるドライの瞳は何とも甘かった。オーディンの誠実さとは異なり、まやかされていることが解っていても引き込まれてしまう催眠的で魅惑的な輝きを持っている。ローズを愛しているときには、これに相手を焦がすような情熱が加わる。


 「フフ、残念ですわ」


 二人は、キスをする。ドライもニーネも互い以外は、これ以上の関係はない。ニーネも接吻を許す他人は、ドライだけだ。二人の関係は友情に近い物があった。互いに肉体関係を持ってもいいと思っている反面、そうならなくてもいいとも思っている。それに、裏切ることの出来ない大切な関係もある。


 「一寸、見たわよお二人さん」


 其処にひょっこり顔を出したのはローズである。ローズは別にヤキモチを妬く様子も無く、二人に近づく。


 ローズが加わるとドライは腰を上げるのを止める。

 ニーネも特に気を使う様子はない。


 「そんなに、いい雰囲気になってるのに、しちゃわないのって、変よ」


 二人を嗾けるようなローズの一言であった。


 「バーカ。そう言われちまうと、恋は興ざめなんだよ。そう言うオメェもオーディンとは……」

 「愚問!弁えてるわよ。ほっぺにチュッてするだけよ。オーディン真面目だからネェ、照れちゃうもん。比べてニーネなんてて、結構大胆よねぇ」

 「私唇を許すのは、オーディンと、ドライと……」

 と、ニーネとローズが軽くキスをする。端から見ると危ないかも知れない。

 「でも、これって女同士の永遠の友情って意味でしょ?ヨハネスブルグで……。最初は吃驚したけど、結構くせになってたりして」


 妙に色っぽい視線を使うローズだった。もちろん冗談なのは解っている。そのくだらなさに、三人の空気がより一層わっと明るくなる。と、ドライが腰を上げた。


 「オメェは、男も女も、食える者くっちまうだろ。油うってんのばれたら、オーディンが五月蠅いから、俺行くわ」


ドライは、ローズを冷やかしながら、腰をゆっくり上げる。


 「しっかり稼いでよ」

 追い立てて尻を叩くローズの一言に、ドライは、了解の意味を込め、背中を向けたまま軽く手を振る。去り際に、さりげなく、余分目にお茶代を置いて行くのがドライらしい。尤もローズにとっては、浪費以外なに物にでもない。今更言っても聞く性分でないため、溜息で済ませる。


 「彼奴って、何年経っても経済観念無いんだなから」


 それもおかしさに変わって、息がクスクスと漏れだした。


 「で、ニーネの予定は?」

 「あ、お買い物の途中だったんだわ。ご一緒にどう?」

 「そうね、弟子の仕込みに食材がいるのよ」

 「なら、丁度良いですわね」


 弟子とは、アインのことだ。教えることは料理だ。芋の皮も剥けないのでは、話にならない。

 二人は席を立ち、買い物に出かける。

 あれからサブジェイとレイオニーの関係は?それは進展無しである。理由はオーディンに完敗したからだ。


 「おら、サブジェイ!また判断が遅い!」


 緊迫感のない声で、スタジアムで彼を特訓しているのは、ドーヴァだ。かなりレヴェルの高い話である。周囲から見れば、何処が?と考え込んでしまう程だった。サブジェイは相手を仮想して動いている。ドーヴァはその動作を、じっと見守っているのだ。


 「学校休んでんねやろ!気合い入れんかい!」

 「解ってる!」


 ドーヴァの檄が飛ぶと、サブジェイの動きが、軽快になる。しかしドーヴァには、どうも今までと違って半端に見えて仕方がない。しかし今までと変わらないのが事実である。サブジェイの動きが悪くなっているわけではない。それは、彼を見る目を少し変えたからだ。条件に厳しさが加わったのである。自分たちと同じレヴェルでの動作を要求していると言った方が、より厳密だろう。


 「ええか!お前の機動力は、速い方や。しかし、空中でのバランス感覚はぁー……」


 ドーヴァはついペラッと喋ってしまう。しかし、語尾をだらしなく延ばしながら、言動を渋る。サブジェイはそれで集中力を欠いた。動きがすっかり鈍ってしまう。それをドーヴァは見逃さない。腰元の剣をスラリと抜き、サブジェイに斬りかかる。しかし彼も咄嗟にコレを躱し、怪我を免れる。


 「ま、今のはええ動きやったな」


 実は一寸ばかり悔しいドーヴァだった。


 「きったねぇ!」


 不意をつかれたサブジェイは、つい愚痴を口に出してしまうのであった。


 「うっさい!」


 「俺の空中でのバランスが、どうのって、俺、センス無いのかよ!」

 完全に自分へのマイナスに、話を受け止めているサブジェイ。それが気になっていては、特訓も何もあったものではない。特訓の目的は、瞬間の正しい判断力である。それには、彼がただ剣を振るうのではなく、イメージを持って動かなければならない。彼の不安は大きな邪魔である。しまったと言う感じがありありと解る溜息を一つつくドーヴァだった。


 「こういうコトは、自分で気がつかなアカンねんぞ!ええか、空中でのバランス感覚ちゅうんは、オーディンの右に出れる者はおらん。ドライも俺も、苦手や無いけど、オーディンは、跳躍での対空時間も一番長い。元々そう言う特性の技の持ち主や。つまりキャリアが違う。ましてやお前の場合雲泥の差やで。アイツの着地寸前の狙い方なんて、絶妙や。お前が『木の葉』をマスターしとっても、すぐに弱点ついてきよったやろ。オーディンと戦うことで舞い上がってもうたお前には、オーディンの動きを読むことも、気配を探ることもでけへんかったから、オーディンは、安心して飛翔中のお前の正面に出て、極めた。それに気がつけたんやったら、彼奴はお前の背後に、回り込んだ。お前が体勢をいれかえれとったら、恐らく再度着地を狙うやろう」


 ドーヴァがそのうちにウロウロし出し、妙に分析臭いことをベラベラと喋り始めた。一度口が動き出すと、止まらなくなってしまう。


 「俺やる気満々だったんだけどなぁ」

 「高揚しすぎや。初っぱなから派手な魔法で、コンビネーション組みよってからして……」


 今度は説教ぽい。しかし、実に解りよい。その辺ドライやオーディンは厳しい。ヒントは与えるが、決して回答はしてくれない。ただしドーヴァとて、聞いたとしても語ってくれない。どうしようもなくなった時に、我慢できなくなり、ポロリと口にしてしまう。


 ドライの考えはこうだ。理解できなければ、所詮それまでである。

 オーディンは、サブジェイならばきっと自分で見つけることが出来るはずだ、という理由だ。


 「クウォーク(飛翔)の魔法、使えるやろ、ああいうときは、そういう手もあるってこっちゃ。ただし、空中戦に持ち込んだら、キャリアの差がもろに出る。強くなりたいんやったら、とことん挑め、勝ちたかったら避けろ。が、そのまえに、お前はいろんな技をしっとるだけに、躊躇しやすい。特訓再開の前に、尤も得意で確実な防御方法を考えろ」


 攻撃は最大の防御と言うが、彼らはその考えを持ち込まない。それならば魔法が尤も有利という結論になるからだ。しかし、物事にはフェイントがある。基本的にタフであることと、己の身を守る術を知っていることが、一番生き抜ける方法なのである。


 もう一つは、極めの攻撃の後が、尤も大きい隙が出来る瞬間でもあるからである。凌ぎきり、的確な一撃さえ極めることが出来ればいいのである。それでもダメージを与えられないのは、相手がより手強い防御方法を持っているからである。一般的な考えをすれば、どれだけ武勇に優れていても、人間の肉体には限界がある。彼らのクラスになれば、攻撃のレヴェルはさほど問題ではなく、回避方法や防御力の方が戦いに物をいう。


 「レッドシールドは、魔法にしか効かないし……、オーディンさんの厄介なのは、エンチャントしたときなんだよなぁ。剣を受け止めても、魔法が突き抜けてくるし……、オヤジの反魔刀(魔法を弾き返すことの出来る武器)なら、両方とも一度で受けれるのに、となると、刃導剣で攻めた方が……」


 「それは、相手が居って考えることや、打倒オーディンしか考えてへんかったら、剣は死ぬ」

 「そうだ、極星剣だ!この前結構上手くいけたし!」

 「スタークルセイドを振ることによって、全ての攻撃から回避できる……か、けど、その後ちゃっかり攻撃くらっとたな、結果負け」


 「もう!ドーヴァさん!何で其処にもって行くんだよ!!」


 負けの二文字が胸にぐさりと突き刺さるのがいやだった。それに、言われなくても本人が一番自覚しているのだ。


 「ま、ゴチャゴチャ言うとらんで、かかってこい!!」


 ドーヴァが構える。サブジェイも気後れながら構え、ドーヴァと一定距離を保つ。暫く有無を言わせぬ扱きがつづく、何でもありだ。手も足も出てくる。ドーヴァは小柄で、動きも早く器用だが、格闘が得意なわけではない、リーチの長さにも問題はあるが、戦闘自体が剣術重視である。そのため攻めも守備も迷いがない。しかし、決して単調にはならない。


 サブジェイが正面からの攻撃に集中していると、素早く大地を滑り弧を描き背後や死角に潜り込み、容赦なく仕掛けてくる。しかし、サブジェイもそれくらいで、倒されるほどの腕ではない。瞬時に姿を消す。


 「飛影か!!」


 飛影は刃導剣の回避技の一つで、瞬間的に気を高め、瞬発力に変える技である。ドーヴァの耳がピクリと動く。後方からの音を捕らえた。振り返る視界ギリギリにサブジェイの姿が見えた。彼は既に刃を振り下ろしている。空気を裂きながら飛ぶ闘気の刃の音である。その刃はドーヴァを捕らえた。


 「やったぁ!」


 サブジェイがガッツポーズを取り叫んだ瞬間、ドーヴァの身体がユラユラと揺れて、消えてしまった。


 「奥義残光や」


 そしてドーヴァの声が、真下から聞こえた瞬間、ドーヴァの剣が下から飛ぶように突き出てくる。サブジェイは顎を捕らえられかけるが、背面に飛び、後方に二回転し、着地する。


 ドーヴァの身体が完全に宙に浮いている。この期を逃してはならないと、サブジェイは、一瞬身体を動かす。しかし、すぐに踏みとどまり、掌をドーヴァに向けた。


 「ニードルレイ!!」


 針のように赤く細い光線が、空気を裂きながら、ドーヴァに向かう。


 「クウォーク!!」


 ドーヴァが呪文を唱える。自由を得た彼は、今までとは段違いのスピードで、サブジェイに襲いかかる。そして、拳で殴り倒した。


 「クウォーク!」

 殴られた反動で吹っ飛びながらも、彼も飛翔の呪文を唱え、大地との激突を防ぐ。そしてすぐに体勢を立て直し、次の行動に移る。


 「アホ!!今のが剣やったら、お前は死んどる。中止や!」

 ドーヴァのその一言で、サブジェイは、ドーヴァの飛びかかるのを止めた。悔しいが、彼の言うとおりなので、お小言を聞くために、ドーヴァの前におり立つ。すると、ドーヴァの衣服がブスブスと音を立て、臭い匂いがしている。


 「また躊躇ったやろ」


 不機嫌なドーヴァの一言だった。


 「でも……」

 「デモもクラシもない!」


 頭ごなしのもう一発。手こそは出ないが、説教の方が痛い。身体にチクチクと突き刺さる。


 「ふん。でも、大分ホンマの速度に着いてこれるようになった。ええか、実力的にはそれほど大差はない筈や、けど、一寸した気後れや、躊躇が多い。それが、気配の察知にもでるから、回避でけへん。せめて今のは回避しとかんと、男やない!」


 意味は解らないが、拳をぐっと握り、それを目の前でさらに握りしめた。妙に力が隠っていた。


 「なんスか、それ……」


 ドーヴァのポリシーはともかく、サブジェイはとことん扱かれた。

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