第2部 第1話 §8

 その頃、外壁の外のドーヴァは。


 「ファァァ、もうええやろ!当分なさそうや!引くぞ」


 ドーヴァは周囲に退却を促す。半分は彼の眠さ加減でもある。彼の神経は、二日も張り詰めていたため、相当がたついている。ドライが抜けた穴は、かなり大きい。


 「クウォーク!」


 ドーヴァは飛翔の呪文を唱えた。月夜の綺麗な天気だ。調子に乗り、少し上空まで上がる。


 「我が町絶景かなってか、よう育ったもんやで」


 ゲート最上部には、ガス灯が着いており、それは五メートル間隔で灯っている。それがグルッと街を囲んでいるのだ。足下から、遠方をその明かりがグルッと回り回っている。


 「およ?」


 一瞬一番足下に近いゲート上を、影が横切った。ドーヴァは、一直線に影を追い、それに近づく。暗いが人影だというのが解る。コレも町中にあるガス灯のおかげだ。ドーヴァは、すぐさま人影の前に降りる。誰かを腕に抱えているようだが?


 「いくら自由な街やいうても、密入国者は、歓迎でけへんな」


 一応管理者らしく、ビシッとした態度と示すドーヴァだった。しかし彼も、ゲートを潜らず横着をして、飛んできている。


 「そんなつもりじゃねぇ!それより、医者はねぇか!早くしねぇと、アインがしんじまう!」


 そう言ったのは男の声で、腕は、ぐったりとした女性を抱えている。少々小柄でブロンドの美人であるが、ドーヴァにはそこまでじっくりと二人を観察する余裕はなかった。


 「そりゃ、あかん。よっしゃ、とびきりええとこ、連れていったる!」


 ドーヴァは、彼女を腕に抱え、男を足にぶら下げて、そのままシンプソンの家まで運ぶ。夜中に大きな声で起こされたシンプソンは、たまったものではない。が、しかし、事情を飲み込むと、怒るわけには行かない。


 「貴方も治癒魔法の心得があるんですから、もっと機転をきかせて下さいよ」


 と、欠伸をしながら、少しばかり不機嫌なシンプソンである。医務室へ戸ツレゆかれると、すぐに治療が始められる。焦っていたドーヴァは、つい、そのことを忘れていた。ドライのことがあったので、尤も強力な技の持ち主をつい連想してしまったのだ。


 「あはは!まぁそんなこと言わんと。それじゃまぁ、そう言うことで」


 立場の悪くなったドーヴァは、とっとと姿を消してしまう。


 「すまない。恩に着る」


 男の顔は、褐色の目、褐色の瞳をしており、どこかで見覚えた顔立ちをしている。礼を言っているが、女性の助かったことを、第一にホッとした顔をしている。


 「良いですよ。人命第一です。内蔵が少々飛び出していましたが、応急措置が良かったのですね」


  内臓が飛び出すなど本来なら、致命傷とも言えるが、ドライの治療の後なので、彼女の様態など軽傷に思えてしまう。


 「それにしても、手慣れているな」

 「ええ、まぁ、治癒魔法なら、私の右に出る者はいませんよ」


 控えめなシンプソンだが、この事についてだけは自負していた。それに人命を助けることに、躊躇があってはいけないのだ。女性が目を覚ます。


 「あう……」

 「安心しろ。どうやらココは安全らしい」


 彼の名はザインというらしい。ザインが目が覚めた彼女に、微笑みかけると、彼女はホッとした顔をする。寝ぼけ気味だったシンプソンだが、二人の額に赤い宝石のような物が、埋め込まれていることに気がつく。何かの儀式を受けたらしい、この分野は、ノアーの方が詳しいだろう。無粋な質問はしないが、彼の言った安全が気になる。


 「どうかなされたのですか?」


 困っている人間を見れば、誰にでも聞くシンプソンのホッとする声が、ザインの耳に届く。


 「いや、迷惑はかけねぇ、明日にでも出てく」

 「大げさですね。入国手続きなら怪我を癒してからでもよろしいですし、移民手続きであれば、協力しますよ」


 シンプソンは街を代表する気持ちで、ザインに話しかける。


 「いや、そうじゃなくて、俺とアインが街にいれば、唯じゃすまないことになる」


 彼は、中々誠実な人柄のようだ。そうであるならばなおさら放っておけない。


 「何か罪でも犯されたのですか?」


 明らかにそういう二人ではないということは解っていたが、彼の持つ切迫感が、シンプソンに、ついそう言う質問をさせてしまった。罪人であれば、やはり考えなければならない。過去は問わないが、やはり罪は清算すべきであると考えているからだ。


 「そう言うわけでもねぇが……、兎に角、迷惑はかけねぇ」

 「そうですか。でも、名前くらいは、教えて下さってもよろしいでしょう?」


 出逢ったばかりの人間に対し、ベラベラ喋れというのも無理だ。シンプソンは少し引くことにした。


 「俺の名はザイン」

 「ユリカ」


 アインが、少し戒めの口調で、彼をそう呼ぶ。


 「わぁったよ!俺の名は、ユリカ=シュティン・ザインバーム。出来ればザインと呼んで欲しい。」

 「ザインですね」


 この時シンプソンは、ドライがオーディンのことを、仮面男と言っていた頃を思い出し、つい吹き出してしまう。それにシンプソン自身、ドライにメガネ君と、呼ばれていた。今ではちゃんとシンプソンである。


 「てめぇ!笑ったな!」

 「す!すみません!別にそんなんじゃありません!似たような体験をしたもので!」


 ムキになったザインだが、謝っている他人の頭を易々と殴るわけには行かない。拳を振り上げるだけにする。


 「笑わせないでくれ、腹が傷む」


 アインは、苦しそうに笑う。傷口は塞がっているので、開くことはない。傷を完治させることは出来るが、彼は基本的に、自然治癒を信念としている。強力な魔法の強制的な治癒は、人間の持つ治癒力を低下させるためである。


 「彼女は、アインリッヒ=ウェンスウェルヴェン・シュティン・ザインバーム」

 「御結婚なされているのですね」〈……シュティン・ザインバーム〉


 シンプソンは、その名を聞いてまさかと思った。年齢を考えても、計算があわない。まさかと思い、首を横に振る。


 「兎に角、今晩はグッスリお眠り下さい」


 シンプソンは、部屋を出て行く。その直後ザインは明かりを消し、アインに寄り添って寝る。


 「ユリカ。追っ手は、どうなった?」

 「どうやら、この街の兵士達が、押さえたらしい。大したもんだ。あの化け物共を退けるなんて、それに俺達を助けた男は、空を飛ぶ術を知っていた。今の男といい……、俺達の知らない間に、魔法文明も進んだもんだ。しばらくは、ゆっくりしても、ダイジョウブだ」


 ザインは、眠る間際になり、漸く冷静さを取り戻した。そんな結論をだすと、彼も眠りに着く。

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