第2部 第1話 §7

 彼女たちが少し落ち着き、その後、ジャスティンに伝えられたのは、彼らが何れも賞金稼ぎで、過去に一寸したいざこざがあったという曖昧な内容だけだった。


 ローズは、ブラニーを連れ、再び街に出ることにする。ルークと居るよりは、精神的に楽なものがある。ただし、彼女をセシルに会わせることだけは、今のところ避けたい。


 「私も変わりました。ただ静かに、暮らしたいと、思うようになりました。シンプソン様が、仰って下さったあの日から……。でも、誰を見ても、あの方と同じような感情にはなれません。ルークも変わりました。私を愛し、娘に優しい人になりました。ですが、彼が一つだけ、忘れられないことがあります」


 「そうでしょうね。姉さんを殺しておきながら、それを忘れたなんて言わせないわ」


 「そうではありません。彼は、罪の清算はするつもりでした。ですが、私や娘にその火が飛び移るのを、恐れていたのです。私は構いません!でも娘は……」


 「バカ言わないでよ。そんなコトしたらあの娘は、誰が暖めてやればいいの?でも、あの時の二人の顔ったら、いい気味だったわ。ザマァミロ!って思った。でもそれで十分。ジャスティンにいっといて、今度はローズ特性の、パエリアの作り方伝授してあげるって!」


 ローズは、そこで、歩幅を少し大きめにとり、背中越しにブラニーに手を振る。

 気分が少し落ち着いたのだ。後は自由に街を見回ってくれと言いたげに、人並みに消えてゆくのだった。


 「ローズ……」


 ブラニーは、足を止め、そんなローズの後ろ姿を少しの間、見つめていた。


 その後、どれくらいの時間が経っただろう。ブラニーは、ローズ以外の者と顔を会わせることはなかった。二人は交わす言葉こそ少なかったが、街を見て回ることで、ローズは自分たちの生活を彼女に教え、ブラニーは、ドライという男は、もう自分たちの脅威でないことを知る。


 夕方になる。街の中を南北に流れる川の草の生い茂る土手で、サブジェイは、黄昏ていた。


 〈俺の剣て、何なんだろう〉


 生死を駆けた父親を目の前にし、彼が何のために剣を振るっているのか、自分は何故剣を振るおうとしているのか、不意に悩む。自分がただ剣を振り回していることを楽しんでいるだけに過ぎないことに、気がついた瞬間だった。剣を振るう強い自分が楽しいのだろうか。勇ましさが、かっこいいと感じたのだろうか。一つだけ言えるのは、オーディンとドライが互いの腕を競い合うために、良く試合をしていた所に、二人の強さを感じ、自分もそうなりたいと思い、剣を握ったということぐらいだ。。そして、もう一人サブジェイに剣を握らせたきっかけに、父のように剛剣でなく、オーディンのように雄大さでなく、物理的な剣技に置いて、尤も華麗な技を持つドーヴァの存在があった。それから見ると、自分の剣を振るう腕は、がらくたに思える。


 「ドッカァン!!」

 「ぐは!!」


 レイオニーは驚かす意味もあり、わざわざ声にだして、ぼんやりしているサブジェイの腹の上に、突然に、レイオニーが遠慮無しに跨り、座り込む。サブジェイは泡を噴く。


 「悩んでる時って、絶対ココなんだから」


 誰にも何も言わずに、姿を眩ました幼なじみに、お仕置きと言わんばかりの仕打ちだった。


 「アホ!内蔵が出ると思ったろうが!」

 「ふんだ!そんなことじゃ、当分ドライに勝てないわね!」

 「うるせぇ!おてんば!」

 「根性無し!!」


 互いに言い合って、互いのほっぺたをつねりだす。レイオニーは、ほぼ全力だが、サブジェイは、力を抜いた挙げ句、張り合いなく彼女の頬を抓るのをやめてしまう。気の抜けたレイオニーだった。妙にしーんとしてしまう。その後から、サブジェイは、レイオニーの頬を、フニフニ、といった感じで軽く摘む。柔らかくて気持ちの良い感触だ。


 「どうしたのよ」


 普段と少し様子の違うサブジェイに、ほんの少しだけ心配げに彼と視線を交える。


 「エッチ……しよっか」


 真面目ぶった顔をして、唐突にそんなことを言うサブジェイに、レイオニーのビンタが飛ぶ。その後、カンカンになったレイオニーが、地面を踏みつけるように歩き出す。その後を、左頬にクッキリとビンタの後をつけたサブジェイが歩く。


 「サイッテー!」

 「待てよ!俺、冗談で言ったんじゃないぜ!!」


 と、一応彼は本気のようだ。


 「馬鹿!私はね、私のことよく理解してくれて、優しくって!教養があって!それでいて、足が長くて格好良くて、強い人が良いの!」


 一気に理想を捲し立てるレイオニー。そのままドンドンと足を進めて行く。


 「たとえば、どんな奴だよ!」

 「そうね!ドライなんかステキ!スッゴク偉いのに、気取らないところがなお良いわ!!」


 サブジェイは足を止めてしまう。確かに自分とは、頭の中に詰まっている知識の量や、人生経験などに差はあるが、身長以外、殆ど瓜二つである。可成りの矛盾である。


 「ちょ!一寸待てよ!俺とオヤジって、外見(みてくれ)かわんねぇだろう!」

 「中身が伴ってない!!」

 「な!そうかよ!」


 サブジェイは、酷く自尊心を傷つけられた。自分の振るう剣と父親の振るう剣の違いに、悩んでいただけに、其処へこの一言は非常にきついものがあった。レイオニーを追いかけるのをやめ、どこかへ姿を消してしまう。


 その夜、外の警備をドーヴァと交代したオーディンが、我が家に戻る。そんな父にその出来事を話すこともなく、彼女は枕に顔を伏せていた。


 〈あのバカ……、でも言い過ぎたかなぁ、急に言うんだもん〉


 外面的な男女の壁はあった二人だが、会話する距離や、触れ合う態度など、それほどのその意識はなかったはずだった。しかし、精神的な部分でさえ、二人はもう対等ではないのである。サブジェイが必要以上に、力の加減をした理由が、漸く解るレイオニーだった。


 眠れずにベッドから起きたのは、もう、夜中のことだ。ふと、レイオニーは、窓の外を見る。実は、向かい隣の家が、ドライの家で、両家はご近所なのである。サブジェイのことが気になったのだ。


 ドライの家の庭先のガス灯が灯っている。その下に誰か居る。目の良い彼女には、すぐに誰かなのか理解できる。


 「サブジェイ」


 窓の外の彼は、剣の稽古に励んでいる。右手に剣を持ち、左手に光を灯す。魔法と剣のコンビネーションの練習だろう。ローズ譲りの器用さである。そうかと思うと、剣をしっかりと両手で握りしめ、強く踏み込み、力強く凪ぎ払うように振り抜く。ドライそっくりである。また、暫くすると握りしめた剣に光りが灯る。鳳凰が優雅に舞うように、宙返り、体捻りを入れながら、その剣を振るう。オーディンの操る飛天鳳凰剣である。そして大地に両足をしっかりつつると、今度は、まるで弧を描くように大地を滑り、舞うように剣を振るう。ドーヴァの刃導剣である。


 「へぇ、頑張ってるんだ」


 レイオニーは、コッソリと家を抜け出し、気づかれないようにサブジェイの様子を、もっと近くで見ることにする。ドライの家の玄関先から庭先を見る。真剣な顔のサブジェイは、レイオニーに気がついていない。己の動作一つ一つに気を配っているためだ。煌めく汗の量から、可成りの時間振り込んでいる。しかし、次の瞬間、サブジェイは、腹立たしげに愛刀を、地面に突き刺す。


 「くそ!コレじゃみんなの猿真似だ!レイオの言うとおりだ」


 実にキレの良い動きだというのに、彼は一向に満足していなかった。レイオニーは、弾みで言ってしまった一言に、罪悪感を感じてしまう。


 「サブジェイ」


 と、レイオニーが近づき彼に声をかけると、サブジェイは、いつも通りの顔で彼女を見る。


 「どうしたんだ?メチャ夜中だぜ」

 「ゴメンね。その、私、サブジェイに中身ないなんて、思ってないよ」

 と、照れくさそうに、モジモジと謝るレイオニーだった。何度か上目遣いで、彼の方をチラリチラリと、様子を伺う感じで見る。

 「ハハ!そんなの、気にしてないよ」


 サブジェイはグッショリと濡れた、シャツを脱ぎ、ぐっと絞る。そしてこう言った。


 「そりゃさ!あの時はカチンときたぜ!でも、考えて見りゃぁ、俺が言わせたみたいなもんだから、こっちこそ『ゴメン』だぜ!明日にでも、謝ろうって思ってたんだ」


 良く鍛え上げられたサブジェイの肉体が、外灯に照らされる。ただ隆々とした筋肉ではない。扱き抜かれ、無駄無く絞られた肉体である。ドライ達の特訓に耐え抜いた証拠である。


 〈去年より、ずっと凄くなってる〉


 内容が伴っていないなど、とんでもない話である。周囲が強すぎるのは、明白な事実だ。彼はその中にいるのである。劣って見えてしまうのは、無理もない。


 「いいよ」


 レイオニーが言う。


 「何が?」


 サブジェイが、惚けて意味を聞く。


 「言わせる気なの?」

 「って、え?マジ?」


 レイオニーの恥じらった様子で、すぐに感づくサブジェイだった。こういう勘の良さは、父親譲りだ。レイオニーはコクリと頷く。


 「中でまってろよ!俺シャワー浴びてくる!」


 ガキのようにはしゃぎ回るサブジェイ。勢い良く家の中に走り込んで行く。レイオニーは、覚悟を決めた足取りで、ゆっくりと彼の部屋に向かうのだった。そして、最後の下着を脱いだ時点で、彼のベッドに潜り、扉に背を向け、深呼吸をする。ベッドの匂いから彼の存在を感じだ。


 時間が経つのは早いものだ。長いようでも必ずその時はやってくる。扉の開閉の音が聞こえ、身体を隠すように被っていたシーツに動きを感じた瞬間、サブジェイの温もりが彼女の背中に張り付いた。彼の腕がレイオニーを包み込む。


 「高校出たら、結婚しような」

 「うん」


 責任感のなさと感情的な高ぶりが言わせた、二人の会話だった。だが、二人にはその瞬間が全てに思えた。

 サブジェイは、慎ましやかな返事を返したレイオニーをギュッと抱きしめる。


 「柔らかいなぁ……レイオの……から……だ」


 と、あれほど高ぶっていたサブジェイが、それっきり静まり返ってしまう。


 「サブジェイ?」

 「グゥ……」

 「もう……」


 心地よい汗を流しきったサブジェイは、すっかり寝入ってしまっていた。覚悟を決めていたレイオニーだけに、ガクンと項垂れてしまう。

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