第2部 第2話 §3
それから二日ほど経つ、ドライは全回とはいかないにしろ、ベッドの世話にならずに済むほど回復した。暫くは激しい運動も出来ないが、スタジアムに顔を出し、「人並み」に、身体を動かしている。全てをバハムートに任せることにしたザインとアインもスタジアムに連日来ている。そのアインの目を引いたのが、ドライのもっているブラッドシャウトである。グレートソードであり、刀身も柄も鞘も真っ赤であり、美術的に素晴らしい装飾が施されている。世界に二つとない逸品である。オーディンの持っているハート・ザ・ブルーも、同じように素晴らしい剣であるが、アインリッヒはロングソードには興味がない。
「よぉし!。おめぇら!オールレンジ勝ち抜きやるぞ。勝った奴は……、何しようかな?!」
「俺!死ぬほど高い酒飲みたいっす!」
すぐに誰かがそう答える。
「それで決まりだ!」
ドライは、フェンスに近寄り、壁に出ている出っ張りをポンと押す。すると、スタジアムの外が、パァッと、明るくなる。それを合図に、全員が敵味方なく互いを殺し合う。その惨さに、ザインは青くなるが、ドライは平然とコレを眺めている。
「おい!やめろ!」
「落ちつけって、死んだ奴は、消えてあそこ!」
ドライは、斬られた人間を指さし、次にスタンドを指さす。其処には、斬られた人間が次々と姿を表している。
「魔法のからくりでよ。負けた奴は、場外に放り出される。その証拠に斬られた奴を見ろよ」
「姿が消えて行く」
ザインは、姿を消した人間をスタンドに求めると、ちゃんと其処に存在している。負けた人間は、非常に悔しそうだ。暫くすると数が限られてくる。ドライがその中の一人に声をかける。
「ボブ!たまには若い奴に、譲ってやれよ!」
ボブとは、シンプソンが孤児院をしていたときに、その中にいた一人に少年だ。
「負ける奴が悪いんですよ!」
会話をかわす余裕がある。しかしそんな彼も、ほぼ全員にマークされ、あえなく其処から姿を消してしまう。ドライが声をかけたせいで、ターゲットにされてしまったのだ。その中で、一人の青年が漸く勝つ。すっかり息切れをして、その場に座り込んでしまう。
「良くやったぜ。後で俺がたらふく奢ってやっからよ」
「酒はいいっす!それより、それより俺、来月彼女が誕生日なんすよ」
息を切らせながら、そんなことを言う。
「なんだ?おめぇ、俺にプレゼント買わせる気か?」
「ボーナス下さい」
と、俯きながら手を差し出す。現金な奴もいたもんだと、ひきつった笑いを浮かべるドライだった。
ザインは、この街が、少し他の街とは違う文明を持っていることに気がつく。文化レヴェルの差とでも言おうか、一般には感じられないが、こういう部分でそれを感じた。
だが、アインはそれにもお構いなく、ドライの剣ばかりを見ている。夕方、家に帰るときもそうだった。
「ただいまぁ」
ドライは、ザイン達を連れて家に帰る。ダラダラとしたドライの声が聞こえると、ローズがエプロン姿で、彼を迎える。二人はドライが玄関に入ったくらいに、丁度顔を会わせる。
「お帰り、やっぱり連れてきたわね」
「へへ、で、馬鹿は?」
「何かしらねぇ。今日一日中、ドーヴァにくっついてたみたいだけど?まだ帰ってないわ」
「ふーん、ま、いいや。飯にしようぜ」
「もう準備できてるわよ」
ローズは背中を向け、さっさとダイニングルームに向かう。ドライは、その後ろを着いて行く。その後をアインとザインが着いて行くが?
「アイン。お前何やってんだ?」
ザインが訊くと、アインは我に返る。しかしすぐに、ドライの背中に視線が行くのだ。ダイニングルームに入ったドライは無造作に壁にブラッドシャウトを立てかける。アインは食事中も、ちらちらとそれを眺めている。
ドライが言った。
「一寸くらいなら、さわらせてやってもいいぜ」
しかし、彼は食事に釘付けで、それ意外なにも見ていない。
「ホントか!」
逆にアインは、食事そっちのけで、剣をさわり出す。ザインは、新しい玩具を手に入れたように喜んでいるアインに呆れる。
アインが手にしたブラッドシャウトの感覚は、予想より重いということだった。グレートソード自体重い物だが、それに輪をかけて重い。見た目以上に、二つとない逸品であることが、ひしひしと感じられた。その感動に、一寸目が危なくなっている。
「いっとくが、やれんぞ」
「解っている」
しかし返事は上の空だ。
「アイン。お前はのめり込むとあれだな。それっきゃ目にはいんねぇんだから」
ザインはもう一度呆れる。
その後、お酒などが食卓に並び、親睦会的な様子になったが、結局サブジェイは戻らず仕舞いだった。ザイン達は、シンプソンの家に戻ることになる。家には久しぶりにドライとローズの二人きりである。する事がなくなってしまうと、二人は決まってベッドの上だ。
「変わった二人だったわねぇ」
ローズが仰向けに寝ているドライにキスを求めながら、今更ながらそんなことを言う。同感であると言いたげにドライは微笑み、ローズの背を抱きながら、彼女を組み敷く体勢になろうとするが、ローズは、すっと背中を向ける。
「今日は気分じゃないのか?こっちは一週間ぶりで、狼になりかかってんだぜ……」
しかしローズを責めず、虐げず、迫らず、彼女の背中から抱きしめ、少々のお強請りをしてみる。首筋から肩口にかけ、チュッチュと、キスをする。
「OKよ。でも、激しくしたら、ドライのお腹、破けちゃうわ」
「大丈夫。ゆっくりと……」
「ん……」
ドライの両手が、ローズの身体の上でざわめきだす。ローズは敏感に反応し、官能的な声を上げる。
「ん?」
ドライの手が、ローズの腹部の上に来たときだ。彼は何か違う女性の腰を抱いた感じになる。気のせいか?少し引き寄せて、抱きしめる。
「もう少し……下」
ローズは、強引に彼の手を取り、熱くなっている自分に触れさせる。ドライは、暫く利き手で彼女の希望通りに、コトを進める。
「はぁ、イイわ」
悩ましげに、自分を愛してくれたドライの右手を取り、顔に近づけ親指の付け根を少し強めに噛む。
「一寸待った。オメェ、何か隠してねぇか?」
ドライは、左手でもう少し、彼女の腰回りを探る。何となくローズを抱いている気がしないのだ。その動きは次第に彼女のお臍より少し下に、集中し始める。掌でゆっくりとその感触を確かめた。
「何も隠していないわ」
ローズはドライの右手も解放する。ドライは両手で、彼女のお腹を抱く。するとローズも、求めるのをやめ、その手の温もりに意識を集中する。彼の両手の甲に自分の両手にかぶせた。
「一週間で、こんなにかわっちまうのかなぁ」
少し何かに感づきはじめたドライに、ローズは少し彼の答えを待つことにした。そしてクスクスと笑いを堪えている。
「うーん。まさかなぁ、ありえねぇよな。魔法でちゃんとガードしてるんだし……」
「いってよ」
「いや、まさか……」
「じれったいのって、ドライらしくない!」
ローズのほうも痺れを斬らせはじめた。一寸ぷんぷんと怒った様子になる。暫く、時間と空気がゆっくりと流れる。それからもう十数秒。
「おめぇ、妊……娠、して……るのか?」
ようやくそこで、自分の思っている事を口にする。ドライだった。
「うん」
それ以上は、思わせぶりな態度をとらず、素直な返事を返すローズだった。
「何ヶ月目だ?」
「四ヶ月目……」
しばしの沈黙が流れる。
「………………、いっか。馬鹿も手がかからなくなったし……」
どうしてローズがその心境に至ったのかは分からない。だが。何か思うところがあったのかもしれない。時期に関して特に拘りがあった訳では無いが、それに関しては、ドライがすでに口にしている通りだ。
「ゴメンね。でも欲しかったの……」
ローズは決して、それが寂しくなったわけでは無かったのだ。言ってしまえば無性に、そして衝動にそう思ったのだ。
謝ったのは、子共が出来たことでにではない、三ヶ月以上もそのことを言わなかったことだ。
「オレ、女がイイなぁ」
「それは生まれてからのお楽しみ……」
「今度からは、ちゃんと言えよ」
「うん……」
などと、少し妄想を繰り広げてみる。
ドライは、ローズを抱きたかったが、今日は自分で確かめた彼女に宿った新たな命の感触に喜びを浸していた。
「双子もいいな」
「クス……」
最後に、照れくさそうにそう言ったドライに、ローズは、おかしげに笑う。
ローズは、ただ吃驚するドライが見たかったのだ。そのうち気がつくことだが、予想より早く気がつき、彼女のプランは少し狂ってしまった瞬間でもある。
翌日のドライは、それはもう凄かった。剣を振り回しながら、議事堂に向かう始末である。途中で傷が傷み、腹を抱える姿もあったが、次の瞬間には、起きあがって、飛び上がりながら、道を行く。
「ドライさん。どうしたの?楽しそうにして」
通りの真ん中で、通り過ぎるドライに声をかけたのは、ジャスティンだった。
「おうおう!俺、父親なんだぜ!」
「はぁ……」
サブジェイという息子がいるのに、何を訳の解らないことを言っているのだろうと思うジャスティンだった。
馬鹿に浮かれているドライは、ジャスティンの肩をぐっと引き寄せ、まるでこれから強引に誘った友達と飲みに行くように、彼女の進行方向を変え、歩き出す。頭の上で豪快に振り回しているブラッドシャウトのおこす風が、周囲の人々の上にそれが舞っている。とても五十に手の届いている男の姿には見えない。
それにしても本当に嬉しそうだ。ジャスティンは少し付き合ってあげることにした。ドライを確かめたかった。
「オメェにゃ、世話んなったし!なにせ命の恩人だからなぁ!いっぱい奢るぜ」
「そ、そんな、私……」
内心ドライを死んでしまえと思ったあの瞬間を、考えると、素直に喜べない。俯き加減になる。それにしても馬鹿に陽気だ。この調子では本当に朝から飲みに連れて行かれそうだ。
「てれんなって!そうだ!なるか?」
「なるって?なんですか?」
「名付け親だよ!」
「名付け親?」
「そうだ!って、まだローズにもソーダンしてねーけど、文句無しに、決まりだな」
「な、何の話か、わ、私」
「は?聞き逃したのか?ったく仕方のねぇヤロウだなぁ」
ドライが足を止める。と、浮かれるのもやめてしまう。改めて考えると、一応世間的には、高齢だし、夫婦生活はまあ良いとして、子作りとなると、そう言う年齢でもない。いままで、二人目を作らなかったのは、ローズさえいれば、まぁ、子供が一人いたら、家庭的かな?などと思ったからであり、それがローズの希望でもあった。正直なところ、二人はサブジェイを愛している。しかし、それ以上に二人は相思相愛だ。互いが向かい合う充実感が強すぎたのだ。つまり、十分満足出来る環境だといえた。あと、サブジェイのことで色々忙しかった。ここ一、二年。サブジェイは、すっかり二人から離れてしまった。簡単に言えば一人前になってしまったのである。
何となく物寂しくなったそんな状況が、きっとローズに強烈な母性本能を高まらせたに違いない。
ドライもそうだ。昔は子供なんて、と煩わしく思っていた筈なのに、コレである。急に浮かれていた自分が恥ずかしくなる。
「ちょ、チョイ茶店よろうぜ」
何だか、急に照れまくったドライが、ジャスティンの手を引きながら、喫茶店に入る。
「はぁ」
ジャスティンは、断りきれず一緒に入ることにした。二人の座った席は、入り口の近くにある向かい合った二人掛けの席である。ドライは背を丸めている。
「そ、そ、その。ローズがよぉ、こ、こ、こ、子供もう一人、産みてぇって……、で、いや、子供出来たって、解ったのが夕べで、もう四ヶ月で……、アホだ俺はぁ。五十いくってのに、ガキ一人で、何はしゃぎまくってんだか……。べ、別になんてコト、ねぇさ!だろ?そうおもうだろ!」
ソワソワしている。非常に落ち着きがない。彼は自分らしくない喜びように戸惑っているのだ。騒いでいるから楽しいとか、友達と話しているから楽しいとか、ローズがいるから嬉しいとか、そういう感覚ではないためだ。一度サブジェイの時に、経験はしているが、その嬉しさが久しぶりであるため、元々落ち着きのない性分がもっと落ち着きをなくしているのだ。
「え?ええ……ん?」
この時ジャスティンは、ドライの言っていることに気がつく。
「うんん!そんなことない!凄くステキ!女の子?男の子?」
「俺は女がいいなと思ってんだけどよぉ」
「そっかぁ、いいなぁ。赤ちゃんかぁ」
彼女はすっかり想像に任せている。自分のことではないのに、ぽぉっとした様子になり、目を細めている。そういう生活的な暖かみにある話に、触れたことがない彼女は、余計に感動している。
「あ、あんまり大きな声で言うんじゃねぇよ」
迷惑そうにそう言ったドライは嬉しそうだ。それが正直な気持ちだ。ジャスティンから視線を外し、窓の外を見る。ジャスティンが、ステキだと言ってくれたことで、少し気分が落ち着く。兎に角自分らしくない自分を、どうにかしたかったのである。
サブジェイが出来た時には、もっと酷かった。上機嫌で町中を歩き、顔見知りに出くわしては、「子供が出来た」を連発して、彼らの背中を叩く。必要以上に馬鹿騒ぎをしたものだ。
「ドライさんて、子煩悩な方なんですね」
と、言われてドライは顔を赤くする。
「ば、バカヤロウ。ガキなんざ、ベ、ベ、別にウレシかねぇよ」
拗ねてみるが、嘘バレバレである。コーヒーをずるずると啜る。サブジェイが子供の頃に、とんでもない親バカぶりを発揮したのはこの男である。オーディンもドーヴァも、それを良く知っている。彼らに言うと、祝いの言葉もあるが、そういわれるのは目に見えている。
こういうひねくれ方は、ルークにも見られる。ジャスティンには十分すぎるほどドライの内心が解る。要はクールでありたいのだ。しかし、オアシスを知った彼らには、もはやそれは不可能である。
「まぁ、考えといてくれよ」
「本当に?私で良いの?!」
「巫山戯たのはやめろよな。それから、男の名前ってのもやめろ。縁起でもねぇ」
と、ドライは、金貨(100ネイ=1万円相当)を一枚置いて、喫茶店を出るのだった。
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