第2部 第2話 §9
場所は一転して、シンプソンの家である。姉妹の再会に夜の時間をもう少し割くことにした。ルークはあいも変わらずムスッとしている。だが、一言言う。
「随分と立派な生活をしているんだな」
「ええ、立場上」
シンプソンはルークに対して全く動じることはない。
ルークは、イライラした様子を見せてはいない。ドライのように茶化すタイプとは違うためだろう。文句も多そうだが、何だか聞いてもらえる気もした。
「どうやらジャスティンも、シルベスターとクロノアールのことは知らないみたいですね」
「言えるか?!マリー=ヴェルヴェットを殺したのは俺で、セシル=シルベスターの両親を殺したのは、ブラニーだって。そちらサンだって、その様子がないようだが?息子は、母親の犯したヨハネスブルグでの一見の酷さを、ご存じ無いようだ。オーディン=ブライトンの友人と、恋人を巻き添えにしたことをな」
「伝えますよ。何れね。全部……。子供達も大きくなり始めましたし、まぁ、ジュリオが、話を理解できるかが、難しいところですけどね」
あっさりとルークに答えるシンプソンだった。腹を立てることの少ないこの男は、ルークにとっては何ともやりにくい、言葉の挑発では、戸惑う彼は見られそうもないので、騒ぎ立てるのを止めにした。
「済みません。シンプソン様」
「いえ。昔のことです。それぞれに罪を清算したでしょう。貴方も……」
シンプソンは、ブラニーに対して非常に真っ直ぐで優しい眼差しを向ける。心を入れ替えた彼女を暖かく迎え入れている。そう、それは以前、両親を無くした子供達を引き取り、彼らを眺めている彼のようだ。その幸せを願い祈っている彼だ。
「それと、オーディンの恋人は、死んでいません。大勢の人を死なせてしまった事実は代わりありませんが……、ノアーへの批判は、二人で受けます。誰も一人で傷つかせたりは、させませんよ」
シンプソンが、感情のやり場が無くなると、周囲のモノが小刻みに震撼する。モノの道理であるが、一見大人しそうに見えるモノほど、その箍が外れた時の反動は、計り知れないモノである。
さすがのルークも、この瞬間だけは何ともヒヤッとする。振動していた周囲の物は、シンプソンが静まると同時に静かな無機物へと還る。彼は本当の意味で落ち着くために、ノアーの入れてくれた紅茶を少し口に湿らせる。ハーブの香りが少し加わっており、心理的に落ち着くことが出来た。
「ジャスティン。良い子ですね」
シンプソンは、過去の焦れったい話から、将来的に楽しみのある話題に切り替えるのだった。
「ああ、正直俺達にゃ、出来過ぎた娘だ」
かすかな喜びと同時に、本音を語るルーク。ジャスティンのことになると、途端に父親になる。その変化ぶりが、良く伺える。表現は足りないが、その目元に全てが現れている。こういうルークを見たブラニーも、ホッと安心した顔を見せるのだった。彼女もこういうルークが一番好きのようだ。
「そっちは、それなりのようだな」
「いや、ドライの影響が強くって。最近まで外で遊び回っていましたよ。全く……」
逆にシンプソンは、シードのことをそんな風に言う。逆に言えば、あまり手の掛からなかった子供であった。体力が余っているので彼は少し持て余したと、言いたげな様子も伺えた。
「ああ、彼奴はダメだ。悪影響ばかりだ」
「アハハ」
「ハハハ!」
シンプソンが笑い次にルークが笑った。ドライのこととなると、語ることが山ほどある。話題にしやすい男だ。ルークは、真面目でやりにくいと思っていたシンプソンは、棘が無く、かなり話せる男だと感じた。何気なく語る相手には、最高である。疲れないのが一番の理由だろうか。
「どうです?ホテルなんて金のかかる不経済な場所より、こっちに移りませんか?」
シンプソンが、御節介をやくと、ルークは笑うのを止める。
「馴れ合いはゴメンだ」
しかし腰を上げることはない。今夜は、姉妹再会のために、ココに泊まると決めていたからだ。ゴクリと、紅茶を飲む。
「……ですか。残念ですね。ま、もうすぐ家も出来るでしょうし……」
シンプソンは、強引に誘わなかった。そうすれば逃げる相手であることを知っていたからである。ただし言わなければ、ほったらかしにしてしまう相手なので、口にしておく必要はあると思った。
「なんだ?!淡泊な奴だ」
ルークがこう言った理由はただ一つ、ブラニーさえそのつもりなら、と言う、彼女への気遣いがあったためだ。シンプソンはこういう察しは実にいい。すぐにブラニーに視線を送る。
「シンプソン様さえ、ご迷惑れなければ……」
「ノープロブレム!ですよ」
シンプソンは、ティーカップを片手に、静かにただ、ニコリと微笑むのだった。
翌日、全員が、シンプソンの家に集まる。学校まで休まされたレイオニーは一寸吃驚である。こういうことは初めてだ。まず小会議に使われる長テーブルの尤も端、その中央にバハムートが座る。右側にセガレイ夫妻。左側には、ザイン、そしてアインが座っている。後は適当である。一番離れた対面に、ルークとブラニーが座っている。錚々たるメンバーだった。
「何から話すべきかな?」
バハムートは悩んだ。ザインが尤も知りたがっていることを、話すべきか、それとも子供達のことを考え、話を進めるべきか、だが、尤も話すべき事は、恐らくザイン達の状態だろう。彼は一つ咳払いを入れる。
「知らない者のために、まず二人の自己紹介をしておくべきであろうな、彼の名前は、ユリカ=シュティン・ザインバーム、そしてその隣にいる女性は、彼の妻で、アインリッヒ君じゃ」
「ザインと呼んでくれ」
彼が先にこう言ったのは、ユリカと呼ばれたくなかったからに他ならない。普段ならドライが茶化しにかかるところだが、今回ばかりは自分たちにも関わりのあることなので、余計な脱線をする気にはなれない。
バハムートは、ザイン達の国が世界に危険を及ぼしそうなほど危険な状態にあることを話す。戦いを知らない子供達だけが、それぞれ驚きを見せる。
大人達は馴れたものだ。ドンと構えている。ザインはそんな彼等に対して、ひやりとした汗を流し驚く。外見上だが、彼らは非常に若い。事実、確かに彼らはザイン達よりは若いが、それでも、シードの外見を考えれば、シンプソン達の外見は、不自然である。
「一寸待てよ。そう言えばあんた達、幾つなんだよ!」
ザインは、自分たちのことを棚に上げてしまうが、ドライ達から見えれば、シルベスターのことを考えると、世界に何があっても不思議ではないといった感覚を持っている。ザインの外見と年齢が食い違っても、違和感は感じない。
「へへ、オーディンはもう、五十越えてるよな!」
と、ドライがココで茶々をいれるが、コレは事実を曲げてはいない。
「お前とて、もうすぐ手が届くだろう!」
と、言い合いになる。
「こりゃ!静かにせんか!今からそれを話すのじゃ!」
バハムートが仕切りなおすと、少し腰を浮かせていたドライとオーディンは、腰を降ろし、クスクスと互いを笑いあう。
「まずは、正しい伝説からじゃ」
バハムートは、世間一般に広がるシルベスターとクロノアールの伝説ではなく、真の伝説を語る。それは彼らの存在理由である。シルベスターは、人間という種の保存。クロノアールは全ての種の平等を唱え、それぞれの思想で戦ったというものだ。そして、その彼らの存在も、古代文明の人造生命であること、現在人間界、超獣界、魔界で生きているとされる殆どの種の原型が人間が戦争のために生み出した生体兵器であったという過去を語った。幾らバハムートが、考古学で著名な男であった事実があっても、その想像を越える話の内容に、ザイン達、子供達はついて行けない。そして、何のために、その事実を語ったのかも解らない。
「爺ちゃん。そんなスゲェ話。どうして、黙ってんだよ!」
子孫中、尤も闘争心の強いサブジェイが、固定観念の枠を破る。
ドライの子供だけはある。バハムートはそう思った。そう思っただけで、何故か微笑みがこみ上げてくる。彼も若い日々は、探求のために世界を駆けずり廻った男である。その熱い思いが共鳴したのだ。
「まぁ、聞くがよい。シルベスターとクロノアールは、子孫を残し、その千年も後に再び目覚め、子孫達を戦力に加えたのじゃ。子孫達は、それぞれ苦悩の中、血を流しあったのじゃ。その戦いがあったのは、大変動のあった二十年前」
「まさか!じゃぁ、あの大変動があったのは、その戦いのためだと?!」
「そうじゃ!」
ザインの感の良さに、バハムートは勢い良く答えを返してしまう。
「そして、その子孫達が、お前達の親たちじゃ!」
興奮を隠し切れず、つい立ち上がってしまうバハムートだが、その予想を反して、周囲は静かだ。その意味はそれぞれ違うようだ。
サブジェイは、このいい加減な父親が、歴史を動かした人物の一人だと知って、唾を飲む。彼が子供達の中で尤も明確な反応だ。シードもレイオニーも、まだ反応に躊躇いがある。それだけサブジェイの認識力が高いと言えた。
「アハハハ」
笑ったのはザインだ。狸に化かされた気分だった。この街に来てシルベスターに関して血眼になっていたのに、その子孫が目の前に彷徨き、話しかけてきていることにすら、気がつかなかったのである。塵ほどの情報もないため当然だが、彼にとっては嬉しい大どんでん返しである。ザインの笑いは、暫く止まらない。
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