第2部 第2話 §10

 漸くザインの笑いは止まった。


 「ふざけやがって!俺達は遊びでやってんじゃねぇんだ。世界が破滅の寸前にあるってのに、あんた達は黙って見てたのか!?自分たちに力があることを知っていて!バカにするのも程々にしてくれ!!」

 一変して怒り狂うのであった。握り拳を叩きつけた厚みのあるテーブルに、深い亀裂が入る。ビクリとしたのはジュリオだけだった。少なくともドライ達は、眉一つ動かさない。動かせない者もいたのは、言うまでもない。


 「大馬鹿ヤロウだな。てめぇは」


 相変わらず人の神経を平気で逆なでするようなルークの一言。低い彼の声が、心底そう思われているような錯覚を、ザインに覚えさせる。


 「んだと?」

 「力があるから?じゃぁ、俺達がその子孫てだけで、戦わなきゃならんのか?ゴメンだね。弱い奴はそこで死ねばいい。俺は、俺の家族を守るだけだ」

 「確かに俺たちゃ、二十年前も、正義だの云々のために戦った覚えはねぇ」

 「うむ。理念としてはあったが、私も自分が生き抜くために戦ったのは事実だ」


 ドライとオーディンの根本的な考えが一致することは、彼らが友になったときから、良くあることだった。口論にもなるが、互いの主張を認めあえる仲である。しかし、自然淘汰の考えが強いルークとの意見と、二人との一致は、不思議だ。

 シンプソンが言う。


 「ふふ、でも、それならどうして、みんなココに集まったんです?ルーク、貴方の性格から、出ていくことも出来たでしょう?ドライは?オーディンは?」

 シンプソンがこの様な場で、笑うなどとは誰もが予測していないことだ。


 「へへ……」ドライの笑い。

 「ハハハ……」オーディンの笑い

 「ふん!」ふてくされるルーク。

 「女性陣はどう思います?ノアーは?」


 と、シンプソンが発言の少ない女性達に意見を求める。


 「私は、皆が私の力を必要としてくれるなら、ついて行きたいと思います」


 そうノアーが言う。


 「ま、ドライが無茶しないように、妻として監視しないと」


 ローズは妊娠中のため、直接の参戦は控えた。


 「シードさんと娘のために、私も戦いたいと思います」


 ブラニーの意志は可成り強かった。今まで控えめであった彼女とは大きく違う。

 ニーネは何も言えない。彼女には彼らのように、時代の向きを変える力がないからである。そんな自分の存在が酷く見劣りしてしまった。


 「力は使うべき時に使わないと、死んでるも同然!みんなが行くなら、私は異存はないわ!」


 セシルは少し物事に対し固く構え過ぎである。こういう生真面目な部分は昔からだ。


 「でもよぉ。こんなに沢山で行ったら、島ごととんじまうかもなぁ。特に、セシルとブラニー。ノアーなんかドラゴンで逆に街を破壊したりして!」


 過去にそういうことがあっただけに、洒落にならない。過去の関連者から、白い目で見られてしまうことになるドライだった。しかし、確かに彼の言い分は正しかった。


 「確かに……、だが、人数が多ければ、有利なことには違いあるまい?最小戦力で死人を出すことほど馬鹿げた話もないだろう。潜入じゃないんだ」


 オーディンの言うことも、また、正しいことである。安全を考えると、此方の方が正しい。


 「ま、それが本音やな。みんな、死ぬのが怖いっちゅうか、自分が死ぬことで、回りが泣いてまうのが、怖いんや。でも、やっぱりほっとかれへん。てか」

 「ところで、ドーヴァ。おめぇ。今年で幾つなんだ?」


 と、ドライが殆どの人間が振りたくなっていた問題を持ち出した。全員の注目がドーヴァに集まる。


 「えぇー。まぁ、四〇かな?なんでや」

 「はぁ」


 鈍感すぎるこの男に、ザイン、アインリッヒ、彼自身、子供達を除いた全員が溜息をつく。ナメクジ並の神経の無さに、彼を疑いたくなる瞬間だ。


 「ドーヴァ。お前は、『シュティン・ザインバーム』の共通点に、何も疑問を感じんのか?!」


 オーディンが突っ込みを入れる。それに対してドーヴァは指を啣えるようにして考え込む。


 「そんなん、同姓ってやつやろ?世界中探せば、見つかるんちゃうん?」

 この時点で、全員が認識しているというのに、彼本人は、まだ考え込んでいる。誰もがテーブルに頭を打ち付けた。


 「馬鹿ネェ!あんたの両親じゃないの!!」


 横にいたローズがドーヴァの頭を思い切り叩く。今度は彼一人がテーブルに頭を打ち付けた。


 「あ!そうなんや」


 アッケラカンとして頭を上げるドーヴァだった。ドライとルーク以外はそれだけなのか、と、彼を覗き込んだ。がっくりしたのはアインだった。ドーヴァは彼女の期待を大きく裏切ったのである。


 「一寸ドーヴァ!貴方の両親なのよ!」


 ずっと連れ添ってきたセシルは、初めて彼が薄情に見えた。友や家族に向ける目とは、全く違い、情の欠片もない。ドーヴァを揺さぶってみるが、彼は困った様子で、天井を眺め、頭を掻く。


 「止せよ!セシル」

 「だって、兄さん……」

 「俺だって言ってみただけだ。ただ、どうぜなら、たまってるもん、序でにだしちまおうかなって……」

 「そうだな。今更親と言われても、感動なんかネェよな」


 ルークがドライに付け加えて、そう言った。


 「そうやな、俺には、比奴等おるし、嫁はんも、息子もおる。そんなこと考えてもなかった。ま、これからは、仲良くやっていこや。気ぃあいそうやし」


 本当に友達感覚のドーヴァだった。悪気なくヘラヘラとしている。

 オーディンには今一理解しがたい感覚だ。


 「君らも親だろ。息子からそんなことを言われたらとか、思わぬのか?!ルークはともかく、二人がそれほど薄情な人間だとは思わなかったぞ!」

 オーディンは、座ったまま、極力感情が高ぶらぬようにしながら言っている。立ってしまうと、その反動で、テーブルを叩き壊してしまいそうだ。


 「けど言うじゃん。遠くの親戚より、近くの隣人って」

 「ドライ。近くにいる人が隣人ですよ。事情が事情です。ドーヴァ、彼らは貴方を愛していなかったわけではなかったのですよ。ですから……」

 「俺別に怒ってへんで、まぁ、俺かて人間やから親居るのは当然やし、そのおかげで、こうして楽しゅう暮らしてるんやし、礼をしろっていうんやったら。そうさせてもらうけど」


 親の温もりを知っている者なら、ドーヴァの発言は歯がゆすぎた。ただ、この中でシンプソンも、親の愛情を知らない。それどころか、血の繋がりのある者から、排除されかかった過去がある。


 彼が優しくなることが出来たのは、人を殺すことの空しさを知り、人間とは心身ともに脆いのだと気づくことが、出来たからである。そして周囲から脅かされることの辛さを知っていたためだ。だから彼はそんな愚かな人間にはなるまいと、強く心に決めたのである。


 親のない子供達が自分を慕ってくれた昔が懐かしい。彼らが徐々に離れていった頃も、今は良い経験だ。彼自身は、親に愛されていなかったが、血の繋がっていない子ですら、愛おしいのに、腹を痛め生み育てた子が愛おしいくないわけがない。ドーヴァにそんな二人の気持ちが伝わっていないのが、彼には歯がゆい。


 「で、すぐに出発できるのか?」


 そう言ったのはザインだった。話をそらせることで、己の気を紛らしてしるようだ。


 「いえ、一応街の整理などがありますので、一月は」

 「一月ぃ!冗談じゃない。真っ直ぐ行っても四ヶ月以上はかかるんだぞ!」

 「それはダイジョウブですよ。飛空船がありますから」

 「確か、こっちに来るまでに空を飛んでる奇妙な船があったな」


 飛空船は一般的な交通手段になりつつあるが、あれから二十年経った今でも、一般庶民がいつでも乗れるほど、安いものではない。ファーストクラスを貸し切ってヨーロッパへ行くのと同じくらい高価なものだと考えれば妥当だろうか。一同は席を立ち、シンプソンの家にある地下通路を随分歩く。


 「こんなもん何時からあったんだ?」


 ドライも知らないらしい。オーディン達も知らない。だがシンプソンは知っている。


 「ま、私達がこの街にいられなくなったときのことを考えてからですから、もう二年前くらいですかね」


 シンプソンが簡単に説明してくれる。シンプソンが不安をもっていたのも確かなことだろうが、この様な便利な手配を考えたのは、バハムート以外他にいないだろう。もう暫くすると、やがて大きな空間に出る。それは巨大な造船所だ。この様な地下で、どの様にして作ったのかは解らないが、おそらく、これもバハムートがやったことだろう。ドライにはその工法が何となく解った。


 其処には、一見完成された飛空船がある。とても個人使用の大きさではない。大型旅客船並である。ザインは少し後ずさりをする。


 「イヤだぞ!こんなでかい物が浮くわきゃねぇ!」

 「ダイジョウブですよ。マリー=ヴェルヴェット理論は既に証明されていますし、我々も一度乗ってますし、何より老人のすることですから、まず間違いはありませんよ。


 「イヤや!堪忍やて!!」


 何故かドーヴァ口調になり逃げようとするザインだが、ドライがしっかりと首根っこを掴んでいる。ドライのその表情は至って冷静で、笑うこともあしらうこともなかった。

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