第2部 第1話 §2

 昼を過ぎ、そろそろ夕方になるかという加減に、陽が傾き始めた頃だった。シードは、まだ建造物が点在しているという状態の西エリアを視察がてらぶらついていた。


 「まだ、外壁も完成していないのに……」


 と、はやり気味に新天地に住居を構え始めている市民に、呆れた笑顔を作り様子を伺う。その通りは、真っ直ぐ向かうと、新たなゲートがある。

 一つの馬車が、ゲートを通り真っ直ぐとその通りを進む。


 「全く……。帯刀が違法だと?!巫山戯た街だ。外壁も完成していないくせに……」

 「でも父さん。この街には賞金稼ぎ制度がないから。レッドアイも襲ってこないわ」


 馬車の手綱を取っているのは、ジャスティンという一八になる娘だ。長い黒髪を大きく一つの三つ編みにしている。目元は優しいのだが、若干猫目がちで、特徴的な目元でもある。


 どうやら車内にいる父親に話しかけているようだ。


 「この大陸も、随分と久しいわね。ルーク」


 そう言ったのは、なんとあのブラニーだった。彼女も以前のブラニーのままだ。衰えを知らない若さを保っている。不自然なのはルークで、すっかり若返ってしまった。年齢は六五を越えている。


 〈もう二〇年か、ドライは俺を狙っては来なかった。随分と街を転々としたもんだ〉


 ルークは、お尋ね者ではないが、ただ一つ、ドライの影だけに怯えていた。理由はマリーを殺した張本人が、彼自身であるからだが、ドライが復讐に、ブラニーと娘を殺すのではないかと、眠れぬ夜も続いた。この街の制度は、彼にとって都合が良かった。だが、よもやこの街の中心人物がドライ達だとは、思いもよらないのが、事実である。


 「父さん、母さん。あんな所に家が建っているわ。人もいる」


 この不安定な地区に入って、最初に見た家だった。十字路の角に建っている。土地の先取りだろう。住んでいることを主張されれば、さすがのシンプソンも文句は言えない。其処にはシードも居た。


 「本当に、住むんですか?」

 「あったぼうよ!此処にパン屋の二号店を出して、もう一旗上げるんだ!」


 気合いの入ったオヤジが、荷物をどんどん運び込む。警備はするので、恐らく大丈夫だろうが、カバーしきれない時が怖い。


 「すみません!」


 ジャスティンが馬車から降りて、シードに近づく。


 「はい。何でしょうか」


 背後から唐突に話しかけられたシードは、忙しそうに上半身だけを反らして、声の主を確認する。


 「この街に住むのに、住民登録が必要だって、聞いたのですけど……」


 今一対人関係の苦手なルークとブラニーに変わり、何時しかこういうコトを一手に引き受けている彼女だった。そして、都合良く街を管理している彼に出くわした。シルベスターとクロノアールの子孫達は、良くも悪くも引き合うのだ。しかし、その様な運命を、彼女が知るわけもない。


 「えっと、年齢は?」

 「一八です」

 「ならギリギリオーケーですね。で、ゲートで登録票を貰いませんでしたか?」

 「あ、そう言えば、刀を取られたときに……」


 無造作に沢山の書類を渡されたことに気がついたジャスティンは、急いで馬車に戻り、書類群を持ち出し、再びシードにそれを見せる。


 「コレですよね」

 「ええ、そうですね。序でだから……」


 彼は、書類をジャスティンから取り上げると、慣れた様子で自分のサインを書いて行く。


 「あの……」

 「僕は、シード=セガレイ。このホーリーシティの準市長です。兼西部地区開発責任者で、ま、運が良ければ、こういうコトもありますよ」


 本来役所に持ち込まなければならない手続きだ。しかし、移民や、住居移転などで、現在ごった返し、可成りの時間待ちを要するため、たまにその場で処理することがある。


 「此処と此処と此処の欄に、あなたのサインをして下さい。それと此処に……、あと家族構成とかも……」


 「えっと、ココと、ココと……」


 ジャスティンが記述を終えると、シードは、彼女の家族構成などを確認する。


 「ご両親が顕在されているのにですか?」

 「いけないですか?」


 一寸悲しそうな顔をするジャスティンだった。その様子から定住を強く希望しているのが解る。


 「そういうんじゃ無いですけど……、では、ご両親のサインも頂けますか?」

 何だか自分が悪いことをしたかのような錯覚を得るシードだった。

 「はい!」


 と、急に返事のキレも良くなり、馬車で待機している両親にサインを求むジャスティンだった。そして、完成した書類をシードに見せ、ニコリと微笑みかける。シードもコクリと頷き、彼女たちに必要な書類を渡す。残りは、政府の物となる。


 「正式なIDカードは、まだですが、それが仮証明書です」

 「IDは、何処へ?」

 「ああ、ホントは贔屓(ひいき)しちゃいけないんですけど、明日の夕刻、この番地へ、来て下されば……」

 「セントラルセントラル10-5」


 ジャスティンが読み上げたのは、彼の自宅だ。既に親元から独立して生活しているシードだった。


 翌日の夕刻。ジャスティンは、住所の場所へ来る。門から玄関まで、芝が敷かれ、まばらな石畳が道を作っている。白い壁に黒い屋根。きっとそうだろうが、壁は夕日色に染まっている。趣は家庭がありそうだが、雰囲気で一人暮らしだというのが解る。明かりが灯っていないため、シードはまだ帰ってきていない。


 「困ったなぁ」

 「あれ?お客さん?」


 其処に現れたのはローズだった。ウエートレス持ちのトレーの上に白い布が掛かっている。


 〈うわぁ、綺麗な人。それに……〉


 ジャスティンは、ローズを見た瞬間、ウットリしてしまう。何よりその見事な赤い髪色が、彼女をそうさせた。


 「シードはまだ帰ってないようね。ま、いいか。いらっしゃい」

 「え?」


 ローズは淡々とシードの家に入って行く。ジャスティンは、迷ったが、IDカードのこともあるので、行為に甘えることにする。


 ローズはそのまま、殺風景なキッチンに入る。そして、テーブルの上に、先ほどのトレーを置く。そして、適当な椅子を引き、彼女を座らせる。ローズ自身はその正面に座り。テーブルにへばりつくように、腕枕をする。


 「あの、奥様……ですか?」


 何となく静まった空気に耐えきれなくなったジャスティンだった。


 「は?ヤダ!確かに人妻だけど、シードは甥っ子みたいなものよ。早とちりさんねぇ。私はローズ=サヴァラスティア。貴方は?」


 軽く手を差し伸べるローズ。


 「ジャスティン。ジャスティン=アロウィン」


 何の疑問もなく握手を返すジャスティンだった。ローズのさばさばしたやり取りに、すぐになじめそうだった。


 「冷めちゃうわねぇ。なにしてんのかしら……、家にも腹すかした獣が二匹居るのに……」


 その時、シードが漸く駆け込むように、家に入ってくる。


 「すみません!仕事が遅くなっちゃって……、おや?」


 彼はローズに、謝ると同時に、ジャスティンを見つける。


 「あの……、IDカードを取りに来たのですけど」


 少しモジモジとしたジャスティンだった。彼の自宅だと言うことも驚いたが、特別なやり取りに、何だか後ろめたい感じがした。


 「そうでした!」


 手渡しだというのに、IDカードはそれぞれ密閉された封筒に入っている。ジャスティンのものだけは、わかりやすく、彼女の名が入っている。


 「それ、新しいナンパの手口?」


 スケベな笑みを浮かべたローズが、シードを肘でつついて冷やかす。


 「ち、違いますよ」

 「そう言えば、この前も綺麗な女の人連れて、ホテルに入っていったって、ドライが言ってたわよ」

 「そ!そんなこと、ココで言わなくても……」


 ローズにつつかれながら、シードは全く否定しない。彼は奥手な父とは違い、その方面はかなり社交的だった。こちらも少しドライの影響が出ているようだが、ドライ自身は、現在浮気の「う」の字もしない。シードも特定の恋人はいない。女性関係は彼にとって、フレンドシップな物なのである。


 「あ、の、私そろそろ、帰ります」


 だが、少なくともジャスティンにとって、彼はプレイボーイに思えたことだろう。ローズも何となく得体の知れない。二人の淫らな関係を勝手に想像してしまう。


 「ええ、それじゃ……」


 シードは、あっさりと彼女を見送ろうとする。


 「何言ってるの?女を夜の街に出す気なの!送ってあげなさい!」


 しかし、ローズは強引にくっつけて面白がるのだった。しかし、一利ある。


 「家に寄ったら、ご飯食べさせてあげるから」


 と、付け加えて言う。どうやら、シードのための夕食は冷めてしまうため、一度も誓えることになってしまいそうだ。それは同時に、シードから後日談を聞くための言い訳でもある。

 気まずい雰囲気の二人が、渋々歩き出す。

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