第2部 第2話 §7
「うーん。ジュディー。エマリー。シンシア……。どれも在り来たりだわ」
色々な名前ばかりを口にしながら、町中を歩いているのはジャスティンだった。考えているのは、ドライの子供の名前である。そんな彼女とすれ違ったのは、ドーヴァとザインだ。
「あれ?あの女確かドライの命の恩人の……、てことはあれか、あれは……」
ルークの娘だと言いたいのである。ザインとしては、いい加減町中を歩くのも飽きてきた。何か変化が欲しいとばかり思っていたところである。
ドーヴァがジャスティンを見つけたのは、ちょっとしたイベントとなる。
「シェリー、ビビアン……」
まだ呟いている。
「おーい」
と、ドーヴァが声をかけると、俯いていたジャスティンの顔がふと上がる。ドーヴァが完全に彼女を呼んでいるのだが、残念ながらジャスティンは、ドーヴァのことを覚えていなかった。間違いではないかとキョロキョロとする。
「お前や!お前……」
「私??あの、どちら様でしょうか……」
「俺や!ほら、ドライが大怪我したときに……」
「あ!思い出した!!」
「なんや、困り事か?さっきから首捻りくさって……、そや、其処にケーキバーあるから、はいろ」
ドーヴァは兎に角甘い物好きである。行きつけの店に足を入れ、いきなりイチゴショートを頼む。ザインからは白い視線が来るが、女の子にとっては、コレはポイントである。
「で、悩み事なんやろ」
既にそう決めつけてかかっているドーヴァだったが、それも満更外れていない。
「子供の名前を考えていたんです」
サラリとそういいきるジャスティンに、ドーヴァは、口に運んだケーキごとフォークまで噛む。
「こ……どもて、まさか、アカン、アカンで!そう言うことは!アカンて!シードの奴!!」
立ち上がり、テーブルの上に片足を乗せ、フォークを噛みちぎりながら、息を乱し、訳の解らない怒り方をしている。
「ち!違います!私達のじゃなくて!頼まれたんです!!」
何故そんなことまで知っているのだろうか、と赤面してしまうジャスティンだった。
しかし、ジャスティンのその一言を聞くと、ドーヴァは冷静さを取り戻す。
「頼まれた?」
そう言ってから、椅子に座り直す。テーブルクロスにはクッキリと彼の足形がついている。一寸面白そうなドタバタを、ザインは、レアチーズケーキをつつきながら横目で眺めている。
「ドライさんに」
「ドライに……て、なんぞあったんか?隠し子……とか?」
「違います!ご存じ無いんですか?ローズさんのこと」
ジャスティンは、ドライとローズとの間に起こった新たなイヴェントについて詳しい説明をするのだった。
「ふーん、そうか……、なるほど」
そう言ったドーヴァは、異常なまでの落ち着きで、紅茶に砂糖を足し、一啜りし、イチゴにフォークを刺し、口の中に放り込む。
「ナンヤテ!?」
そこで漸く驚くドーヴァ。あまりにベタな落ちに、ジャスティンは、苦い笑みを浮かべるしか手がなかった。
「そう、なんです。命の恩人だから是非って言われて、私、責任感じちゃって……」
「で、名前浮かんだんか?」
「ジュディー、エマリー、シンシア、ジェリー、ビビアン……、どれも平凡なんです」
「なんや、女の名前ばっかりで、もうどっちかきまっとる程なんか?そんなにお腹目立ってないけどなぁ」
「ううん。女の子が欲しいって言ってました。男の子の名前は縁起でもないって……」
そう言った瞬間。プチンと来たのはザインだった。今度は彼が立ち上がり、両手をテーブルに手を叩きつける。
「バカ言え!子供の立場を考えろ!男が生まれたら、オメェどうすんだよ!女の名前つけられた子供のこと考えたことあんのか!!えぇ!?」
異常に興奮するザイン。当然といっても良かった。彼の名は、ユリカ=シュティン・ザインバーム。ファーストネームは正に女性に名である。それは、彼の父がドライと同じ考えの元で名を考え、そして、そのまま名前をつけてしまったことにある。暫く興奮状態に入ってしまったザインを納めるのに手間取るドーヴァだった。と、ジャスティンの一寸したおしゃべりは、すぐに友人知人に知れ渡ってしまう。もっとも一番お喋りなのはドーヴァであった。夕刻になると、ニーネがドライの家にやってくる。まだドライは帰ってきてはいない。
扉を忙しなくノックすると、ローズも中から忙しない返事で、待っている人間を迎える。
「あら?ニーネ」
ニーネもローズも互いに顔を出すが、この時間帯は珍しい。夕食の支度で忙しいからだ。
迎えたローズにニーネは突然抱きつく。
「おめでとう」
一寸吃驚した。だが、そう言われる覚えのある出来事は、一つだけなのですぐにその推測が成り立つ。抱きついたニーネは興奮気味だ。二人はダイニングルームで落ち着くことにする。
「私、ドライにしか言ってないのに……。彼奴喋ったの?」
一寸恥ずかしそうなローズであった。殆どのことはサバサバとしているが、妊娠のことだけは恥じらいを持っている。
「ううん。セシルと、買い物の時にすれ違ったときに言っていたわ」
「セシルが?それなら真っ先に来そうなものなのに……」
「つめたい」と、遠回しに言っているローズだった。しかし、それと同時に、セシルの声が玄関先から聞こえる。ローズが腰を上げようとすると、ニーネがローズの肩をポンと押さえ、コレを止め、玄関に向かう。ニーネが戸を開けると、其処には、セシル所の騒ぎではない。ルークとブラニー以外のメンバーが全員居る。その中でドライだけが、背中を向けている。それを見たニーネが、一寸だけ吃驚した様子を見せる。出かかった声を、口に手を当てて、押さえる。
「ドーヴァさんでしょ」
次に、悪戯の犯人を見つけだしたような口調で、ドーヴァにそれを指摘し、視線で彼に触れた。それは図星で、ドーヴァは、ヘヘッと笑いながら。コレを否定しなかった。彼がお喋りなのは、誰もが知っていることだ。目出度い話なので、誰もそれを責める者はいない。ドライ以外は……。
サブジェイが突っ張って言う。
「ったく、いい年こいてよ!」
今になって弟や妹が出来るというコトが、何となくむず痒くて照れくさいのを、反発した一言表現する。だが、この場にいることで一応祝う気持ちがあるのは、ニーネには良く解った。
彼らの手にはそれぞれ何か色々持たれている。全部料理である。ニーネはふと自分の料理のことを思い出す。
「いけないわ!お料理持ってこなくちゃ」
ニーネがそそくさと出て行く。その間に彼らは、いつものように、庭にテーブルや椅子を運びはじめた。彼らは何かあればコレだ。パーティーのきっかけにしてしまうのである。初顔のザインとアインは、何も持ってはいなかったが、それを咎めるコトもないし、仲間外れにする者もいない。ココに加われば、もうそれで仲間だ。
一応ドライが音頭を取る。
「あー、まだどっちか分かんないし、名前も決まってねぇが……、生まれる我が子に、乾杯ってことで!乾杯!」
辞を述べると、ドライはぐっとグラスを高く突き出した。それに併せて全員がグラスを高く持ち上げる。その後一口ぞれぞれに、酒に口をつけたときだ。
「そう言えば、サブジェイが生まれたときも、同じようなことを言ったんじゃないか?」
オーディンが思い出したように、そんなことを言う。こういうコトを逐一覚えているのも、オーディンらしい。
「だっけ?まぁいいじゃん」
そう言うのもまたドライらしい。ドーヴァは片っ端から、料理に手をつけはじめる。
「全く。うちの女性陣の料理は、ええ味しとるわ」
サブジェイは少しだけボウッとした。そう言えば確かに、喧嘩になるまでは、ドライは沢山自分と遊んでくれた覚えがある。昔は今と違って親バカなほど誉められたものだ。そんな記憶が、枯渇した井戸が再び沸きいでるように、次々と頭の中に蘇ってくる。忘れたわけではなかった。昔のことなど一々思い出して反芻する人間がどれだけ居るだろうか、あのころは良かったと、懐かしむが、それは、それだけであり、子供の頃の記憶ではない。子供の頃は無邪気で良かった。という者もいる。だが、ごく当たり前の漠然とした毎日までを覚えている者は、どれだけ居るのだろうか。サブジェイは正にその日々を思い出した。
一つだけ覚えがある。何故ドライとの間が芳しくなくなったのか。それは、自分がもう一人前であると感じた瞬間である。しかしその割には、ドライに対する態度も、周囲に対する態度もどことなく中途半端だ。
そして、ドライは、一度として、「帰ってくるな」とか、「勘当だ」など、言ったことはない。
こういう事は言う。「ツメが甘い」。
サブジェイはドライの横に来た。
「お、俺さぁ、お袋に何かあたら拙いだろ?これから暫くは、家にいてやるよ」
頭を掻きながら、照れくさそうに言う。ドライは、その言葉をきくと、一瞬の視線だけをサブジェイに向け、口の中に含んだ笑みを浮かべる。
「ほら、今日は特別や」
横からドーヴァが顔を出し、並々と注がれただビールの大ジョッキを、サブジェイの前に突き出す。
「あ!私も……」
サブジェイがグラスを受け取った瞬間レイオニーも羽目を外したがる。
「ダメだ!」
オーディンは、レイオニーに対してこういう。
「どうして?!」
不服そうなレイオニーだった。皆が居る前で、まるでオーディンを責めるような言い方だ。そして、その一言で、ほぼ全員を味方につけてしまう。
「オーディン!」
ドライが、渋めにこう言うと、彼も仕方が無く、溜息をつきながら、レイオニーに背中を向ける。返事はないが、見て見ぬ何とやらである。
「俺達は、そろそろ……」
ザインが、身内の集まりに、自分たちは、と、遠慮気味に、退こうとした。
「ざけんな!そんな愛想のない真似させっかよ!」
ドライは、背中を向けかけたザインとアインリッヒに、大きめの声で、陽気に言う。遠慮は野暮だと、彼の微笑みがそう言っていた。ザインは、一瞬戸惑い、口を開きかけるが、すぐに閉じ、クスリと笑い、サヴァラスティア家の庭を離れかけた足を、再び彼らの方へと運ぶ。
「楽しいな」
アインリッヒが呟く。
「ああ」
アインリッヒが、しみじみと言った言葉に、ザインは雲を掴むような返事を返しただけだった。そんな彼の目は穏やかで、目の前でバカなことばかりをしているドライやドーヴァを視界に入る程度に眺めている。そのうち二人は、ビールをかけ合う始末だ。オーディンがそんな中に強引に引きずり込まれ、二人に攻められている。それを見て、女性達は、楽しそうに笑っている。本来なら男に混じってローズがビールかけに加わるが、今回は、身体のことを考え自粛している。そのうち、その次に標的になりやすいシンプソンが、餌食になる。序でにセシルも引きずり込まれた。
「あの!」
そんなときに、シードが急に形式張った声で、全員を自分たちに注目させる。
「その、目出度い席をお借りしたいんですけど……」
シードが遠慮がちに声を出した瞬間、一瞬誰もがキョロキョロとして、誰となしに視線を合わせあった。シードの遠慮が、少しらしくなく思ったのだ。
「いっちまえ!いっちまえ!」
そしてドライがすぐに、囃し立てる。それに併せてシードは頷き、ジャスティンの肩を抱き寄せる。
「僕たち、近いうちに結婚しようと思うんです」
瞬間、ざわめいた声が止まる。別にその事実に驚いたわけではない。既に全員が知っていることだ。しかしそれは、シードの知らないことである。
「そうか、全員に正式に言うのは、初めてだもんな」
「目出度いことはつづくものだ」
ドライに続いて、オーディンがあわせて言う。
「さてと、そう言うことなら、ゲストを呼ばなくっちゃなな」
ドライは席を立つ。ジャスティンとシードの関係が明らかになった以上、彼の存在は無視できるものではないし、この街にいるのなら何れは顔を会わせる。この機会を逃せば、必ずどこかに黒いものが残るだろう。ドライはそう決め、歩き出す。
「何処へ?」
またオーディンが聞く。
「ちょっくら、まっててくれ」
ドライが其処から去ると、主役が欠けると、楽しいがそれなり程度で、今一盛り上がりにかける。一同は何となしに、待ちぼうけという状態になってしまった。
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