第2部 第2話 最終セクション

 男共が空腹のピークに達したときだった。料理が次々と運び込まれてくる。が、ザインの前だけに、かなり見栄えの悪い料理が、並べられる。当然アインは、その場にいない。居所が悪いのである。アインが料理が出来ないのは一緒になったときから知っていることだ。周囲との比較でそれがアインが作った物だと良く解る。


 「俺は、アインらしくしてくれればいいんだ!料理なんて出来なくたって……」


 と、ザインはそれをパクパクと食べ始めた。だが、動きが止まってしまう。


 「頑張って作ってたんだけどねぇ……」


 ローズが一応のフォローを入れるが、ザインの顔は青ざめたままで、その後の表情の変化は見られない。


 「いい人っていうのも、限界がありますわね。貴方も貴方の母上も」


 ノアーが厳しい指摘をした瞬間、ザインはテーブルの上に沈没する。

 この日は、これ以外にも細かな問題から大きな問題まで色々、表面化する。だが、どうにもならないのは、ドーヴァとザイン達の親子関係と、アインの料理だった。二つに共通して言えることは、時間と努力が必要だと言うことだ。


 彼らがセインドール島に向かうのは、六月中旬くらいだろうか、その頃には、ロングバケーションに入っているので、サブジェイやレイオニーの学生生活には何ら影響は、無いと思われる。


 それに向けてと言うわけではないが、サブジェイは早速スタジアムに引きずられて行く。連れていったのは言うまでもなく、オーディンである。ドライもリハビリがてら身体を動かす事にするが、横で自分の息子が散々扱かれているというのに、全く口を挟まない。


 と、さすがのオーディンも、腕を上げ始めたサブジェイには、少々手こずり始めていた。それでも優位には変わりない。戦いは何も剣だけではないと言うことだ。技を仕掛けるタイミングなどの微妙な域が、格段に違う。足止めも、その一つだ。


 「認めんぞ!一度も私に勝てぬようではな!」

 「わたた!オーディンさん気合い入れすぎなんだよ!」

 「オーディン!何を認めないんだ?結婚か?セックスか?」


 ドライが横から口を挟む。


 「無論未成年の不純性行為だ!」

 「ふぅん」


 それだけだ。何が言いたいのか解らず、オーディンは気を散らしてしまう。少しだけだが、彼の動きに乱れが見られ始める。ドライはニコリと笑う。そして、にやにやと、口を開き始める。


 「おれ、去年パンティー送ったんだよ。レイオに……」

 「な!そんなこと聞いていなかったぞ!」

 「ベビーブルーのやつ……、結構気に入ってくれてるみたいでさぁ」

 「お!お前!」


 オーディンがムキになって、振り向いた瞬間。


 「なんて言ったら怒る?」


 オーディンは填められたと気がついた瞬間、サブジェイが、オーディンの背中を取っていた。不覚である。朝から血が昇りっぱなしで、すっかり思考が偏っていた。ドライが其処につけ込んだのだが、つけ込まれた方も、修行不足である。ま、娘父の心理というものであろう。


 「あれ?オーディンともあろう者が、負けちゃったわけ!?へぇ、馬鹿息子、腕上げたなぁ」

 「ま!待て、卑怯だぞ。今のは無効だ!!」


 オーディンはすっかり、気を動転させてしまっている。


 「日々精進!だれかが言ってたなぁ」


 それに比べてドライは飄々としている。オーディンが怒れば怒るほど、羽のようにふわりと躱す。


 「精進は精進だ!だが、父親として娘を魔手から守る義務がある!」

 「オメェ、レイオを信用してないわけ?!冷たいネェ」


 こう言われてしまうと、オーディンはぐうの音も出ない。信用と心配は全く別の物ではあるが、屁理屈の得意な男であるため、言い方一つで何を言い返されるか解らない。


 「無論、レイオニーは信用している。いい加減なところもあるが、お前が私の娘を手込めにするような男でないことも、知っている。しかし、私も父親だ」


 と、一応自分に非があったことを認めるオーディンだが。


 「でも、負けは負けな」


 ドライはクールに、そう言いきった。だが、内心は笑い倒したくてたまらない。内蔵は半分捩れかかっている。


 「解った!解ったよ。負けだ!だが……」

 「え?なに?!オメェ、自分で条件つけといて変えんの?」

 「まだ十六だぞ!」

 「へぇ、じゃぁオメェは、二十になるまでオイタしなかったわけ?へぇ」


 ドライはオーディンの肩に手を掛け、彼にもたれ掛かる。


 「そう言うお前はどうなんだ!」

 「え?俺?俺は十五で初体験」

 「そうじゃなくて、娘がいたら、どうだと聞いているんだ!!」

 「可愛かったら、俺が最初に食っちゃうかもよ?タベゴロに、クス……」


 変にウキウキし出すドライだった。この考え方はやはり常識ではない。倫理観の……、欠片ぐらいはあるだろうが、やはりその部分が欠けている。放任主義の彼に聞くのが間違いだったと、頭を抱えるオーディンであった。サブジェイを扱いていたオーディンだが、いつの間にかドライとの言い争いになっていた。

 頭を抱えていたオーディンだが、兎に角この線だけは譲ることは出来ないのか、口を噤んだままだ。


 「もう、いいよ」


 サブジェイが愛刀を鞘に納め、オーディンに背を向けた。


 「まて!話は終わってない。それに、腕も上げてもらわんと、私自身納得できん。オールレンジで、実力を試してやる。勝てなくともいい、私をその腕で説得できれば、いい、というのはどうだ?解っていると思うが、私は何も、交際を否定しているわけではない。お前なら申し分ない。だが……」


 「いいじゃん、色恋に口出すなよ」


 細かなことを言っているオーディンに、ドライは愚痴をこぼす。


 「ドライは黙っていてくれ!それともサブジェイ。君には、私に訴える実力もない、と?」


 かなり挑発的なオーディンだ。上手い物だ。ドライはクスッと笑ってしまう。しかし、これは見物だとも思った。オーディンが本気だと言うことは、殺しにかかると言っているも同然だ。しかし、殺されたところで、スタジアムに仕掛けられているシステムで、敗者はスタンドに移されてしまうので、実際に死ぬことはない。


 「面白れぇ!」


 サブジェイがイキッたところで、ドライはフェンスに突き出ているスイッチをポンと押す。すると、スタジアム全体が、一瞬、怪しい光に包まれた。


 「ニードルレイ!!」


 サブジェイはオーディンに掌を向け、其処から赤く光る細く短い光線を、連射し、彼との間合いを空けにかかる。


 「オーディン!新技見せろ!!」


 ドライが茶々を入れるが、オーディンはそれに答え、ニヤッと笑う。ドライやドーヴァといったところでは、本気である反面、どうしても遠慮がある。それに駆け引きを知っている。サブジェイは自分の実力をオーディンにぶつけようとしているため、非常に試しやすい。


 「炎龍の舞!!」


 オーディンを敬遠しているサブジェイに向かい、炎の柱が次々と立ち上り、彼を追尾する。


 「極星剣!!」


 サブジェイが剣を振り、一声上げると、彼に当たる筈の炎が、何もなかったように通過するだけで、サブジェイには傷一つつかない。これが、彼の持つ愛刀の力の一つだ。弾くでもなく吸い取るのでもない。自分に対して起こる事象を全て皆無にしてしまうのだ。ただし、それは、彼の精神状態に大きく左右される。余程状態がいいのだろう。短いときは一秒と持たない。


 一度サブジェイを捕らえ損なった炎の柱だが、再び彼を襲い始める。


 「げ!」


 それに感づくと同時に、オーディンが見あたらないことに気がつく。


 「面倒くせぇ!ランダムアトミック!!」

 サブジェイが、気合い一発魔力を解放すると、そこら中で大気が爆発し始める。不特定多数の爆発が起きるため、回避しようがないのがこの魔法の長所であり短所でもある。そして、魔力の消費も著しい。オーディンもその一つにぶち当たり、弾き飛ばされる。


 「レッドシールド!!」


 サブジェイを追跡していた炎の柱は、サブジェイの付きだした左手の先にある、半透明の半球状の幕に当たり、全て消し飛んでしまう。


 之にはドライも吃驚だ。サブジェイがこの技をマスターしているとは思っていなかったのである。レッドシールドの欠点は術者の動きが全く止まってしまうことである。単独では非常に使いづらい技だ。事実その隙にオーディンは立ち上がり、サブジェイの隙をつき、攻撃を仕掛けてくる。


 オーディンの剣にあわせ、サブジェイも、剣をぶつける。鋼のかち合う音と、その衝撃で生まれた火花が周囲に散る。オーディンは、彼の剣を流しながら、さらにすり寄り、サブジェイの腹を思い切りけ飛ばす。しかしサブジェイもダメージを最小限にくい止め、後方に飛ぶ。それだけオーディンのケリの威力が速く強いということだ。


 「鬼炎弾!!」


 軽いジャブ的な炎系の飛翔弾で、サブジェイの足もとを狙う。サブジェイは後方に飛んだ勢いが残っているため、そのまま後方に身を翻しながら、躱すしか手が無くそれを見越し、オーディンはもう一発、サブジェイの着地地点にあわせて撃つ。


 「はぁ!」


 サブジェイがまた気合いを入れると、彼の跳躍の距離が、ぐんと延びる。オーディンの技は、そのまま通り越し、向こう側のフェンスにぶち当たる。だが、これがサブジェイに出来る精一杯の回避だった。空中で状態が延びきっているサブジェイの目の前に、オーディンが現れる。


 「無暗に飛ぶのは、良くないぞ」


 戦いの最中に聞いたそれが最後のオーディンの声だった。

 次ぎにサブジェイが目覚めたのは、自宅のベッドの上だった。起きあがろうとすると、腹が痛い。それが最後に決められた攻撃であろうコトをサブジェイは知る。しかも死なない程度のダメージである。オーディンはあえて身体に痛みの残る攻撃を仕掛けたのである。

 理由は単純だった。痛みの残らない修行では、身体で覚えることが出来ないからだ。オーディンの最後の一言を噛みしめて反省していた時だった。


 「大丈夫?」


 目の前に突然レイオニーの顔が出てくる。


 「わ!」


 予想もしていなかったのが、一番の理由だが、負けた直後の自分を見られるのが一番イヤだった。特にレイオニーには、見られたくない。が、もう遅い。


 「……んだよ」

 「何だって、やっぱり、キスまでした仲なら、お見舞いくらい、しとこうかなと思って……」


 と、パジャマ姿のレイオニーがサブジェイに覆い被さり、彼の首に抱きつき、キスをする。

 いい香りがした。髪が仄かに濡れている。入浴後のようだ。


 「パパがね、今夜は側にいてやれって……」


 唇を離したレイオニーが、そっと囁く。その一言でギンギンになるサブジェイだが、残念ながら、腹を殴られた痛みが酷い。実に残念である。

 レイオニーが、ベッドに入り、サブジェイの胸に顔を乗せた。


 〈チクショウ!これじゃ生殺しだよぉ!〉


 サブジェイが一睡もできなかったのは言うまでもない。が、レイオニーは彼が動けないことを十分知っていたので、すっかり熟睡した。

 ドライとオーディンの通勤中。


 「オメェ、極悪だなぁ」


 サブジェイを動けなくしてしまったことを、さして言うドライ。


 「私は、娘に意志を任せたのだ」


 全く表情を変えず、あえて無関心ぽいふりをしてみせるが、そうでないのは言うまでもない。


 「でも、一晩うちに泊まってったんだぜ!」

 「しかし、不純なことはなかった」

 「でも泊まったってコトは、いいってコトだろ?」


 もはやドライはやらせたがっているとしか思えない口振りで面白がってオーディンの神経をつつきにかかる。


 「しかし、事実はなかった」

 「ああいうときは、男のリードってもんだぜ」

 「サブジェイが動けないことは、言ってあった」

 「きったねぇ。ま、今夜も泊まるって言ってたし、諦めろ」


 ドライはオーディンを肘でつついた。ドライのからかいにツンとして、腕で払いのけるオーディン。このところに、本当は気になって仕方がない様子が良く現れている。


 「まだ寝ているだろう?サブジェイは」

 「根性で学校行ったよ」


 ニタァっと笑うドライ。オーディンの様子を伺うために、高い背を丸めて、彼の顔を正面から覗き込む。


 「それもあの娘自身の考えに任せる」

 「なんだよ。確かに腕は上がったが、勝負早くついちまったのは、彼奴の甘さのせいだぜ。それに、判断が甘い。なまじ器用すぎんのが、あだになっちまってる。オメェが認めるって言う域にゃ、達してネェと思うぜ」


 レイオニーに身を案じているに違いない彼だが、今一そのらしくないハッキリしない態度に、ドライの方が、結論を求めたがった。背筋を真っ直ぐにし、元の姿勢で前を向く。


 「ニーネに笑われたよ。お前だから話すが……。私は二十歳で戦争に出た。その頃ニーネは一五歳だ。その頃には互いのキスの味を知っていた。責任が持てる歳になった。もし、あの時戦争などが起こっていなければ、どうしたのかと聞かれたよ。一六が早いと言っておきながら、私は一五歳のニーネを娶る気でいた。貴族階級では、別に珍しくも無かった話だ。社会制度が違えば考え方も変えてしまうのか、といわれた。考えれば、それでレイオニーが不幸になるわけではないのに、いや、サブジェイなら任せてもいいと思っている。なら、若い二人を認めてやってもいいだろうと思った。シードとジャスティンと同じように」


 「ま、遊び程度だけど、彼奴もちょくちょく、防衛に手ぇかしているし、男としても、ぼちぼち磨きかかってるって、思うな俺も」


 父親の彼が、何ともいい加減な味方である。


 「手放したくないのかもしれんな、馬鹿な父親だ」

 「でも、解ってて、馬鹿しちまうんだろ?へへ……」

 「ハハハ、そうだな」

 「ノアーに頼んどけよ、レイオのヒ・ニ・ン」

 「下品だぞ!」


 オーディンはドライの鳩尾に肘を入れる。ドライは噎せながら、ヘラヘラと笑うのだった。

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