第2部 第2話 §4
その日、ドライは燥ぐのをやめたものの、一日中ニヤついているドライがいた。周囲から見てどことなく気持ち悪い。どうしたのか?と、訊ねるのも、気が退ける。
任されたジャスティンも、シードの家に戻ると、ペンと紙をテーブルに持ち出し、早速名前を考え始める。
仕事を終え、家に帰ったドライ。早速その事をローズに報告する。今夜の食事は、点心と中華蕎である。ずるずると麺を啜るドライ。ちなみにオーディンは未だにこのズルズルになじめない。
「ジャスティンに?」
「ああ、ダメか?俺がいまこうして、目出度い気持ちでいられんのも、彼奴のおかげだしなぁ、つい、口からでちまった」
食事をしながらの会話となる。サブジェイは一向に帰ってこない。まぁ、そんなことは気にせず、話を続ける。
「うん。特に反対はないけどねぇ。でも良いの?」
「なんで?」
「言おうと思ってたんだけどねぇ、ドライには……」
「なんでぇ、ハッキリしねぇなぁ」
「ジャスティンて、誰かに似てると思わない?」
「似てるって……んん……」
ドライの箸が動きを止める。そういえば、違和感のない顔だ。顔なじみという感じすら伺える。会話をまともに交わしたのは、今日が初めてだ。ドライの方は何度か、彼女をみかけている。それに彼女もドライを知っている。話しかけるのも、別に不自然ではない。彼の頭の中に、知り合いの顔全部が出現する。その間、箸は再び動き出す。当然残ったのは、ノアーだ。
「ノアーに隠し子か!?」
「何でそうなんのよ!ノアーと言えば?!」
ローズは、馬鹿馬鹿しい発想に椅子ごと後ろにこけかけるが、何とか持ち直す。
「ノアーと言えば、シンプソンに決まってるじゃねぇか」
「じゃなくて!」
「んだよ、面倒くせぇなぁ!食うぞ、麺がのびちまう」
と、ずるずると麺を啜りまくるドライ。自棄食いっぽい。意識をラーメンに向け始めたときだ。
「もう……。彼女は、ブラニーの娘なの!!」
ローズの一言で、ドライは麺を一気に吐き出す!鼻から一本はみ出した麺が、間抜けだ。その状態で、ローズをゆっくり見上げる。
「は?」
「は?じゃないの。あの娘はね、まぁ一寸した経緯は知ってるけど、ホント、姉さんのコトとか、知らないのよ。いい娘でしょ?だから反対はしないわ。ほら!口拭いて、鼻から麺が出てるわよ」
「あ、ああ」
全くもって思わぬ展開になってしまったと、彼自身面を食らうのだった。
少し、ローズと擦った揉んだとしたのちに、ルークの居場所をローズに教えてもらうと、ドライは彼に顔を見せに行く。何をどうしようと言うわけでもない。いまさらマリーのことを責め立てる気もない。ホテルに着いたドライ。豪華なフロントである。ドライが入ると、支配人らしき男が即行に出てくる。
「コレはサヴァラスティア様。当ホテルによくお越し頂きました」
「あぁ、別に泊まりに来たんでも、苦情が出た訳じゃねぇ、ちょっと昔の知り合いがいるって聞いてよ。ルーク=アロウィンて男が泊まってるなら、呼び出してくれねぇか。ドライが会いに来たって……」
ドライは手数料代わりにチップを彼の胸ポケットの中に簡単に放り込む。もちろんその様なことをしなくとも、十分事は運ぶ。本来なら宿泊客のプライバシーに関しては、守られるべき事なのだが、この街の権力者であり、創設者の彼らとなれば、ソレも別の話となる。
ドライは、フロントにあるソファーに腰を掛け、ルークを待つことにする。
暫くすると、ルークが一人でやってくる。酷く警戒していたが、ドライが剣を所持していないのを見ると、そういう意味合いでないことは、すぐに理解でき、ホッとした様子を見せる。昔から用心深い男だが、ココまでありありと警戒する様は見せたことはない。
「よぉ」
声を先にかけたのは、ドライだ。感情的に、少しぎこちないが、十分にリラックスしている。
「ふぅ。もう止めたんだ」
ルークは、そう言いながらドライの正面に座った。何も言わないのに、低いテーブルの上には、水割りが用意される。しかも二人分だ。
「俺だって止めたさ。金だけのための殺しも、快楽を得るためだけのセックスも、すさんだ生活も……、土産だ」
ドライは左胸の内がわに、手を突っ込み、漆で艶やかに黒く光ったケースを取り出し、そっとルークの前に差し出す。
「葉巻か、それも止めた。娘が五月蠅いんでな」
ルークはスコッチの水割りを遠慮無しに飲む。
「そういえば、近所に家が新築されてんなぁ、セントラルの地価は高いってのに、変だって思ってたんだ。たいがい金持ちが一度や二度覗きに来るんだけど、それもねぇし……」
「そんなところに建っているのか!お前の家の側だと?!冗談じゃない!」
「おめ……、自分の家だろ?」
「娘に任せたんだ!」
「ジャスティンに?」
「なんてコトだ?!Oh my god!」
真剣に怒っているルークだった。しかし娘に対しては、甘いのでどうすることもできない。
「にしても、テメェの娘にしちゃ、出来てるじゃねぇか」
「うるせぇなぁ、冷やかしなら帰れ!」
ルークは席を立つ。先日のローズの反応と同じく、ドライはルークに対し、敵対心を抱いていない。それが解っただけでも、顔をあわせた甲斐があったという物だ。だが、これ以上馴れた様子で顔を付き合わせる相手でもない。互いに何処かしらむず痒くなってくる。
その時である。ホテルの入り口の方から、レイオニーを連れたサブジェイが、入ってくる。ルークの目が点になる。一度ドライを見た。それからもう一度、サブジェイを見る。ドライはその奇妙な様子に気がつき、彼の視線の方向を見る。息子である。
「あのバカ……、よりによって何でココに来るんだよ」
ドライがルークに聞こえないように、ボソリと呟く。そんなドライの様子で、すぐに彼との関係を把握するルークだった。ストンと腰を下ろし、腹を抱え息を殺しながら肩を上下させている。
「ククク……アハハハ!!」
ついには、堪えきれずにふんぞり返って大声で笑い出す。何がおかしいかというとこれ程おかしいことはない。コピーとしか言いようがない。それが自分たちに近づいてくるのだ。しかし本人達の様子から、ドライに気がついていないようだ。しかし、ルークのバカ笑いで、サブジェイもレイオニーも、それに注目したついでにドライが其処にいることに気がつく。
「げ!クソオヤジ!!」
いかにもばつが悪そうなサブジェイ。一歩退く。一緒にいるレイオニーも、少し顔が赤い。
「な、なんでココに来るんだよ!」
ドライの方も何だか都合が悪そうである。ルークにだけは、知られたくなかった。他には一向に構わない。
「おいボウズ」
そんな二人の間に入って、ルークがサブジェイに声をかける。横柄なルークの態度に、少しムッとするサブジェイだが、オーディンよりこちらの方が、いかにもドライの友達らしく見える。黒い瞳の奥に、ギラリとした表情を持っているルークだ、見つめられると、あらゆる意味で、ドキリとする。
「な、何だよ」
生意気にも、それに対抗しようとするサブジェイ。
「今からその女とするのか?」
右手の人差し指と親指で輪を作り、其処に立てた左手の中指を、すぽすぽと、何度か潜らせる。教育上非常に悪いジェスチャーだ。
「そ!そんなんじゃありません!」
爪先立ちになり、大声で怒鳴るレイオニー。完全にその気はないと言われたサブジェイとしては、少し複雑な気分だが、今日の目的は確かに違っていたので、ココは我慢する。
レイオニーの潔癖な反応に、ルークは残念そうに黙り込んでしまった。
「今日は、サブジェイの誕生日なの!ドライは忘れたの?!」
顔を赤くしながら、説明と説教をするレイオニーに、ドライはハッとする。他にも嬉しいことがあったために、すっかりその事を忘れていた。
「五月五日か!わりぃ!すっかり忘れてた」
「気にしてねぇよ!去年もオヤジは家にいなかったしな」
「えらく不調和だな」
ここぞとばかりに、ドライに突っ込みを入れるルークだった。
「テメェは黙ってろ!」
ルークの頭を突き刺すように頭上から怒鳴るドライ。
「俺はレイオとデートしてんだ!邪魔すんなよ!それからココには飯食いに来ただけだ!いこうぜ」
「うん」
デートと言い切ったサブジェイの言葉に、はにかむレイオニー。強引に連れて行く彼に、素直について行く姿が何とも初々しい。
「今夜彼奴等ヤルな。賭けるか?」
「そりゃねぇよ」
ドライは、酒を一気に飲み干し、コレをキッパリと否定する。ドライが酒を一気に飲み干すというのは、もう帰ると言っているのに等しい。
「なんでだ?言い切れるのか?」
「彼奴の父親はオーディンだからだ!」
二人が一瞬でもそうなりかけたことを知らないドライは、自信満々である。
「へぇ……」
それが二人の交わした今夜の最後の会話だった。ドライは、シードのことをルークに言いそびれた。が、まぁいいかと思っている。二人が好きあうのを引き裂くような話は、馬鹿げている。それに拘るルークでもあるまい。ドライが帰り道を歩いていると、シードとジャスティンがやってくる。何だか楽しそうな様子である。それも当然だろうが……。
「ドライさん!」
「よぉ。オメェ等もデートか?」
「ちょっと違いますが……。で、他に誰か?」
「ああ、うちのバカ息子がなぁ、レイオと……で、何処行くんだ?」
「はい。彼女の両親に一度きちんとした挨拶をしておこうと思いまして……」
一瞬、「ふうん」と頷きかけたドライだが、二人が動くには、少しまだ準備が足りない。
「ちょ、一寸待て!その前に一杯つき合え!!」
ドライは二人を制止する。そらから、二人はドライに連れられ、酒場に行く。カウンターの中央辺りに、三人席を並べ、座る。店内は割と明るく、それなりの賑わいを持っている。場所的に高級感も少し伺える。ジャスティンは、グラスを握らされ、其処に、なみなみと酒を注がれる。基本的に未成年は禁酒だが、ドライが白と言えば白になる。シンプソンなら一応細かいことを言うが、シードはそうではない。ジャスティンに勧めながら、コクコクと軽く飲み干す。
「まぁ、何だ。一応オメェは、市長の息子ってポジションだからなぁ、おまけに、そのよぉ、副市長ってコトだろ?」
「一応とか、コトとか……」
まるでそれが役柄のような言い回しに、シードは苦笑いをする。そして、ドライが普段の彼らしくないことに気がつき、すぐに真面目な顔つきになる。
「反対ですか?」
思わずそんなことを訊いてしまうシード。大抵のコトならば、笑って見送ってくれる男なだけに、一抹の不安を覚えずにはいられない。
「じゃねぇけどよ。いきなりってのは……、ホラ、やっぱいろんな面子に話したのか?オーディンやら、ドーヴァやら……。第一シンプソンには言ったのか?」
「父は後からでも十分ですよ。でも、やはり……、いや、第一に報告すべきは彼女のご両親ですよ」
「まぁ、物の道理ってのも、ワカラネェでもないんだが、ホラ、大人ちゃんの都合ってやつさ」
「珍しいですね、ドライさんがそんな形式ばるのって」
少し勘ぐった表情で、ドライの顔を覗き込む。普段裏表のない人間なだけに、ドライはこういう嘘が一番苦手だ。シードに覗き込まれると、ぎこちない反応を見せる。一生懸命言い訳を考えているのだ。と、その時であった。ジャスティンがドライに絡んでくる。
「ゴメンなさぁい!私、ドライさんが大怪我したときに……、グスングスン……」
お酒が回ったらしい、とんでもない泣き上戸である。シードを飛び越えて、ドライの胸の中でワンワンと鳴き始める。ドライはその拍子に、ジャスティンを胸の上に抱えながら、斜め後方に倒れ込む。
「あーん!あーん!私こんな酷い男なんかしんじゃえってぇ!」
もう、胸が涙でビッショリと濡れてしまう。それでも構わずジャスティンはドライの胸にホホをこすりつけて、延々と泣き続ける。
「ゴメンなさぁい!」
「わ、解ったって!んなこたぁ怒っちゃいねぇから!ホラ!良い子だから……」
「そんなこと言って!私のこと、嫌いなんだわ!」
こうなると質が悪い。何を言っても卑屈に考え自分を責める。ジャスティンの泣き声で、周囲の人間がドライをじろじろ見ている。
「へぇ、ジャスティンは、泣き上戸なんですねぇ」
シードが上から、まるで他人事のようにそれを眺める。そして彼女の新たな一面を発見し、得をしたような顔をしている。
「て、テメェの女だろ!傍観してねぇで何とかしろ!」
ドライが怒鳴ると、ジャスティンはますます泣き出す。
「やっぱり私のこと!」
「解った解った。大好きだから、もう泣くな」
ドライは弱り果て、あきらめの心境で、そういう。ジャスティンの頭を数回撫でてやる。
「よかった。赤ちゃんの名前、考えなきゃ……」
すると、最後に漸くそういって、静かになってくれた。アルコールも完全にまわり、ジャスティンはそのまま眠ってしまう。だが、そのおかげで、二人をルークに会わせずに済む。少し騒ぎになったが、結果オーライである。
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