第2部 第2話 §5

 ドライは、シードと別れた後、久しぶりに妹の家に寄ることにする。

 セシルの家は、言うなればドーヴァの家でもあるが、白い壁と、柔らかいピンク色の屋根というなんともメルヘンチックな色合いになっている。屋根は、一階の軒まで真っ直ぐな三角屋根である。二階部分のスペースが狭く感じられるが、その分一階が広く取られている。


 「セシル。俺だぁ、お兄さんですよぉ」


 と、とんでもなく惚けた声をだしながら、ノックをする。すると、小走りにパタパタと足音を立てながら、一人こちらに向かってくる。


 「兄さん。どうしたの?」


 そういって、嬉しそうなセシルがドライを迎え入れてくれる。すっかり大人になっているセシルだった。ドライはよく思った、恐らく彼女も思っているだろう。その姿は亡き母に生き写しになっている。


 「不倫……」

 「いいわ、一時間くらいなら……クス……」


 セシルもドライのくだらない冗談に付き合いながら、二人でリビングに行く。


 「ジュリオ!『オジサン』が遊びに来たわよ」


 酷くオジサンを強調するセシルだった。こう言うとドライが怒るのを知っているが、それが面白い。


 「それはやめろよ。鏡を見て皺を数えちまうじゃねぇか」


 コレガ自分のくだらない冗談に対する仕返しだということはドライも分かっており、苦みの混じった笑みを浮かべて、人差し指で軽く頬を掻く。


 「ドライだぁ!肩車!」


 勢いよく走ってきたジュリオに、ドライはしゃがみ込んでこれに答える。


 「だめよ!もう十歳になって……」

 「だってパパのより高いんだもん!」


 理由は単純だが、ドーヴァがいたらこれは、酷く彼が怒るだろう。完全に拗ねてしまう。現在セシルの方が、若干身長が高い。ドライはゲタゲタと大声で笑い出す。それから、ジュリオを肩車する。彼はお構いなしに、ドライの毛をひっ掴みながら、見慣れない位置からの部屋の景色を堪能する。しかし、ぞれで気が済むのだ。合図にドライの頭を軽く三回ほど叩く。


 「ドーヴァはまだ仕事か?」


 ドライは、彼を下ろしながらそう訊いた。


 「うん。何にする?ビールが冷えてるわよ。ワインもいいのが入ったのよ」

 「酒はイイや。それより、今日は、ただ一人の肉親として、ちゃぁんとした話をしなくちゃぁいけないしな」


 ドライが、表だって、あえてこの言葉を口にすると言うことは皆無である。ソファーに座った彼はくつろいだように見えるが、その言葉で軽い雰囲気は、一気に消し飛ぶ。


 「ジュリオ。もう寝なさい。パパが帰ってきたら起こしてあげるから」

 「うん」


 ジュリオは素直だ。セシルがいるのだから、彼の教育上の問題は、心配に及ばずだ。


 「どうしたの?」

 「オメェ。死ぬほど憎いって思ってる奴。今いるか?」


 そんな感じのドライは、二十年ぶりだ。雲に語りかけるような声。もしもの場合を覚悟している眼孔。そしてその視線は誰にも向けず、壁の方を見ている。もし彼の目がセシルの方を向いたときは、それに対して行動を起こすときだ。


 「や、やぁねぇ、物騒なこと……」


 セシルは、なにか忘れた用事がないか、またはソレを思い出そうとするかのように、ドライから目をそらして、ソワソワとしだす。


 「ノアーは?」


 かなり間接的な言い回しだった。周囲を不愉快にさせるイヤな声だ。セシルが一番嫌いなドライである。


 「やめてよ!いいじゃない。昔のコトよ。どうして今更……」


 しかし、セシルはそれに気がつく。


 「ジャスティンさぁ、良い奴なんだよなぁ。可愛くて……。彼奴等の娘にしちゃ出来過ぎなんだよ。俺自身、マリーのことや、オヤジお袋のコトって、もう恨む気なんて、無くなってた。もういねぇんだって思うと、まだ、ぽっかり穴があいた気分になっちまうが、だからどうってのは、もう無くなってた……かな」


 「ジャスティンて、兄さんを助けてくれた?!そのご両親……て、まさか、ブラニー……、ルーク=アロウィン?!」


 セシルはすぐにそれに気がつくのだ。ドライの物騒な一言で、彼女自身憎む相手など、ほぼそこにしか絞ることが出来ないためだ。


 「ああ」

 「この街にいるの?!」

 「俺さぁ、今怖いんだ。オメェが何かしでかすんじゃねぇかって、そうなったら、彼奴どうなっちまうのかなって、でも同じくらいに、両親無くしたお前なら、解ってやれるかなってよ」


 ドライはそれだけを言うと、すっと席を立った。


 「言わなければ、解らなかったのに!兄さん私をけしかけてるの?!」


 ハッキリしないドライにセシルは苛立った。元々キッチリとかたをつけなければ、気が済まない性格だ。ルーズなのは、嫌いなのである。しかしそれより、ドライが自分に対して、気を使っているのが一番イヤだった。自分がドライにとって気を使わなければならない存在なのかと思うと、そんな自分に腹立たしくなる。


 「そうじゃねぇよ。何れ解ることだ。それによぉ、シードの奴がベタ惚れでさぁ、まだ半月も経っちゃいねぇのに、彼女の両親に挨拶に行くだの、紹介するだの。近々みんなにもきちんと顔見せするだろうし、そうなったときに、オメェ、ルークが突然顔だして見ろ、一番パニックになるのは、誰だぁ?」


 すっとセシルの額に人差し指を当てる。そしてツンツンとつつく。ドライの顔が漸く綻ぶ。思ったより、感情的にならなかったセシルにホッとした様子を見せる。


 「許せっていえねぇけど、せめてジャスティンの前じゃ、その顔はしてやんなよ。んじゃ」


 セシルの表情には、嫌悪こそ残るものの、思いのほか憎しみが溢れなかったことで、ドライはほっとした。そしてそう言う自分に気がつく。だからこそ、少し茶化した感じで、セシルの額をつついたのだ。


 「ええ」


 用事を済ませたドライはセシルの頬にお休みのキスをして、彼女の家を出ることにした。彼を送ったセシルも、ホッとした顔をする。

 盗賊を追い回しているときよりも、疲労感に見舞われる。少し空を向いて、ふっと息を吐き出すドライだった。




 ドライが次に向かうのは、オーディンの家だ。

 彼の家の戸をノックする前に、軽く息を吐く。溜息に等しい感じだ。コレばかりは面倒くさがりのドライでも、適当に済ませることは出来ない。


 「はい!まぁ、ドライ。こんな時間に……、さぁ、中に入って」


 ニーネがほっそりした指先で、彼の腕を軽く掴み、家の中へ引き込む。ニーネはドライが尋ねると、いつでもこうしてくる。以外に積極的な彼女に、ドライは少しペースを乱され、照れてしまう。


 「あなた。ドライが来たわよ」

 「そうか、じゃぁ、キング・オブ・モナークの続きが出来るな」

 「って、コトは、シンプソンとドーヴァも来てるってコトか……」


 ドライが喋りもって、リビングに着く。予想通りドーヴァは居たが、シンプソンは居ない。そのかわりサブジェイが居るし、レイオニーもいる。


 キング・オブ・モナークとは、それぞれが一国の平民から始まり、国王をめざし……、といったよな感じの半永久的に続けることの出来る双六である。ゲームブックや、テーブルトーク、シミュレーションに近い要素が多数ある。

 サブジェイが代わりに、シンプソンの駒を動かしている。


 「げ!くそ……、いや、オヤジ……」

 「何だ。オメェ、ココに居座ってたのか……」

 「まぁええやないか。今日は比奴が主役なんや」


 と、ドーヴァがドライが来たのを不服そうにしているサブジェイの肩をポンと叩く。そうするとサブジェイもイヤとは言えない。


 「ま、いいか」


 ドライは、サブジェイを目の前にして、ルークの話を持ち出すことが出来なかった。今夜はサブジェイの誕生日祝いを込めて、少し夜更けまでゲームを楽しむことにする。

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