第2部 第2話 関係

第2部 第2話 §1

 シンプソンの家に戻った、ドーヴァ達だった。


 「ココは……」


 まるで狐に包まれたような顔をするザイン。


 「なんや、しっとるんか?」

 「知ってるもなにも、お前が夕べ連れてきんたじゃないか」

 「そうでした」


 と、ドーヴァはボケながら、彼の家に入ることにする。ノックもなにも無しだ。だが、家に入り、一つの部屋の前に来てから立ち止まる。そして、ノックをする。


 「はい」


 ノアーの声がする。それを確認すると、ドーヴァは部屋の戸を開け、一言言う。


 「おじゃまするでぇ」

 「どうぞ、遠慮無く。シンプソンでしたら……」

 「いや、今日は爺さんなんやけど……」

 「そう。今頃なら、きっと執務室に居られると思いますわ」

 「アリガト。ほな……」


 なじみの雰囲気で、ノアーと会話を一通り交わしたドーヴァは、バハムートの部屋に向かうのだった。そして、バハムートが構えている執務室の戸をノックする。


 「なんじゃ!」


 一寸不機嫌なバハムートの声が聞こえる。


 「爺さん。俺やけど」

 「おぉ、入れ入れ」


 知っている人間だと解ると、バハムートの声が急に穏和になる。バハムートにとっては、ドライ達は、可愛いバカな孫同然になっていた。更にその息子達は曾孫同然だった。


 「むむ?!」


 だが、彼の後ろに見知らぬ人間がくっついていると知ると、少々ブスッとした顔になる。


 「お客なんやけど、そのなんや……」


 と、ドーヴァが言いにくそうになる。そんな彼に、ザインが一言耳元で呟く。


 「頑固そうな爺さんだな」

 「し!余計な言言うな!黙ってい!」

 「ゴホン!」


 ひそひそ話をする二人に対し、バハムートが不機嫌な咳払いをする。その咳払いで、二人とも似たような反応をする。ビクッとしながら背筋をピンと伸ばす。


 「実は、シルベスターのこと知りたいいうて、なんや。資料館のおしゃべり女の薦めで、爺さんにって、で俺がそこに居って、まぁ俺が紹介者になったって訳で、よろしく。あ!俺序でにドライの見舞いでもしてくわ。あのアホいきとるやろなぁ……」


 と、そそくさと其処を出て行くドーヴァだった。彼がみんなに気をつかっているのが解っているバハムートは、目だけを微笑ませ、特に彼を責めることはなかった。


 「名は何という?」


 バハムートが、ザインに目を配る。


 「ああ、俺の名は、ザインバーム。ユリカ=シュティン・ザインバーム」

 「私は、妻のアインリッヒです」

 「シュティン・ザインバーム」と聞いて、バハムートはピクリとする。一つは既にそれとなしに、シンプソンから彼の存在を聞いていたからだ。もう一つはドーヴァと同じ名字であることだ。コレも何かの縁だろう。バハムートはそう考えた。


 「お主等の話は、シンプソンから聞いておるが、シルベスターのことは、初耳じゃな。まぁ其処へ掛けなされ」


 話を聞いてくれる気になったバハムートに、ザインとアインは、ひとまずホッとした顔をし、ソファーに腰掛ける。バハムートも、テーブルを挟んだ反対側のソファーに腰を掛ける。彼はかなりの高齢だだったが、足取りもしっかりとして、歳を感じさせない。尤もそれは週に一度シンプソンにメンテナンスをして貰っているからだが。


 「ところで、お主等の額に埋め込まれているクリスタルは、不老の秘術を施した後のようじゃが……」

 「ああ、友が命と引き替えに、俺達に永遠の寿命をくれた」

 ザインはハッキリという。疚しいことなど何もない。

 「少し見せて欲しいのじゃが……」

 「かまわねぇが、コレは、はずせないぜ」

 「百も承知じゃ……」


 しかし、バハムートはザインではなく、アインの額のクリスタルを覗く。男より女の方が抵抗がないのは、男性として当然の心理だ。アインの綺麗な額にクリスタルが一体化している。見事に熟成されたクリスタル。永い時と質の高い魔力で、完璧な術が施されている。コレには感心するばかりだ。それからザインの方も、ある程度観察する。その出来は右も左もなく同じである。


 「ふむ。これ程の術者が『他』にもいたとはのぉ」


 バハムートは実に惜しそうに、そう言う。


 「ロカは俺よりも若かった。奴は、最期にこう言った。もし永遠の寿命を手に入れても、無理はするな、と。でも俺は、自分たちの国を守りたい。そう決めた。四十年以上も時間くっちまったが、それと引き替えに、手に入れた命だ。必ず故郷を救ってみる。だが、俺達の力だけじゃ無理なんだ。だから、勇士を集めるか、伝説のシルベスターを蘇らせるかしなければならない。頼む!何でもいい、伝説のことを知っているのなら、教えて欲しい!」


 ザインは力強かった。彼の信念が伺える。しかしアインは、彼と同じ気持ちを持っていただろうが、バハムートの目には、それを越えるもう一つ強い気持ちを持っているのが解る。過去にローズが同じような目をしていた。愛する男と、安らいだ時間を過ごしたいという、一途な気持ちだ。


 「残念じゃが、今『シルベスター自身』のことは、儂とて解らぬ。しかし、『調べて』おいてやろう。何か解るのは、確かなコトじゃ。それまでは、ココでゆっくりすれば良かろう」


 不思議な言い回しのバハムートだが、彼が何かの確証を持っていることは、ザインには解る。其処にはかなり実感的なものを持っていることも理解できる。


 「そうする。追っ手もしばらくは来ないだろう。この街の兵士が全滅させたらしい。敵もセインドール島の結界を抜けるのも、かなりの時間を要するはずだ」


 ザインは、説明的なことを口で言うことで、自分を納得させた。同時に、ココにいる期限をうつ意味もあった。腰を上げることにする。


 「そうじゃ」


 バハムートが思い出したように、声を上げる。


 「おまえさん達の言っておった。追っ手に殺されかけた男がおっての、その男は、この街の兵を率いている男じゃ。今も半死半生じゃが、命の恩人に、顔を見せるくらいは、しておいた方が、よかろう」


 と、言っている割には、その男の命の心配などしていなさそうな、バハムートの様子。どう言った意味なのか解らないが、ザインは、部屋番のかかれた紙をバハムートに貰うと、彼に会うために其処へ向かうことにした。


 「にしても、馬鹿でかい家だな」

 「シンプソンは、議会のどうのこうのといっていた。恐らく身分の高い男なのだろう」


 アインリッヒは、ザインと視線を合わせながらそう言う。


 「そうは、見えなかったが……。っと、この部屋らしいぜ」


 ザイン達が、ドライの部屋の前に来る。その中から、男達の鳴き声が聞こえる。


 「隊長。すんません!俺達がドジった。ばかりに」

 「俺!俺ぇ!!」


 かなりぐずっているようだ。男のものとは思えないほど、みっともないものがあるが、それだけドライが慕われているという、証拠でもある。ザインは、一人の人望のある男が死にかけていることに、拳を握るのだった。が?


 「気にすんなって!俺だって、勝手な思いこみだったんだ。ま、これからは、賊も魔法を使って来ると思って用心するこった」

 「でも、今回は賊じゃなかったんでしょ?」


 ローズが確認をするように、ドライにそう聞く。


 「ん?まぁ、なんにしろ、凶暴ってコトに変わらなかったかんなぁ。倒しちゃいけねぇ相手なら、手は止まってるよ。その点は、ダイジョウブ」


 と、暢気なことを言っているドライだった。ザインは、扉の前で目を点にしていた。半死半生どころか、彼はピンピンしているではないか。だが、ココは冷静さをもって、対応することにした。何度か深呼吸をした後、扉をノックする。


 「どうぞ」


 そう言ったのはローズだ。扉が開かれると、其処に見知らぬ人間が二人入ってくる。一同は暫く、視線を交わしあい、首を横に振る。誰の知人でもないことを知る。


 〈赤い目……、赤い髪〉


 ドライとローズのその不自然な、赤の特徴に、少し息をすることも忘れしまう。


 「なんだ?入隊志願なら、オーディンに言ってくれ。俺は今、この様だ」


 ドライが、何も聞かずにそう言ったのは、ザインの強さを肌で感じたからだ。


 「いや、違うんだ。俺は……。そうだ。シンプソンから話を聞いていないか?それから、ドーヴァがココに来ていた筈なんだが……」

 と、言った時点でドライもピンと来る。それから、部下の方を見る。


 「おら!オメェ等、油うってねぇで、しっかり仕事してこい!」

 「あ、はい!」


 ドライの一喝で、二人は、尻を叩かれたように部屋を飛び出す。人払いをしたのだ。部屋の中からある程度の騒がしさが消えたときだ。


 「で?俺になんかようか?」

 「いや、バハムート老人から、あんたが俺達のために死にかけてるってきいて、死ぬ前に礼くらい言っておこうと、思っていたんだが……」

 「は!あのジジイ、おれを殺したがってんじゃねぇのか?」

 「ドライ!」


 悪ぶって、縁起でもないことを言っている彼の頭を軽くぶつローズだった。しかしドライは、このローズの反応を楽しんでいる。本当に戯れっぽい。殴られながらも、ヘヘッとした笑いを浮かべている。


 「兎に角迷惑をかけた」


 ザインは頭を下げる。ドライはこう言うのはどうも苦手だ。礼などを言われると、そっぽを向いて知らんぷりをする。特に知らない相手だと、むず痒くってしかたが無い。そのうち、背中やら首筋を、ぼりぼりと掻きむしり始める。


 「ふふ、そろそろお昼ね。ドライ、何食べたい?」


 本当に全く変わらない、そんなドライに、ローズがポンとそんなことを聞く。


 「か、簡単に炒飯でいいや。それよりその恥ずかしい野郎共、何とかしてくれよ」


 ドライは、犬を追い払うように軽く手でシッシッとする。


 「そう言うわけだから、ゴメンね。さてと!」


 ローズは、二人の肩を軽く押しながら、部屋の外に出る。ローズは、左肩に右手を置き、左腕を軽く二、三度回しながら、シンプソンの家にあるキッチンに向かって行くのだった。

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