第2部 第2話 §11

 四十年という歳月は、彼に相当なカルチャーショックを与えていた。無理もない。

 だが、彼を説得するのにそう時間はかからなかった。ましてや、まだ空に浮いているわけではない。中を見物するコトにする。まずは甲板だ。帆船ではないため、マストが一切がない。現代建築に近い旅客船である。


 「部屋はありますが、まだカスタマイズされていません。一応家族が増えることも想定して、これくらいの人数は影響しませんし、出発に向けて、部屋選びをしておくのも悪くはありませんね」

 「しかし、これ程大きい必要もないだろう」


 オーディンが、いらないと言えばいらない心配をする。


 「この船の動力は、実際はこの船を百隻持ち上げるほどの力を持っているそうです」

 「偉く張り込んだなぁ!」


 逸れたシンプソンの話に興味を持ったのはドライだ。シンプソンは続けて話す。


 「静かに生きていきたい反面、私達は歳を取りません。この街を去らなくてはならない日も、そう遠くはないでしょう。それは、あなた達もですよ。シード」


 シンプソンは、いきなり子供達に振る。吃驚するシード達。シンプソンはその反応を見てから、正面をむき直す。


 「何が言いたいのかわからんが?」と、オーディン。

 「正直、この船を作ってはみた物の、このまま地に埋めてしまうかも考えました。でも、私達が活きるためには、安住の地が必要です。誰にも阻害されないための……」


 シンプソンは、少し眉間に力を入れて、船を見やり、痛切さを感じる言葉尻をもって、いう。


 「なるほどな、この船を中心に、空に巨大な住居を築こうと言うのだな。だが、そんな逃避的でいいのものかな?」

 「俺もヤダな。ダチと酒も飲めないし、何よりつまらねぇ。シンプソンらしくネェ」


 ドライは、主義を抜いて、一友人として本当に残念そうだ。何より保守的な考えが残念である。それと同時に甲板の上から見渡せる範囲を十分に観察する。


 「私もそう思いました。だからみんなに話さなかったんです」

 そう言って、最後にニコニコとし出す。オーディンもドライもクスリと笑う。普段の彼に戻った感じだ。彼らは船内を一通り廻る。大体の部屋割りを、決めるため会議室で図面を広げる。


 「ほら、ぐずぐずしない!我が儘言わない!」


 仕切っているのはローズだ。


 「えっと、じゃぁ、『僕たち』は、ココにしようと思います」


 シードが指したのは、船尾の後方が良く見渡せる部屋だ」

 ココは若い二人に、良さそうな場所を譲る事にする。


 「んじゃ、『俺達』ココがいいな。ここ!」


 と、今度はサブジェイがしゃしゃり出る。


 「俺達?!」


と、ほぼ全員で突っ込みを入れるような目を彼に向ける。もちろんレイオニーは恥ずかしくて目を向けることが出来ない。馬鹿と言いたそうに、外を向いている。


 「如何!如何ぞ!却下だ却下だ!」


 オーディンが頑固なまでにそう言い張る。何故か出口を指し、サブジェイを頭ごなしに怒鳴る。言いたいことも解らないでもない。オーディンが心配することもなく、二人の関係はキス以上に進んではいない。尤も昨日は少しサブジェイが欲情気味だったようだが。


 オーディンが、前のめりになって、二人の名前をかなり遠目の部屋に書き込む。


 「オーディンさん!勝手に書かないで下さいよ!俺、この部屋気にいってんだから!」

 「却下だ!」

 「テメェ親父してんじゃねぇよ」


 ドライがオーディンの親バカぶりに、笑い声を殺しながら、そう言う。そして、ドライは、オーディンがごり押ししてしまったペンの後を斜線で消す。


 「何するんだ!」

 「ソンチョーしてやれよ!」

 「ダメだ!」


 オーディンがこう言い出すと、もうだめだ。

 ドライがサブジェイの耳元で何かを囁く。すると、サブジェイは意図も簡単に折れてしまった。これを見て、アインが腹を抱えて笑い出す。


 「まるで子供だな」

 「そうは言うが、大事な娘だ。やはり結婚を前提に、しかも定職についてもらわんとな。それが合格ラインだ。別に厳しい条件ではないだろう」

 「オーディン。俺らイヤでももうすぐ、プーになるんやで」


 何だか冷めたドーヴァの一言で、この瞬間、転がっていた空気がピタリと凪いでしまう。ということで、サブジェイが結婚の一言を切り出せばもはや、障害無しと言うことになってしまう。


 「ま、この街を出りゃ、そうなるわなぁ、オメェ等、どうすんの?」


 と、子供達を順々に見るドライ。


 「何れ出なければならない街なら、きっかけを一緒にした方が気持ち良いですよ」


 今のシードには、ジャスティンしか目が入っていない。市政やらなんたるは、後の人間達の負かせれば良いとおもってしまっている。


 「でもうちのジュリオがなぁ」


 ドーヴァもセシルもこれが気がかりだ。


 「ま、今回の冒険は別にして、二年ですね。そうすれば、サブジェイもレイオニーもジュリオもそれぞれの学校を出るでしょうから。それに、別にもう帰ってこないわけでもないんですから。いきなり辞めると街が混乱しちゃいますよ」

 シンプソンは、ある程度めどを立てているようだった。


 「だな」


 最後にドライが括る。


 ボーン、ボーン……。十二回、壁時計の鐘が鳴る。ローズは不意に時計を見る。時計は十二時を指している。そろそろ皆お腹が空く頃だ。


 「さ!続きは後にして、お昼にしましょっか」


 ローズは、誰に言われるでもなく其処を出て、キッチンに向かう。ニーネもノアーもセシルも出て行く。ドライも出て行く。


 「何処へ行くんだ」


 女性に混じって出て行くドライを不思議に思ったザインは、ドライを引き留める。


 「へへ、女の園」


 ドライは振り返ってニヤッと笑い、出て行くと同時に、扉をパタンと閉める。


 「何だよそれ」


 ザインはきょとんとする。色んな意味を含みそうに思えるそのことの意味がわからない様子だった。


 「ドライは、するんだよ。料理を」


 オーディンは、包丁で野菜を切る仕草をして、こういう。残念ながらオーディンは料理は出来ない。ドライが料理が出来るのは、ナイフの捌きが得意であるからに他ならない。

 ふと、アインリッヒが残っていることに、気がつく彼らだった。ザインはその訳を知っている。レイオニーもジャスティンも残っている。


 「あれぇ。お前等は、行けへんのか?結構ええ勉強になるでぇ」

 「行ったら、逆に邪魔にされちゃうわ」


 レイオニーが余計な御節介をやいたドーヴァに対し、一寸拗ねた様子で、顔を背ける。まだ技術が未熟なことに、釘を刺された感じがした。それは、ジャスティンも同じだが、クスクスッと笑うだけだ。これは、右に同じくという意味もあった。そこでもう一度、アインに目が集まる。

 アインは顔を赤くしながら、バタバタと出ていってしまう。


 「なんや、何も言うてへんのに……」

 「ああ、彼奴な……」


 ザインが説明しだした頃、アインが行き場を失って歩いていると、キッチンに着いてしまう。彼らの居た部屋からはそうは、離れていなかった。


 「参ったなぁ」


 アインは、すっかり弱り果ててしまったが、一応慌ただしい其処へ入る。中にはいると、アインリッヒは部屋が近い理由が解る。キッチン自体が大人数用なのだ。正面では、ドライがテーブルに腰を掛けながら、馬鈴薯の皮を向いている。調子よく鼻歌をうたったり何かしている。


 「ふんふんふんーと」


 器用だった。


 「する事無いぜ、ま、俺は好きだから、こう言うの」


 ドライがそう言う自分に気がついたのは、随分前のことだ。


 「兄さんは、つまみ食いが好きなのよ」

 「ピンポーン」


 珍しく茶化すセシルだが、彼女はこの平和そうなドライが何より好きだ。ドライも芋を向きながら、ヘラヘラと笑う。と、ドライはいきなり、ナイフの刃をアインリッヒに向け、写生のアングルを探る感じで、腕を目一杯伸ばし、片目を閉じ、アインを眺める。


 「動くなよぉ」


 ドライはまだ、何かを決めかねている。何がしたいのか良く解らないアインリッヒだったが、何故か動くことが出来ない。

 そのうちドライが、芋を削り始める。と、暫くすると、荒削りだが、ある物が完成された。言うまでもなくそれはアインリッヒの胸像だった。最後に軽くピッピッとラインを入れ始める。荒いところがいかにも彼らしい。それを、アインリッヒにポンと投げる。実に良くできているモノだと感心していた。


 「サービスだ」


 何がどう見てサービスなのか解らないが、器用さだけは伺える。


 「もう、美人だとすぐにイイトコ見せようとするんだから!」


 ローズはドライを後ろから叩く。彼のクビがガクンと前に倒れ込む。その序でに剥き終わった芋を持って行く。


 「貴方得意料理なに?」


 ローズは、通りがかりにアインリッヒに聞く。


 「その……」


 と、恥ずかしそうに急にモジモジとしてしまう。アインは、女性らしい仕草もあるが、どちらかというと会話、一つ一つの動作がはきはきとし、男っぽい。そして、剣士としての自信に満ちあふれている。


 「え、何?」

 「そっちの方は全く……、出来ないんだ。恥ずかしながら……」


 一寸だけ、気まずさが生まれる。


 「アハハ、ダイジョウブ。頭の中身がこーんなにオーザッパな奴だって、出来るんだから。何事も之(これ)勉強!さ、こっちこっち!」


 アインリッヒはローズに引きずられていってしまう。

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