第2部 第二話 §6
翌日のことである。シンプソンの執務室。
「何ですって?」
「いや、本当に悪いと思ってんだ」
ドライが、シンプソンの平謝りをしている。
「はぁ、幾ら半月も間が空いたからって、せっかく六国に跨る強国を、謀反で崩壊だなんて酷い!」
「はは!それ以上の苦情は、サブジェイに言ってくれ」
ドライがシンプソンに謝り終えた頃に、ドーヴァとオーディンが、其処に姿を表す。
「なんや、朝のはようから」
「ドライ。早く始めよう」
彼らを早朝から執務室の集めたのは、他でもないドライだった。
「ああ」
ドライは、ルークの話を彼らにする。もちろんジャスティンのコトを含め、ドライの知っている全てを、である。彼らがセシルと違う反応を見せたのは、ブラニーではなくルークだ。そちらの方が何となく威圧感がある。ドーヴァも一時彼と行動を共にしていただけに、何となく居場所がないような気がした。
「まぁ、てことで、向こうは俺達がこの街にいることを知っている。しかし、シードがシンプソンの息子ってのは、知らないみたいだけどな」
「しかし、それ一寸拙いで、ウチらの間で従姉妹同士で、恋愛ちゅうんは、若干問題やなぁ……」
いとこ同士での結婚などは、割とある話ではあるのだが、彼らの場合そもそも、血のつながりが強すぎるのだ。唯一ドーヴァのみが、クロノアール体細胞の移植者という状況なのだが、ブラニーとノアーという血縁が強すぎるのだ。
「あの様子だと。最終段階まで、もうすぐだなぁ」
まるで蛹になって何日も経っている蝶を観察しているようなドライの口振りだった。
「なんだ?最終段階ってのは……」
究極形態を探るようなオーディンの言い方。
「シンプソンが爺ちゃんになるってコトだよ」
あっさりと、シードとジャスティンの関係を暴露するドライだった。
「あ!アカン!不純や!!そんな、アカンで!俺もたいがいいい加減やけど、一応セシルが二十んなるまで、待ったんや!!!」
以外とこの男は道徳的な観念を待っていた。男女関係は堅苦しいほどきちんとしているようである。
「お前!四年も待ったのか!」
話はずれるが、ドライはコレに驚いた。組んでいた腕を解き、少し前になりながら、ドーヴァの顔を覗き込む。
「あったり前や!大事な女の操を、安く奪ったり、男の欲望だけで奪えるか!そんなことも我慢できん奴は、カス同然や!!」
何故か握り拳を強く握り、力瘤を作りながら、己の眼前に腕を立てる。それを見て、ドライ達はパチパチと拍手をする。
「まして、結婚前に孕ますなんて、最低や!」
ドーヴァは更に力強い。
「私は最低ですか?」
そうである。シンプソンは、ノアーとの婚前交渉で、一発で当ててしまったのである。ドライとオーディンがニヤっとした笑みを、シンプソンに向ける。そして、コクリと頷く。
「そ、そんな酷い……」
「そうそう、真面目な奴って怖いんだよ。切れるととことん切れるからなぁ」
ドライは更に追い打ちをかけるようにシンプソンをからかう。心なしか肩身の狭そうなシンプソンである。シュンとなり、下を向いたままになってしまうのだった。
シンプソンいじりはほどほどとしておいて、話の内容は彼らには重要なものだった。もしドライが彼らに告げていなければ、街でルークと出逢ったとき、口論以上の騒ぎにないかねない。コレで一応の覚悟は出来た。
「ドライ。それぐらいで止めておけ」
と、言ったオーディンだが、彼もまだ、ニヤけたままの状態で、口の端が笑っている。ドライの肩を何度となくポンポンと叩く仕草は、まるでそんな自分を隠すためのもののようだった。
一寸した緊迫感も取れて、彼らが和気藹々としているところだった。外の方から、声をたてながら、誰かがこちらに近づいてくる。
「爺さん!何時になったら、シルベスターのことが解るんだ?!この何日、あんた全然動かねぇじゃねぇか!」
「慌てるでない!」
「冗談じゃない!国じゃ俺達を待ってるんだ!」
その会話は、部屋の前まで来る。そうかと思うと、部屋の扉が開く、少し切れかかっているザインと、五月蠅そうにザインを避けるバハムートが、ほぼ同時に部屋に流れ込んできた。
「済まぬが、こ奴を何とかしてくれ!儂の仕事がはかどらん!」」
バハムートが、部屋に入るなり、彼らの真ん中に立ち、誰に言うともなくそう叫ぶ。
「ドーヴァ」
オーディンが言う。
「え?俺かいな!」
「問答無用!」
ドライが付け足して言う。二人にこう言われてしまうと、ドーヴァはほとほと困ってしまう。
「俺は真面目なんだ!!」
ザインは、三人の間に割って入って、バハムートに掴みかかろうとするが、ドライが澄ました顔で、グイと腕を突き出し、壁を作り、サインをはね除ける。
「まぁまぁ、爺さんも忙しいんや。チョイ頭冷やせ」
ドーヴァは、そのまま蹌踉けたザインを部屋の外に連れ出し、序でに街中まで連れ出す。
「あんた等は、命ってのをどう思ってんだ?こっちは急いでんだ!」
ザインはカンカンだ。つい昨日までは落ち着いていた様子だったが、今日は正反対だ。我慢できなくなったのだ。
「焦っても、どうにもならんてコトがあるんや、そうわめくな」
ザインを街に連れ出したドーヴァは、溜息混じりに面倒くさそうにそういう。足は自然に彼のパトロール経路になっていた。ブラブラとした足取りで、街を行く。そのゆったりした歩き方に、ザインも次第に平静を取り戻す。
ドーヴァの言い分は尤もで、だからこそ力になる者を世界に求めているのである。ザインとアインの力だけでは、どうしようもない。軽く呼吸を入れるザインだった。
「ところで、あんたのコレは?」
ドーヴァは小指を立て、手の甲をザインに向け、軽く上方に突き上げる。
「アインは名工を探しに行った。ドライのグレートソードに、かなり魅せられたようだ」
「ハハ、金もないのに?」
「言い出したら、きかないんだ」
この溜息のつきかたは、先ほどのドーヴァとどことなく似ていた。当人達はその事に気がついていないようだ。しかし知っている人間が見れば、その動作の酷似さに、ぷっと吹き出すことだろう。
ドーヴァはそのまま、パトロールがてら、街を案内することにする。名所や歓楽街ではなく、本当に民家の立ち並ぶ小道や、商店街などだった。
ザインは、言えなかった。目の前に強い男がいるのに、自分の国を救う協力を求めることが出来ない。何故なら彼はこの街を守る義務があるからであり、それは、ザインが国を守りたいと言うことと、同じ気持ちを感じたに他ならなかったからである。シルベスターの何らかの情報が、バハムートから得られる可能性がまだある。彼はぐっと声を飲む。昼には、適当な場所で昼食を取る。それはドーヴァの毎日の行動である。
ルークのことを話し終えたドライ、そしてオーディンはドーヴァと同じくパトロールに出る。シンプソンとバハムートが、部屋に残る。
「お主等、どうするつもりじゃ?」
バハムートは、腰を重そうにソファーに落とすのだった。
「どうと言われましても……」
歯切れの悪いシンプソンだった。彼は、机の書類の整理をしている。サインの書き忘れはないか、等のスペルチェックも行っている。彼の真面目さが仕事をさしてはいたが、本来は家庭的な人間である。用事が済んでしまうと。書類を整え、封筒に入れ、机の引き出しの中に締まってしまう。
「ダイニングルームに行きましょう。ケーキでも食べながら、ゆっくり話をしましょう」
「ウム」
特に異存はないバハムートは、渋い顔をしながらコクリと頷く。彼の渋い顔は元々だ。
ダイニングルームに行くと、シンプソン自ら紅茶を入れる。ケーキもと用意し、ノアーとバハムートの前に置く。それから自分の分を用意した。そして着席する。
「ドライはどう言いますかねぇ。オーディンは?たぶんドライがその気になれば、みんな行くって言うんでしょうけど……」
自分の意志を感じないシンプソンの答えだった。それは何となく解る気がした。この暖かな家族と友の居る生活から離れたいと思う者など居ない。
「子供達には、どう言います?一つの国を救うために、暫く此処を離れる……?皆悠長に旅行を楽しむ立場ではありませんし……。それにみんな怖いんですよ。自分が死ぬことより、誰かを失うことが……、誰かが行くと言えば、皆ついて行きます。それが怖いんですよ」
「私も、そう思います。私も、貴方から離れたくない」
「ノアー……」
「シンプソン……」
二人は互いが惹かれあい、初めて愛し合ったあの熱い夜を思い出す。その喜びは今でも鮮明だった。控えめな二人だが、その分、一度ついてしまった火は、炎となり燃え上がる。二人は立ち上がると、互いに手を取り合い、見つめ合う。シンプソンはノアーの腰を抱え、彼女をテーブルの上に座らせる。
こうなるとバハムートの居場所はない。無表情のまま席を立ち、そのまま部屋の外に出て行く。しかし両手には、しっかりと紅茶とケーキを持っている。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます