第2部 第1話 最終セクション

 翌朝。


 「なぁ、レイオぉ」

 「ウルッサイ!ふんだ!」

 「今夜は、バッチリ頑張るから、な!」

 「サイテー!サブジェイは、ただエッチしたいだけなんだから!」


 何を言っても無駄のようだ。一夜の雰囲気をぶち壊しにした代償はあまりにも大きい。どう、なだめすかすかが問題だ。その時、シードの家の前を通りかかる。すると、其処には、キスを挨拶代わりに、見送るジャスティンと、シードの姿があった。彼はこれから議事堂に向かうのだ。


 「あれ?あの人、確かオヤジが怪我したときに……」

 「うん。ドライの命を助けてくれた……」


 しかし、レイオニーには、それはそれで良かった。現在問題なのは、その二人の雰囲気だ。フンワリと纏まった二人の雰囲気。シードの姿が見えなくなってから、少し恥じらいを持ちながら、家の中に戻って行くジャスティン。シードの結婚の報告はない。時間帯からして、お泊まりだ。ひき隠ったことから、同姓開始の確率もうんと高い。


 「いいなぁ」


 全ての想いがその一言に込められる。


 「うーん」


 ボウッとしているレイオニーに向かい。口を突き出すサブジェイだった。


 「バカ!」


 鞄で思いっきり彼の顔面をひっぱたくレイオニーだった。

 それぞれ動き出していた中、一人だけ動けずに窓の外の景色を退屈そうに眺めているドライ。その横で、はっと溜息をつくローズだった。彼女は考えていた。


 〈シードとジャスティンか……、ショックだろうなぁ、いとこ同士って知ったら。幾ら何でも一寸倫理的に問題あり、だよねぇ〉


 と、今更ながらこんな事を思うローズだった。


 「うずくんなら、浮気してこいよ」


 ドライは、からかって言っているが、現在彼女を満足させることの出来ない自分を良く知っていた。


 「ん?そうじゃないのよ。ねぇ、ドライ。いとこ同士で、恋愛ってどうおもう?」


 しかし、ドライの吐く戯言など、ローズは逐一気にはしない。それに彼が自分に見切りをつけるような表現をするときは、彼自身が少し弱気になっているときでもある。


 「はは!お前エロ小説の読み過ぎだろ!」

 「ねぇ!どう思う?」


 退屈しのぎには、一寸いいかも知れない。ドライは少しだけ真剣に考えた。


 「そうだな。姉が惚れた男だって解ってて結婚したバカな女と、その両方を抱いちまったって、倫理観のねぇ男もいたなぁ」


 「それって、私達のこと?!」

 「ピンポォン」

 「もう!真面目に!」

 「はは!要は惚れてりゃ、いいてっことだよ。守れる自信があるなら、抱いちまえ。抱かれればいい。俺達がそうだったように……」


 ドライは、正直、彼女を抱きたくてたまらなかった。彼女の全てが愛おしいが、腕の中で絶えた彼女ほどそう思える瞬間はない。そしてその過程を導き出してやる瞬間、そして彼女のために己の全てを使い果たした瞬間、無の境地に等しい充実感を得る。


 「もう、相変わらず口先だけねぇ」

 「へへ……」


 昔に戻ったように、いい加減な笑みを浮かべるドライ。大きな怪我をしたのも随分昔だ。それ以来の怪我だ。精神的にも、過去に戻っているのかも知れない。


 その頃、シンプソンは漸く朝食を取っていた。そして、そのテーブルに、ザインとアインの二人も招かれていた。彼女の怪我は、大分良いようだ。そこは、基本的に六人掛けのテーブルセットだが、席が全て埋まったことは、殆ど無い。空席の比率が少なくなったのも、久しぶりのことだ。


 ザイン達は、暖かい朝食にありつけたのは、随分久しぶりのことだった。席に着いた二人に、ホッとした様子が伺える。


 「ココは、病院じゃなかったんだな」


 と、今更気がつくザインだった。シンプソンはそれを聞いてクスリと微笑む。説明の欠けたところ、せっかちなところが、何ともドーヴァらしいからだ。


 「さ、食べてしまいましょう。冷めないうちつに……」


 シンプソンは、遠慮無くといった意味合いで、二人に食を急かして進めた。暖かいスープを飲んだアインの頬が、ポッと桜色になる。


 彼らの食事は特に会話はない。ザインは、普段何かと会話を持って接する男だったが、このところすっかりその様なことはなくなっていた。シンプソン達が、気心知れた仲間でないことも、その要因の一つであるのは確かだ。


 「ノアー、ドライとローズの食事も……」

 「もう、もって行きましたわ」

 「それから、議会を欠席することを、議員達に伝えておいて下さいませんか?」

 「解りました」


 食事が終わる頃に、シンプソンがノアーと淡々と会話を交わす。端から見れば、二人の関係は冷め切っているようにしか見えない。しかし、ノアーは気にしない。シンプソンが、他に集中したいことがあることを知っているからだ。その証拠に、食事がすむと、二人で片づけを始め、ある程度食器洗いをする。ノアーが楽になると、彼は、タオルで手を噴きながら、再び食卓に着いたままの二人の前に現れ、自分の席に腰をストンとおろす。


 「昨夜。何かに追われていると行った様子でしたが?」


 今まで穏和な顔をしていたシンプソンだったが、表情をキリリと引き締める。決して興味本意ではないのだということを、ザインに十分知らしめた。


 「ああ、隠さなくてもいいことだし。命の恩人だしな。わざわざ、不信がられる必要もないから、話ちまうが、信じるか信じないか……」


 聞くだけ聞いて、信じない輩が多いこの世の中だった。二〇年前の異変も、大異変とだけ認識し、もう忘れかけている人間も多い。得てして人間は、危機感に対し否定しがちである。


 「迷信でも、神話でも、話が真面目なものなら、信じますよ」


 少しいい加減な言い方だったが、シンプソンは、そんな神話のような末裔である。彼の目は至って真剣である。


 「有り難う。俺達が追われてるってのは、何となく察しがついたろうが、逃げてきたのは、東の大陸の、北方の島だ。セインドールって島だが……」

 「詳しくは知りませんが……、たしか、そんな島がありましたね。たしかそう、北セルゲイ大陸の西ですか?東バルモア大陸の北東の……、この西バルモア大陸中西部から、かなり遠方ですね」


 「俺達の島は、百年も前から鎖国をしている。世界から忘れ去られても、当然かも知れないな。聞くところによると、今は魔導歴千二十一年だそうだが……」


 「ええ」


 元々奇妙な話をしているのだ。自分のいる年代を知らないのは不自然だが、この場合特に不自然とは言えないだろう。シンプソンは相づちだけをうつ。彼はシンプソンの返事に、その年代に間違いがないことを確証する。


 「そうなると、もう、四十年前になるな。俺達は、祖国の王を倒した。理由は、国王が魔族と融合し、力で、国、何れは世界を支配しようとしていたからだ。だが三年後、倒したと思った国王だが、融合した魔の部分が、国王の無念と共鳴し、再び彼を世に蘇らせた。しかし、念だけで蘇った奴には、秩序の欠片もない。人間を虫のように殺し、世界を血の海に沈めようとしている。だが、友が命に変え、島に三つの結界を張り巡らせた。一つは悪魔に成り下がった国王を、縛り付ける封。もう一つは、平和を取り戻したた後に、その礎となるであろう国を守る結界。そして、溢れた魔物を国外に出さないための島中を囲む結界。だが、その結界は、二十年前起こったという異変で、かなり緩んでいるらしい。俺達は、力になる人間を世界に求め、旅をしてきた。探し初めて、もう二年になる。だが、俺達の探す人間は、見つからなかった」


 最後に何とも、がっかりとしたザイン表情が伺える。だが、まだ諦めきったわけではないようだ。


 その後、二人は、部屋に戻ることにする。無造作に寝たザインの胸元に、アインが頬を当てる。


 「ユリカ。暫くこの街で、ゆっくりしていたい」

 「俺もそうしたいさ。しかし、国のために死んだじーさんや、俺達に不老の術をかけるために、命を張ったロカ。ロンだって、どこかで俺達の息子を立派な戦士に育ててくれているはずだ。俺達の肉体が不老になるまでに、四十年近くの眠りを必要としちまったが、きっと何時の日か、血が使命を教えてくれると信じてる」


 ザインがアインの肩を抱くと、彼女はぐっと唇を噛みしめた。安住の地を欲する自分と、使命を果たさなければならないという正義感が、葛藤をおこしたのだ。


 「それに、希望が消えたわけでもねぇ。千年前、人間のために戦った偉大な魔導師シルベスターを復活させれば、きっと俺達の力になってくれる。この大陸が尤も、伝説を語れる人間が多かった。考古学者もその説を立てている者も多い。時間も稼げるし、これ程の街だ、資料館に行けば、少なくとも詳しい伝承を知っている人間の情報くらいは、手に入るかも知れない」


 ザイン達は、街の資料館に行くことにした。子供じみた考えかも知れないが、この時代は、何処でも分厚い本が手に入るという訳には行かなかったのだ。それなりの本は値が張る。彼らには金がなかった。恐らく尤も確実な方法だろう。そして、予想通り充実した書物が揃っていた。当然である、バハムートが居るのだ。


 だが、伝説については、ありきたりな情報しか、手に入れることは出来なかった。場所は図書室である。


 「ダメか……」


 ザインが溜息をつく。だが、彼は諦めずに立ち上がった。そして、カウンターに向かう。それと同時に、ドーヴァがやってくる。そして受付に顔を向けた。上品な受付嬢が彼を向かえる。


 「こんにちは、ドーヴァさん」

 「ああ、実はこの前の写本の件なんやけど……」

 「ええ、ロイホッカーの詩集ですね」

 「ああ、セシルが待ちにまっとるんや」


 と、会話を交わしている所だった。


 「すまねぇが、シルベスターの研究や伝承に関する、もっと詳しい著書はないのか?」

 ザインが横から顔を出す。

 「あれ?あんさん……」

 「君は昨夜の……」


 と、奇遇の対面に、二人は吃驚する。なにより自分の用件しか頭になかった二人だった。驚きは倍増する。


 「あら?ドーヴァさんのお知り合いの方だったんですか」

 「ああ、まぁ夕べ一寸な」


 受付嬢の質問に、ドーヴァは特に否定はしなかった。適当な返事を返したつもりだったのだ。しかしである。


 「先ほどから、かなり真剣に研究してらっしゃるんですのよ」

 「シルベスターを?」

 「ああ」


 ザインは真顔だ。彼らの事情を知らないドーヴァだが、コレに関してだけは、手助けをしてやる訳には行かない。だが。


 「どうでしょう。老師にご紹介なされては?」

 「え?俺が爺さんに?」


 ドーヴァは、思いがけない展開にドキッとする。特にバハムートが苦手というわけではない、肝心なのはその内容である。だが、無碍に断るわけには行かない。ザインの目を見ると、余計に断れなくなる。


 「頼む!今はどんな手がかりでも欲しい所なんだ!!」

 「シルベスターなぁ……、うーん」


 ザインに肩を掴まれ、前後に揺さぶられても、ドーヴァはなかなか返事を決めることが出来ない。


 〈このおしゃべり女!〉


 と、心で強く言い放つドーヴァだった。


 「頼む。私もユリカも必死なんだ!」


 今度はアインリッヒだ。ドーヴァは暫く揺さぶられっぱなしである。


 「わ!解った!そんな揺らすなって!!」


 最後には本丸を落とされてしまうのだった。

 セシルに渡す本を片手に持ちながら、彼はシンプソンの家に向かい始める。そんなこととは、ザインは知る由もない。そして、遅ればせながら……。


 「そう言えば、互いに自己紹介もろくにしていなかったな」


 そう言ったのはザインだが、ドーヴァは別に彼の名前などうでも良い。街で顔を会わせる仲になるなら、その時にきくつもりだったし、別に名前を知らなくても、友達にはなれる。


 「さよか」


 素っ気ない返事を返すドーヴァだった。今の二人は、厄介事を持ち込んだ人間に過ぎない。


 「俺の名は……」

 「彼の名は、ユリカ=シュティン・ザインバームだ。私は妻のアインリッヒ。貴公の名は?」


 アインリッヒはかなり軍族言葉だ。男言葉という表現もある。ザインは自己紹介にかなり抵抗があるようだ。女性のような名前が気になるのだろう。彼が言詰まると、アインリッヒがすかさず彼の名を紹介する。少しムッとするザインだった。だが、アインリッヒは笑っている。

 ドーヴァは足を止め、振り返る。


 「へぇ、似たような名前って、あるもんやなぁ。俺は、ドーヴァ。ドーヴァ=ランスハルト・シュティン・ザインバーム」


 何となく気の抜けた上の空っぽいドーヴァの自己紹介に、今度はザインとアインが足を止めてしまう。互いの素性を知らない彼らは、こんな事があって良いのだろうかと、暫く互いを眺めあう。


 〈ドーヴァか……、息子にもそう名前をつけた。だが彼は、まだ二十歳そこそこだ。生きていても、それほど若くはない。神も罪なことをする〉


 アインリッヒは、頬に涙を一伝いさせる。


 「な、なんや?どっか痛いんかいな」


 ドーヴァから見たザイン達も、また二十代である。何の疑問も持たない。世界中回れば、同姓など珍しくもない。


 「一寸な。事情はおいおい話させて貰う。今はその爺さんに、会わせてくれ」

 「ああ」


 アインを気遣い、彼女の肩を抱きながら、歩き始めるザイン。ドーヴァは、仕方が無く二つ返事で、バハムートの所へ案内することにしたのだった。

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