第2部 第2話 §2

 その頃シンプソンは、バハムートと顔を会わせていた。二人の前には、自家製のチーズケーキと、香り立つ入れたての紅茶がある。


 「そうですか……」


 バハムートの話を聞いたシンプソンは、夢物語の最終章を読み終え、現実に引き戻されたような、返事をする。


 「うむ」


 確実に現実を見つめている、バハムートの冷静な返事。


 「そろそろ。ココを離れる時期が来たのかも知れませんね」

 「それはちと、過言じゃろう?子供達も、まだまだこれからじゃ。時間もある。ドライが怪我をしたことで、ドーヴァもオーディンも引き締まっておる。万が一があっても、死ぬ者など居るまい」


 「物騒ですね。あまり強い敵はゴメンですよ」


 といいつつも、何処と無しに余裕があるシンプソンだった。実のところ恐怖心はあまり感じはしなかった。ドライが死にかけたときは、流石に焦ったが、バハムートの言葉通りそんなことは滅多に起こるものではない。シンプソンとバハムートは、紅茶を一口ずつ飲む。


 「ドーヴァのことどう思います?」


 シンプソンが話題を変える。あながち関連性がないとは言えない。彼の私事だ。


 「気がつかんのかのぉ。目も髪も同じじゃろうて。顔立ちもようにとるのに……」

 バハムートは、ドーヴァの鈍感さに酷い溜息をつく。


 「ザインバームさんの事情を知らないのですから、まさかあの年齢で六十を越えているとは、思わないでしょう。普通は……、それに、ドーヴァもあの童顔で、もう四十になりますからねぇ」


 「それはお主等全員に言えるコトじゃ」

 「ですかね……」


 何だか茶飲み友達と化している二人の雰囲気だった。二人ともまた紅茶を飲む。

 場所は一変する。セントラルハイスクールのキャンバス。芝の生い茂る庭。大木が一本ドン!と生えている。その下でサブジェイが半死人のように腹を抱え、白目をむきかけていた。彼のお腹の虫は、もうピークに達していた。


 「レイオの奴……、誘っておいて何だよ」

 と、横になったり晴天の空を眺めたり、ゴロゴロしながら気を紛らわしている。挙げ句の果てには、目の前の草を眺めながら、一言。


 「美味そう……」

 「何してるのよ。一寸待ったくらいで……」


 レイオニーの登場である。両手で大包みを持ち、サブジェイの真後ろに立っている。彼がそれに気がつき、彼女を見上げると、レイオニーはストンと腰を落とし、包んでいたクロス(風呂敷)を広げ、段々に重ねたハコをそのクロスの上に並べ、次々に蓋を取り始める。その中からは、弁当定番のメニューがゾロゾロと出てくる。


 「おお!おお!」


 両手を弁当に差し伸べながら、何か神々しいものを見つめるように、震えている。


 「ほら、ローズがドライにつきっきりでしょ?たまには、いいかなって……」

 一寸恥じらったレイオニーが何ともかわいらしい。だが、サブジェイの目は弁当に向きっぱなしである。何はともあれ、サンドイッチに飛びつく。


 「頂き!」


 口に放り込むか、どちらが早いかというタイミングだ。次々と口の中に放り込む。唐揚げやら、ウィンナーやら。


 「へぇ、オメェが作ったんだ。結構いけるじゃん」


 サラリと、言うところが彼っぽい。


 「わ、解るの?」

 「ったぼーよ!おれ、其処までにぶかぁないぜ」

 「ふーん。ママの料理と間違ったら、張り倒してやろうと思ってたのに……」


 嬉しそうで残念そうで、やっぱり嬉しいレイオニーだった。サブジェイに全て食べられてしまわないうちに、彼女も自分の料理に手をつけることにした。


 場面はまた、シンプソンの家へと戻る。


 「ふんふんーふふん、と」


 上機嫌な鼻歌を唄っているのはシードだった。執務室で片っ端から書類に判をつきまくっている。いい加減なようで、そうでない。


 それぞれの午後を過ごし始めた中、中央にあるスタジアムの広大なグランドで、一人汗だくになっているのはオーディンだった。正確には一人ではない。防衛隊の訓練で、彼らに稽古をつけているのだが、それ以上に己の鍛錬に励んでいる。と、其処へ現れたのは、ザインとアインの両名だった。横には警官が着いている。シンプソンの薦めだ。彼らは、スタンドに居る。このスタジアムは、普段はなにやらの競技、祭典にも使われる。年一で開かれる武術会などにも使用される。


 「こちらですよ」

 「サンキュー。もう行っていいよ」


 ザインは警官を返してしまう。そして、スタンドから、グランドに姿をうつし、部下に指導をつけているオーディンに近づく。


 「ココで、いい汗流せるって聞いたんだが?」


 オーディンは、剣を振るうのをやめる。


 「武術の経験は?」


 彼の雰囲気を見れば大体の察しはつく。が、おきまりの確認だ。


 「ある。二人とも」

 「得物は?」

 「俺はロングソード。比奴はグレートソードだ」


 其処まで聞くと、オーディンは一人の部下に、二人の注文を伝え、ココに持ってこさせる。ザインは、極平凡なロングソードを振り回し、腕を暖める。コレには、だれも見向きもしないが、アインリッヒがグレートソードを振り回した瞬間、その烈風をおこす振りの速さに、全ての者の動きが止まってしまう。


 「軽い剣だな」


 かすかに周囲がざわめき出す。


 「お、おめぇ。俺より目立ってんじゃねぇよ」


 いきなり目立ったアインが、妙に羨ましいザインだった。しかし、こんな雰囲気は久しぶりだ。精神的にリラックスしている証拠でもある。


 「真剣だ。あまり無理をしないようにな」


 これもおきまりの台詞だった。相手を見ると、それを言う言わなくても良い相手だと言うことは解る。オーディンは休憩がてら、二人の戦いぶりを見せてもらうことにする。アインは、片手で引きずるように、グレートソードをブラリとさせている。それに対し、ザインは中段に構え、アインの動きを読みながら、軽くフットワークを入れる。


 両者とも互いの間合いに入りきれない様子で、暫く睨み合いを続ける。動いていたザインが、呼吸を入れる。その力の緩んだタイミングを見計らい、アインが彼に踏みより、最短距離で剣を振り落とす。ザインはすぐさま後ろにステップを踏み、コレをかわすが、アインはその隙を見逃さず、再び斬りかかる。しかしザインはかわさず、刀身に左手を添え、これを受ける。アインの振り翳した剣の威力が彼の足の下まで突き抜け、大地がクレーター状に凹み、細かい亀裂を走らせ、砂塵を飛び上がらせた。彼女の体格からは考えられないほどの怪力だ。


 だが、ザインは上手に力を流している。アインの剣を受けた後、ザインは身体を右方向に流す。その流し方に、オーディンは一瞬、身体を動かした。荒削りな感じがあるが、ドーヴァの体捌きにどことなく似ているのだ。アインは、ザインを追いかけるようにして、大きく剣を横に振る。ザインの衣服を斬るが、そのまま剣を振り抜く。アインはこれでザインを傷つけられるとは思っていない。だから振り抜いた。


 ザインは、アインの後方を見る。アインもザインの後方を見る。ザインの後方にはオーディンがいるが、アインの後方には誰もいない。アインリッヒは大地を踏みしめ、剣を極限まで振り被った。アインの攻撃を飛ぶようにかわしていたザインも、後方に滑りながら踏みとどまり、剣をもつ右腕を大きく振り上げた。


 「はぁ!」


 アインリッヒが、軸足を大地に食い込ませながら、全力で剣を振り抜き、その矛先は大地を砕く。そして其処から生じた真空波が、ザインに向かい突っ走る。


 「ソウルブレード!」


 ザインはそう叫び、剣を光らせると同時に、アインと同じように振り抜く。光の刃が、アインに向かい直進する。その両者は、互いの左をかすめ、後方にあるスタンドを切り裂いた。オーディンも紙一重で、だが、余裕の表情でコレをかわす。そしてこう言った。


 「引き分けだな」


 彼がそう言うと、二人ともニヤリと笑い、剣を鞘に納め、オーディンの部下にそれを渡す。二人とも納得していた。納得した理由は一つ、お互いに最後の一撃を態と外したのである。正に必殺の一撃だ。


 「済まない。危うく貴公を斬るところだったが」


 アインリッヒは一応詫びを入れている。だが、危険がないことは解っていた。オーディンも二人の瞬間の気迫で、十分に予想できたので、わらってコレを受け入れる。


 「なに、久しぶりにいいものを、見せてもらった。貴方の名は?私はオーディン=ブライトン」

 「俺の名は……、ユリカ=シュティン・ザインバーム。ザインでいい」


 ザインは、アインにつつかれながら自己紹介をする。どうも、「ユリカ」の部分でつまってしまうのがいけない。


 「私の名は、アインリッヒ=ウェンスウェルヴェン・シュティン・ザインバーム。『アインリッヒ』でいい」


 彼女をアインと呼んで良いのは、ザインだけだ。そして、彼をユリカと呼んでいいのも、アインだけである。彼らはオーディンと握手をかわす。シュティン・ザインバームの共通点に、オーディンは口を開けかけたが、それはまだ余計な詮索である。


 彼らはスタジアムにあるシャワールームに向かう。アインリッヒは、当然女性用に入っているので、主要な人物はザインとオーディンに絞られる。シャワーは仕切られ、一つ一つが簡単な個室になっている。下から十センチ程度、下から二メートルほどの所までの壁となっている。


 「ココは不思議だ。世界中探し回って、見つからない強い奴が、そう、少なくとも二人、三人、いや、四人もいる。それも、何奴も比奴も五本の指に入れていいほどの奴が……」


 ザインがシャワーの熱いお湯で、顔を洗いながら、ポロリと本音を言う。隠すつもりはないが、本当にポロリと出てしまった一言である。それは今までいらない寄り道をしてしまったかのような、疲労感を感じさせた。


 「旅をしているのか?」

 「まあ、そんなトコだ」

 「誰と会った?」

 「そうだなぁ、ドーヴァ、シンプソン、ドライっていったかな、それとあんたかな?」


 「レディー(オーディンは、ローズをこう呼んでいる)は、いなかったのか?」

 「れでぃー?ああ、それってあの驚くほど赤い髪の女のことか?そう言えばシンプソンの髪も水色だったな、ドライの目も赤かった。変わった連中が多いな。ま、俺も人のことはいえんが……、で、彼女がどうかしたのか?」


 「数え間違いだな。彼女を入れて五人、シンプソンの妻のノアーを入れて六人。シンプソンに会ったということは、彼女もいたということだろ?尤もノアーの得意分野は完全に魔法に限られるがな」


 「まさか!あの赤い髪の女が?そうは思わなかったけど」

 「仕方があるまい。ドライと一緒にああしている時は、彼女は本当に穏やかだ。闘気も消えてしまうからな。だが、真剣勝負をしてみろ、強いぞ。レディーは魔法剣士だ。そのコンビネーションで攻められると、引き分けに持ち込むのがやっとだ」


 「負けたのか!あの女に?!」

 「はは、それもない」

 「はぁ。焦ったぁ、それじゃ互角じゃねぇか。あのタイプの女は、男を尻に敷きそうだからな」


 ドライは今でも十分に尻に敷かれている。本人も望んでそうしているが、おっかなそうに言うザインが何ともおかしい。オーディンは、ははは、と笑う。

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