第2部 第1話 §4

 また翌日、例の時間となる。いや、厳密に言うと、それより少し早めの時間である。シードはまだ帰っていない。が、ジャスティンは既に来ている。袋に両手を抱え玄関に凭れているのだった。その袋の中から、ちらほらと野菜類が見える。


 其処へ、またまたローズがやってくる。例のウエイトレス持ちをしたトレーの上に、布の掛かった料理が乗っている。


 「あら?」

 「ローズさん」


 ローズは、彼の家の合い鍵を持っている。女性陣は全てシードの家の合い鍵を持っているが、殆どローズが来る。前回もコレで入ったのだ。とりあえず家に入る二人だった。二人はキッチンで井戸端会議をし始める。


 「なるほどねぇ。この街が気に入ったんだ」


 とローズが言うと、彼女は迷い無く頷く。


 「ま、そのおかげで、私の料理は無駄になっちゃいそうだけど」


 態と意地悪い言い方をするローズだった。序でに冷やかしも入っている。


 「御免なさい」


 本当に申すわけ無さそうに謝るジャスティンだった。真剣に取られたローズは吃驚してしまう。純情、純粋な彼女が妙に新鮮だ。


 「冗談よ!そんな顔しないの!そうだ!彼奴が帰ってくる前に、吃驚するほど美味い物作っちゃわない?!」

 「え?」

 「いいから、いいから!」


 冷やかし序でにとんでもないお節介だ。ジャスティンには特別な感情はなかった。お礼をかねて、料理を作りに来たのだ。当然本文は勉強の方だ。ただ、シードの料理の下手さには、見かねる物がある。そう言う意味で、ローズとは同じくらいお節介だ。


 シードが予定より少し遅れて帰ってくる。玄関が開いていることから、ローズが来たものだと思っていたが、彼女は既に自分の料理を持って帰ってしまった。中にはジャスティンが待っている。


 「あれ?開けっ放し……だったかな」

 「うんん!さっきまでローズさんが来ていたの!」


 テーブルには作りたての料理が並んでいる。タイミングとしてはベストだったようだ。


 「へぇ。わざわざ家で作ってくれたんだ!」


 と、シードは二人分用意された料理を目の前に、物珍しそうに食卓に着く。ジャスティンは何も言わなかった。シードは、まず『イカのミンチ詰め和風煮込み』を食べ始めた。そして、すぐに気がつく。


 「これ、君が?」

 「うん、ローズさんが色々教えてくれたの、私、ミートスパゲティとイカリングしようと思ってたの、他にタマネギのスープとか……」


 そのスープは実際に目の前にある。スパゲティは、たらこスパゲティになっている。兎に角ドンチャンと、用意された料理がローズっぽいのだが、味付けが違うのだ。


 「美味しいよ」


 と、一言だけ言う。家族以外の味というのが、とても新鮮だった。ニコニコとして機嫌の良さそうなシードの表情が、ジャスティンには、なんとも印象的だった。


 両親も自分の料理を褒めてはくれるが、今までは生活のための料理で、そうではない料理というのは、生まれて初めてでもあった。

 自分の料理が両親ではない誰かによって、きれいに平らげられるというのは、ジャスティンにとって初めての経験だったのだ。


 そして、ブラニー以外の人間と食事を作るのも、食事を片付けるのも、初めてだった。なんとも不思議な気持ちである。


 その後は昨日の続きだ。流れはたいして変わらない。ジャスティンはシードに贈られ、ホテルに戻る。


 そして彼女を送った後、シードは欠伸をしながら、帰り道を行く。

 その時だった。


 「よ!」


 馴れ馴れしく帰りがけのシードの肩を叩いたのは、ドライだった。


 「あれ?今日は……」

 「ああ、一寸ゴタゴタがあってよ。緊急出動ってやつ。それより、さっきの新しいコレか!」


 要はこれが言いたかっただけだった。彼が逃げないように肩をがっちり捕まえ、にやにやと笑っている。


 「ち、違いますよ」

 「なんだぁつまんねぇの」


 ホントか嘘かは、一言で解る。長いつき合いだ。ドライは、強引にシードを捕まえるのを止した。普通にブラブラと歩くことにする。


 「ドライさんこそ、最近休み取って無いじゃないですか。大切な奥さんを一人にしておいて良いんですか?僕が浮気しちゃいますよ」

 「はっ!言う言う。彼奴が俺意外に惚れるなんてねぇよ。それに毎日コミュニケーションは欠かしてねーぜ?」

 「二〇年間ですか?」

 「おうよ!」

 「飽きませんか?」

 「そこはオメェ、愛って奴よ。あと四八手とか、マルヒテクとか……、小道具とか……、シチュエーションとか」

 「随分付属品が多い愛ですね」

 「バーカ。ソレだけが愛じゃねぇんだよ」

 「ははぁん。さてはドライさん。萎えてきたんじゃ……」

 「バーカ!それよか、一杯飲もうぜ」


 平然とした顔をしたドライは、生意気な口を叩くシードの頭を、小憎らしげにグリグリと撫でる。


 「あ、いいですねぇ」


 ドライの誘いだ。断る理由などない。会話など他愛も無いのだが、シードは、両親を含め彼らを非常に尊敬していた。子供扱いされることもあるが、こうして一人前として自分を認めてくれている彼らを本当に慕っていた。


 ドライとしては、サブジェイよりもよっぽど良好な関係と言えた。最も実の子だからこその反抗期でもあるのだが……。

 酒場に駆け込んだ二人だが、グラスを三杯空けた時点で、シードが席を立つ。


 「なんでぇ、らしくねぇな」

 「ええ、先日持ち帰った仕事を仕上げないと……」

 「そっか、んじゃ出るか」


 二人は、再び酒場を出た。少し付き合ったところに、シードの本音が伺える。本当はまだまだ飲み足りない。だがやらなければならないことは、山ほどある。この街は、めまぐるしく発展している幸生なのだ。


 更に数日後、例によって、ジャスティンは、シードの家に通っていた。最初は、基礎だけと言うことだったが、どうせなら、とういうことで、本格的にこの街の法律の勉強をし始めた。


 「シードさん。こういう問題は、どうすれば……、シードさん?」


 的確に答えを返すシードだが、その時には、全く答えが返ってこない。当然である。彼は眠りこけているのだ。連日徹夜仕事のつけである。ジャスティンは、自分が楽しいので、彼の仕事など全く忘れていた。


 「疲れてるんだわ……」


 済まないことをしたと思うと同時に、彼の寝室から毛布を一枚持ち出し、シードの肩にそっとかける。その時に見たシードの眠っている顔は、シンプソン譲りの包容力もつ顔立ち、街を納める者の知的さを感じるアイライン、そして男性的にキリリとした眉、情熱的に厚い唇、それでいて、表情がどことなく惚けているような感じがした。


 「また、明日……」


 静かに呟いたジャスティンは、まるで何かに魅了されたように、意識をもうろうとさせ、シードの唇を奪う。それは、彼女自身フンワリとしたものが、重なった程度にしか感じないキスだったが、自分のしたことに気がつくと、そのままぱたぱたと、かけて出ていってしまう。


 翌日、議事堂執務室。ドライとオーディンが居た。


 「あれ、お二人とも……」

 「なに、仕事が忙しいとドライから聞いてな、暫く内政に回ることにした。それに、外の警備も、私達に頼っているようでは、この先見の通しも暗い。真の意味で、街の自立を考えてのことだ」


 「でも、ドライさんは?」

 「おめぇ、街法の原案制作者の欄見たことあんのか?」


 と、ドライに言われたのをきっかけに、すぐに立法書を見る。


 「えっと、主監、シンプソン=セガレイ、バハムート=ラッスル。助監、オーディン=ブライトン、ドライ=サヴァラスティア、セシル=シルベスターシュティン・ザインバーム……」


 まるで映画製作のような著者欄を見やり、暫く間を空けるシードだった。


 「そうでしたっけ?」

 「そうなの!いわば基本を知っている俺等の方が、法改正に置いて、いじり所を知ってるって訳。新西地区を、完全解放区にするか、完全管理区にするか、半々か……、緑地は欲しい、工業地区に重視すべき、商業地だって、議会で揉めてるって、シンプソンが頭抱えてるぜ」


 「うむ。シード。議会を納得させられそうな、案を出せそうか?」と、オーディン。

 「難しいですね。基本を決めないと、現在の法じゃ、自由建築ですからね、もう、家を建て始めている人も居ます。ま、一応解放しているブロックだけですけどね……」


 「解放つったってオメェ、あの辺、ゲートが完成してないだろう?」

 「地価が安いですからね。さ、二人とも手伝いに来て下さったんじゃ、ないんですか?」


 「そうでした」


 ドライは、言葉遣いは荒いし、生活態度も良しとはいえない。しかし、それに見合わない、頭脳明晰ぶりである。普段からそう言うわけではないが、ここというツボのときに、そういう所を見せる。普段はどう見ても面倒くさがっているとしか思えないほどだ。実はその通りである。それに普段は結構単細胞な思考しかしていない。これは、ドライ=サヴァラスティアと、シュランディア=シルベスターの二つの人格が、完全に一つになりきっていないためだろう。本当に真面目に考えたときだけ、その頭脳が働くようだ。


 しかしやはりドライなのだ。一時間ほどすると、大欠伸をかます。緊迫感のない大口だ。挙げ句の果てに涙目になっている。


 そして、もう一人、今一上の空っぽい男が居る。それはシードであるが、彼の場合は普段そうではない。そして、こんな事を言う。


 「資格制度導入についてどう思います?」


 だが、オーディンは、これに対してまともに答える。


 「街の向上には、確かに良い案だが、しかし誰もが裕福な生活をしているとはかぎらん。機会平等に見えるが、そのために、多額の金を出し、個人教師を雇う者も出てくるだろう。結局金のある者が有利になる。複雑な部分だな」


 「そうですか。そうですねぇ……」


 ジャスティンのことがふと頭に浮かぶ。彼女の現在の飲み込みの速さを考えると、そういう証のようなものがあれば、きっとその頑張りが証明されると考えた。しかし、財力がある者が有利だというのは、間違いない。しかし、それは最終的に何にでも共通することである。


 「しかし、何れはそうなるだろうな。武具所持許可証も、剣術の免許皆伝、防衛隊入隊等の規定がある。警察も倫理観や知識、対応力が求められる。政府の運営も、今はシンプソン中心だが、何れはそれも終わる。そうなると、人材に厚みがいる。個人の向上はやはり必要だろうな」


 それがオーディンの最終的な結論だった。


 「で、オメェ、具体的にどれから始めるつもりなんだ?」

 「そうですねぇ。やはり法的な専門家ですね」


 シードのその一言ですぐにピンと来る。感の良さは天下一品なドライだった。


 「あの女か?!だろ!絶対そうだろ!!」

 「い?!いや、そのドライさん!!」


 と、ベラベラと喋り出す前に、彼の口を塞ぎにかかるシードだった。半分誤解だが、半分図星であった。彼女が気になることは確かなのだ。


 「却下だ却下!そんな不純な動機で、試験制度を作れるか!!」

 オーディンが、カンカンに怒り出す。その時は、シード自身、別に不純な動機ではなかった。ただ、彼女のような人間が、と、思っていただけだ。つまり能力のある人間をより伸ばしたいという、思いがあった。


 三人の手が疎かになった時だった。赤いコスチュームに身を包んだ男が、部屋に駆け込んでくる。


 「隊長!オーディンさん!大変ですよ!イヤに武装した連中が、街に向かってて!外回ってた奴が、偶然!!」


 「お仕事か」

 「うむ」


 兵士はかなり取り乱していたが、ドライとオーディンは落ち着いている。こうなれば、規模もあるが、半日から一日は戻らないだろう。徹底的に殲滅するためである。酷な手段だが、街を防衛するためだ。


 会議は一度中断され、ドライ達は街の防衛のため、現場へと向かうのだった。

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